朦朧としつつもそれ以外が面倒で。
ただぼうっと天井、その縦横に伸びる木材、横に伸びるその陰を、見ていた。
いや、宿! 光!
がばっと身を起こす。
カーテンに塞がれた窓は上部に隙間を残し、そこからの光は部屋の天井のみを照らしているのだと気づいた。
おっと、見ると目がくらんでしまう。
足元も見えないことだし、することもないかと再度ベッドに仰向けで身を任せようと、体を倒し始め。背骨がごりっとベッドと接触し。まずいと思って背を丸め頭を抱えても。体を倒した勢いはついたままで。
「いった……」
後頭部をベッドに打ってしまった。この世には打撃の原因となるベッドがあるのだった。良い目覚めだ。脳も切り替わったと思う。
整理しよう。
昨夜、晴れて私は王城を脱走し、ブライ、クリフトを連れて城下街サランの宿に泊まったのだった。そして今はお堅いベッドの上。
うん、それに尽きる。
あれ、今日は早くこの街を出るなんて言っていなかったっけ? まだそれほど時間が早くないのか。いや、こんなベッドで熟睡できるわけもない、早めに目覚めたのだろう。
情報整理していると、気分が落ち着いてきたせいか、やっぱり睡魔が顔を覗いてくる。うん、これは、体を横に向けるとまだ寝られるかもしれない……。
…。
……。
………。
ええと?
多分今、寝ていた?
恐る恐る体を起こしてみる。
起き上がっていた方がむしろ気持ちがいいという境地に達しつつある。そのくらい寝ていた。
さて、しかし誰も起こしに来ない。そして気づく。この寝間着姿を男性に見られるのは良くないのでは!? なにせ今まで見られたことがない。
のたくた着替える。光が欲しい。
窓は木板を両扉として閉じられていた。先ほどはカーテンかとぼんやり誤解していたが、窓扉だったのか。金属棒の簡素なかんぬきをずらし、窓を開く。
ん……。
風の音。目が慣れると、白ではなく青々とした空とわかる。ここは二階。視界の半分は街路樹の緑で覆い隠されるも、その隙間から眼前の通りの往来が確認できた。
往く人、来る人、
自分の部屋に窓があると、いいわねきっと。
……。
さて、しかし誰も起こしに来ない。そして気づく。彼らはこの部屋に入ることすら躊躇しているのでは!? なにせ“私の部屋”に男性のみが入ることがない。私から、この部屋を出る以外に、無い。
私が一人で、出る?
それは何かに抵触しないだろうか? 家出をした時点で覚悟はある。自由のためにかなぐり捨てるものはある。でもそれは、思っていたよりも、私は変わらなくてはいけないのだ。こんなくだらないことに数分迷うほどに。
私はレナになる。
勇気をもって、自分で自分の起床を宣言しなくてはならない。使用人がではなく。マリーはいつも何と言っていた? 扉をぎぎぎと開ける。ゆっくりと。思考停止する元凶はすぐそこにあった。
通路には椅子が、座ったクリフトが、目を合わせることなく、ため息交じりに
「おはよう、ございます」
と言って立ち上がろうとする。
「わ、わたし、起きましたっ……!」
だめだ、いきなりで声が裏返ってしまった。
「……どうかしましたか?」
怪訝そうに私の顔を覗き込むクリフト。
あ! ちょっと待って!? 両手で顔を隠す。
「……鏡、ない!?」
「た、確かに、探して参ります!」
ええと? 確かにって、それ、失礼じゃない?
水の入った桶、タオル、鏡をクリフトは持ってきてくれた。手持ち鏡、小さい……。
そして。
うわぁ。
その鏡で私を見た感想だ。こんなに膨れた輪郭だっけ。髪も、流れが乱れてああ。毎朝こんな感じだったのだろうか。
昨夜は気づかないまま、化粧せずにこの町まで来てしまったということに、今更ながら気づく。
良かったのだろうか。変じゃなかっただろうか。絶対恥じらうべきだったのではと思ってしまう。今、今更、恥ずかしい……。記憶を洗い流すように顔を洗った。
「昼食を取りに行きましょう」
とクリフトは言った。先ほど聞こえた教会の鐘の回数は2回、つまり、14時ということ。なんとなく気づきつつも、あえて尋ねる。
「今日は、朝早く出発するんだったような……?」
クリフトの視線が泳いだ。
「いえ、明日、明朝に変更いたします」
「なるほど」
理由は聞けなかった。
「ですので明日はご自身で、朝、起床なさいますように、くれぐれもお願いします」
理由は聞けた。
「あなたたちが、起こしに来てくれて、よいのだけど」
「まさか」
とクリフトは答えた後ブライの方を向き、ブライは咳ばらいをしてそっぽを向いた。早く起きる方法というものを、どうか教えてほしい。教会の時報鐘の音で起きるって本当?
