さて。
フレノールでゼロスとは別れた。
私たちに同行するよりも、無事に手紙を届けたこと、私たちがすぐ帰還することを伝える方を優先するとのことだった。
そうして再度デザフェス会場。三人は手分けして薬屋を探すことになっていた。
そこでの私の単独行動はやはり最初渋られたが、説得は容易だった。
しかし。
また、好ましくない理由で、単独行動になってしまったなと思う。誰かが誘拐されたからとか、誰かの体調が悪いからとか、それよりももっと別の理由をもって堂々と単独行動をしたいもの。単純に喜ぶ自分と、複雑に感じる自分。
さて、私の担当は東の一列だ。
薬屋か。
結局有用な手がかりはその語句以外にない。まず、見つからないだろう。強引すぎる理由でここに来てしまったことを、私は鼻息で笑い飛ばした。
だめだ、そもそも薬を扱う店がない。ブライ、クリフトの探索結果に託すしかない。と、店の列の最後まで到達して結論づけた。
列の端にある店舗が視界に入る。何か食べ物を焼いている。いや、先程、ちらっと見たはず。
彼らとの待ち合わせ場所であるここから離れられないこともあり、近いなら良いだろうと、ふらっとその店に足を伸ばした。
……ワッフルと書かれている。そういう名前の食べ物のようだ。
「一つください」
「はいよ! 味付けはどうする?」
と、まん丸のお腹を幅広のストライプの、じゃなくてエプロンだ、それで包んだ巨体の店員がカウンターの奥で、こちらを振り向きながら答える。彼は奥で焼き物をしていた。
味の種類はテーブルに貼られた紙に記載されていた。
「んー、ではリンゴ味で」
格子状に盛り上がるよう丸パンを膨らませて、いや? 格子が残るように丸パンを焼きごてで潰したものなのか? それを売っていた。
彼はすでに焼かれたそれに、ジャムを乱雑に撒き、それを紙で挟んで渡してくる。
ふむ、紙でね、そういうものか、では一口。
ふむふむ、パンに絡みつくジャム。リンゴと言えばリンゴだ。まあまあ。
振りかえると旅の中での甘味は久々だ。頭部のどこかでぱちぱちと、何かが開通する気がする。要するに、良い。ブライ、クリフトが来る前にこの食べ物の隠蔽を図ろう。
ところで、奥の焼き場に戻ってしまった彼に、気になったことを一つ質問してみる。
「あの! この格子模様は、サントハイムの国織柄をベースにしてるの?」
店主は怪訝そうな顔をして、焼き場から振り返る。
「いや、知らんが! 俺はサントハイムの住人じゃないし、その形は先代からだ」
なるほど、国外からの出店者か。
「格子の模様は国織柄第二種なので、サランでも気に入られるかもと思っただけ」
「なんだそりゃ。サラン? 残念ながら俺はこれを焼くのはデザフェスだけど決めてんだ」
「え? デザフェス以外の期間は何をやってるの?」
「何って、本業は運送業だ」
食べ物屋と、全く関係がない……!? ちょっと待って、そういうこと? ここの参加者って、本業で出店しているわけではない? いや、勝手に結論づけるわけにはいかない。
それよりも。
「あなたは、では何の目的でここで出店をしてるの?」
「ん~?」
と店主が焼き場からこちらに近寄り、カウンター前に来る。私と会話を続ける意志があるということ。
「何がそうさせているの?」
「あんた、デザフェスは初めてか」
「まあね」
「なるほどな。じゃあ、ちょい話すか。昔、これまたデザフェスでな、たまたまこれを食べたことがあってな、感動した、美味かった!」
と、店先に掲げた粗末な商品絵を指して彼は笑う。
「それから毎年その店に必ず寄るようになったもんだ。だが5年前くらいか、突然その店は見当たらなくなった。呆然としたよ。もっと食っときゃよかったって。普通はデザフェス以外の情報は隠すもんで、つまりデザフェスで会えなければもうどーしよーもない。誰も知らん、あてがない。で、それで話が終わるはずだった。俺は時折、あれはうまかったーって、人に話すんだな。そうしてふと思い立った。俺があれを再現させる使命って、ないか!?って。幸いシンプルな食べ物だ、半年くらいで、なんとなく、こう、似たものができたってわけだ」
私は手元の、あと一口の欠片を見た。
「それがこれってわけね」
「まだまだだけどな」
「そうなんだ。具体的にどこが、まだまだ?」
「あー、それじゃなくてだな、リンゴじゃなくて蜂蜜味だな。それは俺が派生させただけで、その」
「……気になる。じゃあ次は蜂蜜味を」
「おーけー! 折角だ、常連スペシャルにしてやる」
常連スペシャル? 彼は焼き場に戻り、丁度焼き上がっただろう一つを蜂蜜ボールにどぼんと漬け、すぐに私に差し出した。
おおお。蜂蜜が落ちる落ちる! パンの格子状になったスペースに蜂蜜がたっぷりと満たされていて!
