会場を後にする扉の前で、ツォルンが待ち構えていた。
布部屋へ戻る、その間。
「勝利、おめでとう」
「どうも、ありがとう」
彼の言葉には心が籠もってないな。聞く。
「何か言いたいことは?」
「いや、なんだろうな、一瞬だったね」
それは、私も後悔している。
「一瞬で、やつを投げた?」
「投げてない。こう、背中を、後ろから、通した」
「とおした? あー、なんだか、わからないけど、騙されたような試合だった」
失礼な。ただ私にとっても、目算を誤って、予想外にすぐに終わってしまったと言える。もう少し楽しめたに違いなかった。そういった、相手に対するフォローを入れてみる。
「一試合で全ての強さを測れるものじゃないよね」
「うーん、でもまぁ、あなたは強いのかもしれないってことがわかった」
「ああそう」
別段嬉しくない。
が、少しはツォルンは私に興味を持ってくれたようだ。
布小部屋に戻ってからは、対戦相手との一手目から何があったか、どうも相手とは同門らしいことなど、話した。
途中、城側で用意した固いパンによる、早めの昼食も挟みながら。
そして彼の結論は、
「でもそれは戦闘スタイルが同じだったということが大きい。相手が剣士だったり、魔法使いだった場合、君がどう勝つか全く想像がつかない」
「はいはい」
それらにも勝てということだ。粛々と、やるしかない。
しかし。
一つの問題が発生していた。
「あの、お手洗いに行きたいのだけど」
そう申し出てみた。
「行、こうか」
と、彼が立ち上がる。案内してくれるということだ。
布部屋から出る。
見たことのある通路を通って。
「そこ」
と彼は向こうの分岐を指差した。
そして、
「ここで待ってるので」
とも言った。
「私、一人で戻れるけど?」
「他の参加者と会わせないようにって言われてるんだよね」
あまり一人で歩き回ってはいけないということだ。
なるほど。
とはいえ、気づいたことは言ってみる。
「私たち不在の間、誰かがあの部屋の私たちを呼びに来る可能性は大丈夫?」
ツォルンはパチクリと私を見た。
次に、来た道を見た。
次に、また私を見た。
想定していなかったところを突いてしまったか。
「い、いったんトイレに行ってもらって! その間に俺は戻って書き置きしてまたここに戻ってくるので!」
と言って走り去るツォルンの背中を眺めていた。彼が曲がり角で消える。
運営も、いろいろ大変ね。
その、彼が消えた曲がり角の手前には十字路。
そこを人影が横切ろうとしていることに気付いた。
鎧、戦士?
通路の明かりが丁度逆光になって詳細はわからない。特にマントのため、シルエットは曖昧だが。
鎧って普通は、体に沿うように曲線じゃない? あれは、あの黒い鎧は、一言で言って直線的な造りをしているような。刃を思わせる。
そして柔らかく逆立った黒い髪。漆黒の剣士が足を止め、こちらを見ていた。
おっと?
方向転換して、こっちに来る!
彼に従者は今いないようだけど、おそらく出場者だ。こういう形であっても、出場者同士の遭遇はやっぱり避けるべきだったんだよね? いや、こうなればもう避けられないよね?
と。
彼は手前4mで止まった。
なんだろう。
変な感じがする。首筋がそわっとする。私の右腕の筋がピクピク動く。
まさか、とは思うけど、これ、彼の間合い?
私は思わず右足を半歩引いた。いやいや、だけど相手は構えてすらいない。
と、ここで彼は口を開いた。
「剣を使うか?」
低く小さい声だったが、明瞭に頭へ届く不思議な声。
ん? けん? 拳、ということではない。つるぎだろう。
いえ、
「ぜ、ぜ全然!?」
という答え方をしてしまった。
彼は一呼吸置いた。
暗いため表情は読み取れない。がおそらく、無表情。
と、彼は踵を返し、去ろうとする。
あれ、それだけ? なんだったんだ……。剣を使う人を探している?
