真面目新訳第二章 おてんば姫の望見   作:赤色ねんね

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(04) サランにて

朝。それを認識できたと同時に体を跳ね起こす。

今、隣の部屋から物音があったような!

直ちに、這うような姿勢で暗い部屋、その扉に向かう。そのまま廊下に出て、隣の部屋の扉を開ける。その部屋の中は。寝台に腰かけたクリフトが驚いていて。寝台に横になったブライは顔だけこちらを向いて驚いていて。

よし、朝早く起きることに成功したよう! その安心の直後、まず一つの気づきがあった。

クリフトの格好が、一言で言って軽装だ。どう見ても守備力の低そうな。旅衣ではない。寝巻きにちょうど良さそうな。

続いて二つの気づきがあった。私の服と顔!

扉を勢いよく締め、「クリフトごめんなさい、水桶をもってきて!」と勢いよく扉に言い放ち、私は自分の部屋に引っ込むのだった。

 

無事に用意が完了し。

街サランを出る。正門は騎士団(オリオン)が詰めているため北門から。

いったんはサントハイム城の方向の東へ進むが、分岐があり、そこを北に転じる。

街道とはいえ、魔物が出る道。二人の護衛がいるとはいえ、ここから私が切り開く道なのだと思った。

家出をしてからやっと、やっと、この感覚を自分のものにできるとは。周りに見えるものすべてが、その成果だ。道は先まで続く。しかしその端が見えるわけではない。道の左右30cmほどの高さの草が、道の曲がった遠くの道先を隠す。一体道は左右どちらに続いているのか。

歩かずにはいられない道。いやいや、その一点だけ注視するには惜しい光景だ。

望見する。空、山、道から外れてそびえるいくつかの木々が、その青さが、心なしか輝いて見えた。

クリフトが先頭、ブライと私が後ろを並んで歩く。

クリフトの背負う荷物がずっと視界に入る。ブライの二倍ほど、私の、六倍ほど?の大きさ。さすがに申し訳ないので、先ほどの交渉により、水筒一本は私のカバンに移すことに成功したが。

そもそも私のカバンと彼らのカバンは種別が異なる。彼らのカバンの肩かけベルトは、途中の金具を水平方向にずらすだけでベルトが外れるようになっている。魔物との戦闘開始時、すぐに荷物を切り離し身軽になれる、というわけだ。

創意工夫ばかりだ、と思った。

「どのくらい歩けば次の村、テンペに着くのかしら?」

「あと15時間から20時間というところでしょうか」

「……今日じゃ着かないのねそれ」

「はい、野宿です」

とクリフトが振り返る。それは、笑み?

「私の心配をしているなら、それは覚悟の上よ」

たった今敷いた覚悟ではあった。

──と。

クリフトが足を止める。

左前方を向いた状態で、左手を開いて私たちの足元に向ける。そして姿勢を低くして右手で静かに抜剣する。並行して、左手で彼は背負っていた荷物を解き、地面に転がした。

魔物!?

私も荷物を下ろすべきかもしれないが、だめ、クリフトの凝視する先から目が離せない。

膝の高さくらいの草むら。そこから、巨大バッタが一匹飛び出した! 全長30cmほどのバッタ。

私もクリフトの後ろで反射的に姿勢を低めて構えるも、飛び掛かるバッタはクリフトの縦の一太刀で簡単に両断される。

近い場所からもう一匹バッタが飛び出すも、クリフトの剣がそのまま地面を跳ねるように切り上げ、見事にバッタを捉える。

「ヒャド!」

私の後ろではブライの声。

私は構えたまま顔だけ振り返ると、ブライの構える先では氷が飛び散るところだった。

「姫様」

とクリフトの声で顔を正面に戻す。

「なに!?」

「一匹、試されますか?」

「はい!?」

草むらから、かき分ける音。

クリフトが下がる。正面を指している。

出てくるのは、やはり巨大バッタ! 先頭である私に飛び掛かってくる。

これは?

高めの、正拳が良い?

瞬時に、反射的に。

右ひじで後ろの空気を押しやる。

同時に右手を右胸にポンと当てる。

ここまでくるとルーティンだ。

回転の最先端、右拳をバッタに突き刺した!