昼食は近くの食堂で取ることとなった。
食堂には普通、メニュー表なるものがテーブルに配置されているとコーネリアから聞いていたが、見当たらず? 騒がしい中でメニューを聞き出し注文するクリフト。喧噪で隣のテーブルの会話も聞こえない。活気というものだ。誰かと目が合っても怖いと思い、活気を背景曲にしながら、椅子の傾き加減、テーブルの傷と木目を観察していたところに、食事が出てきた。
パン、焼き魚、スープ。
「クリフト、あなた、魚とだけ注文していなかった?」
「そうですね、単品というよりはコース名のようなものです」
「なるほど?」
でもコース料理なのに一度に出てくるのか。さて、不格好な木製スプーンしか到着しないまま、クリフトもブライも食事を取り出す。
「なるほど」
スプーンをナイフ代わりにして魚を切る。つぶすように切る。フォークがなくても問題無さそうだ。底の深い皿のためスプーンに具を載せることは容易だった。
なるほど。
食事終了。
店を出て、クリフトがぽつりと言う。
「……少々意外でした。静かに溶け込んでおられたので」
「どう振る舞うかはあなたたちや周囲を真似すれば良いことだし、味が王城の食事から落ちるのは覚悟の上だし、あそこで騒いだところで悪く目立ってしまうだけだし」
「助かります」
静かに振る舞わない私を想像していたらしい。
「私を子ども扱いしないでほしいのだけど」
「……」
沈黙という図星、と理解した。
さて、なんとなく、宿に戻るのかと思っていたが、
「姫の装備を見に行きましょうか」
とクリフトは言った。
「装備」
お、面白そう。
「ではわしは、物資の調達の方に参りますかな。別の行動を取らせて頂きとうございます」
ブライがそう切り出した。じっと私を見ている。それって私の許可をもらおうとしている? よくわからないけれど、反対する理由もなく、どうぞと言って、ブライとは別れた。夜、食事前には宿に戻るとのこと。
ブライのその後姿を見ていると、
「家にも寄るとのことです」
「家」
「ブライ様のです。まさか陸でフレノールに行くとは、と」
「ああその話。もしかして、ブライにはつらかった?」
「いえ、それはないかと。
それは、そうだとしても、つらくないということは、ないのでは?
ところで、
「家、見てみたいわね」
「やめてください。そんな時間はありません」
あると思うけど。今日。
「クリフトの家も見てみたいわね」
「絶対にごめんです」
「あらどうして?」
「家族に、言い訳できません。この旅は極秘であることを、どうかご認識ください」
「はーい」
私とお父様の間にいろいろあるように、クリフトにもいろいろあるのでしょう。
でも私はクリフトのお父様好きだけど。
そして防具屋に到着。旅行服もあれば、鎧も所狭しと陳列されている。どれ一つとして同じ種類のものは無い印象。
お、面白そう!
