真面目新訳第二章 おてんば姫の望見   作:赤色ねんね

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(03.3) サランにて

再びカイラス様の自室。

テーブルにはクリフトと、湯気だった食事。

「いい香り」

部屋に入っただけでわかった。

「クリフト監修だとレベルが1つ違うもんな?」

「味見しただけですよ。メニューも既にほぼ決まっていましたし」

「これは、お前担当だよな?」

とカイラス様は焼き魚を指さす。日常的に料理を分担しているのかな。

「……焼いただけです」

「はははは! ええと? ナイフはいらないのか」

「はい、昼も使われていませんでしたし」

私の話だ。

「順調に溶け込んでいっているっつーわけだな」

クリフトとカイラス様はこうやって話すのか、と思った。クリフトの口調が普段と変わらずとも、温かさのようなものがあった。

表情も心なしか。

さて、食事だ。先ほどの会話を聞いてしまうと、つい魚に目が奪われてしまう。

一口。

「おいしい」

まず鼻を通る香ばしさ。そして柔らかな身。表面の塩味の後に、身の甘さが追いつく。それらが最後混じった一体感も、なんとも言えない。ほっぺが緩む。

「よかったな」

とぽつりとカイラス様が漏らし、クリフトがただ、「まあ」と返した。

しかし料理を前にした私にとって、それは些事だった。他の皿を見比べ、次は魚と他料理との組み合わせなんていうのも楽しめるのでは、などと考えていたが、

「じゃあ、ここには俺らしかいないし、遠慮なくいろいろ聞かせてもらおうか」

とカイラス様が話を始めた。

クリフトはまず、実際の王命と、昨夜宿で決めたことを正直に説明する。

「年頃の娘の家出か」

年頃の私の家出でしかない。

「で、どうしたいんだあなたは?」

と、自分でもあまり考えたことのない問いをカイラス様は投げかけてきた。

外の世界を見てみたいとは言ったことがある。それで、どうしたいか。思い浮かぶ言葉を一つ一つ並べてみた。

「……私は、私の見える世界というものを、お父様にコントロールされてきたわ」

この表現がかなりの誇張なのは認める。

「私は今までも、これからも、自分でいろいろな意見を持つと思うの。意見をもって行動する。もし意見が、知らずのうちに他人に歪められていたとすれば、そんな道化なことがあるのかと思う、許せないと思う。意見は完全に私のものでありたい。過去のいろんな影響で自分を意見を形作るのはわかるけど、私は私で納得のいく影響を受けたい。だから、一度お父様から離れて、自分の眼で世界を見てみたいと思ったの」

私の興味のある事項が遠ざけられた例を、私は思い出していた。

それを聞いていたカイラス様は、たぶん少し、楽しそうだった。

「なるほど、ね。陳腐な感情とは思うが、本人がそんな冷静だと、説得のしようもない」

「説得してみる?」

「いや? いいんじゃないか、それで? 荒波に揉まれた子供を慰めるのも親の務め。まず好きにやってみるといい。心配しちゃいねぇよ。いや! まず俺に家出を許可する権限ねぇけどな!」

カイラス様は豪快に笑った。そして、

「外に出れば、学ぶことは多いはずだ。きっと成長なさる。良いことだ。俺はその先を見てみたい。あなたもそれをきっと見てみたいんだろう」

成長した私を、私が見たい? 不思議な表現で、いまいちピンとこない。

「ただ、これは一般論だがな、親は子を保護する責務がある。良くないと思われる、それは完全に偏見だが、良くないと思われる情報から遠ざけたいと思うのも、親だ。気に食わないかもしれないが、クラウスはあなたを大事に思ってる。たまには思い出してほしい」

クラウス、お父様。

「……努力するわ」

ひねり出したその言葉を、カイラス様はとても嬉しそうに聞いていた。私の複雑な感情まできっとお見通しなのだろうが。

おっといけない、味を楽しむのを忘れていた。それは良くないなと再開。

 

