真面目新訳第二章 おてんば姫の望見   作:赤色ねんね

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(21) エンドールにて

王との謁見までの待機時間をモニカ姫と過ごしていた。

「エンドールへはなんの目的で?」

「私はフレノールの商家の娘です。世界の中心と謳われるエンドールをひと目見てみたいと思い、従者を連れて学びに来ています」

「従者……。教会の方よね?」

おっとクリフトのことだ。

「はい、ただ彼は、その、騎士団にも籍を置いていて、護衛として雇っています」

「んー、商家……」

武術大会の参加者としては相応しくない肩書と思いつつ、この場で嘘を新たに考える自信もないので、当初の設定をそのまま言ってしまっている。

クリフトが補足を入れる。

「レナ様は幼い頃より武術を嗜んでおります。商家の仕事よりよほど才能がおありです」

棘の感じられるフォローだ。

「それは頼もしいわ。お父様のお眼鏡にかなうと良いのだけど」

それも怖い話だ。国王からじっと観察されるなどと!

さて、私の話ばかりだとボロが出てしまいそうだ。質問する側に立てれば少しは安全だろうか。

「ところで。結婚相手を探すという今回の大会ですが、なにか結婚を急ぐ理由があるのですか?」

彼女は冷めた目で笑った。

「ありませんよ、何も。以前からぽつぽつと、どういう相手が良いかとお父様から聞かれることがあり、ぽつぽつと答えていっただけです。優しい人、頼りになる人、強い人などと答えました。それが……、それがどうしてこんなことに! と、そういう経緯です」

「強い人とおっしゃったのは、そういう意味では無いということですね?」

「うーん、あまり具体的に考えずに言ってしまっていました。もちろん大会で優勝できるような方は一つの理想です。しかし、優勝さえすれば誰でも良いというのは、違うように感じます」

私なら、国益に寄与できる結婚であれば仕方がない、という思想だ。その意味では、この大会の様に、素性の知れない人と結婚して意味があるのか甚だ疑問ではある。

ただ今回姫は、どうもそういうロジックではないようだ。私とは事情が少し違うのかな。サントハイムと文化が違うのかもしれない。サントハイム王とは、教皇と並び立つ存在。もちろん、ただ腕がたつというだけで許される地位ではない。

しかし、結婚相手か。そもそも私はお父様とそういう会話をしたことがないな。

「武術大会の優勝者をというのは一つの具体的な、結婚相手決定ステップですね。そうではない、思い描く理想のステップはあります?」

私の内面に質問するように、私は彼女にそう聞いてみた。

「ステップですか、面白いですね。うーん、ステップ……」

「例えば、隣国の王子や貴族からパーティで突然求婚される、とか?」

何冊かの本で見たシナリオ。

モニカ姫の目が見開いた。

ん? 図星? それで、こんなに真っ赤になる?

次に彼女は、衛兵や、クリフトを一瞬見た。これは、あまり人には聞かれたくない話ということだ!

自然に話を流そう。

「なんでもないです忘れてください。理想があるなら、妥協するにはまだ早いですよね!」

可能性は二つ。

一つは、自分の少女趣味的な理想を当てられて恥ずかしいという可能性。でも王族なら、私の挙げたケースこそ普通じゃない? 他に出会う機会なんてないでしょう。町娘が憧れるケースではあるのだろうとは思うが。しかし目の前の女性は、姫。従って、多分違う。

もう一つの可能性は、すでに近しい状況を経験済みで、そしてそれを自分自身、好ましく思ってもいる、ということ。ではその相手は誰?という話になる。人が見ている前で突っ込める話題ではない!

なるほどね。となると、私の優勝請負の責任がより重くなってくる。仕方がないな。

モニカ姫は落ち着いたようだ。

「同じくらいの年齢のあなたに、妥協しないでと言われるのも変な話よね。あなたは歳はいくつ?」

「16です」

「私と同じじゃない……。あなたにはそういう話は無いの?」

「全く。父から何も言われたことはありませんし」

とはいえお父様は何か考えているのだろう。それに従うしかない。それまでの自由だ。

「ああ、王族以外は結婚が遅いと聞くわね、16歳はまだ早すぎますか。ごめんなさい」

「いえいえ」

あははと私は返した。

性格としては気は合いそうだが、王族としては話がなんだか合わない気がする!