店内の端から回ろうと足を進める前に、クリフトは言った。
「プレートアーマーで良いですか」
「私? 良いわけないでしょう、動けなくなる」
「姫は騎乗し、我らがそれをお守りするという方法がございます」
「却下。あなた私がこの旅で、何をしたいかわかっているわよね?」
「……御意」
クリフトはため息をついた。
面倒だ、とそのため息は言っていた。
外を見たいだけに留まらず武術を試してみたいということですかまあそうですよねとも、そのため息は言っていた。
「では例えばこれはいかがですか」
とある棚の上にあった、金属の破片の塊を指された。どう反応したらと思っていたところ、クリフトはその上に積まれた金属片一つを取り上げる。
「胸当てです」
なるほど。
30cm四方程度の金属板を、ベルトでたすき掛けするようなものだった。
そこで、遠くから傍観していた第三者が声を上げる。
「ちょちょちょ、お兄さん」
店主と思われる中年男性。
「そいつは嬢さんには合わんよ」
「そうですか? 大きいのですか、小さいのですか」
「小さい、つーかそれ男性用で、そら、胸がだな」
「……」
クリフトは指さされた私を数秒見て、顔を背け、「確かに」とつぶやいた。
……なによ。
私は胸当てのベルトを横に引っ張ってサイズを確かめつつ、
「胸なんて、潰せば入るでしょう」と言った。
「おいおい嬢ちゃんわかってんのか、てか俺が言うのもなんだが、胸ってのは――」
それを勢いよくクリフトは手で制した。
つかつかと私に近づき、小声で言う。
「呼吸です。胸部を無理に圧迫すれば呼吸量は例えば四分の三に。それで体が動かせますか? そしてその呼吸の浅さは癖にもなりかねません」
説得力がありすぎて、小声である必要がないように思うが。
「な、なるほど、それは困るわね」
むしろそれに気づかない自分の愚かさが、少し情けなかった。自分のことなのに!
「しかし、女性向けですか、その観点は抜けていました」
「鎧だとねぇぞそう簡単には。そっちの服系はどうだ?」
「……厳しいですね」
私もそう思う。そちらの陳列棚はぱっと見て、僧衣のように外見が鈍重。
「女性の鎧をやるなら普通はオーダーもんだ。金ならあるんだろう、お姫さん?」
!? 姫と!? ばれてしまっている!?
「ク、クリフト!」
しかし彼はまったく動じず、ため息一つついて、
「予算はあっても時間がないんですよ」
「ふぅん、そうかい」
と会話を進めていた。ど、どういうことだろう……。
店主は、倉庫を見てくると言って奥へ消えていった。
「姫」
「あなたがそう呼ぶからでしょう!」
「落ち着いてください」
「なんであなたはそう落ち着いているの!? ばれているでしょう!」
「あの、ええとですね、確かに公にはこの国に姫はただ一人です。ですが例えば、愛娘だったり貴族の娘だったり、そういう対象を姫と呼ぶのは、さほどおかしくありません」
「比喩、のような?」
「そうですね、大事にされていることを示す、といった部類の」
「ふぅん。とは言っても、あなたが姫と呼ぶのはやめた方が良いと思うけど」
「努めましょう。が、ブライ様含め、姫様とお呼びする無意識の慣例を、直ちに変えるのはなかなか」
「そう」
「姫様も」
「なに?」
「何か言葉を発するだけで、墓穴を掘られているのではと危惧します」
「え、私が!?」
「良く言えば、気品があふれ出ています。お気を付けください」
「な、なるほど」
悪く言うとどういう言葉になるか聞く前に、店主が戻ってきた。
「革の胸当てのオーバーサイズだ。切り込んで形を作れば、なんとかなるんじゃないか」
そうして、二度の仮縫い修正をもって、私に合いそうなものが完成した。
中古品のため、表面に見えるいくつかの傷跡は、気にならないと言えば嘘になる。しかし重ねられた革の厚さは2cmほどあり、少々の傷ではものともしない重厚さがあった。
そして今回の形作りのための金属鋲が、なんだか誇らしい。単なる装飾ではないのだ、この鋲は。革の端同士を歪めてこの鋲で留めることで、私専用の計算された曲面を描いていた。設計図もなく、その場でその手で出来上がる。魔法みたいだ。
「あとは軽金属で固めますか。小手、腰部、脛あて……」