皆が食事を終えて、しかし会話も楽しんで。

鐘が大きく四度聞こえる。22時か。

「父上、そろそろ。明日も早いもので」

とクリフトが切り出す。

「お、そうか。では解散とするか」

とカイラス様が立ち上がる。

「寄ってもらえて楽しかった。別にここに泊ってもいいんだがな」

「ブライ様とは宿で落ち合う予定ですので」

「はは、残念だ」

確かに、ここに泊まるのも楽しそうだった。

「宿への道中、念のためビルをつけよう。クリフトから声をかけてやってくれ」

「かしこまりました」

「ではしばしの別れだな。あなた様の成長を、皆と同様に、楽しみにしております」

とカイラス様は仰々しく頭を下げた。

「今夜のお誘い、感謝、いえ、ありがとうございました」

「おう、その調子だ」

そうしてカイラス様と別れた。静謐な聖堂内をクリフトと歩く。

「ビルって?」

とクリフトに聞く。

「ええと、夕方に宿前で父上と会った際に、そこに付き従っていた少年です」

「ああ、さっき聖堂の中でも会ったわ」

「失礼ありませんでしたか?」

さっと素早くクリフトが聞いてきた。

その言い方は、失礼があったに違いないという前提で聞いているように思われた。

「いいえ。ただ、そうね、私から言っていいかわからないのだけど、クリフトの考えていることがわからない、なんて言っていたわね。気をつけなさい」

「そう、でしたか。話をする機会を意識して作らないといけませんね」

「さりげなくね」

私が漏らしたとばれると余計に、彼から私が敵視されそうな気がした。

ビルの私室を訪問し説明し合流し、そのまま三人で聖堂を出た。

 

静まった街の中、宿までの道中を、クリフトとビルが先導し、私は後に続く。

目つきの鋭い少年という印象を持っていた彼だが、クリフトに対しては比較的柔和な態度を取るようだった。

二人は会話を続けている。

騎士団見習い(オニオン)には入らないのですか?」

「性に合わねぇ。どこかで教会を出て、傭兵になるか商隊付きになるかってとこ」

年齢差を逆転したような言葉遣いを二人は使う。

二人の会話を邪魔しないようにと抑えていたが、ふと思い、ここで私は言葉を挟んだ。

「クリフトは将来何になりたいの?」

クリフトを彼に知ってもらうための助け舟のつもりではある。私が知りたいというのもある。

クリフトは答える。

「私も教会からは将来離れようと思っています」

「えっ」

私の驚きと同じ音、より大きな声でビルがかき消した。

「マジかよっ! どどどうするんだよ!? 騎士団(オリオン)一本?」

「剣の才能は無いですね私には。父上が法制議会にも顔を出されています。国へのそういう貢献を、目指してみたいと思うことがあります」

なんとクリフトも、いろいろと考えている! そんなよくわからない難しいことを。

すごいなぁ。私には何かそういう憧れがあるだろうか。

胸の中、暗闇に小さくぽっと、マリア先生の凛とした後姿が映った。小さいころに格闘技を教えてくれた先生。

いや、と私は首を小さく横に振る。教師になりたいわけではない。……だけどあんな風にはなりたい。私の知る大人の中で唯一、自由を体現されている方だと思った。

唯一? そう、やっぱり私は視野が狭い。これから知っていくのだ、と強く自分に誓う。

「こっちか?」

と話を変えて、私たちが歩く方向についてビルが話を切り出す。

「回り道した方がいい。こっちは治安良くないぜ少し」

「いえ、こちらで合っています」

「……聞いてなかったけど、宿の名前は?」

「『馬の鞍』です」

「……!?」

暗がりでもわかるほど、ビルの眼が見開いた。

「嘘だろ!? 貴族様じゃねぇのかよ!?」

この道中で初めて、ビルは私を正視する。

いや、私に言われても。

「今後、どういう宿に泊まれるかわかりませんし」

という流すようなクリフトの言い分にはピンとこなかった。おそらくビルにとっても。

ビルは私に近寄り、小声で、

「お前、クリフトさんを連れ回せるくらい金持ってんのかと思ったぜ……。ひでぇな」

ひでぇ、ひどい? 何がひどいのか。

「さっきはいろいろ言って悪かった。そのなんだ、束の間のチャンスを、精々楽しめ」

束の間?

多分、私の懐事情で旅が長続きできないと、誤解しているのかな。

金銭は全てブライとクリフトに任せることにしたため、私としては何のコメントもしようがない。

「……ありがとう」とだけ返しておいた。

私のせいなのか、それで会話はめっきり減り、無事に宿に到着、ビルと別れた。

一応クリフトに聞く。

「ビルは、どうも私たちの資金について心配していたようだけど」

「ご安心を。全く問題ありません」

「そうよね……」

扉前で、ブライが先に部屋に帰っていることだけ確認した後、私は自分の部屋に戻った。なお事前にブライには置き手紙で、今日の夕食のことは伝えていた。

私の部屋。

まだ寝る時間ではないが、明日は早い。

日課である、少し体を動かしてから、寝てしまおうか。

寝台を見て、あの寝心地を思い出してしまって若干顔をしかめてしまう。

しかし次に、部屋の隅に置いていた、昼に購入した装備品に目が行った。

部屋の中で体を動かす際にも、装備した状態が良いだろうか。

そっと厚手の革の胸当てに触れ、こみ上げる笑みを抑えた。

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