挟んだ紙がすぐに湿る。持った手も汚れて、これ、かぶりつくと絶対、口も致命的に汚れる……。
構うものか!
おおう。
なるほど、パンはほぼ食感だけを残し、蜂蜜のみを噛みごたえ良く咀嚼するような感じだ。噛むたびに甘い香りが鼻から抜ける。パンの香ばしさは一秒後から来る。パンの歯ごたえがまた蜂蜜に乗り移って。
これは、ほっぺがスライムとなって落ちる、が現実化する懸念を良く孕んでいた。
この贅沢な食べ方のために、蜂蜜の味を薄く調整しているな?
「これは、なかなか罪深い」
「だろ!?」
「まだこれが途上だなんて」
「蜜に秘密があるんだろうなー、悔しいが。自然な果実感がもっとあるべきなんだが」
「蜜……。特別な蜜だったの?」
「ああ。当時からそうは思ってて、なんとなくあの親父に聞いたことはあったが、答えちゃくれなかったな。一度、とある塔で入手したと教えてくれたことがある。塔ってなんだよな!? 話の流れから、その時は冗談だと思った。で、あの親父が出店しなくなってから、だめもとでその聞いてた塔に行ってみたんだな。そしたらよ、そこは騎士団が封鎖しててな、唯一の手がかりもそれで無くなった。あるいは嘘だったのかもしんねぇし」
店主は笑いながら空を仰ぎつつ、続ける。
「だからこそ、研究し甲斐があるってもんだ! デザフェスはある意味、俺のその進捗報告会だな。先代の味を覚えている人もまだ結構いてな」
「なんだか、取り憑かれてるかのよう」
店主は笑う。
「ああでも、あれに魔力はあるらしいぜ? あの蜜は、喉の病が何でも治るらしい」
喉? 少しの間、ポカンとした私の様子を知って店主が慌てる。
「いや! 誇張表現だぜ?」
「詳しく聞かせて。喉の病?」
「いやいや、それもあの人の冗談だぜ!? 以前俺が風邪で喉をやられていた際に食べて、すぐ治っちまって。その時あの人は、確か、喉ならなんでも効くぜとかなんとか」
ちょっと待ってちょっと待って、マローニは薬を、甘い液体だと言っていた。
これを、いやワッフルという形で無くても、その蜜を、マローニが試したと思えてしまう。
「いやいやいや! あの人は冗談が好きなんだ。他にも、あれを食ったらほっぺがスライムになるとか訳わかんねぇ!」
「それ、美味しいという意味の慣用句だね」
「んあ? カンヨーク?」
「……」
「……」
ふと、ワッフルが残りひと口であることに気づき、口に放り込んだ。
さて、この淡い情報に賭けてみるか?
すると、
「……何を、されているのですか?」
声の元へ振り向くと、クリフトとブライがいた。
……その目は何?
いやいやいや、誤解です、丁度核心に迫っているところですが!?
