真面目新訳第二章 おてんば姫の望見   作:赤色ねんね

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(14) フレノールにて

そして、宿の自室で目が覚めた。外からは小鳥の声。朝だ。

ええと?

寝巻きを着ていて、衣服は椅子の上に畳んでいて。何一つ違和感は無い。

いや、少し気持ち悪いくらい。

昨夜はどうしたか。大丈夫、覚えてる覚えてる。

行程振り返りが楽しかった。今までで、クリフトが何を考えていたか、いちいち話してくれたのだ。やけになりながら。

ほとんどは私への文句でしか無かったけれど。

城壁に穴を開けたと知ったときは、子供の頃から全く変わっていないなと思った、とか? テンペで魔物討伐が決まったときは、心中のような覚悟をした、とか?

待った、その後も何か言っていた。この旅で自分の命は無くなると思おうと最初思った、とか。何を言っているんだか。

しかしなぜか、幸せな気分だった。

いやなんでだ! 怒って良いところだ。

いや待てよ。

本当にクリフトはそんなことを言うだろうか? 私のこの記憶は事実か? 単にそういう夢を見ただけなのかも!?

だとすると、それは、相当、恥ずかし過ぎる……。

用心しなければ。

 

荷物を整えてクリフトらの部屋へ向かう。

丁度彼らも用意が一段落するところだったようだ。

「今日もお美しく」

「はいはい」

特にクリフトは普段と変わった様子は無い。

いや?

「お酒、残ってる?」

「多少は、はい。レナ様は?」

「全然」

「それは、なにより」

ちなみにブライは私達ほどは飲んでいなかったと思う。

今日を見越してなのか、ブライこそ普段通りに動いている。

「夕べは楽しかったね?」

とクリフトの様子を伺ってみた。

「まあ、そう、ですか? そうですね」

反応がいまいち良くない。むしろ、普段通りと言える。

昨日のことは夢なのか、単にクリフトの記憶が無いだけかもしれない。

さらに探りを入れる。

「いつもあのくらい素直だと楽しいけど」

「私がですか? 素直?」

どうも文脈が共有できていないように思う。もういいやと、切り出してみる。

「王城の壁に穴を開けたのは私らしいって?」

クリフトは2秒、ぽかんとした。

そして、

「まさか、まさか! ブライ様、本当に!?」

「……申して、おったの」

クリフトの顔が見る見るうちに赤面する。そ、そんなに恥ずかしいのかこれ。

クリフトはゆっくりと手で顔を覆った。

「……他には何を」

と続ける。

「ひみつ」

と私。

「ブライ様!」

「……精進せよ」

とブライ。

「あああああ……」

と彼はため息に声を載せた。私は微笑を我慢できなかった。まるで、ナイフで彼の胸を突き立てたような気分だった。

しかし心境に区切りがついたのか数秒後、一転してクリフトは私を睨む。

「では! 私からも言わせていただきますが!」

はい?

「仮にも国を背負って立たれる身。あのような公の場で、謝罪や謝辞は控えていただきたいものです」

「……? だめなの? その前に、私がそんなことを? どんな?」

クリフトは咳払いを前置いた。

「王城を抜ける時、一人じゃなくて本当に良かった、ありがとうと」

「え」

ええええええ! それ言っちゃったの!?

「テンペで魔物討伐が決まった際、自分のわがままを通してしまってーー」

「ちょっと待って! いや待たないで! その他には何て!?」

「秘密です」

「ちょっと待ってちょっと待って! 本当に私言ったのブライ!?」

「…………………さて」

うわぁぁあこれ本当に言ってしまってるということだ!!

自分の顔が熱るのがわかる。すっと見事に、油断した心臓が貫かれていた。呼吸に支障が出てくる。

「あ、あなた、やるわね!」

だめだ、飲ませるのは楽しいが、飲むのは危険だ!

「全て顔に出てますよ」

「どれが!?」

「全てです」

そんな風に。

私達は荷物をまとめて、フレノールを発った。

 

さて、南下道中。

まずは旧王墓までの道をなぞることになる。今回は全荷物を抱えているため、速度は抑えている。

それでも、防具屋の店主は一日かかるとは言っていたが、昼過ぎには現地に到着できる見込みだ。

あっという間に、東に王墓という分岐まで到達する。マーテルに挨拶したい気持ちもあったが、何も用件がないにも関わらず彼女らの仕事を邪魔するわけにもいかない。諦める。

つまり道を外れず、そのまま南下。砂漠の方向だ。

木々の密度は薄れ、木の高さも低まり、ここが山々に囲まれた隘路だと気づく。同じ景色は一つもないものだ。そう思った。

それと、今後我慢できるくらいではあるが、旅に対する自分の欲求にも気づく。

その上、これからデザフェスだなんて。

飽きさせることがない。何年間かはその思い出で我慢しよう。

 

「姫、ご相談があります」

南下の小休憩時、クリフトが神妙に切り出した。何?

