未明、フレノールを発つ。
開店を待つ無駄を嫌い、物資の補給はフレノールで行わなかった。テンペで済ます予定だ。
そしてテンペに到着。しかし休む暇は無い。村人との会話の切り上げはクリフトが得意だろうということで、買い出しをクリフトに任せ、その間私達二人は無人の、北の集会場で小休憩。
ゴーラに挨拶したい気持ちもあるが、それは不要と、ブライクリフトに言ってしまったこともあり、まあよいかと、ぼぅと過ごした。
補給を終えたクリフトと合流し、出発する。
そして。
どっぷり暗い時間、サントハイム王城に到着。
私が入城しては混乱のもとになるかもということで、クリフトが先行し、城門の死角でクリフトを待つ。少しして、統括長官サーブルとクリフトがやってきた。
彼はレナに膝をついたりしない。
「ご無事で何より」
とまず彼は囁いた。
「お召しにより参上しました」
と私の皮肉めいた返しを、彼は苦笑で受け入れた。彼が例の手紙の差出人だった。彼はブライとクリフトに向き合う。
「今回の任務、ご苦労であった。ここで解散とする。明日業務に戻るように」
「御意」
去ろうとするブライ、クリフトを私は呼び止める。
「今回は、私のわがままに振り回されてくれて、ありがとう」
呼び止めはしたが、それが言いたかったことなのか自分でもよくわからず、その後は、言葉がすぐには続かなかった。
「その、そうね、また、お願いするわ」
ひねり出した、そのよくわからない依頼に、ブライとクリフトは顔を見合わせた後、どちらも軽い微笑をもって頷いた。
二人は去っていった。
「では、これを持っていただけますか」
「なにこれ、軽い」
と両手で抱えるほどの大きな空箱を渡される。
「姫は謹慎中に付き、顔を見られぬように」
「なるほど」
これを顔の前まで持ち上げ、顔を隠しながら歩くというわけだ。夜で良かったかもしれない。
「では付いてきてください」
という彼に質問をする。
「とりあえず一つだけ。お父様のご加減は?」
「無事です。今も政務についておられます」
「喉というのは?」
「喉のみの話です。詳細は後ほど。実際に確認されたほうが良いかと」
「なるほど、わかったわ」
サーブルについて城に入る。一階、サーブルの書斎へ向かう。そしてその部屋の前には、私専属メイドであった、サリーが待っていた。
ああ。
顔が隠れる箱があって良かった。どういう表情で対面すれば良いが分からないから。とにかく、最初口元がほころぶのが止められなかった。
そのサーブルの書斎を借りて、そこでメイド服に着替えることになった。変装して私の自室に入るという策だ。今、サーブルの書斎にはサリーと二人。
改めて挨拶を交わして。着替えながら私が言う。
「変わりはない?」
「変わらぬようにとのご指示がありました。軟禁されていましたよ」
「ああ、私の部屋に? それは、申し訳ないわね」
私は謹慎していることになっていて、専属メイドが別の場所で遊んでいると都合が悪い。
「いえ、代わりに捗るものもありました。まず、木に当てるマットの試作が三つできています。是非あとでご確認いただければ」
「や、やるわね……」
打撃を木に試す際に、木に装備させるカバーのことだ。木へのダメージを軽減できるよう、私の拳を傷つけぬよう、生物相手の質感を維持するよう、という無茶な希望をしていた。
服を脱ぐのを手伝ってもらう。一人でできることだが、慣例通りに。
ワンピースを脱ぎ終わると、サリーの動きが止まった。
「下、何も、履かれていないのですね」
「ええ、まあ? このタイツ以外は」
「蹴り技は封印されている?」
「もちろん」
と、面倒な空気を悟り、私は堂々と嘘をつくのだった。
メイド服の姿でサリーと自室に入る。
部屋の前は
さて、自室だ。変わらぬ部屋。あれほど飛び出したかった部屋。
私を迎えてくれるようだなんて感傷を抱くことになるとは。
ああ、きっと違う。明日にはまた飛び出したくなっていると予言したい。そういう感情とも、長らく付き合っていこう。
「さて、着替えましょうか」
まさしく私の服だ。その後は、指定された時間まで、いつものお茶を楽しみながら、旅の話をサリーと共有するのだった。サリーは話を聞いている間、何度か固まっていた。固まったところは全て、どうか口外しないでね。
体感としては三十分ほどしか経っていないと思う、サーブルが私を呼びに来た。
サリーは自室に残し、彼と王の執務室へ。姫の恰好で姫として歩く自分がなんだか不思議だった。
あ、お父様相手に、どんな態度を取ればよいか、もっと考えておけば良かった。
部屋に入る。
お父様は普段通り、正面の机で書類仕事をしていた。
「ただいま旅から戻りました。暗に旅を許可していただいたようで、ありがとうございました」
お父様は手を止め、こちらをじっと見るのみだった。感情が読めない。いや、機嫌が悪い? 体調か。
「ところで、お加減が優れぬと、お聞きしましたが」
