予想よりは早くに自然と目が覚めたが、コンディションは最高。夜に自分で明かりを消さなかった気がする、という軽い罪悪感以外は最高。
朝食を取った後、身支度を済ませる。
再出立が決まってからサリーとは、なんとなく、気まずい時間を過ごしていた。それはそれで、申し訳ないと思いつつ。
一旦メイド服に着替えてサーブルの部屋に行き、そこではサリーも手伝ってくれつつ、身支度、旅支度を整える。
「また軟禁ということになってしまうのかしら」
とサリーの身を案じた。
「王命の任務となれば致し方ないかと。そうですね、姫様のわがままではないとなれば、まだ我慢できます」
前回は私のわがままによるものだったと。その意図的な軽口に、私は笑ってしまう。
「旅に出て、なんとなくだけど、ここが私の家とわかったわ。帰ってくる場所と。任務が終わるのを待っていて。長くても、例えば3ヶ月?」
「長いような、短いような」
「本当にね」
準備が終わる。
サーブルの部屋を出、部屋前で待っていたサーブルと合流。サリーから例の大きな空箱を渡される。
箱を受け取るため近づいた際、お元気で、と小声があった。
私は体を左の方に向けて、付随して箱も左にずらすことで、サリーの目を見れるようにする。
「じゃあね、また。次会うことを楽しみにしてる」
そんなレナの言葉に対し、サリーは深々と頭を下げた。それを注意することはしなかった。
廊下をサーブルの後ろについて歩く。構わずサーブルは、声量を落としつつ話しかけてくる。
「言葉使いも学んでいるようだな」
そういう彼の言葉使いは、レナに対してのものだ。
「まあね。変?」
「あなたが話しているということだけで、どうしても変だが」
「なるほど」
曲がり角。周囲に人はいない。
「貴方が何をされたか、王からは教わりませんでしたが、貴方が王を治癒されたのですよね」
「買いかぶり。一体何が効いたんだか」
それは本心だ。
「君が帰って来、姿を見せたことだけでも価値があったのやもしれぬ」
ああ、十字路が近いからまたレナへの言葉使いになったのかな。
「私にはわからないけどねー」
見回りの
多分、私に見向きもしなかった。
入城した際は、箱に隠された私の顔を覗くような
「次の貴方の帰還を待ち遠しく思います。何の任務かは正直想像もできませんが、また驚かせてくださるでしょうと」
「あはは……」
今回の任務は手がかりがほぼ無い以上、自信はあるわけもなかった。
城門を抜ける。振り返りたくなる衝動に駆られたが、眼の前の箱がなんとなく、そうさせなかった。
門からの死角まで回り込むと、ブライとクリフトが待っていた。彼らはすぐに跪き、サーブルが口を開く。
「ご苦労。確かに品を受け取った。報酬はその箱に入っておる」
中に軽い何かが入っているかと思ったが、なるほど、お金かな。私達は何か配送を請け負っていたということだ。
「また何かあれば連絡する」
とサーブルが去る。
あっと今、箱を置いて私も彼に跪いた方が良かったかなと思った。
さて。
二人と向き合う。
「昨日ぶり。その……、よろしく」
事前に決めていた格好良い再会セリフは、全く出てくる余地が無かった。クリフトが答える。
「また、よろしくお願いします。ひとまずここから離れましょう。お聞きしたいことがいくつかありますので」
「どこに行く? どこか宿?」
「直近の目的地次第ですね。どちらです?」
「こ、国外」
どうも詳細の話は彼らには共有されていない様子。しかしなんとも間抜けな回答。
「なる、ほど? 少なくとも玄関であるフレノールへ行く必要はありそうです。ではフレノールへは、陸路か、海路か」
「海路……。少し魅力的ね」
「陸路であれば、道中重要な話がしやすいというメリットもあります。また、定期便は明日ですので、むしろ陸路の方が早いですね」
周りに人がいない方が、話しやすい事項もある。今回は特に、か。
「では残念、また陸路でフレノールを目指しますか」
「承知しました。準備は済んでいます。すぐにでも発てます」
なるほど。
「行きましょう」
三人で王城西門の方向へ進む。
サランの街が向こうに見えた。
街の中を十分回ったことは無かったなと気づく。裏返すと、フレノールもデザフェスも、楽しみ過ぎた。
今回の旅は楽しんで良いものなのか、よく、わかっていない。
幸い、フレノールに到着するまでは時間がある。一つずつ整理していこう。
皆で。
「さて、そろそろいい?」
「はい」
と、テンペまでの道を先導するクリフトに話しかける。隣のブライは頷いた。振り返っても街は見えない。
しかしクリフト、旅衣が変わっている。それ、神官帽にも似ているが?
