真面目新訳第二章 おてんば姫の望見   作:赤色ねんね

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(03.2) サランにて

夕焼けの余韻も残らない夜。サラン大聖堂へ向かう。この世界で遍く信仰されている聖教の、その総本山だ。

街サランの中央に位置するらしいが緑に周囲を囲まれ、別世界と感じながら、聖堂までの道をクリフトと歩く。

従来であれば私は馬車で通る道。左右の緑を押しとどめるように点々と並ぶ街灯、この本通りには、なんだか若干の不安が掻き立てられる。

「なかなか別世界に住んでいるわね」

「慣れればどうとも。むしろ私にとっては、夜の王城の方が不気味です」

今不気味だとは私は言っていないが、その感想はあっさりばれてしまった。語調に出ていたかな。

来たる今夜のイベントに、私は緊張している。私の家出をカイラス様に納得させなければ家出が終わる、のではと思ってしまう。言葉に出すとその仮説が本当のものになりそうなので、クリフトにも言えないが。

うん、多分大丈夫。あの人の気さくさを思い出そう。

 

聖堂門についた。そこには少年兵二人。二三言葉を交わしただけで、構わず先に進むクリフトに私はついていく。

聖堂内。

この建物は、不揃いな石造りであることを全く隠そうとしない。壁を構成する石らに隙間はあるわけではないが、石は厚さが様々。

壁に埋め込まれた明かり達。それが壁の隆起している箇所、へこんでいる箇所に陰影で強調づける。

ぶっきらぼうな建物という印象。目的以外はどうでもよいというような。

広々とした通路に、二人の足音が淡く響く。壁と違って、床はぼこぼこしているわけではない、いや。昔はぼこぼこしていたのかもしれない。それが、削れた? 通路の中央部だけ削れて2~3cmほど地面が緩やかにへこんでいるように見えた。

ふぅん。私が以前訪問したときには確か、赤カーペットで隠れていたような。

「これは、何か重いものを引きずったための痕跡?」

と通路一帯の床を私は指す。王家が何らかの行事で迷惑をかけたのかなと思いながら。

「ああこれですか。これは巡礼者の一歩一歩で、道が自然と削れて行くんですよ」

「え!? 不思議ね。何百年もだと、そんなことになる? ああでも、本当にそれが原因かは検証が困難よね?」

「検証……、面白いことを考えますね。我々の誰も原因なんて気にしませんよ。しかしただ、私たちはこの道の、これに、自負を持っている、とは思います。少なくとも私は」

なるほど。信者の訪問数は長年の信仰の篤さを示す。いや、単に数字で考えることが不遜。私が興味本位でつっつく内容ではなかったなと反省した。

「こちらです。お気を付けください、少し歩きにくいかもしれません」

十字路、クリフトはそこを左の通路へ曲がる。なるほど、床の削れがあまり無く、狭くもなる。あとちょっと暗いかな。

いくつかの扉の前を通り過ぎ、曲がり、二階へ上がり、とある扉の前で止まった。

「あなたの部屋?」

「なぜです。父上の部屋ですよ」

残念。

「大丈夫ですか?」

私の一瞬の緊張を読み取られてしまった。

「大丈夫。レナは化粧しないのが普通、しないのが普通……」

「お美しいですよ?」

「あなたにそれを言う権利はない」

クリフトは肩をすくめた後、無遠慮なノックと共に扉を開けた。

聖堂内に負けず、中も武骨な作りだった。一面にベージュのじゅうたんが敷かれているものの、むき出しの石壁。本棚。そして正面机にはカイラス様が座っていた。

「よう」

とカイラス様は書き仕事をやめ、首を半周回して筋を伸ばした。机の上は本やら書類やらで雑然としている。

「来てもらってなんだが、食事の用意は途中だ。今からでもクリフトは厨房へ行って監修参加すること」

「……承知しました」

「そう無い機会だろう?」

クリフトが料理する、ということだろうか。そういうこともできるのか。

「姫、レナ様は、その間俺と楽しいおしゃべりをと思ったんだが」

とカイラスは手元の書類に手を置いた。

「本日中の緊急件があってな、時間が欲しい。挨拶も後にして、この聖堂内で時間を潰しておいてほしい、ほんとすまん」

好きに歩き回ってよいとのこと。

一人でこの聖堂を歩くのは少し怖いと一瞬感じてしまったが、彼らの家に対してそれは失礼かと思い直した。

歴史あるこの家ならば、何か面白いものもあるかもしれないことだし。

「大丈夫ですか?」

とクリフトが心配する。どういった心配をしているのかわからなかったが、答えは一つ。

「もちろん」

そのままクリフトとはカイラス様の部屋の前で別れる。

さて。

後に控える食事はやはり緊張する。とはいえ、城以外の場所を好き勝手に歩き回れる機会は今まで無かった。楽しめそうだ。本堂もよい、先ほど見かけた庭もよい、三階に行く階段もあった。