「そのスカート、タイツが前提という話ですが」

何を、何の話?

「スカートの様に振舞われますよね?」

質問の意図が、よくわからない。

「まあ、それは、一応スカートだし」

座った際にスカートの形を整えることを言っているのだろうかと思いつつ。

「どちらかにしていただけませんでしょうか」

「……はい? どちらか? スカートか、そうじゃないか?」

「戦闘中は気にされませんよね?」

「戦闘中」

もちろんそんなこと、気にしたことは無い。

「気が気ではないんですよ」

クリフトのなんと神妙な事か。

「何を気にしてるって?」

「中身が見えるのではないかと!」

中身とは具体的に何? いや、

「タイツ履いているでしょう!」

「であれば普段からそのように振舞っていただかないと!」

ダメだ、何を言っているのかわからない。

「何を言っているの?」

とブライに聞いてみた。

「某も、クリフトに、同意見にございまする……」

「えっ」

彼らの表情を交互に見る。5秒。

「ええと、スカートの様に気にして振舞うか、スカートではない様に、気にせず振舞うか、統一してくれということね」

「はい」

溜め息が出た。このやりとりに価値があるのだろうか? くだらない問題に思えて仕方がない。

「……スカートの様に気にします」

「くれぐれもお願いします」

「でもちょっと待って、蹴りはどうしろと!?」

「我らのいない方向に限ってで、お願いします」

「難しいことを言う」

「可能な範囲で構いません」

「余裕ないときは無理よ! いいそれで!?」

「はい、よろしくお願いします」

……なんでよ?

そんなことがあった。

 

さて。

南下を進めると、突然林が途切れ、広大な平野を望むことになる。人の往来があっての結果だろう、曖昧ながら、十字路にもなる。

東は、うち捨てられた教会跡があるという。正面南は簡易的な港の方向。西はゼグラス砂漠に続く道。

その南と西、つまり港から砂漠までの道は人や馬車で行き来し、すでにちょっとした往来となっていた。

休憩なのか、道沿いにテントも複数確認できる。

私たちもここを西、砂漠までの道を行くことにする。

そちらは十字路に至るまでの道と異なり、道幅も広く、整備された印象だった。

「この道は確か6年ほど前に敷設されております。改修等は除外するとすると、国内で最新の街道ですな」

とブライは続ける。

「この砂漠は資源地ではない故、王家直轄の管理。道を繋げれば何かしらの価値が生まれるという王の予測の元、道や簡易港を設置した経緯がございます。砂漠は免税地でもあり、すぐにワイン熟成の地として名を馳せるようになり申したが、いやはや、さらにデザフェスとは、面白い方向に事が進みますな」

せわしない変化があったようだ。そして面白いものが見られると。

さて、砂漠だ。

砂が敷き詰められただけの大地かと思っていたが、なかなか。起伏により、海の一瞬を切り取ったかのような躍動感がある。砂による起伏。その波の高低差は、2、3mは超える? そのため全く向こうが見通せない。

砂漠か空かしか見えない。もちろんデザフェスはまだ見えない。

向こうの高い砂山を登って、何が見えるか確認したくなる。

しかし行くべき道は地図に載っている。砂漠のフチを北に回り込む。往来は相変わらずあり、足でならされたのか、ここは不自然な舗装道になっている。馬車も通っている! このフチは良いとしても、砂漠を馬車が走れるのだろうか。

そして、見えてきた。歩いている道、それは変わらず砂漠との縁に沿っているのだが、一つ分岐し、それが砂丘の中央目掛けて伸びていた。その上から砂漠を見渡せる。

眼下には。

その広大なスペースは若干の砂盆地の中にあり、その内は起伏が控えめで、ここから500mは離れているだろうか、奥のオアシスがよく確認できる。着目すべきはそのオアシスに至るまでのスペースだ。

