真面目新訳第二章 おてんば姫の望見   作:赤色ねんね

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(24) エンドールにて

明朝。

6時45分という中途半端な指定時間に従い、城門へ。正門向かって左手にも小さな門があり、正確にはその前が指定場所だ。

そこでは、出場者は呼ばれるまで待つようにと立て札がある。

他には男性が一名、堀の水路にかかる橋の上で、下を眺めている。おそらく出場者なのだろう。

彼が一人ならと。私は同行していたブライ、クリフトは帰らせた。

ブライとクリフトには、8時にこの同じ場所集合と書かれたチケットが城から配られている。時間差を付けて客を集めるようだ。

その割には、今の時間この場所に観客が全く集まっていないことが気になった。

どういうスケジュールなのか。客の集まり始め、集まり終わりは? 第一試合はいつ開始だろうか。

そんなことを考えながら、一人。水路を眺める先客に話しかけたくもあるが、ボロが出たらどうすると脳内のクリフトが私をたしなめる。

これから戦うかもしれない相手と、何を話して良いかわからないし。

隅に腰を下ろし。門前のちょっとした広場の先、左右に伸びる通りの、か細い往来をぼうっと見ていた。

「ラゴスはいるか!」

と突然声が降ってくる。

見上げると、赤いシャツを来た男性が門から街側へ呼びかけている。先客の男性が手を上げる。

その二人は数秒話して、共に門の中へ消えていった。

なるほど。

すぐ同様に私の迎えも来た。

「レナさん、いますかー?」

 

迎えに来た男について行き、城の中を進む。

城の中、という表現は適切ではないか?

門はくぐったが、城の建物には入らず、外塀を内側に沿って城を回り込むように進む。

迎えの男は少し猫背で、ひょこひょこと歩く。20歳台とは思うが、体も顔も痩せており、もっと若いのかもしれない。

彼はツォルンと名乗った。彼もまた赤いシャツ。制服かな?

「大会は何時に始まるんですか?」

「10時目標です」

「10!? ……なるほど」

あと三時間ほど、そんな長い時間、やるべき事があるということだ。ゆったりと構えよう。

城の背後が見えるところまで回り込んで来た。そしてそこでは、城とは別の建物が姿を現す。これが大会会場、コロシアムか。

塔から見下ろして眺めた時と違い、近づくと一層、大きく感じる。

綺麗な正方形の立地で、一辺の長さは、200メートルくらい? 高い。20メートルくらい?

窓もなく、無骨な石ブロックの壁に、一つ堅牢で巨大な扉。扉の左右にはエンドールの赤獅子三角旗が垂れていた。これ自体が小さな城のよう。有事にはそう機能もするのだろう。

