真面目新訳第二章 おてんば姫の望見   作:赤色ねんね

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(15) 砂漠のバザーにて

さて。

フレノールでゼロスとは別れた。

私たちに同行するよりも、無事に手紙を届けたこと、私たちがすぐ帰還することを伝える方を優先するとのことだった。

そうして再度デザフェス会場。三人は手分けして薬屋を探すことになっていた。

そこでの私の単独行動はやはり最初渋られたが、説得は容易だった。

しかし。

また、好ましくない理由で、単独行動になってしまったなと思う。誰かが誘拐されたからとか、誰かの体調が悪いからとか、それよりももっと別の理由をもって堂々と単独行動をしたいもの。単純に喜ぶ自分と、複雑に感じる自分。

さて、私の担当は東の一列だ。

薬屋か。

結局有用な手がかりはその語句以外にない。まず、見つからないだろう。強引すぎる理由でここに来てしまったことを、私は鼻息で笑い飛ばした。

 

だめだ、そもそも薬を扱う店がない。ブライ、クリフトの探索結果に託すしかない。と、店の列の最後まで到達して結論づけた。

列の端にある店舗が視界に入る。何か食べ物を焼いている。いや、先程、ちらっと見たはず。

彼らとの待ち合わせ場所であるここから離れられないこともあり、近いなら良いだろうと、ふらっとその店に足を伸ばした。

……ワッフルと書かれている。そういう名前の食べ物のようだ。

「一つください」

「はいよ! 味付けはどうする?」

と、まん丸のお腹を幅広のストライプの、じゃなくてエプロンだ、それで包んだ巨体の店員がカウンターの奥で、こちらを振り向きながら答える。彼は奥で焼き物をしていた。

味の種類はテーブルに貼られた紙に記載されていた。

「んー、ではリンゴ味で」

格子状に盛り上がるよう丸パンを膨らませて、いや? 格子が残るように丸パンを焼きごてで潰したものなのか? それを売っていた。

彼はすでに焼かれたそれに、ジャムを乱雑に撒き、それを紙で挟んで渡してくる。

ふむ、紙でね、そういうものか、では一口。

ふむふむ、パンに絡みつくジャム。リンゴと言えばリンゴだ。まあまあ。

振りかえると旅の中での甘味は久々だ。頭部のどこかでぱちぱちと、何かが開通する気がする。要するに、良い。ブライ、クリフトが来る前にこの食べ物の隠蔽を図ろう。

ところで、奥の焼き場に戻ってしまった彼に、気になったことを一つ質問してみる。

「あの! この格子模様は、サントハイムの国織柄をベースにしてるの?」

店主は怪訝そうな顔をして、焼き場から振り返る。

「いや、知らんが! 俺はサントハイムの住人じゃないし、その形は先代からだ」

なるほど、国外からの出店者か。

「格子の模様は国織柄第二種なので、サランでも気に入られるかもと思っただけ」

「なんだそりゃ。サラン? 残念ながら俺はこれを焼くのはデザフェスだけど決めてんだ」

「え? デザフェス以外の期間は何をやってるの?」

「何って、本業は運送業だ」

食べ物屋と、全く関係がない……!? ちょっと待って、そういうこと? ここの参加者って、本業で出店しているわけではない? いや、勝手に結論づけるわけにはいかない。

それよりも。

「あなたは、では何の目的でここで出店をしてるの?」

「ん~?」

と店主が焼き場からこちらに近寄り、カウンター前に来る。私と会話を続ける意志があるということ。

「何がそうさせているの?」

「あんた、デザフェスは初めてか」

「まあね」

「なるほどな。じゃあ、ちょい話すか。昔、これまたデザフェスでな、たまたまこれを食べたことがあってな、感動した、美味かった!」

と、店先に掲げた粗末な商品絵を指して彼は笑う。

「それから毎年その店に必ず寄るようになったもんだ。だが5年前くらいか、突然その店は見当たらなくなった。呆然としたよ。もっと食っときゃよかったって。普通はデザフェス以外の情報は隠すもんで、つまりデザフェスで会えなければもうどーしよーもない。誰も知らん、あてがない。で、それで話が終わるはずだった。俺は時折、あれはうまかったーって、人に話すんだな。そうしてふと思い立った。俺があれを再現させる使命って、ないか!?って。幸いシンプルな食べ物だ、半年くらいで、なんとなく、こう、似たものができたってわけだ」

私は手元の、あと一口の欠片を見た。

「それがこれってわけね」

「まだまだだけどな」

「そうなんだ。具体的にどこが、まだまだ?」

「あー、それじゃなくてだな、リンゴじゃなくて蜂蜜味だな。それは俺が派生させただけで、その」

「……気になる。じゃあ次は蜂蜜味を」

「おーけー! 折角だ、常連スペシャルにしてやる」

常連スペシャル? 彼は焼き場に戻り、丁度焼き上がっただろう一つを蜂蜜ボールにどぼんと漬け、すぐに私に差し出した。

おおお。蜂蜜が落ちる落ちる! パンの格子状になったスペースに蜂蜜がたっぷりと満たされていて!