人、人、人。

整然とした格子を作るように店が並び、人が行き交い、一つの生き物のようにも見える。

店1列、長さは100mを超えるだろう。150? 200m? それが2列。1列の中に背中合わせで2店舗。

何店舗あるんだろう。国内にこれほどの店があるのか。

いや、先ほど港もあった。国外からも集まっているのだ。

「お兄さん方、参加は初めて?」

とクリフトが、バンダナを頭に巻いた女性に話しかけられる。

「いえ、参加というよりは、単に見に来ただけで」

「それが参加って言うんだよ! 店を回るなら、カタログ見た方がいいよ? 10ゴールド」

と彼女は簡素な冊子を提示する。

クリフト、私も、その表紙を凝視する。

デザフェス、20、カタログ、と雑に書かれている。

「それぞれの店の配置と内容がまとまってるんだ。あると楽しいよ?」

「はぁ。では、頂きますか」

「あっと待った」

と女性は、料金を出そうとするとするクリフトの手を止めた。

「この10ゴールドってのは、あくまでも冊子を見るだけの権利だけど良い? 今日に限り何度でも読める」

彼女は2色、赤と橙からなるリボンを取り出した。

それを手首に付けて冊子のある場所に行けば、好きに読めるとのこと。

「冊子自体、買えないんだ?」

と私が尋ねてみた。

彼女は微笑んだ。

「買うなら初日朝に並ばないとねぇ? 100部即完売だよ」

デザフェスは三日間開催される。今日はその二日目だった。しかし?並ぶ、とは?

追加で聞いてみる。

「もしかして、もしかして? その冊子を求めて行列ができて、そのうち先頭100人しか、購入できないということ?」

彼女は一秒だけポカンとして、すぐに破顔した。

「ふふ、それ改めて聞く内容!? そうだよ? なんなら面白いこと一つ教えようか」

と彼女はいたずらする子供のような笑みで続ける。

「この冊子の売り場自体が、デザフェス店舗として登録される。このどこかにある」

と彼女はたくさんの店舗群をさっと指し、続ける。

「で、各店舗の場所は冊子に書いてる。つまり?」

「……毎回、決まった同一の場所に、冊子の店舗が置かれる?」

「残念、不正解! 正解は、ランダムに配置された冊子売り場を探し当てないと、冊子が買えない!」

「なにそれ!」

おかしすぎる!

「お祭りだからね、楽しまないとね!」

論理的な運営ではないとしか思えないが、だからこそ、段々とデザフェスの面白さというものがわかってきた気がする。

10ゴールドを払い、クリフトは冊子を見せてもらっていた。私は見ない。特にお目当てはないので、実際に歩くことで、どんな店があるのか確認したいと思う。カタログはむしろ見ない方が楽しめる。

今の入口の位置から見渡すだけでなかなかの情報量がある。しかし、人、多いな……。近くに街があるわけではない。このイベントのためだけに、集まっているだなんて。

クリフトが戻ってきた。

「面白、そうでした」

あ、これは本当に面白そうと感じている顔だ。話を自然に切り出してみる。

「じゃあ、一旦解散する?」

「まさか! あいえ、少なくとも私は姫に随行します」

「では、わしは気ままに眺めるとしようかの」

「はい。姫の気が済み次第、探してお声かけいたします」

いや、あなたも絶対デザフェスに興味持ってるよね? クリフト一人で、つまり私一人で回らせてくれてよかったのに!

ブライの後ろ姿によると、ブライはメイン通りを外れて回るようだった。では我々は、

「メイン通り、こちら側から見て進みましょうか」

 

一言で言って、想像とは異なる多様さだった。

食べ物を扱う店はわかる。歩きながらでも食べられるよう、調理したものを串焼きにしていたり、皿やフォークごと売っていたり。……非常に美味しそうなのだが。買っていいのかな? クリフトが何と言うか。

一方で、点々と位置するその食べ物屋を、それぞれ取り囲むような店舗たち。どれも、雑貨屋と言えなくもない。そして、1店舗内に限ると、品揃えは非常に偏っている。との店舗も、似た商品は扱っていない。多種多様な店たちだった。

 

「これは、何? 運ぶのも大変な大きさだけど。壁画?」

「扉、のようですね」

「扉! 扉ってこうやって売ってるの!? こんなところで!?」

「売って、いるんですね……」

「何枚も立てかけられている状況は、ちょっと、相当、新鮮……」

 

「本」

「いえ、違うようです。サンプル、とあります」

「どういう意味のサンプル?」

「……なるほど、お好きな装丁を施しますというサービスのようです」

「本を持ってこないと、ということ?」

「そのようです」

「予め、それを知らないと、利用できないというのは、ハードル、高い……」

 

「あれおいしそう」

「芋を丸ごと揚げて串刺し、なかなか荒々しいですね」

「買うのは?」

「ブライ様がいらっしゃないので、あとでとしますか」

「なるほど」

 