連れられて中に入ると、まずは受付スペース、だと思う。ただ、カウンターはあれどそこに人はいない。一方で赤いシャツを来た人達が右へ左へ忙しなく行き交う。

私に受付は不要のようで。

歩みを止めることはせず、左の扉の先へついて行く。

通路を抜けて部屋。最初、部屋の中が最初に目に入ったとき、中でテントを張っているのかと誤解した。

布だ。

部屋の天井の方に紐を何本も格子状に走らせて固定。その紐らに大きな布を複数枚かける。布が部屋を区切り、それらが、通路と小部屋群を、その大部屋の中に作り出していた。

その布の通路を誘導されて。部屋中央まで行って左折、突き当たりをまた左折、そして右手の、布で仕切られた小部屋に案内された。部屋には背もたれのない椅子二つ。

「じゃ、はい、ここで待機です」

「な、るほど」

だまされたと思って座ってみる。その粗末な椅子には、特に見た目以上の驚きは無かった。

布壁の向こうから不明瞭な小声が聞こえる。それは、そうだろう。布一枚挟んだ隣におそらく人がいるのだ。

同じく座っているツォルンにしばらく動きはないので、つい、しびれを切らしてしまう。

「大会開始、10時まで何をすれば?」

「えっと? 出番が来るまでひたすら待機ですけど」

「10時まで!?」

「声、大きいです。……10時からは開会式で、レナさんの出番はそれでもまだ先です」

それで話は終わりだというように、ツォルンは脇に抱えていた書類を読み出す。

「ええええ……。ちょっと待って一応確認だけど、他の人の試合は見られるんだよね?」

彼は上目遣いの視線だけ私に向けた。

「まさか、見れませんよ。あれ? 聞いてないですか」

「私の出番って、つまりそれは私の試合だけ? そんなことある?」

「そういう、もんですけど」

なんという無駄な時間! なんとか、なんとかならないのだろうか。

しかし彼は手元の書類に目を通すだけだ。

あれー? わたしは何をしたら。

暇だ。

なにか、考えることは、ないか。ありそう。そんな思考がツォルンにばれたようで。

「棄権、してもいいんですよ」

などと提案してきた。

「それは、それだと目的が、達成できない」

「目的って何です? 真面目に勝ち上がるってわけじゃないでしょう」

彼は書類を閉じ、膝の上に置いた。

「真面目に、勝つつもりだけど」

「嘘でしょ?」

話が噛み合わない。

「なぜ?」

「いやだってそうでしょ。全然強そうじゃない」

「強そうって……。年齢のこと? 性別、 見た目?」

「そりゃ、それは、もう全部だよそりゃ」

ああ、だめだ。会話できる気がしない。

「なるほどね、私が一回戦で負けると」

彼は押し黙った。それで会話は終わった。

私も今は言うべき言葉を持っていない。

さて、ではこの暇な時間。まずは、一回戦に勝ったときに彼に何と言葉をかけるか、考えてみた。

「すみません、一つ伝え忘れていました」

と彼の言葉で思考が遮られる。何、良い情報?

「出番が近づくと上に移動します。上に待機室があるんです。そこには外までの扉があり、それが大きくノックされたら──」

手順の話。私の待ち時間は変わらないようだった。

 

「ツォルン、次だ」

この布部屋に顔だけ突っ込んだ人のその言葉で、ツォルンと目が合う。

「行きましょう」

ちなみにこれまでの時間、半分は膝上に突っ伏して寝ていた。その後のストレッチは済んでいる。会場では音楽が流れていたようだ。楽しみたかったな。

誘導され布の通路をついて行くと、なんとなくこの部屋から出るのかと思っていたが、この大部屋(布で仕切る前の部屋という意味)の中央部に上り階段があった。

この大部屋、思ったよりも大きいな。

上った先は薄暗い小部屋。その部屋に入るとまず目に入る正面。そこには部屋の一側面をそのまま覆うような、巨大な扉が備わっている。

これか。

先ほどから外の風の音がうるさい。

少しの間、立ってここで待つ。

突如、雷でも落ちたかと思った。轟音と衝撃が部屋全体を襲う。

思わずツォルンを見たが、彼は平然としている。音の余韻が部屋を往復している中、彼の、

「どうぞ」

という声が聞こえた、と思う。

扉が開く。

いや、いやいや。

音が襲ってくる。

今いた部屋が薄暗かったせいか。まぶしくて目は機能しない。しかし指示通り、歩き出さないといけない。

森林の中を縫う強風をやり過ごすような。四方頭上から圧力を感じる。

思わず姿勢をかがめたくなるような。

音。

歩みを進める。

視界もホワイトアウトから帰ってこない。あ、帰ってきた。

人だ。無数の。

どの方角にも。背後にも。

すり鉢状に高く位置する観客席。

建物を塔から俯瞰したときから想定していた通り、と言えばそうだ。だけど、人が立ち上がり、あんなに波のように、弾けんばかりに蠢くのは、聞いてない! 彼らには座るスペースが無いのかな。

観衆の一人と目が合う。いや一人どころではない! 圧力が一段階増す。足を止めてしまいたくなる。

いや。

中央の、線のところまで歩こう。

しかし。

歓声、か。私への?

なにか反応した方が良いのかな?