挟んだ紙がすぐに湿る。持った手も汚れて、これ、かぶりつくと絶対、口も致命的に汚れる……。

構うものか!

おおう。

なるほど、パンはほぼ食感だけを残し、蜂蜜のみを噛みごたえ良く咀嚼するような感じだ。噛むたびに甘い香りが鼻から抜ける。パンの香ばしさは一秒後から来る。パンの歯ごたえがまた蜂蜜に乗り移って。

これは、ほっぺがスライムとなって落ちる、が現実化する懸念を良く孕んでいた。

この贅沢な食べ方のために、蜂蜜の味を薄く調整しているな?

「これは、なかなか罪深い」

「だろ!?」

「まだこれが途上だなんて」

「蜜に秘密があるんだろうなー、悔しいが。自然な果実感がもっとあるべきなんだが」

「蜜……。特別な蜜だったの?」

「ああ。当時からそうは思ってて、なんとなくあの親父に聞いたことはあったが、答えちゃくれなかったな。一度、とある塔で入手したと教えてくれたことがある。塔ってなんだよな!? 話の流れから、その時は冗談だと思った。で、あの親父が出店しなくなってから、だめもとでその聞いてた塔に行ってみたんだな。そしたらよ、そこは騎士団が封鎖しててな、唯一の手がかりもそれで無くなった。あるいは嘘だったのかもしんねぇし」

店主は笑いながら空を仰ぎつつ、続ける。

「だからこそ、研究し甲斐があるってもんだ! デザフェスはある意味、俺のその進捗報告会だな。先代の味を覚えている人もまだ結構いてな」

「なんだか、取り憑かれてるかのよう」

店主は笑う。

「ああでも、あれに魔力はあるらしいぜ? あの蜜は、喉の病が何でも治るらしい」

喉? 少しの間、ポカンとした私の様子を知って店主が慌てる。

「いや! 誇張表現だぜ?」

「詳しく聞かせて。喉の病?」

「いやいや、それもあの人の冗談だぜ!? 以前俺が風邪で喉をやられていた際に食べて、すぐ治っちまって。その時あの人は、確か、喉ならなんでも効くぜとかなんとか」

ちょっと待ってちょっと待って、マローニは薬を、甘い液体だと言っていた。

これを、いやワッフルという形で無くても、その蜜を、マローニが試したと思えてしまう。

「いやいやいや! あの人は冗談が好きなんだ。他にも、あれを食ったらほっぺがスライムになるとか訳わかんねぇ!」

「それ、美味しいという意味の慣用句だね」

「んあ? カンヨーク?」

「……」

「……」

ふと、ワッフルが残りひと口であることに気づき、口に放り込んだ。

さて、この淡い情報に賭けてみるか?

すると、

「……何を、されているのですか?」

声の元へ振り向くと、クリフトとブライがいた。

……その目は何?

いやいやいや、誤解です、丁度核心に迫っているところですが!?

しかし口の中が消えるまで発言はできず、気まずい十秒を過ごした。

 

私の報告を聞いてクリフトは眉を潜めた。

「また、かぼそい可能性ですね」

それが彼の感想だった。

彼らも結局薬屋は見つけられなかった。

「とりあえず私からも質問が」

とクリフトはいくつか店主に質問していた。

塔と、そこに至る地理情報。警備していた騎士団(オリオン)の情報。蜜の情報。

ちなみに参考のため、常連スペシャルをクリフトも楽しむことになった。

それを見た後も、ひと口食べた後も、彼の眉間のシワは取れなかった。

なるほど、とだけ、こぼしていた。

 

