すぐに決勝に呼ばれる。今回は私から入場ね。
入場の仕方には慣れたが、この歓声には慣れることはない。入退場や、試合直前直後のタイミングで、この迫力を再認識してしまう。
……次に勝っても負けても、それは終わりか。楽しかった。
歓声に負けないほどの、銅鑼の音が腹部に響く。
私は会場中央の線の前。相手の入場の時間だ。切り替えよう。
扉を見つめること、五秒。
開かない。あれ?
あ、開いた。
そこにいたのは、黒い剣士ではなく、赤い、あ、エンドールの兵士、つまり運営スタッフか。
彼は腕で大きなバツを作った。
んん?
進行役が慌ててそちらへ駆ける。
ええと?
私はそのままコロシアム中央で待機を強いられる。
少しして、進行役が駆けて戻ってきた。
「一旦戻って!」
と私へ、私の来た扉を指差して言う。
そのまま進行役は私の横を通り過ぎ、私の来た扉の方へも駆けていく。
ええと?
私もそちらについて行く格好。
スタッフと話し終わった進行役はまた走って来て、私を通り過ぎ、また対戦相手の扉へ向かっていった。
私は退場し、こちらの扉が閉じられる。
観客も混乱気味だった。
「相手が見つからないらしい。僕らはここで待機だってさ」
とツォルン。
「えええ……」
「スタッフが一人付いているはずなんだけど」
ああ。
彼にはあの時スタッフはついていなかったな、と思い出していた。
そしてツォルンと一緒に、別のスタッフから一連の説明を受ける。
「えええ……」
なおその説明者は、最初に城で武術大会について私に説明をしてくれた、かなり若く見えるが目は座ったあの男性だ。
なんと、対戦相手が行方知れずのため、私が不戦勝、そしてそのまま、優勝ということに。
「王から観客に顛末を説明ののち、あなたが入場し、王から表彰された後、一言何かお願いできれば」
濡れ衣ならぬ、なんだろう、晴れ衣? 大会の優勝者という晴れ衣を着せられてしまった。
ため息が出た。こんな終わりは予想していなかった。
いやいや、目的は達成できたということだ! 王女への助けと思って首を突っ込んだのは私。最後までやり遂げないといけない。
と、そのスタッフの表情が明るくないことに、今更気づいた。
「あなたも納得いかない結末?」
そこで、彼は如実に嫌な顔をした。
「結婚が取りやめになることは、喜ばしいことだとは思う。しかし、あなたが勝つとはな。私の見る目の無さを残念に思う。また、王の目には敬服する、というだけだ」
なるほど。理由は違うかもしれないが、私を勝者と扱わないその態度は、私と意見が一致していて良い。若干気分が晴れた。
また少し待機。
突然、歓声が膨らむのが扉越しにわかった。
十秒ほどで収まる。かろうじて、男性の声が漏れ聞こえてくる。
それがこの部屋まで届くというのは、おそらくプロンプターを使っているのかな。
話し方がまさにそれだ。
「……皆も、楽しみにしていただろうが、決勝まで、圧倒的な強さで、勝ち進んだ、デスピサロが、姿を消してしまった」
デスピサロという名前。
なんとなく、小さく口に出す自分がいた。
「よって、規定に則り、一方鮮やかに勝ち上がった、レナ・スタンフィードを、本大会の、勝者と……!」
あ、後半はもう、歓声でかき消されてしまった。
さて、私の入場だ。
試合前と同じ作法で入場する。
しかし試合のための入場の時の方が、歓声の大きなタイミングが少なからずあったように思う。不戦勝だからね。
会場中央に到着する。
そこには進行役と、エンドール王フィリップが待っていた。
進行役が手を上げる。
会場が静まる、ほどほどに。
王が続ける。
「レナ! 女だてらに、その戦いぶり、見事であった! そなたの優勝である! その今の心情を、皆に伝えてみよ!」
特に伝えたいことが無いのだが。
観客がまた湧いている。進行役が静める。
さて。
王は私を見ながら、周囲をさっと指で指した。私も、プロンプターがつくということね……。
観客席で囲まれた試合会場。
観客席の手前四方に、黒いローブを着た
人が中央に背を向けて、つまり観客席に向かって立っている。
四隅、合計四人。
王の声を彼らが大声で復唱することで、会場に言葉を行き渡らせるというもの。
それがプロンプターだ。
サントハイムでは、王や教皇しか、それも特別な行事でしか許されない手段。私も利用したことは無い。
こんな催事で?
いや、きっとエンドールとサントハイムとでは文化が違うのだろう。こちらではきっと、隣国の王族くらいならかろうじて許、いやちょっと待って!
私、ただの商家の娘なのだけど!? 私の言葉をプロンプトしてどうするの!?
プロンプターとは神の言葉の中継。神の言葉は中継してもなんら損なわれない。そういう思想が裏にあったはず。
小娘の言葉なんて中継する価値も無い! いや、本当に小娘然としたセリフしか用意していない! だめだ、だめだ、考えている時間は無い。
そのままこれを言おう……。
「レナと、申します! この度は、何の因果か、優勝してしまい、大変、申し訳ありませんでした!」
頭を下げる。王族にはできない全力謝罪だ。
「とはいえ、私は、楽しめましたので、皆様にとってももし、慰みになったのだとしたら、なによりです! ありがとうございました!」
歓声が沸く。しかし少しやはり盛り上がりが弱い! よしよし、私が優勝者ということで、盛り上がっては困る。
顔を上げると、フィリップ王は大きくない声で、はっはっはと笑っていた。どうぞお好きに。
再度、王が声を出す。
「その謙虚な姿勢も、あっぱれである! では最後に聞こう」
ん、まだ終わっていない?