「その格好、何?」
歩いているクリフトが振り返る。
「え? これですか。フレノールの事件を受けてです。目立つなら私が良いかと思いまして」
「教会の人間として?」
「はい。ご存じてはないですか? 教会の正式な旅衣です」
50cmはありそうな背の高い、若葉色の帽子。その正面の聖教印、サントハイム王紋にも使われる図形。今となってはその印、なんだか、いいなぁ。
「そうなんだ」
「そういう話ではなくですね」
「あ、うん」
開けた平野を貫く街道を進んでいる。この様子では直近、人とすれ違うこともないだろう。秘密話をするに好機だ。
「今回は、王命による極秘任務。地底から現れるだろう、大型の魔物による被害を減らせと。それは討伐できるレベルの相手ではないみたい」
「現れる、だろう、とは」
と、これは振り返らずに返答するクリフト。
ちらりとブライを見る。ブライは目を見開いていた。これだけである程度、伝わったようだ。
「お父様は、予知ができるみたい。今言った内容以上の話は把握されていないみたいだけど、被害をなんとか抑えられないか、と」
クリフトは別段驚かなかった。
「予知ですか。それでももう少し、具体的な情報を予知されたのかと思ってしまいますが」
なんでなにも驚かないの!?
「ちょっと待って! そもそも予知ということについては!? もしかして知っていた?」
クリフトは振り返り、こちらを見る。
「いえ? 驚きました」
「全然驚いていないじゃない」
「そう、言われましても。ブライ様だって」
「わしは知っておった。何十年も前だが」
「そうでしたか」
「これ、重要機密だそうよ」
「気をつけます」
全く軽く、受け取られている気がする。
念押しをもう一つ。
「あなたのお父様には特に言わないように」
「はい。……ああ、なるほど、そういう心配ですか」
一応思い至りはしたようだ。が、やはりクリフトはさらっと続ける。
「もちろん、予知というものがあるなら、それは不思議な技能とは思います。予知は、確かに聖書にもありますが、今回はどちらかというと、人を導くような方向ではないと思います。父上も全く気になさらないかと」
「そう……」
基本的に、クリフトの楽観的な考えは信用ならないとは思う。
ただ一方で、私のイメージの教皇カイラス様というと、面白がって予言能力の詳細を聞いてくるのではと。どういうのが見えるんだ?と。
あれ? 私の持つ、教会が厳格なイメージはどこから来るのだろう。彼ら二人以外が、厳格な信徒なのだと思うことにする。
ブライ、クリフトには、予言がいかに曖昧なもので、今回も全く具体的な情報がないことを説明した。
それを聞いた最初の私がそうだったように、クリフトは若干不満気味だったが、それを私に言われても困る。お父様に聞いてほしい。お父様はお父様で、そんなことは神に聞いてほしい、というのかもしれないが。
いや、神と表現するのは良くないんだってば。
「やはり最初に向かう国は、エンドール王国でよろしいでしょうか」
とクリフトは切り出した。
「お隣ね。それでいいけど、ちなみに他に選択肢はあるの?」
「いえ、エンドールを経由しないことには、船を借りでもしない限りは他国に出られません」
「そうなんだ。フレノールから船がエンドール以外には出ていないのね」
「定期便という意味では、出ていないはずです。あくまでもエンドール行きのみです」
「では私達は、フレノールから船でエンドールと」
「はい」
「では、さっさと行きましょうか。前は、方向こそ逆だけど、テンペまで、10時間くらい、そしてフレノールまではさらに7時間くらい? さて、今回何時間短縮する?」
あ、ブライは嫌そうだった。やめておこう、急ぎの旅ではないのだから。
夕方前にフレノールに到着した。いつもの宿で部屋が取れた。
クリフトは出港の日時を確認するというので、面白いことがありそうと私もついていこうかとしたが、止められてしまった。
誘拐事件の起きた街だ。そして、船着き場、そこに受付場もあるが、治安もあまりよろしくないようで。
……いや、ここはここで、誘拐事件の起きた宿だけどね?と発言してみたが、ここのような狭いスペースであれば、人数で押し切られることもなく、私とブライで遅れを取ることがないだろう、という回答だった。なるほど?