軽い手ごたえがぱっぱっと光を放ちながら、それは草むらまで吹っ飛ぶ。

手ごたえがなさすぎることをなんとか無視し、体の急回転によって暴れるカバンも無視し、先の正拳の勢いで逆に構えが変わったまま、右手の甲を盾にし、引き絞った左手を意識しつつ、草むらを凝視した。

2秒。

「お見事です」

「左様」

とクリフト、ブライがつぶやき、私は戦闘が終わったことを知った。

「あ、そう?」

顧みるに、一瞬の出来事だった。

うーん。事前に魔物についての説明はあったが、しかし頭のスイッチが入るのが遅すぎた。カバンもこの調子で暴れるようだと、なんとかしたい。

クリフトは地面にしゃがみ、何かを拾う。

「魔石」

と私はこぼした。

「はい。この程度では大した金額にもなりませんが、まあ」

魔物の体の中に位置し、動力源となっているという魔石。ブライも拾っている。

わ、私のは?と草むらの方を見る。

「そちらはやめておきましょう。こんな小さなものは探すのも一苦労です」

残念。倒し方も気にしないといけないということね。

「ちょっと見せてもらえる?」

「どうぞ、なんでしたら差し上げますが」

「ありがと」

魔石。

正八面体をもう少し縦に引き伸ばしたような、赤色透明の石。

この小ささ、2cmもない。大した価値ではないだろうが、

「綺麗ね」

「すぐに色が濁りますよ」

「知ってるわよ」

太陽にかざす。この状態が維持できれば、良い宝石になるだろうに。しばらくはこの魔石を手で弄ぼう。

「行きましょうか」

とクリフトが行軍を再開した。

とはいえ、いろいろと気になった。

「こんな、感じなのね。一言で言って、手ごたえがないような」

「そうですね。弱い部類ですし、この時期はこんなものです」

「時期、ね」

数日、数週間程度では魔物の分布が変わるものでもない。わくわくしないなぁ、これだと。

「いかなる魔物が出るか、必中予測できるものではございませぬ故、油断だけはされませぬよう」

「ブライ様のおっしゃる通りです」

私の表情は雄弁だったようだ。

 

当初ずっときらびやかに見えた風景たちだったが。平野を数時間進んで。そろそろ特徴を上げられなくなってくる。

歩いていても楽しくなくなってきた。

魔物も、種類こそ違えども、本質は結局大差ない。手ごたえもない。魔石を紛失する愚は二度目には犯さなくなった。

……つまらない。

とりあえず、あえてカバンをたすき掛けしたまま、暴れるカバンを阻害しない立ち回りを洗練中ではある。が本質的な成長とは思えない。単なる時間つぶしになりつつある。

ふと、行く先の森に気づいた。

「クリフト、あれ」

「ザランダの森です。あの手前で一泊し、明日は森を進みます」

一泊、森! 少しわくわくしてきた。

しかし、

「前の昼休憩も早めに切り上げて、これから夕方以降も歩みを止めなければ、森も越えられた?」

「可能かもしれませんが、疲れを自覚する前の休憩が重要です」

「私は全然疲れていないのだけど」

「明日に残る疲れというものもあります」

「はいはい」

昼時点では「日が暮れる頃に出る疲れというものもあります」と間違いなく聞いたが、それを掘り返す気も起きなかった。

「あ、もしかしてブライにとってはペースが早い?」

「はっはっ、ご冗談を申されます」

確かにそんな気配は無かった。心配して何度かブライを注視してみたのだが。

十年以上前とはいえ、さすが魔導士団を率いていた人物、ということか。

しかしこの休憩の頻度は、やはり私が、気を使われているということだ。

私は小さく宣言をする。

「明日は、もう少しペースを上げましょう」

「承知しました」

私がどこまでできるか、知るために。

 

クリフトは薪を集める。

ブライは聖水を振りまいて聖域を作ろうとしていて、気づいた私はその仕事を譲ってもらった。昼に見た作業だ。瓶一本を使って周囲を囲うように流す。

サントハイム城は城壁で守るのみだったが、サランは浅い外堀に聖水を流している。同じ仕組みで簡易的に、本日の拠点を作るというわけだ。

聖水の原料は魔物の落とす魔石。ただ私たちの手元の未加工の魔石ではこんなことはできない。教会で洗礼を受けた魔石を粉砕し、水に溶かすんだったかな。でもまるで、今日の戦利品のおかげでこの拠点が構築できるような、そんな達成感を覚えてしまう。