それには、隣りにいたサーブルが答える。
「異変は一点のみです。声が、お出にならないのです」
それは、そう手紙に書いてあった。
「声。喉? 腫れている、の?」
そうは見えない。見えるものでもないか。
「全く原因は確認できていません」
とサーブルが説明する。
お父様は机から立ち上がり、机正面のソファに座る。サーブルが、私も対面に座るよう促す。
「よくわからないのだけど、喉が痛むわけでもなく? 声が出ない、以外に説明ができないの?」
お父様は軽く笑みを浮かべながら、首を横に振る。サーブルも答える。
「はい。医者としても原因や、今後の症状も、皆目検討もつかぬと」
「なる、ほど」
ソファに身を預けていたはずだったが、無意識に前のめりになっていたため、改めて体をソファに沈める。体調をどう心配して良いか、わからない。手がかりが無さすぎる。
「私はどう振る舞えば良いのかしら? そもそもその情報はどこまで隠蔽されているの?」
サーブルが答える。
「このことを知るのは他にはダールのみです」
ダールとは小間使いの男性の名前で、お父様にとって、私のサリーのような存在だ。サーブルは続ける。
「周りのものには風邪としてお伝えしています。喉の激痛のため、会話を極力避けている、と」
「結局、体調不良と公にはしてしまっているのね。まあ仕方がないか」
「政務には支障をきたさぬようにと」
「なるほどね」
私ができることは、いかに軽い風邪であるかをそれとなく広めることくらいか。
「大体わかったわ。念のため、私が王城にいた方が安心ってことね」
お父様は目を細めることをもって回答する。いや、あの手紙差出人はサーブルであって、お父様が私を呼んだわけではない。
サーブルが答える。
「はい、勝手ながらそう判断いたしました」
話は以上という雰囲気だった。
さて。
私が腰を上げない数秒があった。お父様に切り出してみる。
「10分ほど、お時間ありませんか? 特に何かというわけでもないのだけど、城を出て何があったか、話をしたいなと思っただけで」
お父様の目が若干見開かれる。慌てて言葉を続ける。
「いや! 本当に何かあったわけではないの! 丁度ほら、お土産?があって! 今回の旅は許可いただいたようだし、少しくらい話を聞いていただいてもね!?」
小さく頷くお父様をサーブルは確認し、サーブルは口を開く。
「承知しました、私は席を外しましょう。……それですか」
私がずっと握っていた小瓶を彼は指す。
「そう、お願い。ダールを呼んでもらえる?」
「はい、承知しました」
私はお父様に話しかける。
「これはデザフェスって、ご存じです? ゼグラス砂漠の催し物、といえばいいのかしら、そこで手に入れたもので、喉の症状に良いらしいのだけどーー」
全く根拠のない考えだけど。今の状態はお父様自身が一番不安なのでは、と思った。私程度がおこがましいが。
何か、ゆっくりとした時間を作りたかった。
本当は旅を許可してくれた背景を聞きたかったが。そういうノイズは、今は要らない。
入室してきたダールに紅茶を頼む。そこに蜜を混ぜるという案だ。葉はリンゼにしよう。
ダールは味見をして、「なるほど」と言った。
ね、組み合わせも良いでしょう?
茶の用意が終わり、ダールは退室し、私とお父様の二人になる。
「まずは、サランからね」
私がカイラス様と夕食を共にしたこと。テンペ、は何も言えないな、どう報告されているかもわからないし、流してしまおう。
フレノールは、これも何といえばいいか、街並みや宿についての無難な話でいいか、そんな話をしていて、時折紅茶を口に運ぶ。
やはり硬めの渋い茶にも蜜は合う! 混ぜてあっても、甘さと渋みの時間差が良い。甘さの隙を埋める苦さ、とも表現できる。
砂糖は普段少なめの私だが、お茶に甘さは不要という考えなのだが、それとは全く別の楽しみができて良い。私もこれに狂うかもね。
……お父様は飲んでも表情に変化がないのが残念だけど。感想を聞くにも聞けないし。
そのとき。こん、と。
お父様が咳払いをした。
声が出なくても咳は出るのか、などと変な感想を抱いた。そして。
お父様の様子がおかしい。小さい咳払いを連続して。
「ぉ、お、あ、あ」
どう考えても、発声している。
そして4秒顔を見合わせたおかげで、まばたきのたび、お父様の表情が歓喜に染まっていくさまを、まじまじと確認できた。
「ななんだこれは! 声が出る!」
「おめでとう、ございます!? 今治ったのですか! 実はすでに快復されていた、ということ?」
「そう、なのか? そうなのか……。これが原因かもしれんが、ともあれ、良かった。ああああ、ああ」
とお父様は、テーブル上のカップを見つめていた
「ひとまずダールをお呼びしましょうか」
と呼び紐へ向かうが、
「待て!」
と強く止められてしまった。
えっと、何? 止める理由がある? 治っていないふりでも続けると?