気の済むまで周ってみようと、足を進めた。

 

二階建物内を時計回りに回っていたところ、何かを磨く音が廊下の先から聞こえた。

と思ったが近づいてみると、それは何ということはない、リンゴの咀嚼音だった。

「あ?」

とその少年は私を確認する。

窓と言えばいいのか、外に向かってぽっかり壁が開いた場所、その枠に一人腰かけている。白いローブを羽織った、歳13ほど?の少年だ。

今日夕方に宿の前でカイラス様に会った際、彼に連れられていた少年だった。

なお白いローブは城でクリフトも時折着ていて、神職者のちょっとしたユニフォームになっている。

リンゴの芯を手で弄びながら、鋭い視線で私を刺して少年は言う。

「お前、なにもんだよ?」

なにもん? 素性だ。素性を聞かれていて、もちろん正直に答えるわけにはいかない。しかし何が怪しまれたのか、と少し戸惑っていたところ、少年は続ける。

「貴族様だろ? で、王命を捻じ曲げたってことだろ?」

王命であったクリフトのフレノール警邏役を、取り消したことを言っているようだ。

それは誤解なのだが、訂正しようもなく。

ただ、言葉を継げないその私から、また誤解されても困るが、

「……クリフトさんが狙いかよ」

ん?

また変な誤解が生まれている気がした。私がクリフトを名指しで何か依頼したと思われている? あるいは夕方の組み合いのこと? どちらにせよ、これだけは否定できる。しよう。

「いいえ、違うわ」

「ふぅん?」

少年は窓から通路に降りて、正面から私を睨む。背は私より少し低い程度。しかし年相応ではない鋭い視線が私を射抜く。敵対されている?

彼は鼻でため息を一つついて続けた。

「クリフトさんはすげぇ人だ。神学、魔学、果ては騎士団候補生(オニオン)ってもんだ。あの人が何考えているかわからんとこはある。けど、教会や国のことばっか考えてるのはわかる。本気でな。それを一貴族が邪魔しようってなら、俺は許さねぇ」

なる、ほど。

確かにクリフトは何をやりたいのかは、よくわかっていない。私の都合だけで振り回すべきではない。……今は家出同行という、まさに全力で振り回してしまっている最中だが。

「同意よ。彼はまだ知識、技術を会得しようとしている段階ではある。将来それが発揮される方向は、彼の意向に沿えばとは願うわ」

「何目線だおめぇは」

「め、目線?」

「馬鹿なのか馬鹿じゃないのかわからねぇ」

目の前の少年は終始、どちらかといえば不機嫌だ。そのままで彼は話を変えた。

「どうして俺のこの態度を非難しねぇ? 貴族。平民」

と私と自分を交互に指す。

「態度? なにが? どうして?」

そんなに新鮮で興味深い所作なのに。

ややあって彼は目線を外し、最後に一番大きなため息をついた。

「もーいーわかった。わからねぇが」

と言って私に歩み寄る、いや、すれ違う。その際一度停止し、

「いいか、クリフトさんのことは諦めろ。釘は刺したぞ?」

と言った。

諦めろ……彼の進路を邪魔するように使うな、ということ。

「この旅が終わればもちろん、邪魔はしないわ」

と返答するも、彼はそれに反応することなく、奥に消えていった。

「ああびっくりした」

彼のはことごとく、今までほとんど聞いたことのない言い回しばかりだった。スラング。

そうは言っても、多分、彼と意思疎通は取れたように、と思う。面白いなぁ。言い回しは覚えておこう。

ここで他の人とすれ違うときは会釈くらいだったのに、突如会話に発展することもあるのだという、新鮮な気持ちもあった。

 

その後一階、建物内の庭の手入れされた草花を眺めていたら、ふと見上げ、本堂側の建物としての高さに気づいた。その屋上へ行こうと思い立つ。

上の階層に行けば行くほどフロアが狭くなる作りの建物だ、階段を見つけることは難しくなかった。それを上りきると、階段部のみを屋根で覆った、開けた屋上へ出た。

あとは、割れたハープのような音。音楽。

粗末な椅子に座った長髪の、おそらく男性が、点々の星空の下、楽器を奏でている。一瞬女性かと思ってしまった。そのくらい、羨ましくなるストレートな黒髪だ。彼に見覚えがあることに気づく。