薪を探していたクリフトが戻る。焚火を用意する。夕食を取る。

昼と変わらない、硬いパン、硬い肉。

いや、周りの景色は違う。ぼうっとかすかに浮かぶ黒い空の下、緋色にゆらゆら照らされて。

静かな食事。随分と遠くまで来たなと、今更感じた。

 

クリフトが寝袋を用意した。

「どうぞお休みください。明日も早いので」

用意された寝袋は一つ。

「あなたたちは休まないの?」

「いえ、交代で休みます」

「私と交代?」

「いえ、ブライ様と」

聖水は万能ではない。魔物に対する見張り役が必要だ。

「私も見張りをさせて頂戴」

「いえ、それは」

「私は」

とやや強い語気でそれを遮った。

「お姫様をやりたいわけじゃない」

「我々にも役目というものがあります」

「折れなさいよそんなの。高級ホテルに泊まりたいなんていう我儘よりは良いでしょう」

「いえ、そちらの方がましです」

「なんでよ!」

贅沢三昧をして資金が底をつくと必然この旅も終わるから!?

クリフトは単なるため息で返した。

「わかりました。交代するにせよ、ひとまず先にお休みを」

と促される。まあ良いかと思って20cm寝袋に近づき、ふと体が止まった。

「……私が起きなければそのまま朝まで寝かせよう、なんて考えてる?」

クリフトの目が少し見開かれた。

「……御見それしました」

「なんでよ!!」

まずブライが休むことになった。

 

ついさっきクリフトがやっていたように、私は時折枝を焚き木にくべる。

クリフトは火をじっと見ながら、膝を抱えて地面に座っている。

地面に置かれた砂時計が時を刻んでいる。1時間で砂が落ち切る仕様。夜は計時しなくてよく、朝日を見て計時再開するとは聞いた。しかし「特に意味はありません」と言いつつクリフトは、今21時を示すそれに対し、砂が落ち切れば逆さまにするという計時行為を続けていた。

なお街を出る前に合わせておいて、クリフトのカバンの肩ベルトにくくりつけており、砂が落ちきると金属片が鳴って、時計の逆転を要求してくる。これにより一定の精度の時刻がわかるようになっている。

そうだ、先ほど思い立った疑問をぶつけてみる。

「二人が起きて一人を休ませるというのは、効率が悪くない?」

「いえ、そうですね、本当は一人だけ起きる想定でした」

「ならあなた休んだら?」

「いえ」

とクリフトは断言しつつ、しかし濁すように、言葉を押し出す。

「ただ姫お一人を残すのは、なかなか、決心ができません」

と、今に至るようだ。

軽いため息が自然と出た。全く私をわかってくれないことに。しかしでは私をわかってもらうためにどう説明すればよいのか、いざ言葉にしようとすると、出ない。私はどうなりたいのか。私のわからないことを、クリフトならわかるかもしれない。

「私にとって、この旅はどういうものだと思う?」

と、少し斜め方向から聞いてみた。

「姫様にとって。世界を知りたいとおっしゃっていました。広い国土という空間の他、国民がどう暮らしているかも興味がおありなのでしょう。それが何へのインプットになるのか。……王族の自覚を確固たるものにされると、臣下としては願います」

なんだか釘を刺された、気がする。こちらも軽く反撃しておかないと。

「その経験が、私に身分返還したいと思わせるのかも」

「そこまで姫様は弱くありません」

「強さ弱さの話なの?」

「はい。確かなことに」

よくわからない話の方向に持っていかれた気がする。話を戻そう。

「王族といっても私は女。婿を取ってくるのが責務というところね。あとは彼に国を任せ、私は舞台から降りて、そこから自由が始まるの」

自分で話していて、話しながら、自分の心が整理できてきた気がする。言葉を続ける。

「私はその自由とはなんなのか知らない。この旅は、それを知るためのもの。見張りを任せて一人休むことは今後何十年、好きな時にできる。一人で見張りをすることは今しか――」