として気づけば一式、クリフトの選んだ装備が集まっていた。
小手を装着した腕を振ってみる。
「ちょっと重たいわね」
「それは、ご容赦ください」
「はいはい」
そうして、防具決定となった。
通りを歩き、武器屋の前に着く。
「武器は、どうされますか?」
「次って、武器だったのね。いいえ、これで何とかなりそう」
と、先ほど防具屋で一緒に購入した革手袋をはめた拳を上げ、同じく革ブーツに視線を落とした。
今日町の外に出るわけでもないのに装備するのですか、と先程言われたが、体の動きに慣れるためにも、あえてフル装備で闊歩することにした。
淡いベージュの訓練着の上に装備していて、革との色合いもよい。革の茶色と、訓練着袖端の金刺繡の相乗も気に入った。
「剣は不要ですか」
「剣」
いらないわよあんなの、と本音が出そうになった。それは王家の人間として不適切すぎる発言だ。
「王の剣が
「……そういうのはいいので、剣を装備なさってはという話です」
「いらないです!」
風情が無い。
そして宿に戻ってきた。ブライはまだ帰ってきていなかった。他にも見て回りたかったが、油断せず不必要な散歩禁止とのこと。うーん。
装備して歩くというだけでは不足。もっと体を動かさなくては、装備しての動きがつかめない。
「ちょっと軽く組み合い、やってくれない?」
「はい!?」
珍しく大声を上げるクリフト。
「いやだから、もうちょっと動かないと、装備してどんな感じかわからないでしょう」
「……」
「前は、よくやっていたでしょう」
「何年前と思っていらっしゃるのですか」
「体で覚えたことは忘れない」
「先生のセリフですねそれ」
「頭でその台詞を覚えているなら、なおさら体で覚えているでしょう」
「……」
とんでもない屁理屈だとは自分でもわかった。
「ほら! それとも街を離れた後に装備に文句を言ってほしいの?」
「……わかり、ました」
ということで無事、クリフトを宿の外に引き連れることに成功した。
ふふふ、久々に手合わせできたらなと思っていたけれど、こうも簡単に叶うとは。
宿裏の空き地。
左拳を出して構え、クリフトを見る。クリフトの構えももちろん同じ。
左手の甲同士を触れることが開始の合図だ。
そして私が格上のため、彼に顎で合図をし、彼が甲を当て、開始。
私はあえてそのまま微動だにせず様子を見る。クリフトはゆっくりと20cmほど離れた。
……うーん。
体開きすぎじゃない? 重心はそれでOK? よくわからない優越感で、笑みがこぼれそうだ。
でもその感情がばれれば、きっとクリフトはへそを曲げるだろう。
無表情、無表情。
しかし……ちょっと矯正してあげたくなる。軽く左手で遊ぶ、クリフトは左手のみで受ける、特に向こうの態勢に変化なく。
右にすり足で半歩二回回り込む、向こうは素直に追従。
逆に私が体を開いてつまり左側で隙を見せてみるも、だめだ、仕掛けてこない、釣られない。
そのまま楽しむこと数度。
うーん、クリフトは防御一辺倒か。
崩したくなってはくるが、それは「軽い組み合い」から外れる。
私は一度距離を取った。
「あなた、やる気あるの?」
防御一辺倒を指して言った。
しかし終始姿勢を崩さなかったクリフトが、途端に膝をついた。
おお、背中で大きく息を何度も。
「こちらの、台詞です!」
うん?
「視線誘導っ……! おかしいですよね!」
「あ」
組み合いの場合、攻撃箇所を予め視線で通知するという決まりがあった。やっていなかったわけではないが。
それ以上に、いろいろと観察欲に負けてしまったことは素直に認める。その結果視線がふらふらしてしまっていたのだろう。
「ごめんなさい、それ」
「もう! もういいでしょう!」
とクリフトは空に吐き捨てる。息も絶え絶え。
ああこれは、へそを曲げてしまった。
仕方が無い。今日はこのくらいで満足しておこうかと考えていたところ、予想外に、別方向から話しかけられた。
「──なにやってんだお前?」
クリフトに対してだ。
クリフトの背後に男性二人。全く注意していなかった。うち一人は少年。そしてもう一人の大人には見覚えがあった。細身のしかし筋肉質の体を黒僧衣で包んだ、背の高い壮年の男性。無造作に逆立った橙の短髪が、彼の職を身分を忘れさせる。
い、いけない!