「優勝の褒美として、我が娘モニカを、妻に娶るか!?」
なんで!? それ聞く必要ある!?
どう聞かれようと答えは一つだ。
「謹んで、お断り申し上げます!」
これも全力で頭を下げる。
なんで歓声がこんなに……!
「よろしい! では代わりになるものがあるか、悩ましいが、別の褒美を、考えるとしよう。皆もしかと、この謙虚な優勝者レナを、胸に刻むが良い!」
歓声。大きすぎない?
フィリップ王は手を上げながら、歓声の中、退場する。そのままプロンプターらも退場。それが終わって次に私。
ほどほどに歓声は落ち着いていた。
つ、疲れた。
退場先の部屋でツォルンが出迎えてくれる。
「謝ってたね」
「正直な気持ちを表現しただけ」
「胸張って良いと思うけど」
「私には似合わない」
「なんなら似合うのさ?」
表面的な言葉遊び。だけど即答できないという意味で、それは良い質問だった。
ドレス? 似合いたくもないものを、どうして今逃げ場にするのだろうか。
私は何になりたいのだろう。
布部屋でしばし待機の後、王との謁見が予定されることになった。ツォルンは緊張しているようだった。私は既に気が緩んでおり、彼の様子を若干楽しむほどだった。
さて。
誘導があり、前にも訪れたことのある、執務室に入室。
「レナよ、ご苦労であった」
王に、衛兵二人、あと、ああ、武術大会関連で何度か接した、若いが目の座ったあの男性だ。
三日前に姫の部屋の前で私に大会の説明をしてくれた男性だ。先ほど不戦勝優勝したことを私に通知してくれたスタッフでもある。
モニカ姫はここにいないのか。
王は口を開く。
「では早速だが、衛兵は退出するように」
そういえば最初の謁見の時と同一の衛兵二人だと気づく。
ツォルンが王に尋ねる。
「もしかして私も、でしょうか」
王が頷くよりも早いか、その通りだ!と衛兵に引っ張られて彼は退出していく。
事情を知らなければ、この人払いは奇異に見えるかもしれない。
そうなると、王と私の他、部屋に残るこの大会担当者は?
「こやつとは会っているな? 名前はカザフ、執行官だ」
「今までの数々の無礼、お許しいただきたく」
とカザフはその場でひざまずく。
執行官、サントハイムでは聞いたことのない役職。
「それは、仕方が無いから良いのだけど」
王に視線を送った。
「事情があり、先程カザフにも姫の素性を伝えた。……まず、こちらの大会開催のため、対応が遅れたことを残念に思う」
なんの対応? 話が読めない。
王はそんな私を放っておいて、カザフに話を振る。
「詳細はカザフから」
「はっ!」
ひざまずいていたカザフが立ち上がる。
「時系列順に説明いたします。本日14時ごろ、一人の旅行者が外からエンドール西門に現れました。彼は疲労困憊している様子だったため、その際門番が声をかけています。彼はレナという女性を探している、とのことでした」
彼、誰?
「門番は、あなたが大会に参加していると知っていました。話を取り継ぎ、それまで門付属の仮眠室を使うことを旅行者に提案。その時点ではまだ彼は受け答えできる様子でした。がその二時間後に仮眠室へ様子を見に行った衛兵により、彼の意識がないことが確認され、その後、死亡が確認されました。初回所見は疲労によるものと」
「誰」
カザフは書類一枚を読み上げていた。一呼吸あけて、それを続ける。
「……男性、年齢20台中頃、身長180cmほど、素性のわかる所有物無し、剣士、腰まで届く長い赤髪、」
「ゼロス」
嘘だ。
カザフは書類から目だけ動かし、上目遣いで私を見た。彼は書類をふところにしまいながら、言う。
「面通しをお願いしたく。西門までの馬車を用意しています。行きましょうか」
「は、」
はいという言葉が出なかった。
カザフは部屋を退出する前に、王に頭を下げた。
私は王の存在を忘れていた。
それをフォローするかのように、王は、
「良い。落ち着いたらまた会おう」
とだけ言った。
城の西に位置する庭から、カザフと馬車へ乗り込む。
「誰が聞いているかわからん、俺はあなたをレナとして扱う」
とだけ、最初にカザフは言った。
とはいえ私と会話は特に無い。それは有難い。
ずっと頭の中がうるさい。いったん、こうしよう。ゼロスは死んだと。
死んでいなければそれで話は終わる。
だから、死んでいない場合について考えるのはやめよう。死んでいないかもしれない、と期待するのも、やめよう。
意味が無い。
そして、死んでいる前提に立ったとき。
誰が原因か、も考えるのはやめよう。感情が一番制御できなくなる。
それも、私が原因だなんて? それは傲慢だ。
今考えるべきことは、何が起きていて、それに対し私がこれからどうするか。
と、馬車が城門を抜け、市街地に入ろうとするところだった。
予感がして、背筋を伸ばし、馬車窓の向こうを見た。