私は言葉を止める。

クリフトは火を見ながら1秒、私の次の言葉を待ち、私を見、私の視線の先を見た。

3時の方向。平野が開けているとはいえ暗闇。何か音がしたような気がした。

10秒の静寂。焚き木の音だけがそこをさまよう。

「気のせいだったかも」

「いえ、離れていったようですが、確かに気配はありました。御見それしました」

「分かればよろしい」

だからあなたは寝てよい、と言おうとして、その前に言いたかったことがあったと思い返した。

「一人見張りをする機会は、この旅しかない」

「なるほど、よくわかりました」

とクリフトはかすかに笑った後、すっと立ち上がった。

「休ませていただきます。ではそうですね、これは継続し、0時にはブライ様と交代を、必ず。旅仲間とは信頼で成り立ちます」

「りょうかいです」

わたくしめをごしんらいください、とまでは言わない方が良いと思い、言わなかった。

揺れる光に照らされ一人四方八方を眺める時間はとても、贅沢だった。

が10分ほどで飽きた。

飽きた後は火ばかり見ていた。くるくる変わるそれは飽きることはなかった。

おかげで砂時計を逆転させることに数分気付かない時間はあったが。

 

さて、時間か。ブライを起こそう。

段階を踏んで起こそうと思い、まずは軽く声をかけてみたところ、それでむくりとブライは起きる。ちょっと待って、私だったらまだぐだぐだ寝返りを打って様子を見そう。人から起こされるのは、恥ずかしいな……。

そんなくだらないことを考えているうちに、ブライは焚き木の前に座った。

今の時刻を共有する。

「承知しました。では、姫はお休みくだされ」

「んー、ちょっといい?」

「なんでございますかな」

声をかけてみたものの、さて、どうしたものか。率直に言って、私とブライとの関係は良いものではない。昔は良かった、と思う。私は今でも好きだ。

ただブライは私の教師役を下りてから、私に対してよそよそしくなった。おそらく、私を良くない方向に導いてしまったことに罪悪感を覚えているのでは、と思う。教師役を下りると決まる際に、お父様はブライになんと言ったのかはわからない。

お父様の友人でもあるブライに、そんなひどいことは言わないと思うのだけど。

ただ私は、それまでのブライの授業は楽しかった。その後も私は、あの時の授業の感謝をブライにたびたび伝えるのだが、表情を見るにどうも伝わり切っていない。

むしろ、過去の古傷を触れられるような、苦い表情。

それはほんのわずかな表情の変化だが、私はそういう印象を持ってしまった。この旅の中で、その誤解を解いて、昔のように接することができればと思った。さて、しかしそれを直接言ってしまっては、きっと苦い表情になるだけ。

「姫?」

直接ではなく、間接的に伝えるしかない。あなたの教育によって私は素晴らしい人間になったと、見せて伝えるしかない。でもそれって立派な淑女ということかな、苦手だ。いや、お父様の期待がまず何なのか、これが根本か。

「……お父様が、この旅に何を期待されているか、わからないのよね。どう思う? 何か聞いている?」

という言葉が出た。

「そうですなぁ。某も殿のお考えを聞いたわけではありませぬ。ただあのお方は、理屈だけで判断されるわけではございませぬ」

なんとなく、ブライが教師を辞めさせられたことや、私を先日謹慎させたことを思い浮かべた。

「感情でってことでしょう?」

「否」

「えっ」

「天啓のごときもの。あの方は、恐ろしいほど先を、見ることがございますれば」

ブライは別にふざけているようには見えなかった。

「それは、どう反応してよいか難しいのだけど。聖教と関係が?」

サントハイム王に聖教の加護があるという噂は時折聞いた。

「姫にも分かるときがいずれ来るかと」

そんなことを言われたら、今深く聞けないじゃない!

「先を読むとしても、この旅で私が何らか挫折することを期待しているんじゃないかと思ってしまうわ」

「殿は姫を愛しておられます。そのようなことはなかろうかと」

私の謹慎の件は?と言葉が出そうになったが、感情的になってしまいそうで、抑えた。

「……ありがとう。だと、いいわね。さて、休むわ」

と言って、私は寝袋に入った。

もうちょっと楽しい話がしたかった、しかし話題を選んだ私が悪い、と思いながら。

疲れていたらしい。後悔を高く積む前に、睡魔がきれいさっぱり意識を刈り取ってくれた。

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