さて。次に目指すはその塔だ。

偶然デザフェスにて、正確にはその入り口の野良市場にて、追加一日分の補給ができた。ただ値段が相場の3倍ほどらしく、クリフトには少し受け入れ難かったようだが。

おかげでフレノールに戻ることなく、ここから更に奥、南西の塔へ挑戦できる。距離はさほど遠くないという算段だ。

その塔までの道中。

日がこれから赤みがかろうかという時刻。道は舗装されているとは言い難く、木の根を登り岩を降り、今まで経験したどの道よりも荒れていた。

馬車での走行などは不可能だ。

「初めてサントハイム街道から外れたってわけね」

「今、いったいどんな道を進んでいるか、不明なままですが」

私達が持っていた地図にはこの辺りの道がなく、当然塔も載っていない。

ブライが言うには、各地に点々と洞窟や遺跡があり、塔はその一つでは、ということだ。

五年以上前は、いくつかのそれらダンジョン前に騎士団(オリオン)が常駐していた。その目的は、内部保全、危険隔離もあれば、魔物観察もあったと。今でも騎士団(オリオン)の隊の一つは、一日に一度は、街といった拠点の周りの魔物を狩り、その傾向を記録している。なにせ魔物の種類は不定期に変わる。ダンジョンに対してもその魔物観察が以前はあったはず、と。しかし今ではその費用対効果が見直され、騎士団(オリオン)はダンジョンから撤退となった。

つまり今塔には騎士団(オリオン)が常駐しておらず、今回私たちが塔内部を探索できる可能性が高い。騎士見習い(オニオン)であるクリフトが塔の常駐任務を知らないのだから、なおさらその可能性が高い。

まあ、しかし。

デザフェスでは舞い上がってしまったが、本当に目当ての品が見つかるか、冷静に考えると甚だ怪しい。マローニから、薬の詳しい味を聞いていなかったことが悔やまれる。そもそも彼は、蜜を薬と表現するだろうか?

それについては、

「効能があればなんでも薬ですよ。葉っぱをそのまま食そうが、木の根をかじろうが。野菜ひとつ丸々が薬として扱われることもあります」

とクリフト。

「そうなんだ……。てっきり粉末か、結晶のようなものかと思ってて」

「王族相手であれば、そういう加工は必須なのかもしれませんが」

「なる、ほど」

そういうものなのか。

彼はそもそもどういう形態の薬を口にしたのか? 話が無かった以上、そこに特徴も無かったのではとも思えてくるが、もう話は進んでおり、考えないようにしよう。

 

獣道は森を縫うように続く。足場も悪ければ見通しも悪い。これからさらに日が暮れるというのに。

現在位置が掴めないのは精神的に良くない。タイムリミットが迫っているため。先程クリフトに釘を刺されたのだ、フレノール着は明日中にと。

もともとサントハイムに帰るはずが、フレノールで引き返し、デザフェスで怪しい情報を掴み、と、方針定まらずここまで来てしまった。期日を設けるのは当然と言える。まだ引き返すまで12時間以上あるとはいえ、焦れてくる。

そんな私たちを覗き込むように、塔は頭上、木々の隙間から現れた。

深緑の塔本体を、白く塗られた木柱複数で装飾、されていただろう塔。今は緑も褪せ、漆喰柱も半数は剥がれている。太く大きな塔に隣接、いや寄生、しているかのように小さな塔がすぐ隣に生えている。大小の塔が結合、接合しているとも言える。

こんな森の中に塔とは。建立当時は場所が開けていたのだろうか。今は塔が、森と淡い夜空を繋げる、つたのように見えた。

騎士団(オリオン)がいる感じはなさそう」

「そう、ですね」

塔正面まで出た。

私と、二人も、正面の扉を凝視する。

何人も通すまいという巨大で、荘厳だっただろう両開き扉だが、すでに扉片方がだらしなく少し傾き開いており、扉を引かずとも人一人は通れると見て取れる。

そこから見える中は真っ暗。

「探索は明朝として、今日は野宿としましょう。この塔を背にして」

というクリフトのセリフの途中で、私は塔の扉に人差し指を向ける。

「光ってる」

「はい?」

とクリフトは扉を見る。……3秒彼の反応がないので、言葉を続ける。

「扉の奥。光の筋が見える」

「なるほど」

縦に走る一本の光の亀裂。

まるで奥にまた扉があり、その中から光が漏れているかのような。なぜ光が? 人がいる?