彼の正面にある階段を上った私だ、すぐに気づかれた。

演奏が止まる。

「あれ? どちらさまです?」

と男性が問う。名前を聞かれて体がびくっとなってしまうのは直したいと思いつつ、

「レナ・スタンフィードと言います。カイラス様の許可でここの散策を。邪魔してごめんなさい」

「いえいえ」

と彼は微笑んだ。

「むしろ私が邪魔ですか?」

と彼は周囲を一度見渡す。つられて私も見回す。

辺りには何も無く、なぜ私が、彼を邪魔と思う要素があるのか、よくわからなかった。

「全く!」と、ちょっとした勢いで私は顔を横に振る。

「そうですか、では、遠慮なく」

と彼は抱きかかえた楽器に目を落とす。そうして、演奏が再開された。

バイオリンに似た楽器。弦を指で弾いて奏でる。やはりこうして聞いても、音色はハープに近いかもしれない。

ゆったりとした星空のような曲調。運指に、終始目が離せなかった。

そうして、ゼンマイが切れるように速度を落とし、締めの一音の後、彼ははにかんで言った。

「──そう凝視されると、照れますね」

「ああごめんなさい、目を離すのがもったいなくて」

ホールでもない場所の音楽が、だからこそ、誰のためでもなく目の前の私のために生み出されていると錯覚して。

それに応えなければならない、目に耳に収めないといけないと思った。

音楽って、こんなに受動的なものなのか。

「でもあなた、演奏と一緒に歌わないのね。そういうイメージがあるのだけど」

「え?」

微笑絶えなかった彼の表情が、不審の色に変わる。そのまま口を開く。

「私を、ご存じですか?」

「ええと! その! だって記章年初にいつも本堂で詠隊を主導されているでしょう? 確か、マローニ、マローニ様、さんよね?」

彼の眼が見開く。バイオリンを椅子に立てかける。彼の眼にあるのは不審というよりは、畏れか。彼は恐る恐る言葉をつむぐようになる。

「かなり、高位の貴族で、あらせられる?」

なんでよ! また墓穴を掘ってしまっている!?

記章年初で彼らの聖歌を聞くのは国の、この街の常識ではないのか!? アリーナにつながりうる線は否定しなければならない!

「いえ、そう聞いたことがあるだけで、聞いたことがないのだけど、あなたがマローニさんということ?」

「は、はい」

「なるほど! 偶然当たってしまったのね! 驚きだわ!」

なんだか自然発生してしまったこの流れに、乗りかかるとする。

彼は小さくない独り言を漏らす。

「そうですね、まああなたの名前に心当たりがあるわけでもなく……」

逸らしていた目線を再度私に向ける。

「うん」

何かを彼は納得した。

「まあ良いです」

と破顔した。

良かった。きっと私の見た目に、高位の貴族である疑いを払しょくさせる何かがあったのだとは思う。具体的にどういう見た目なのか強いて気にしない。

「ではリクエストにお応えして一曲演りましょうか」

「えっ!?」

先ほどの気持ち、マローニの歌声を独り占めできるなんてと思いながら聞き、結局歌がないのかと落胆した、それが蘇る。

そんなせわしない気持ちのまま、曲が始まってしまった。

……。

孤独な自分、孤独な世界。

それを唯一包み込む音楽。音楽からの逃げ場はない。

そんな悲しげな歌詞を、淡々と並べる音楽だった。

私は若干の困惑を引きずって、拍手をし、口を開く。

「ありがとう、ございます、その、そうね、人々に捧げる曲、と言っていいのかしら」

私は神に捧げる歌しか知らない。これは人のための歌だった。単に受け取るだけでなく、聞いて自分がどう受け止められたかを問われるような、今まで覗いたこともない心境に叩き落された気分だった。

「不思議な表現をありがとうございます。ただ作った身としては、意図を突いた、嬉しくなる感想です」

彼は一番の笑みを見せた。私の感想が何らかの形で伝わったようで、安心する。

「声がその、低いのね。まるで会話しているときのような」

「そうですね。天上に伝えるものでもないので」

なるほど、そういうものなのか。

「今日初めて賛美歌ではないものを私は聞いて、若干私は混乱しているとは思うのだけれど、それでもおそらく、私は今の歌の方が好みみたい。歌声もいいわねこっちのほうが。神ではなく我々のもの、と思える。歌詞の意味も、その感情も」