体が一瞬こわばる。が、どうにかしなくては。とりあえず、立ち上がったクリフトにゆっくり近づき、陰に入り、目だけ出して様子を伺う。正直、それで何の解決にもならないとは思った。
しかし幸運なことに当然なことに、その男性の興味はクリフトに対して向けられたままだった。
「まだ武術なんてやっていたのか」
「いえ、これは、ちょっとした戯れに」
「ふぅん?」
男と目が合った気がして、慌ててクリフトの陰に顔を隠す。
……特に私へ追及はない。あまり私のことには興味はないようだ。
「で? 昨日のうちに警邏組としてフレノールに行くってのは?」
「……それも含め全て、王命で動いています。詳細は申し上げられません」
「王命……王命?」
怪しんだ男が、私を見ようとクリフトを押しのけようとし、クリフトは私を守るように譲らず。
しかしそれでごまかせるわけもなく。
「おいこれ……」
「これではありません。……レナ様です」
「レナぁ?」
クリフトに隠れている私は、彼から見えているのかわからないが、私も全力でうなずくことにする。
「レナ様……、レナ様ね」
くくくと男は軽く笑った。
「あーわかったわかった。今は聞かないでやる。任務を無事にまっとうしたらいい」
言葉遣いは荒いが、しかし私が知る彼はいつもこんな陽気な調子だ。
少しの沈黙ののち、男は言葉を続ける。
「さすがに、今日は街を出ないよな? こんな時間だ」
「まあ、そうですね」
「晩飯はうちで食うよな?」
「いえ、まさか……」
「だめってことはないだろう。レナ様も一緒にどうぞ? 19時過ぎ、いや20時、いや19時過ぎだ、来いよ。いいな?」
「……承知しました」
と、よくわからないうちに、男とクリフトの間で何かが決まってしまった。
「じゃあな、マジで来いよ!? レナ様も是非な!」
と言って男と従者?は去っていった。
「……申し訳ありません、断る余地無しでした」
「さすがだわ、あなたのお父様」
サントハイム聖教、現教皇、名はカイラス。王城では、私に唯一砕けた態度で接してくれる大人だ。
「なにあなた、フレノールの警邏?」
「今回の旅を隠し、父にはそう説明していたのです、王の命令書も併せて」
「なるほど。一瞬でばれたわね」
「昨日出発しているはずでしたので。一日遅れた嘘がとっさに思い浮かびませんでした」
まだ若干クリフトは放心していた。私も。
クリフトは私を見た。
「私の父は苦手でしたか? 今夜の話を受けるべきではありませんでした、申し訳ありません」
「ううん? そんなことは」
「避けられていたようですが」
さっきの私の挙動のことか。
「いや、この顔は見せられないわ」
「顔? なぜです?」
「いや、変でしょう」
クリフトは私の顔をじっと見る。
耐えて耐えて、私も見返す。
ややあって、クリフトは言葉をやっと押し出した。
「……いつもと変わらず、お美しいですが」
「はぁ!?」
いつもと変わらず!? お美しい!?
何を言っているのか。
「ちょっと待ってちょっと待って、王城にいたころの私と比較して、よ!?」
クリフトは目をぱちぱちした。
「……い、いえ」
いえって何よ!
「言うのを遠慮している?」
「そんなことは!」
それだけはすぐに断言してくる。
まさか。まさか、信じられない、違いがわかっていない!?
「あなた、化粧が、わかっていない?」
「化粧」
とクリフトはつぶやいた。そして私の顔を見ながら、
「確かに言われてみると、色味が違いますね」
などとこぼした。
「はぁぁああ!?」
信じられない信じられない! いろみだなんて言い出した! なんなんだこの男は!
怒りを通り越して、ここで断罪しないとという正義、義務感に襲われる。王城の女性らから数百回刺されてもおかしくない罪だ。何しろ彼女らの命が軽んじられている。私のも。
自分の右手にエネルギーが即時に溜まる。
しかし、その反動で頭は冷静になる。……力で訴えるのは全く理性的ではない。子供のころならいざ知らず。反省を思い出せ。
数秒。
最終的に、私は深呼吸で、自分のエネルギーを逃がした。
「……あなた、いつか女性に刺されるわよ」
「姫に刺されたことはありますが」
一瞬で光景がよみがえる。
「あ、あれは! あなただって私をこてんぱんにしていたでしょう!」
昔の、木刀による彼との剣術試合を思い出す。
驚くほどの速度で、彼の顔が陰った。
「失礼しました、あれは、あれは本当に、申し訳ありませんでした……」
深々と頭を下げる。
先ほどの図々しい失言が嘘のように。
あの試合は、小さいころの、それもおあいこだったで終わる話だ。
彼は。変なことを気にせず、変なことを気にする。
そう思った。