「あ、メダル売ってる!?」

「少しここ、いいですか?」

「はいはい、どうぞ?」

……。

「駄目でした。デザフェスは自作の品の売買に限られるようです」

「なるほど、無かったの、残念」

 

「これは本屋? これだけ? 一種類しか本が、高々10部? 相当薄いようだけど」

「……世界の杖十選、と」

「それは、あの人が書いたということ? あの店主が勝手に10本を選んで、その内容を本にしてしまったということ?」

「……おそ、らく」

「なんて、自由」

 

そんな雰囲気で1列の半分の店舗を見終わったところで、ブライに呼び止められた。

しかし。

ブライの横には、騎士団(オリオン)隊員が一人。

「どーも、数日ぶりです。あなたがレナさんか」

以前テンペで見たことがある。

テンペの魔物退治のための本隊に先行して村に到着し、クリフトとゴーラに接触していた男、騎士団(オリオン)三番隊のゼロスだ。

額のヘヤバンドでまとめた赤い長髪が、後ろでゆらゆらと揺れていた。

「ひとまず、場所を変えて良いですかね?」

彼はそう、にこりと切り出した。

 

「何の用?」

道は戻り、砂漠と林の境目まで戻ってきている。

「そんなに警戒しないでくださいよ! 文が一通あるだけです」

無意識に私は彼を睨んでいたようだ。

「誰から?」

と聞く前に彼は懐から封筒を取り出す。

彼が跪いてから受け取ろうかと最初思ってしまったが、それがそぐわしくないことは彼も分かっている。そのまま受け取る。

宛先、なし。

差出人、統括長官ザブールから。

お父様からではない。いや、どちらにせよ絶対に良い内容ではない。ため息を吐きながら、一つ屁理屈をぶつけてみる。

「宛先間違えてない? 私はレナで王族じゃない」

「いや、お願いしますよ……」

王族しか開けてはいけないという封筒の印があった。封筒左上の赤のラインだ。

私はそのことを言及したつもりだったが、ゼロスはその作法を知らなかったか、屁理屈と一刀されてしまったか。

子供じみたことを言ったと思いながら、蝋をバツリと取り、中の用紙を取り出した。

……。

読んだ。

……。

「お父様、具合悪いの?」

ゼロス、クリフトがそのセリフを受けて吹き出した。視界に入っていなかったが多分ブライも。

「王の体調に関わることは機密ですよ! あー! 聞かなかったことにしますけど!」

とゼロス。

クリフトは額に手を当て、やってくれたなという体だ。

「だってこの書き方じゃわからないでしょう!」

「ちょっ! やめてください!」

紙面をゼロスに向けるだけでこの拒否反応だ。話が進まない。

「いや、本当にこれだけならなんとも言えないのだけど。あなた、実際のところは知らないの?」

「俺みたいなぺーぺーが知るわけないです!」

「じゃあブライ、これ見てくれない?」

ブライは渋々手紙を受け取った。

手紙は単刀直入に、2点だけ書いてあった。

一つ。お父様の声が出なくなったこと。

二つ。帰ってこられてはいかがかということ。

「どう思う?」

と言ったあと、クリフトとゼロスがいるのは良くないと気づき、ブライと共にその場を少し離れる。

「声が出ないって、どういうこと? 風邪? ストレスで声を失うという症状も聞いたことあるわね。あるいは比喩? 呆れて声も出ない、……私の旅の内情を知って!?」

ブライは眉間に皺を寄せながら、やや上を見上げた。口元が震えていない? 笑ってない? 私は暗に、変な報告を王城にしていないでしょうねと聞いているのに!

ブライはすぐに落ち着いたようだ。

「サラン、フレノールにて数回報告書は騎士団に渡し申したが、うまく書いてございます。そう心配することはないかと」

「そう? となると、これは? お父様の意図はなんだろう」

「もし意図があれば、王の名前で差し出されるかと。そうではなく周囲が判断し、帰られてはいかがかと提示した、それだけではないですかな」

「なるほど。声が出ないというのは」

「帰還を強く推奨、などという表現ではない以上、重く気にされることはないのでは。案外風邪なのかもしれませぬ」

「あはは、なるほどね」

ブライは静かに私の反応を待つ。多分、単なる風邪ではこうはならない。

全く、仕方ない。

最後に見たかった、デザフェスを見ることができた。デザフェス内を全て回ったかどうかはあまり関係がない。いや、回らないほうが、逆に次の訪問を楽しみにできるかもしれない。いつになるかわからないが。

結論はとうに出ていた。

「すぐに、帰りましょうか」

「承知」

意外と、私は笑顔だった。

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