「見てみますか」

とクリフトが松明を用意し、先導する。

揺れる炎と塔の中。内装も深緑が基調。外壁は色褪せていたのか、内部は外壁よりもずっと深い色だった。

いや、松明のせいでそう見えるのかも。

天井は2フロア分ほどに高く、我々の影も届かない。床は靴と砂利で存外軽い音がした。

さて。

塔の断面は円形。

塔の中央に円形の部屋があるようで、その部屋への入り口としてまた両開きの扉が正面にある。そこから光の漏れは依然確認できる。

クリフトがその扉を開ける。

「……こんばんは?」

と奥から声。中には燭台。

その付近で床に座っていた人物が話しかけてきた。

「こんばんは。その、あなたは?」

塔の住人に対し、クリフトが返した。

奥に座っていた彼がのそっと立ち上がる。当初大柄なのかと思ったが、衣服と外套で着膨れているのだとわかった。

「まず、扉、閉めてもらっても?」

「は、はい」

として閉じる。

その間、彼はこちらにゆっくり近づきつつ、

「私は、この塔の調査をしているものです。調査と言っても! 歴史的価値を、です。主に壁文字の解読をやっています」

くせのあるクリーム色で、ボサボサの髪。大きなメガネ。ひょろりとした背。

こんな僻地に一人でいるとは考えられない、かぼそい風貌だった。

クリフトは答える。

「我々は冒険者です。この塔に興味があり、今到着した次第」

「財宝狙いであれば、数年前に騎士団が塔内部を検めたようです。その後、施錠し放置されています。あ、施錠というのは、上の階への階段が施錠されているのですが」

落ち着かない彼は、なんだか我々を警戒している風だった。

「我々の目的は財宝、ではないですね。この塔で蜂蜜、のようなものが取れると、聞いたことはありませんか?」

「この塔でですか!? いえ、そんな話は全く」

「ありがとうございます、参考にさせていただきます。人づてで、もとより信憑性の薄い話でした」

とクリフトは返した後、私へ、

「とのことです。どうしますか?」

と聞いてきた。

諦めますか、ということだ。

施錠というのは気になるが、一旦置いて、もう少し彼の素性を聞いて良いように思う。どこまで彼は塔を知っているか、ということだ。

「初めまして、私はレナと言います。身内の喉の病に効きそうな薬を探しています。とある方が蜜で改善したと聞き、その蜜の提供者がこの塔を言及したもので、来るだけ来てみたという経緯です。もう少しこの塔について教えてくれないですか?」

「あー、これはどうも。私はルーゼンと言います。道楽で歴史を想像して楽しんでいます。この塔を調査しているのもその一環で。ただ、まだ調査して二月ほどです。すいませんが、この塔がどういったものか、特にお役に立てそうな情報はないですね」

「2ヶ月……、2ヶ月!? まさか、その間ずっと塔に籠もりきり、なんてことは」

「いやぁ」

と彼は初めて破顔した。

クリフトを見てみる。笑顔ではあったが、口端が引きっっているようにも見えた。

「お一人、なんですか?」

「はい」

「魔物、いますよね?」

「ええ、うじゃうじゃ。ああ、ご心配なく! なぜかこの部屋と地下は魔物が出現せず、安全です。扉開けっ放しは流石に危険ですが」

と彼は私達が入ってきた、背後の扉を指した。

「地下」

「ここほど広くないですが、地下室がそこに。騎士団が詰めていたようで、簡素な寝台が4つあったりと十分な設備です、私にとっては!」

野宿しようとしていた私達だ、使えるなら有り難いが。

クリフトをちらりと見た。クリフトが言葉を押し出す。

「我々が利用しても?」

「ええ、ええ! 私だって勝手に使っている身ですし。ああ!  私はまだ起きて間もないので、どうぞ地下室自体使っていただいても!」

え、今は夜だけど、起きて、間もない? いや、この部屋では昼も夜もないか。

「地下、見せていただいても?」

「どうぞどうぞ! ご一緒に」

とルーゼンとクリフトがフロア中央にある下り階段で地下に入っていく。

なんとなくついては行かず、ブライと待つことに。

部屋中央に立つ簡素な燭台。部屋四方の柱が、ゆらゆらと淡い影に撫でられる。

壁や柱の模様。壁際と、あと柱の下に、紙が集中して地面に散乱していることに気づく。

近づき、かがんで、紙面を覗く。

4-2-3-5により、〓は人または鳥と推測。4-2-3-5-1:〓は人と仮定……。

うわぁ、これは多分、場合分けの嵐。

柱の記号、いや、文字の解読をしているように見える。この散乱した紙ら、配置に意味があるようだ。位置を変えるのは良くない。

クリフトと、なぜか保存食を抱えたルーゼンが戻ってきた。

「ここで朝まで大休憩としましょう」

とクリフトが言った。

まさか、ダンジョンの中で寝台を利用できるだなんて!

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