お父様はソファに座り直し、テーブルを見ながら何かを考えている。私も、座ろうか。
時間が流れる。声、出るんだよね? そんな不安が顔を出す数分後、お父様はテーブルを睨んだまま、言葉を出した。
「私は決めたぞ」
「何を、でしょうか」
「お前に任務を与えたい」
「にん、任務」
なんと私に似つかわしくない言葉だろうか。全く想像がつかず、お父様の言葉を待つ。
お父様は私をじっと見た後、立ち上がって、机から紙と筆を持ってくる。
ソファ前の机にそれを広げ、紙は白紙だ、そこに文を書き出した。
声、出るんだよね? 急に不安になる。
しかしお父様は筆に集中している。
書いている内容を見ても良いのかな?と思いつつ、私もそれを覗いてみた。
……。
私は悪夢を見た。
私は○月✕日、悪夢を見た。
巨大な化け物が地底から蘇り、世界がそこから侵されるという夢。
それをサーブルに話そうとした途端に、声が出なくなった。
……。
お父様は再度私を見た。
「私は、悪夢を見た」
彼は、書いた内容を順に発声していく。
お父様の声が出ることに安堵しつつ、私はこの状況がよくわかっていなかった。
紙に書いた文章を読み終えても、お父様の言葉が続く。
「お前は夢を見るか?」
これは私への質問だ。
「夢、寝ている間に見るあれ?」
夢は見る。空を飛ぶ夢とか高価なワインを飲み浸かる夢とか。
お父様は続ける。
「私はたまに予知夢を見ることがある」
「予知」
良かった、私のくだらない夢の例を言わなくて。と同時に、お父様は怪物の出現を予知したのだと気付いた。
「予知と言っても不完全なものだ、私は最初これを予知と思っていなかった。しかし、何とは無しに人に話そうとした途端に声が出なくなった。禁忌に触れるからか、それは悪魔によるものか、神によるものか。どちらにせよ、それ以上の根拠なく、私はこれを予知夢であったと断定することにする。お前にはこの調査を頼みたい」
「私!? 嘘でしょう、どうして?」
本音だ。
「私がそれだけこのことを重要視していることだ。また、機密事項に触れるということでもある」
「機密?」
「ああ、今まで言っていなかったことだ。私が予知夢を見る。これは機密だ。今の五長官誰もそれを知らない。知っているのは一線を退いたもの、存命なのは、ローグ、ゴン、ああ、ブライもな。そのくらいだ」
「なるほど……。では私がそれを知るというだけでも、なんと言いますか、重大な話ですね」
「そしてこの能力はサントハイム王族に伝わるもの。お前にもいずれ見えるようになるだろうし、いつかは伝えねばならん事項だ」
「えっ、そうなの!?」
「自覚は無いか。何年先になるかはわからないが。私は5歳のころには発現していた。お前も見えるようになる、これは予想ではなく、予知だ」
「はぁ」
「さらに言うと、お前が城を抜け出す様も予知していた。私はしばらくそれが解釈できず、止める方向に動いたが、止めずともお前は不幸でないことが見えるようになった。ならばと、脱走に至るまで逆に圧力をかけたというわけだ」
あ、あれを圧力と呼ぶか……。
「もうちょっと優しく対応いただいてもよかったのだけど」
「すまんな」
とお父様は初めて私に対して笑った。そして続ける。
「予知できるということは、そこから離脱できるというよりは、そこに縛られるようになる。お前もそれがわかるようになるだろう」
よくわからないが、そう自由なものではないらしい。便利なものではないのか。
「話を戻すわ。怪物の調査ね。手掛かりはあるのよね? どういうものなの?」
「さほどは無い。怪物はまず地下にいるようだ。また、その地上の近くには人が住んでいるようだ」
「……地下ってどういうこと? 埋まっているの? あと人が住んでいるとは、村? 街?」
「わからん」
「見たのでしょう? わからんってことは」
お父様は如実に視線を外す。
「わからん。夢で見た情報をこちらに持ち帰るのは、そう容易いことではないのだ」
「つまり?」
「見た内容を忘れる」
「……」
「お前も! いつかわかるようになる!」
そう便利なものではないらしい。
「わかった、わかったわ。今の話だけで引き当てろってことね? 承知しました。自信は無いけれど、正直、面白そうだわ」