王族なら16歳で結婚という価値観なのか……。

 

そしてついに、王との謁見の時間。とはいえ私は姫の後ろについていくだけ。油断をしてはいけないが。

クリフトも付き従う。

通された間は、執務を行う部屋に見えた。机、書類棚。部屋の中に二人も衛兵がいるのね。サントハイム王の執務室よりも狭いが、応対用のテーブルは無い。客用の椅子は部屋中央から少し外れて2脚あった。姫と、誰用?

「どうぞ?」

と姫から、そのうちの一つの着席を促される。

「いえ、大丈夫です!」

いや、私が座るとクリフトが座れないし、姫と同じ椅子というのも。身分を弁えておくのが良いと判断した。

クリフトはすっとその場に跪いたので、ああ椅子に座らないどころではなく、そうすべきなのか、と私も倣った。

「そやつに、見込みがあると?」

「はい!」

エンドール王、フィリップ。

重厚とした声。

「立ってみよ」

「はい」

私は棒のように立ち上がる。足は肩幅程度に開け、両拳は握る。男性のように!

そして、改めてフィリップ王の顔を見た。

耳にかかる程度の、暗いブラウンの長髪をオールバックにしている。

私のお父様がそれをやると童顔に見えるのだろうなぁ。しかしフィリップ王は顔の彫りが深く眼光も鋭く。体格も大柄だ。

座られている椅子と一体となって、部屋と一体となって。

お父様やカイラス様に無い威圧感を、びりびりと感じてしまう。

無言の時間。何秒?

フィリップ王の目が一層細くなった。

「名前はなんと言う」

「レナ・スタンフィードです」

「レナ・スタンフィード。レナ……」

そうつぶやきつつ、フィリップ王はゆっくりと右手で自身のこめかみを撫でた。

その後さらに右手を上げ。

親指、人差し指、中指で3を示した。

うん?

「えっ!?」

と言ったのは部屋の衛兵の一人だ。

しかし次の瞬間には、衛兵二人は、抜剣!? と同時に、隣のクリフトに手を引っ張られる。

クリフトも抜剣している。彼は私にだけ聞こえる声で、

「右をお願いします」

と言いつつ正面、フィリップ王を見据えている。

いや、いや! これどういうこと!?

私の頭の混乱を、フィリップ王の笑いがかき乱した。

「すまんすまん、冗談だ、お前たち、納めろ」

これは、何か反応を見られた? フィリップ王が続ける。

「衛兵。退出せよ」

「承知しました。……我ら二人共でしょうか?」

「無論だ」

「はっ!」

ええと、部屋にフィリップ王、モニカ姫、クリフトと私だけになる。

「さて、これはどういうことだろうか、サントハイム、アリーナ姫?」

ばばれた!? フィリップ王は再度鼻で笑い、続ける。

「認めるな? 面影といい、態度といい、名前といい、違和感しか無いぞ。護衛も多少は腕が立つようだな」

いろいろと細かいところでぼろが出ていたようだ。

「お会いしたこと、ありましたか?」

「ある。まだそなたが、3歳か、4歳くらいだったか」

覚えているわけがないし、そんな面影なんて残っていない自信がある!