いったん自室に引っ込み、一人体を動かして退屈を紛らわせていると、音で、クリフトが船着き場から帰ってきたようだとわかった。
クリフトらの部屋に行く。
「いつ出港?」
「それが」
とクリフトはわずかにしかめた顔で切り出した。
結論から言って、定期便が休航になっていた。
そもそも定期便のルートは、フレノールからエンドール王国に行き、その後その北のボンモール王国まで進み、折り返し、またエンドール、フレノールへ戻るというもの。
その船が、一週間前にフレノールに戻ってくるはずが、戻ってこない。原因は未だ不明。そのための調査船が明日出航予定とのこと。定期便復旧のめどは立っていなかった。
とはいえ、私たちは待つしかない。これから1、2週間? それで済むだろうか?
そしてその間、何が出来るか。デザフェスも終わってしまったことだし、この国でやりたいことがすぐには出てこない。
どうしたものか。
そんな私の様子を察してか。時間をおいた後、ブライが1つの提案を出す。
「陸路の選択肢が、1つございますれば。我らの足をもってすれば、2日、3日程度でエンドールに到達できるかと」
「へぇ、そうなの?」
陸は繋がっていないという記憶なのだけど。
「一体どのように?」
とクリフトがブライに尋ねる。
「ゼグラス砂漠の東に、オーボンヌ教会跡と呼ばれる場所がございます」
教会。クリフトの様子を伺うも、眉間にしわが一本できただけだった。
「そこがエンドールの大陸に繋がってございます」
へぇ、知らなかった、地下道でもあるのかな、そういうこともあるのね。
「本当ですか、あそこの地下ですよね!? 危険なアンデッドが多いと聞きました」
お、おお? そういうリスクがあるということ?
「それはの、表向きの嘘よ。まあ、行けばわかる」
とブライはひげの下でニヤリとした。
アンデッド? 出ない?
「わかりました……、しかし教会跡も
「話は事前に通してあるに越したことはないか、さて」
「では、二番隊隊長に話をしに行きますか。彼はまだこのフレノールにいるでしょう。私の持つ命令書だけでは弱いので、彼をここに連れてきて姫を見せるというのは」
「よろしく頼む」
話がとんとんと跳ねて行ってしまった。
出ていったクリフトを待つ間、ブライからもう少し話を聞く。
オーボンヌ教会跡。
そこにはエンドールの大陸へ繋がる通路がある。実際にどういった通路なのかはお楽しみとして。その通路の重要性から、一般にはその通路の存在は隠蔽されているとのこと。
なんだろう。
広めない理由は、吊り橋のように、破壊しようと思えば簡単に破壊できてしまうため、などだろうか。あるいはエンドール非公認のルート?
まあ良い。
隠蔽の手段として、あそこはアンデッド巣食うダンジョンに繋がっており
なるほどね。
そうこうしているうちに、クリフトが戻ってきた。隊長を連れてくるかと思いきや、一人で帰ってきていた。
「すんなり許可証を頂けました」
「へぇ、そう。何か言っていた?」
「いえ、特には。私からは、エンドールの大陸に渡るためとは言いましたが、それだけです。あとは護衛が必要かと聞かれましたが、不要と回答しました」
「まあ、そうね、不要かな。彼は職務を越えて、味方になってくれているのかな?」
教会跡の利用可否は
「どうでしょう。表情や態度には感情を出さない方ですので、なんとも言えません」
わかる。彼とは城内で会ったことはあるが、当時、話しかけたところで取り付く島もなかった。
任務に忠実すぎる人なのかなと思った。とはいえ今回、もし任務に忠実なのであれば、独断で通行許可は出さないはず。
読めないお人だ。
許可証を見てみる。……入場許可か。入るだけの許可であり、教会跡の中で何をするかは関せず、という判断なのかもしれない。