剣? 持ち主不明の剣でもあったのか。持ち主を、探している?
その背中に声を掛けた。
「人を探しているの? 手伝おうか?」
しかしその言葉では、彼の足を一瞬停めただけだった。
彼はそのまま去り、私は一人残される。なんだったのだろう。
持ち主不明の剣? ツォルンに話すべきかと一瞬考えたが、出場者と接触したことは言いにくいし、何より、探し人対応はあの剣士の従者が対応するだろう。気にしないことにする。
しかし。
しかしだ。
あの雰囲気。
彼ともし戦うことがあれば。私はどう戦うのか。
せめて彼の一太刀は見てみたい。でないと、何も作戦を組み立てられない。間合いがわからない。
それは、とんでもなく。
面白いな。
そう笑った。
そして。
二回戦目が始まる。
二回戦目も入場は私から。
前回と比較して精神的余裕を持って、手で挨拶しながら中央に到着できたと思う。
さて、次はもうちょっと余裕を持って勝ちたいもの。気付けば勝っていた、なんていうのはどうも格好が悪い。
観客としては、ぎりぎりの勝負が見たいことだろうし。
相手の入場だ。
あ、あれ。
私の時よりも一層、甲高い歓声。
女性! 若いな! 多分。
紺のローブを纏っており、獲物はわからない。
あと、頭から、触覚?が生えて、いや、ウサギの、耳? 魔法具?
そう、そうか、彼女が、残るもう一人の女性の出場者か。私よりも勝ち上がれるだろうと、城内での大会説明者が零していた。
となると、油断できない、かな?
彼女が中央の所定位置に着く。
あと数秒で進行役が開始の合図をするだろうという時間。
彼女がローブを脱ぎ捨てた。
杖か。
いや、ちょっと待って! 何あの服!? 太股全て晒しているんですけど!? え、タイツを履いていれば問題ないという考え? そもそもあれはタイツと呼ぶの? 大丈夫なの!? いやいや、そもそもあんな胸元開いた服で動いて良いのか?
動きやすいのか? 攻撃の速度が上がるのか? 回避速度も上がるのか? 私が試す価値もゼロではないのか?
歓声うるさい!
そんな状況で、試合開始してしまった。
とととりあえず距離を取ろうか!
と同時に、私が0.5秒前にいた場所を直径30cmほどの火球が通過した。
メラだ。音が耳に、そして遅れて、燻った香りも鼻に届く。
魔法使いか。
それ以上の追撃無く、15mほどの距離を取れた。
多分、おそらく、開始直後、こちらから仕掛けるのが最善だったのかも。距離が詰まっていたためだ。今のようにこう、距離がある状況は好ましくない。
ただ、開始直後に仕掛けるというのは、それでは楽しくない。
また、あの開始直前のタイミングで敵がローブを脱ぎ捨てたのは、私を開始硬直させる作戦だったのかも。なるほど、面白いな。
いやしかし。どうでもよいか。
今となってはあの彼女の薄い装備は、一切の私の攻撃が届く前に勝ってみせるという、私への挑戦に思えてくる。
面白い!
さて。では。正面からぶつかっては直撃を食らう。彼女の周囲を回りながら近づいてみるか。
走る速度は都度調整する。全力の七割くらいを最速のスピードとして、緩急をつけ、彼女の周りを走る。
火の玉は飛んでくる。が、緩急のおかげで労なくかわせる。
距離10m切ったけど?
おっと。メラではなくギラ! 火球ではなく、火炎放射。手から連続的に放射され、避けにくい。
最速スピードを8割と変更しよう。かわす。
火炎の帯は、こちらを先回りしようとする動きを見せる。そういうときは、回る向きを逆にして対応するよね。
それで向こうは多分、良い具合に驚いている。
さて、あと二歩の距離ですけど? 終わらせて良いのかと思う。
いや。
ブライならばシールドも張るし、より広範囲の攻撃呪文も持っている。ここからだ。
彼女にどんな切り札があるか。折角近づいたのだ。様子見などせず追い込み、それを見せてもらおうか!