フィリップ王はモニカ姫に告げる。

「お前も、この者の違和感を嗅ぎ取ったのは良かったな。もっとも、それを強者と誤解してしまったようだが」

「ええ、ええと? サントハイム国の、アリーナ姫様で、いらっしゃる?」

これは。一応クリフトを見る。

クリフトはその視線に気づき、頷いた。ごまかせない。

「はい、アリーナ・サントハイムです。偽名を名乗る失礼をいたしました。王命により、身分を隠して任務を遂行しているところです」

「ふむ。詳細は聞くまい。エンドールに敵対する意図は無いのであろう」

「無論です」

どうなるかと思ったが、トラブルの方向に進むことはなさそうで、一安心する。

フィリップ王は続ける。

「モニカが誤解し、武術大会の話を強引に進めようとしてしまったようだな。こう素性が明らかになった以上、大会の話は無かったこととして良いだろう?」

モニカ姫は申し訳なさそうな顔をしていた。私の見たくない顔だった。

「いえ! 私がお役に立てるのなら、ぜひ参加させていただきたく思います」

フィリップ王の眉間に皺が寄る。

「武術大会に、参加すると? こちらとしては、隣国の姫を危険にさらすわけにはいかぬ」

「アリーナではなく、レナとして扱っていただければ」

「それは、そこまで、大会を勝ち抜く自信があると申すか」

「自信は、わかりませんが、自分として良い経験になると考えます」

一睨みされる。

「従者、そなたの考えは」

と、フィリップ王はクリフトに話を振る。

私の回答は良くなかったな。彼はすんなりと答える。

「一度、アリーナ姫の鼻をぽきりと折る機会があればと、常々考えていました。良い機会と存じます」

フィリップ王は、ふはっと噴き出した。

「よろしい! 双方に利益があるということ。参加を認めよう、レナよ。特別加減できることは無いが、棄権はいつでも受け付ける。好きにせよ」

「ありがとうございます」

「担当の者を呼ぶゆえ、いましばらく城内に残るように」

「はい」

「他に何かあるか?」

「……いえ、何もありません!」

と、私が答えて良いのだろうか!とモニカ姫を見た。

「では皆、下がれ」

「はい」

退出した直後。

さて、この廊下で担当者を待ち受ければよいのかなと思案開始した時。

「レナさん、私の部屋で、少々、お話しを聞いても?」

と、モニカ姫は笑顔で言う。付き合いが短くてもわかる、これは、なんらかの感情を押し殺した笑顔だ。

 

モニカ姫の自室。寝室ではない応接間もあるのね。

クリフトは部屋の外で待機しており、部屋には二人だけ。

一応牽制しておく。

「私はあくまでも、レナということで一つお願いします」

「二人きりなら構わないでしょう!?」

それは、その通りなのだが。

モニカ姫は止まりそうにない。

「隣国のお姫様が、一体、こんなところで何をしているのです!?」

「それは、とある王命に従っているまでで……」

「配下の者にやらせるでしょう普通!?」

「王家に関わる、極秘事項に触れるため、私くらいしか、適任者が、おらず……」

ブライやクリフトも極秘事項に触れているなーと思いながら。そういう進め方を予知し促したお父様が悪い。

「お姫様が、身分を隠して、少人数で国外訪問だなんて……なんて自由!」

それ、ポイントがズレている気がするが。

まあ、以前の私から見ても、自由としか感想が出てこないかもしれないが。いや、弁解しよう。

「誤解です。私も数週間前までは城からの外出が禁じられ、それに限らず、あれもだめ、これもだめと言われて育って来ました。それが嫌で、ついに家出してみたわけですが」

「家出!? それで、あなた……」

エンドールまで家出して来たと、さらに誤解されている!?

「ええと!」

どこから話せば良いものか。この数週間の出来事を簡潔に話す。伏せるところは伏せて。行きつ戻りつしつつ。

そうして話は、お父様の喉に効く蜜を入手したところの話で、部屋がノックされた。

武術大会の担当者?

「レナ殿と話をさせていただきたく」

と扉から声がした。

姫とは話の途中だったが、乱暴に話をまとめてしまおう。

「とにかく! それで冒険者としての実績がお父様に買われまして! 王命を頂き、国外を回っているところです」

「その腕で全て切り開きなさった、と聞こえます」

「身も蓋もないまとめです」

「私も何か始めようかしら?」

「私と同じである必要はありませんが、自分の誇れるところを見つけることは、良いと思います」

「なるほど、誇れるところ……」

「私、行ってもよろしいでしょうか!?」

「ええ! お話しありがとう、ございます。都合が合えば、またお話しをぜひ」

都合が合えば。

今の身分の差があると、気軽に話せる間柄ではない。私がアリーナ姫として振る舞える時にはぜひ、ということかな。あるいは、武術大会優勝者として。

「はい、また」

と、何かを軽く誓いながら、答えて退出した。

 

