城前で大会前最初に私が待機していた場所。
彼がいた。
「止めて!」
カザフが馬車の御者に止めるよう指示を出す。
「どうした?」
「外に私の、仲間がいて!」
そのまま馬車扉のかんぬきを開ける。
「待っていて!」
馬車を飛び出す。クリフトはこちらに気づいた。
「クリフト!」
彼は馬車を不審そうに見ていて。それはどうでもいい!
駆ける。
「ゼロスがエンドールに来ていて!」
彼の口は、はい、と形作った。
「そのまま! 疲労で、亡くなったって!」
やっと彼の前に到達する。
彼の顔を見れなかった。
彼は何も言わない。
私の両肩にそっと手が添えられる。
彼は私の顔を下からのぞき込もうとした。
正直に言うと、ちょっと私の目に涙が溜まっていた。顔を上げたら決壊しそう。
つい顔を少し背けようとして、それだけでああ、涙が一滴ずつ、地面に吸い込まれるのが見えた。
弁解もしておこう。ゼロスが亡くなって悲しくて、ではない。全く無いとは言わないが。
ゼロスに何が起きたか。きっと王城で何かあった。悪い想像しかできない。
それは、つらい。
そんなときに、クリフトの顔を久々に見たら、緩むものってあるじゃない?
どちらにせよ、涙は私の弱さというのは、間違いない。
クリフトは一言、
「きっと、大丈夫です」
と言った。
根拠もなくそんなことを言う人ではないのに! 言わせてしまった。なんだか悔しいな!
大丈夫なのはゼロスなのか王城なのか私なのかお父様なのか、問いただしたくなる。
「おい、二人」
と、馬車から降りてきたカザフが声を掛けてきた。
「済ませるべき急ぎの用件がある。続きは中でやれ」
と馬車を親指で指した。
クリフトは私を見た。
「行こう」
と、私は馬車を見据えて言った。
馬車の中。
「改めて、私はこの国の執政官を務めているカザフだ。武術大会の推進役でもある」
クリフトも私と共に、三日前に城内で彼から武術大会について説明を受けていた。
「そうですか」
とクリフトは一言で返し、すぐに隣の私に向き合う。
「落ち着きましたか?」
「私は大丈夫」
「ゼロス様のことは、確認されたのですか?」
「いえ、これからよ。今私たちは西門に向かっていて、そこで確認することに」
「今わかる情報は他に何が?」
私は正面のカザフをちらっと見た。
カザフは咳払いをした。
彼は懐から丸まった紙を一枚出した。
「ここに書いている」
クリフトは受け取ってそれを読む。
……。
書いている内容を読み終える程の時間が過ぎても、クリフトは顔を上げなかった。
私も横から紙を覗き込んでみる。
前半は聞いた通り。後半は。
医者による死亡確認。目立った外傷無く、疲労による循環器異常ではないか。そして、エンドール司教による蘇生失敗。
そう、か。
クリフトは紙面を見つめ続けていた。
城門に到着。
カザフの案内で、城門横の建物に案内される。
一度クリフトからは、
「レナ様はお待ちいただいても」
と提案があったが、
「大丈夫」
と返した。
案内された部屋。二つあるベッドのうち、手前。ゼロスが横たわっていた。
寝ているかのようで。窓からの暖かな光。綺麗な顔。だけど髪や服を見ればわかる。これは長距離移動を強行した跡だ。
それで、死ぬまで疲労するなんて。
おかしいね?
あなたは何を思っていたの?
あなたの望みは何?