しかし口の中が消えるまで発言はできず、気まずい十秒を過ごした。
私の報告を聞いてクリフトは眉を潜めた。
「また、かぼそい可能性ですね」
それが彼の感想だった。
彼らも結局薬屋は見つけられなかった。
「とりあえず私からも質問が」
とクリフトはいくつか店主に質問していた。
塔と、そこに至る地理情報。警備していた
ちなみに参考のため、常連スペシャルをクリフトも楽しむことになった。
それを見た後も、ひと口食べた後も、彼の眉間のシワは取れなかった。
なるほど、とだけ、こぼしていた。
さて。次に目指すはその塔だ。
偶然デザフェスにて、正確にはその入り口の野良市場にて、追加一日分の補給ができた。ただ値段が相場の3倍ほどらしく、クリフトには少し受け入れ難かったようだが。
おかげでフレノールに戻ることなく、ここから更に奥、南西の塔へ挑戦できる。距離はさほど遠くないという算段だ。
その塔までの道中。
日がこれから赤みがかろうかという時刻。道は舗装されているとは言い難く、木の根を登り岩を降り、今まで経験したどの道よりも荒れていた。
馬車での走行などは不可能だ。
「初めてサントハイム街道から外れたってわけね」
「今、いったいどんな道を進んでいるか、不明なままですが」
私達が持っていた地図にはこの辺りの道がなく、当然塔も載っていない。
ブライが言うには、各地に点々と洞窟や遺跡があり、塔はその一つでは、ということだ。
五年以上前は、いくつかのそれらダンジョン前に
つまり今塔には
まあ、しかし。
デザフェスでは舞い上がってしまったが、本当に目当ての品が見つかるか、冷静に考えると甚だ怪しい。マローニから、薬の詳しい味を聞いていなかったことが悔やまれる。そもそも彼は、蜜を薬と表現するだろうか?
それについては、
「効能があればなんでも薬ですよ。葉っぱをそのまま食そうが、木の根をかじろうが。野菜ひとつ丸々が薬として扱われることもあります」
とクリフト。
「そうなんだ……。てっきり粉末か、結晶のようなものかと思ってて」
「王族相手であれば、そういう加工は必須なのかもしれませんが」
「なる、ほど」
そういうものなのか。
彼はそもそもどういう形態の薬を口にしたのか? 話が無かった以上、そこに特徴も無かったのではとも思えてくるが、もう話は進んでおり、考えないようにしよう。
獣道は森を縫うように続く。足場も悪ければ見通しも悪い。これからさらに日が暮れるというのに。
現在位置が掴めないのは精神的に良くない。タイムリミットが迫っているため。先程クリフトに釘を刺されたのだ、フレノール着は明日中にと。
もともとサントハイムに帰るはずが、フレノールで引き返し、デザフェスで怪しい情報を掴み、と、方針定まらずここまで来てしまった。期日を設けるのは当然と言える。まだ引き返すまで12時間以上あるとはいえ、焦れてくる。
そんな私たちを覗き込むように、塔は頭上、木々の隙間から現れた。
深緑の塔本体を、白く塗られた木柱複数で装飾、されていただろう塔。今は緑も褪せ、漆喰柱も半数は剥がれている。太く大きな塔に隣接、いや寄生、しているかのように小さな塔がすぐ隣に生えている。大小の塔が結合、接合しているとも言える。
こんな森の中に塔とは。建立当時は場所が開けていたのだろうか。今は塔が、森と淡い夜空を繋げる、つたのように見えた。
「
「そう、ですね」
塔正面まで出た。
私と、二人も、正面の扉を凝視する。
何人も通すまいという巨大で、荘厳だっただろう両開き扉だが、すでに扉片方がだらしなく少し傾き開いており、扉を引かずとも人一人は通れると見て取れる。
そこから見える中は真っ暗。
「探索は明朝として、今日は野宿としましょう。この塔を背にして」
というクリフトのセリフの途中で、私は塔の扉に人差し指を向ける。
「光ってる」
「はい?」
とクリフトは扉を見る。……3秒彼の反応がないので、言葉を続ける。
「扉の奥。光の筋が見える」
「なるほど」
縦に走る一本の光の亀裂。
まるで奥にまた扉があり、その中から光が漏れているかのような。なぜ光が? 人がいる?