部屋の外にはクリフトと、武術大会担当者が居た。

「あなたがレナ、だな? 随分と、若いな」

「よろしく、お願いします」

いや、あなたも若そうだが? 20歳を果たして超えているのだろうか? 長くも短くもない黒髪が逆立っており、それが余計に子供っぽく見える? しかし声質は落ち着いており、目も大人びた、というのか、キラキラさはかけらも感じられない冷たい目だった。いや、第一印象でそれは、失礼な感想だろう。黒の落ち着いた服に紺のマントを羽織っている。

「一応確認だが、王から推薦された、ということだな?」

「はい」

「大丈夫なのか……」

と彼は視線を床に滑らせた。とても心配されている。独り言のように彼は続ける。

「もう一人のほうが全然ましじゃないか」

もう一人? クリフトのこと、ではないはず。ここにいない誰かを指したセリフに思える。

「もう一人って?」

と思わず聞いてみた。

「いや、いいんだが、もう一人女が参加者にいてな。よほど堂々としてたものでな」

女性。間違いなく、モニカ姫の結婚を防ぐための要員だと思えた。

さて。

こんな廊下のど真ん中で、大会についての説明が進む。連絡がつくようにと宿の場所を聞かれる。

「名前、『崖っぷち』です」

「……それ、宿の名前か?」

私はうなずき、彼は不審そうにメモを取った。

引き続き、連絡事項の羅列。

大会は今のところ三日後の朝に開始すること。トーナメント制?であること。対戦相手以外を傷つけたら失格ということ。戦闘続行不能と判断されると失格ということ。試合のたび、大抵の怪我はエンドール教会の協力によりその場で治してくれること。

などなど。

大会中は、出番まで一人でひたすら待機する時間が長いとのこと。

「一人? 従者は連れていけないの?」

「従者ってあんた……」

おっと、普通は従者なんて居ないか。

「いえ、やっぱりなんでもない、了解しました」

「……以上だ。現状ぎりぎりの進行の上、さらにあんたがねじ込まれたこともあって、大会日程が一日遅れるかもしれないが、遅れようと遅れまいと、日時は改めて宿へ伝える。以上、何か質問はあるか?」

「いえ、ありません」

私の様子を不審がっているのか、彼はじっと私の方を見、目をつぶり、そして言葉を押し出した。

「城内では、皆がモニカ姫に肩入れしている。可能なら、お救いしてくれ」

「もちろん!」

「そこまであんたに期待はしてないが」

「はい……」

そうして、私たちは城を後にした。

暮れても盛況なメイン通りに興味を引かれつつ。

クリフトに話しかける。

「なんだか、ごめんなさい」

「大会参加の件ですか?」

「うん。あなたは反対でしょう?」

「いえ、そういうわけでは」

「モニカ王女の前であなたに目線を向けたとき、頷いたでしょう!?」

「頷きましたよ!?」

「あれってどういう意味?」

「そのままです、王のくだらない企みを破砕してくださいという意味です」

「そうなの? 逆に、やめてくださいという意味かと」

「逆過ぎはしませんか」

「絶対、面倒ごとは避けようとするでしょう、あなたは」

「そう、ですが、あれは放置できないでしょう」

「できないけどね……。放置できるでしょう、あなたは」

「いえ、さすがに、あそこまで王家を軽んじられると」

「エンドール王家を」

「エンドールに限らず、王家という概念そのものです。ああいう思想は気づかぬうちに伝搬するものです。恐ろしい!」

武術大会の優勝くらいで、次期王を決めるなということだ。

「まーそーねー」

私とクリフトの概念も若干の差がありそうだけど。話を変える。

「もう一人の女性参加者、どう思う?」

「モニカ姫救出のための人員ですね。他に何人いるか聞いても良かったかもしれません。あとは、その同志の対戦をどうこなすのが理想か、も」

「強さが事前にわかれば勝ちの譲渡ができるけど、戦ってみないことには強さはわからない、という前提のよう。全対戦、最善を尽くすしかないでしょう」

と、しかし私の本題から離れたので話を戻す。

「女性参加者。マリア先生ということはないかな?」

クリフトは目を細め、斜め空を見た。

「まあ、こういうイベントには首を突っ込みたがるかもしれません。競技という面でも、人助けという面でも。しかし世界を回られている方ですから、そう都合良くエンドール周辺に居るか、というところでしょうか」

「そう、だね」

話して、ワクワクした気持ちが少し収まった。

そうして、宿屋へ戻った。

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