「お前に任せるべきと確信している。結果までは保証できないがな。国外の調査となることは良いな?」
「もちろん」
それを面白がってはいけないだろうか。
「そうか」
とお父様は数秒テーブルに視線を落としたが、すぐに私を見た。
「ではこの件、任せたぞ。連絡手段を決めておくか。各地の教会を使って調査の進捗を、手紙で共有するように。文面は、アイス暗号を使う。わかるな?」
「昔やったわね、覚えているわ。全文? 頭文字だけ? 鍵はどうします?」
まず解読対象を聞いている。全文対象に解読をかけるとなると、解読対象がまるでランダムな文字羅列に見えてしまうという欠点がある。一方で頭文字だけとは、暗号文の頭文字のみを並べて解読をかける。これだと暗号文は自然な文章にできる。しかしそのためのダミーの文章考案がかなり面倒である。
「全文で良いだろう。鍵は……」
暗号文作成と解読のためには、鍵となる語句が必要。お父様は2秒斜め上を見た。
「レナンディア、でどうだ」
お母様の名前。私の偽名レナを当てこすっているのだと感じ、自分の眉が寄るのがわかった。
でも、待って。私の偽名が、果たしてお父様への報告内容に載ったのだろうか?
もしかしたら、本当にもしかしたらだけど、私の偽名を今知らずに、ふと思いついた語句を言ったのだとしたら?
それがたまたま、偽名を考えたときの私の思考をなぞったと。
……まあ良い、わざわざ聞くこともない。
私が頷くのを確認し、お父様は続ける。
「宛先、私のことは、サランのクランと書くように。それで私に届く。お前の名は? 何か偽名が?」
うっ、結局その話か! これは恥ずかしい。しかしこの恥ずかしさ回避のためだけに、ここで新たな偽名を使うのも面倒なだけ。
「レナ、です」
お父様は目を見開いて固まった。あ、顔を背けた。
「そうか」
ちなみに私も顔を背けていた。
「……この任務、ブライ、クリフトも同行させよう。サーブルにも話をしておく。今日の入城と同様の方法で出ると良い」
「はい。……ちょっと待って、クリフトには機密のことを何と言えば?」
「任せる」
お父様はソファから立ち上がって、執務机に戻ろうとしていた。
「任せるって」
どこまで言う、言わないを考えるのは、面倒だ。もう全て言ってしまうことになるが。
あ。
それで面倒なことに1つ気がついた。
「一応確認だけど、予知のことはカイラス様は知らない?」
教皇カイラス。
「ああ」
「ああああそう!」
それが教会側に知られると、なんとなく、面倒なことになりそう! だって予知って、神の御業の範囲じゃないの?
お父様はにやりとする。
「ばれても、あいつなら黙ってくれるだろう」
「それって予知!?」
「いいや、単なる勘だ」
「あら、そう!」
自室に戻る。
謹慎状態という嘘は継続したまま、今度は王命により、城を離れることについてサリーは、はい承知しましたと言った。流石に詳細は伏せるし、サリーはなんとなくそれをわかっているようだった。
ところで、先ほどこの部屋でお父様に呼ばれるまでの時間、侍女だったコーネリアへの手紙を考えていたのだった。
当初考えていた内容は改める。
帰ったのでまた訪問してほしい、ではなく、再度旅に出ること、元気であること。
それを書き上げるころに、サーブルの訪問があった。明日の朝に出立することになった。
あとお願いして、夜食を用意してもらった。自室で楽しむ。なにしろ謹慎中なのだから!
安心する味、という新鮮な感想。皿と会話するかのように、ゆっくりと楽しんだ。サリーともね。
ああ、彼女には、ずっと借りていたカバンを返却した。酷使しすぎたせいで、紐はほつれ、いくつか穴も開いてしまい、悪化しないよう、途中から使わないようにしていたものだった。今では別のかばんを入手し代用していた。
それについてこちらが何度も謝るも、返ってくるのは感謝ばかり。弁償を申し出るも、「家宝にします、お気遣い無く」とのこと。なんでよ!
さて、もうそろそろ寝ないと。
日課として体を動かして寝るはずだったが、ベッドに腰掛けるうちに、これは贅沢な時間だと認識して、そして次第に誘惑に負けていってしまった。