「見てみますか」
とクリフトが松明を用意し、先導する。
揺れる炎と塔の中。内装も深緑が基調。外壁は色褪せていたのか、内部は外壁よりもずっと深い色だった。
いや、松明のせいでそう見えるのかも。
天井は2フロア分ほどに高く、我々の影も届かない。床は靴と砂利で存外軽い音がした。
さて。
塔の断面は円形。
塔の中央に円形の部屋があるようで、その部屋への入り口としてまた両開きの扉が正面にある。そこから光の漏れは依然確認できる。
クリフトがその扉を開ける。
「……こんばんは?」
と奥から声。中には燭台。
その付近で床に座っていた人物が話しかけてきた。
「こんばんは。その、あなたは?」
塔の住人に対し、クリフトが返した。
奥に座っていた彼がのそっと立ち上がる。当初大柄なのかと思ったが、衣服と外套で着膨れているのだとわかった。
「まず、扉、閉めてもらっても?」
「は、はい」
として閉じる。
その間、彼はこちらにゆっくり近づきつつ、
「私は、この塔の調査をしているものです。調査と言っても! 歴史的価値を、です。主に壁文字の解読をやっています」
くせのあるクリーム色で、ボサボサの髪。大きなメガネ。ひょろりとした背。
こんな僻地に一人でいるとは考えられない、かぼそい風貌だった。
クリフトは答える。
「我々は冒険者です。この塔に興味があり、今到着した次第」
「財宝狙いであれば、数年前に騎士団が塔内部を検めたようです。その後、施錠し放置されています。あ、施錠というのは、上の階への階段が施錠されているのですが」
落ち着かない彼は、なんだか我々を警戒している風だった。
「我々の目的は財宝、ではないですね。この塔で蜂蜜、のようなものが取れると、聞いたことはありませんか?」
「この塔でですか!? いえ、そんな話は全く」
「ありがとうございます、参考にさせていただきます。人づてで、もとより信憑性の薄い話でした」
とクリフトは返した後、私へ、
「とのことです。どうしますか?」
と聞いてきた。
諦めますか、ということだ。
施錠というのは気になるが、一旦置いて、もう少し彼の素性を聞いて良いように思う。どこまで彼は塔を知っているか、ということだ。
「初めまして、私はレナと言います。身内の喉の病に効きそうな薬を探しています。とある方が蜜で改善したと聞き、その蜜の提供者がこの塔を言及したもので、来るだけ来てみたという経緯です。もう少しこの塔について教えてくれないですか?」
「あー、これはどうも。私はルーゼンと言います。道楽で歴史を想像して楽しんでいます。この塔を調査しているのもその一環で。ただ、まだ調査して二月ほどです。すいませんが、この塔がどういったものか、特にお役に立てそうな情報はないですね」
「2ヶ月……、2ヶ月!? まさか、その間ずっと塔に籠もりきり、なんてことは」
「いやぁ」
と彼は初めて破顔した。
クリフトを見てみる。笑顔ではあったが、口端が引きっっているようにも見えた。
「お一人、なんですか?」
「はい」
「魔物、いますよね?」
「ええ、うじゃうじゃ。ああ、ご心配なく! なぜかこの部屋と地下は魔物が出現せず、安全です。扉開けっ放しは流石に危険ですが」
と彼は私達が入ってきた、背後の扉を指した。
「地下」
「ここほど広くないですが、地下室がそこに。騎士団が詰めていたようで、簡素な寝台が4つあったりと十分な設備です、私にとっては!」
野宿しようとしていた私達だ、使えるなら有り難いが。
クリフトをちらりと見た。クリフトが言葉を押し出す。
「我々が利用しても?」
「ええ、ええ! 私だって勝手に使っている身ですし。ああ! 私はまだ起きて間もないので、どうぞ地下室自体使っていただいても!」
え、今は夜だけど、起きて、間もない? いや、この部屋では昼も夜もないか。
「地下、見せていただいても?」
「どうぞどうぞ! ご一緒に」
とルーゼンとクリフトがフロア中央にある下り階段で地下に入っていく。
なんとなくついては行かず、ブライと待つことに。
部屋中央に立つ簡素な燭台。部屋四方の柱が、ゆらゆらと淡い影に撫でられる。
壁や柱の模様。壁際と、あと柱の下に、紙が集中して地面に散乱していることに気づく。
近づき、かがんで、紙面を覗く。
4-2-3-5により、〓は人または鳥と推測。4-2-3-5-1:〓は人と仮定……。
うわぁ、これは多分、場合分けの嵐。
柱の記号、いや、文字の解読をしているように見える。この散乱した紙ら、配置に意味があるようだ。位置を変えるのは良くない。
クリフトと、なぜか保存食を抱えたルーゼンが戻ってきた。
「ここで朝まで大休憩としましょう」
とクリフトが言った。
まさか、ダンジョンの中で寝台を利用できるだなんて!