回る動きから転じて、一直線に彼女に近づく。
反応する彼女の手は遅い。その手を左手で払う。
では次に、この右手で?
握り拳はやめておこうか、代わりに掌底で。
彼女のお腹に触れる。
あれ? 良いの? 私のこの攻撃をどう無効化するの? 切り札は、無いの? 無いのね!? 一瞬が長く感じられる。
とはいえこの機は
あ、柔らかい。攻撃が入ってしまった。
力を加減したとはいえ、タイミングと線が合った、会心の手応えが決まってしまった。
吹っ飛んだ先の床を転がる彼女。
だ、大丈夫?
進行役が彼女に近づき、彼女に何か叫ぶ。彼女は、地面で背を丸めていて、咳き込んでいて、体を激しく痙攣させている。
大丈夫?
あ、神父さんが駆けてきた。一回戦の終わりでも彼を見たけれど、その時は駆けるほどの印象は無かった。
と。
進行役に腕を捕まれたことに気づく。
それが上がる。
この地鳴り。
それが二回戦だった。
「すごかったね!」
「そ、そう?」
ツォルンの反応は良いものだった。
私は、うーん、すんなり勝ちすぎてしまっている気がしてきている。
「いやぁ、あんなに鮮やかには呪文を避けきれるものじゃないんじゃない? 俺にはできないと思う」
そんなに鮮やかに見えるものだったか。
相手の切り札が他にもあれば、違った結果になっていたとは思う。ブライ相手だったらどうしたか。それは、想像するだけでも面白いかもしれない。
「となるとだけど、あとは剣を使う相手にはどう勝つかわからんかな!」
こちらの気も知らずに。なんだか、自分は彼のおもちゃになったかのようだ。
しかし。
剣を使う相手?
あの漆黒の剣士との戦いの、そのお膳立てが、今全て整ったような、気がした。どうしても彼のことを考えてしまう、そんな瞬間がある。
そして第三回戦。
相手は、緑フルプレートを装備した剣士だった。顔面ももちろん、間接部もくまなく覆われている。
顔面が見えなくてもわかる、うん、あの人とは違う。
無手の私相手に、そこまで備えても意味ないでしょうに。まあ、どういう対戦相手かは伏せられているのだから、事前に装備を相手に合わせるなんてことはできない。仕方のないことか。
試合開始。
さて、どうしたものか。
相手は片手に盾、片手に剣を構え、じりじりと距離を詰めてくる。
うん、まあ、緊張感は確かにある。
相手の実力がわからないこと。最初から全力を出してくれる保証もない。一手間違えば負けることだってあるのだ。
そのやり取りは、楽しい。この時間が長ければ良い。
そう思った。
とはいえ勝てるときに勝つことももちろん重要。
さて。剣速は一度見たい。
私も構えたまま、にじり寄ってみる。
彼(二回戦目の彼女が最後の女性のはずで、そこから消去法で目の前の相手が男性とわかる)は盾を掲げ、剣を後ろに下げた。
慎重ね! いや、剣を後ろに下げるということは、攻撃に賭けているとも言える。どうせ向こうの方がリーチが長いのだ。その鋭い攻撃、打たせてみるしかない。
しかしなぁ。
鈍重そうな鎧。剣の長さは先程目視確認できた。そうすると、もう勝手に彼の間合いがわかってしまう。
なるほど? つまりあの漆黒の彼は、通路が暗かったし、剣もしっかり確認できなかったから、間合いに私は変な不安を覚えたのか。その解釈で辻褄は、一応は合う。
いやいや、そんなことは今考えることではない!
で。目の前の相手はにじり寄りを続ける。
あれ? あれれ?
もう、これ。
彼の間合いに入ってない!? まだ仕掛けてこないの!?