彼のこめかみを撫でた。その冷たさに少し驚いた。
私は息を吸い、視界をいったんリセットした。
「確かに、サントハイム騎士団所属のゼロスであることを確認しました。お手数ですが、遺体をサントハイムまで送っていただけますでしょうか? 騎士団長ゲイン宛てに」
「かしこまりました。丁重に対応いたします。船で三日後には。同乗されますか?」
カザフは跪いていた。
「お心遣い、感謝いたします。船は定期便利用でお願いします。私たちが向こうで用意をする時間も頂きたいところ。私たちは別に帰還を予定します」
「かしこまりました」
おそらく、国へは慎重に近づく必要があるように思った。次にクリフトへ向く。
「クリフト。急ぎサントハイムへ帰還しましょう」
彼も跪いていた。
「はっ。ブライ様とも相談した上で、判断いただければ」
「良いでしょう。ではここは、失礼しましょうか」
「いえ、今──」
と、跪いていたカザフが立ち上がろうとして、それは扉の小さなノックで停止することになった。
「待て!」
とカザフは扉の外へ言いながら、クリフトを指差し、そのまま指を上へ向けるジェスチャーを二回取る。
跪いていたクリフトが立つ。
それを受けてカザフが、入って良い、と扉奥の人物に返す。
入ってきたのは。見たところ、エンドール兵士に見えた。そうか。
カザフが兵士に説明する。私を指す。
「彼女が彼の探し人だ。何があったか話してあげなさい」
「あの、俺……!」
カザフはそれを制する。
「時間が無い。前置きは不要だ」
兵士は戸惑いながら、話し始めた。
彼はその時間、門番の役についていた。西門の利用者は四門の中で一番少ない。
そのため、ゼロスの接近には早い段階で気づいていた。ふらふらの旅行者が来ているぞ、と。
ゼロスは門の手前20mほどの地点で倒れ込んだ。
たまらず兵士は駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
男はへらへらと笑っていた。
「いや、はは、ペース間違えて、このざまだ、大丈夫さ一応」
「そうは見えませんが! 中で休みましょう」
「休む暇は、無いんだな! 人を探してるんだ」
息は荒かったが、特に問題なく会話はできていた。
「それは休んだ後で良いでしょう?」
「だめだ、情報が無いし、余裕も無い! レナという娘を、知らないか? お供二人でこの門を、五日ほど前にくぐった、はずだ」
「私はその日は門にいませんでしたけど、レナというのは、今武術大会に参加している人ですか? 丁度聞いたことがあります。鮮やかに勝ち進んでいるとか……」
彼は破顔した。
「絶対それだ! なんだ、早かったな、良かったぁ……」
彼が脱力するのがわかった。
「夕方には大会は終わるはずです。私が取り次ぎますので、あなたはそこで休んでいったらいい。あ、私運びましょうか!」
「あー、ああ、すまねぇ……」
肩を貸して宿直の建物に入ったときには、すでにゼロスは寝ていた、ようだった。
そのまま仮眠室のベッドへ。
本当に寝ているのかどうか、確認しようとは全く思い至らなかった。
「すいません、私がよく確認していれば!」
と、再度兵士が私に頭を下げる。彼の目は涙を溜めていた。
「お前の責任ではない」
とカザフは断じる。
いや、その通りだ。
そしてなぜかそれは、私が言われているような錯覚を覚えた。
兵士の左肩に手を置く。
「顔を上げてください。お話ししてくれてありがとう。彼の最期は、まだ不明な点もあるけれど、穏やかなものだったと、信じます。あなたはよくやってくれた」
その兵士の涙を溢れさせてしまった。私のそれよりも綺麗な涙だ。
それは、良かった。
「カザフ様も、ご対応ありがとうございます」
「大会推進役の範疇だ、気にするな」
とカザフは素っ気なかった。
兵士は退出した。
私たちも宿に戻ることに。カザフは宿まで馬車に乗せてくれるという。その申し出を有難く受け取った。
メインの通りから離れているとはいえ、人目が全く無いこともない。レナとして、カザフとはあっさりと別れた。
宿でブライと合流。
これから、サントハイムに帰るかも未定として、それでも結論が出るまではとりあえずサントハイムに向け、旅支度を早急に整え、エンドールを発った。その道中で今後の計画を話し合うことにした。
エンドール西門を出た。そこから見える風景。草原上の道が丘の向こうで見えなくなっている。
なんでもない風景。
全て、淡い橙一色で塗りつぶされているその様は、なんとなく、鼈甲を連想させた。
私の中で永久保存される。