お世辞ではなく本意なのだが、この言葉は彼の心に触れたらしく、わずかの間彼は目を見開いて私を見ていた。

「は、ははは、褒められすぎですよ、それは」

それはもしかすると自嘲だったかもしれない、また変なことを私は言ってしまったかと慌ててしまう。

「ごめんなさい! そうよね、あなたの本業を軽んじる言葉だったわ、訂正はできないけれど、あなたの気持ちをもう少し考えるべきだった、謝ります」

「いえいえいいんですよ! むしろ聖歌の方が、私の声とは言えません、こっちが私の本当の声なので、つい」

「本当の声?」

「生来のという意味です。もともと私は、歌を歌いながら各地を転々としていたんですが、ここに留まるようになり、慣れない高音域を練習しすぎたせいか、喉が潰れてしまったことがありました」

「え!? 喉って潰れるの? 潰れてそして、治ったの!?」

「はい、奇跡的に。偶然手に入った薬が効いて、むしろそれで高音域が変にひっくり返ってしまって」

「綺麗、よね?」

「私の声ではありませんが」

微笑を貼り付かせながら、彼はそう地面に言葉を投げた。

そんな。

国を代表する声を持つ彼が。

「自分の声ではないと、思っているのね」

単純なその復唱に、彼は反応しなかった。正直、くだらない、とは思った。

「では言わせてもらうのだけど」

彼の聖歌の場面が脳裏によみがえる。言葉が湧いて出る。

「この国の人間はあなたの歌声を誇りに思っているわ。国の宝は自分の宝と。国を自分であると広く同一視しての、自尊心からよ。もちろん私も。要人を迎えた行事などで、想像だけど! 恥ずかしいという感情とは全く逆の、勇ましい気持ちになるの。この街の人間も誇りに思うでしょう。この聖堂の人間も! そして、どうしてあなたは誇りを持てないの? では個人のあなた以外の誰が、同じ気持ちになればよいの? その薬師? 薬師が診た人間が皆その歌声を手に入れられるの? 違うでしょう?」

ここで彼は、目よりも小さく口を開け、「いえ」とだけ呟いた。

私はその回答に満足できず、続ける。

「薬師もあなたのことを誇りに思うでしょう。周りが認めること、それは価値よ。何人という人を巻き込んだ価値。あなた一人が、私たちの価値を軽んじないで。いい?」

彼は小刻みに四度首を縦に振った。

いつもコーネリアと二人で、和気あいあいと彼の歌についての感想を交わしていたことを、思い出していた。

そして、二秒の空白。

おっと。

途端に私がなんだか恥ずかしくなってきた。絶対に変なことを言ってしまった。

ひとまず謝り倒すことで胡麻化そうかと思ったが、それを強制してくれる第三の存在がこの場に来ていた。

「すまん! こいつは教育がなってないもんで、偉そうなことしか言いやしねぇ!」

と、偉そうな人、実際に偉い人カイラス様が私の頭をつかんで下げさせる。おおお。

「いやいやいや、なんだか気持ちが楽になったのでいいですよ! むしろこっちが謝ります!」

「いーや! こいつの言ったことは全部忘れてくれ! あれはお前の声じゃない!」

「はいそうですねとなりますかそれ!?」

「ほう? だめか。やるなお前。影響力がある」

とカイラス様が私を、見ないでほしい。

「昔の教え子でなこれ、いやー俺は教師に向いてないって改めて考えさせられるわー」

「聡明そうでは、ありますね」

では、という表現。裏に表現が隠れているときに使う言い回しだ。

「食事の時間だこら、行くぞ。すまんな、じゃあまたな」

とマローニに別れを告げ、カイラス様はそのまま私の腕を引き、屋上から階段を下りていく。

先ほどのコミュニケーションが怒涛の勢いだったため頭を整理していたところ、カイラス様はぼそっと、

「すいません、荒い態度を取ってしまいました。奴にごまかし切れているか怪しいですが」

と呟くように言う。しかし直後、それをかき消すように、

「しかしなんと言えばいいか、しゃべるたびに墓穴を掘るな、あなたは」

と歩きながら私に振り返った。

「ごめんなさい……」

同じようなセリフをクリフトも言っていたことを思い出す。

ついでにクリフトにも心の中で謝った。

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