たまらず、一度バックステップし、距離を取った。
面白いなぁ。もっと踏み込まなくてはいけないのか。向こうは至近距離の必殺の一撃で勝負を決めたいようだ。
再び、対峙する。
そして、間合いだ。
さらに、四分の一歩、詰まる。
まだ! さらに、四分の一歩。私のぎりぎりの間合い!
しかし同時に、彼の体がぶれる。盾が右へ流れる。代わりに剣が左から迫る。
うん、ゆっくり見える。
盾が目の前から消えたおかげで、やっと剣の軌道がわかる。私の胸元、高い位置への切り上げだ。これをかわして懐に入る選択肢もある。
しかし、うん。落ち着こう。最初から仕掛けるのは私の悪い癖かもしれないから。
左腕のアームガードを構えると同時に、顔を右に傾ける。重心も下げる。
アームガードで正面から剣撃を防ぐつもりはない。攻撃の角度を少し変えれば良い。
ガードは軽い音をたて、剣撃を上へ受け流した。
そして相手が手首を返すのがわかる。間髪入れず上から斬り下ろしてくる。
でも縦斬りは対応しやすい。なおさらそれが二撃目で、出が遅ければ。
ガードに使って掲げた左手をそのまま使う。拳で剣の側面を右に押し、難なく攻撃をキャンセルできた。
ただその左手を使いすぎ、私の体勢が右へ崩れる。であればと。体を右に回転させ、そのまま牽制として、右足かかとを敵の側頭部目掛けた。
命中!
いったん距離を取る。
自分の体勢を崩していたので、せめて牽制になればという攻撃が、まさか当たるとは。
見たところ、相手にはさほどダメージが無いようだ。まあ、体重をかけた攻撃ではないし。兜の上への攻撃でもあったし。
あ、一つ気づいた。
頭部を完全に覆った兜。相当視界が悪いのでは? だからあの荒い、視界外の蹴りも当たった?
それ、脱げば良いのに。だけど今回の私の攻撃ダメージを兜で軽減できたのも事実。
ああ残念。
次接近できたら、もう沈めてしまおうと思った。
何も怖くない。
敵は先ほどと同じ体勢。左手の盾を前に、右手の剣を後ろに。
相当距離が詰まらないと仕掛けてこない。私の攻撃を軽んじているかのよう。牽制の重要性を説きたくなる。
まあ良い。
距離が詰まる。
前と比べて角度が水平に近い一撃を、彼は狙っているのかもしれない。
彼が仕掛けようとする瞬間。盾を右に引こうとする瞬間。
盾をその逆に、私から見て左に押しのける。
彼の攻撃は左回りを前提としていて、それを私は右回りにかき回した格好になる。
それで?
ああ、だめだ。
攻撃回転を妨害され、彼は体勢を崩そうと。
一応彼の、剣を持つ右手を注意しておく。その剣はだらしなく空を指す。
あーあ。
その右手首を右手で掴む。それをさらに右に引く。
転倒確実だ。
しかし転倒後に勝負を決めるのは、なんだか芸が無い。転倒後ではなく、その前に!
右手を離し、同時に右足を引く。
最後に、地面へ落ちようとする彼の後頭部に右回し蹴りを叩き込んだ。
うん、体勢万全を維持して、一つの流れでこれを打てた自分は、我ながらよく出来た。
後半全ての体さばきの、それら集大成の一撃と言える。
彼は気絶したようで、地面でピクリとも動かない。
私の勝利だった。
「すごい! すごかった!」
とはツォルンの言葉。
やっていることは一回戦から大して変わっていないのだが。ツォルンは興奮している。
「鎧着てても一撃で倒せるんだね!?」
「当たりどころが良ければ、ね」
「いやぁ、俺が君と対峙しても一発で、のされる気がしてきた」
のされる?
「次は、君が負ける姿が想像つかなくなってきた」
単純な人だ。
ツォルンは剣を使うという。
今回の、第三回戦では何をされたら私は嫌だったかなどの話で、後の時間を潰した。