王族としては、手のひらを振るのが正解。

商家の娘としては? お辞儀? 四方に? 変じゃない?

私は対応を諦めた。

そのまま中央に到着。進行役がそこで一人待っている。

私が到着して、彼は私の正面の方向を凝縮する。私が入場した場所とは反対のところ。そこにも扉。

開く。

そこから出てきたのは。

弁髪の青年。

私が今足を止めているので今回はよくわかる、大地が震えている。こんなことに、なる?

あれ? 歓声が、私の時よりも大分低い、ような。なんだろう。

彼が中央へ歩いてくる。なるほど、観客への反応としては、手を上げて左右を見るくらいで良いのかな。

身軽な格好。

あれ? 彼は、武器を、持っていない!?

途端に、自分のベルトに刺してあるナイフ二本が恥ずかしく感じられた。

ああ。

浅い角度の日の光でわかる、彼の肩から腕周りの陰影。鍛え上げられた筋肉とわかる。

私もあれを目指したいのだけど、それはどうもうまくいかない。

先生の見た目にも、鍛錬結果が現れていなかったという記憶。

筋肉体はやはり諦めようという結論に、今回も一瞬で辿り着いた。

彼の足が止まる。互いが互いの線の前。わたしとの距離は8mほどか。

口上は無い。

進行役が叫びながら、その腕を振り下ろした。

それは「試合開始」だ。

試合開始。

せっかくの合図なので、まだ距離があるとはいえ、つい、いつもの構えを取ってしまう。

そこで、奇妙なことが起きた。

状況の理解に2秒かかった。

彼も構えを取っている。

その構えが、非常に私のそれに似ている。

先行する左拳。

体の閉じ具合、腰の落とす位置。

硬直しているように見える彼も、同じ感想なのかもしれない。

嘘でしょう?

私は構えを解いた。つかつかと歩み寄る。彼は構えを硬直させたまま。

距離を詰めて再度、同じように私は構えた。左拳の裏同士が触れそうな距離。

すると次は、彼が動いてくれた。

こんと。左拳の裏同士が軽く当たる。これが合図だ。

体のスイッチが反射的に入る。

跳ね脚。体を左回転させ、溜めた右足で相手の頭を狩る技だ。

いや? 彼も?

私は左への回転を保ったまま、両腕を顔前に出し、彼の右足を受ける。

そしてバックステップ。一旦距離を取った。

……つまりだ。

鏡のように、いや、違うな。正確には、点対称にお互い、右足で頭を蹴り上げようとし、それを両腕で防ぎ、距離を取ったことになる。

これはもう、間違いなく、私と同門ということではないの!? そういうこと?

なになに!? 考えたこともない! クリフト相手に試せなかったことが、いろいろ試せるの!?

そして相手の攻撃の、この速さと威力。不足はない。

楽しい!

浮ついた足で、無造作につかつかとまた距離を詰める。

彼の唖然とした表情。

そう!

再度構える。彼も。

特に彼と上下の関係は特定できないため、次は私から仕掛けよう。まずあれ、やってみようか!

こんと、拳を当てる。

一瞬だけ、出方を待つ。

彼のその左拳がすっと下に下がろうとする。

三番か七番? どちらでも構わない。

その手首を左手でつかみ、こちらやや左へ強く引き込む。

彼の体勢を崩す。彼の体は私の左足の上まで来る。

よし、攻撃をキャンセルしきったかな。

そして無防備な彼の背中少し左下に拳を添えて。

左手による引きのため、私も今少し無理な体勢だ。強打ではなく、発剄!

手応えがある。

彼は左向こうへ吹っ飛んでいく。

あー。

手応えが良すぎる。

下の方のあばら骨は多分、折れたのだと思う。

彼は地面で悶絶していた。

あれ? もうちょっと、何かあっても、良かったのかもしれない。

そんな私の腕を進行役が掴む。

空に掲げられる。

歓声がひときわ大きく。

空と、それを囲う観客席。

あれー?

一回戦、これにて終了だった。

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