真面目新訳第二章 おてんば姫の望見   作:赤色ねんね

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(06) テンペにて

さて、そしてすんなりノックで起きた。朝に近い夜だ。

夜に起きて身支度するという、10秒前に何を準備していたかわからないという、ふわふわとした無能感を楽しむ。眠くてね。

朝食はこの村では取らず道中休憩時という予定のため、すぐに出発用意が整う。

まだ夜とも思える暗さの中、宿の前、焚き木の前に荷物を全て集結させた時だった。

一人村人が松明片手に近づいてくる。

宿の人、ではないな。背が高くがっしりとした体格の、ブラウンヘアがもみあげから口ひげにまで到達していることが印象的な、短髪の壮年男性だ。

「クリフト!」

と彼はクリフトを呼ぶ。クリフトは、多分、彼の存在に面食らっているように見えた。

「すまん、いてもたってもいられずに来ちまった」

何の話だろうなと思って、引き続きしゃがみながら見上げて私は会話を聞いていた。

彼はがっとクリフトの肩をつかむ。

「無理はしなくていい! いいが、できるだけ早く、駐隊に知らせてくれ、頼む!」

「はい。できる限りのことは尽くします」

「……すまんな、村の事を任せてしまって」

と最後は語気を弱め、それだけ言って、うつむき加減で彼は村の中に戻って行ってしまった。

「駐隊……? 教会や葬式がらみの話じゃなくて?」

とクリフトに質問してみた。

駐隊とは、国内の主要な拠点で警備しているサントハイム騎士団のメンバを指す。駐隊に知らせるとは、ここではフレノールに存在する駐隊を指すのだろう。

「……いえ、詳しい話は、道中でさせてください。出発しましょうか」

「? わかったわ」

クリフトの元気がごっそりなくなっている気がした。ブライは特に反応しない。ブライも知っている話のようだった。

 

村を北に抜ける道中。先ほど宿の前では、夜と言われても不思議に思わない暗さだったが、今は少しは、周囲が見える程度にはなっていた。

私の催促を受けてクリフトはやっと話し出す。

「あの村は近々魔物に襲われる可能性があり、私はそのことをフレノールの駐隊に知らせ、テンペへの戦力支援を要請する、ということになっています」

「ん!? よくわからない。魔物に襲われる可能性って、何?」

いつだって魔物に襲われる可能性はあると思う。特別な可能性?

「……過去二回、魔獣の遠吠えが聞こえた夜の二日後に、村が襲われたとのことです、聖水の加護があったにも関わらず」

そう言って、クリフトが要点を話さないことに、若干イライラしてくる。

「遠吠えが聞こえたのはいつ!?」

「四か月前と、一週間前と……、一昨日の夜とのこと」

私の足が止まった。遠吠えが聞こえて二日後に魔物が襲来する?

一昨日の、その二日後とは、つまり今日だ。きっと今ではなく、次の夜。

「わかったわ、なぜ今日の出発がこんなに早いのか」

先頭を歩いていたクリフトも足を止めてこちらを振り返る。

「私が村滞在中に魔物が襲ってくるのを少しでも避けるため。村人と私との接触を避けるため。私にその内容を感づかれないようにするため! 天気は嘘!?」

「フレノールへの到着を早めるためです」

「村へ戻るわ」

「いけません」

「なぜ?」

いや、聞かなくてもわかることだ。私を守るためだ、私に何も言わずに! それが私を守ることと信じて一方的に!

またこれか。

「あなたの、あなたたちの考えていることは、わからないでもない。でも、では聞かせてもらうけど、フレノールをあてにしてどうなるの? フレノール駐隊は高々10人でしょう。こちらに割ける数は多くて3人? 隊長格は、今フレノールにいるの? 彼らのテンペ到着は早くても明日? 私たちではなく彼らを頼るメリットは何!?」

二人は答えない。それは、出来事に私を関わらせないというメリットでしかない。

「私がどういう気持ちで城を出たか、わかってほしいというのは贅沢なこと? 私は守られたい無知なお姫様じゃない。私は考えて行動したい。あなたたちは、私にそれをさせてくれない。それがよくわかった。私から、信頼されなくてよいということ?」

「……構いません」

「構いません、じゃ、ないでしょうッ!?」

驚くほど、辺りは静かだと気づいた。

クリフトはずっと私を見ている。ブライは目を逸らす。私は彼らを終始にらむ。

「あなたたちの取る選択肢は二つだけよ。私に同調して村に戻るか、私を無力化してそのまま王城に送り届けるか」

知らずに守られるのは嫌だ。後になって絶対悔やむことになる。あの時のように。

自由が欲しい、責任が欲しい。全て甘んじて受け入れるから。お願いだから。

「後者を、我らが選ばないという自信が、おありなのですか」

クリフトの声色は低い。自信? 自信なんて、あるわけがない。わからない。

もし後者を選ばれたら?

私一人ではこの二人は相手できない。接近戦はクリフトに防がれ。その間にブライの呪文が私に届き。足をやられればすぐに私は拘束されるだろう。

おしまいだ。

そう。もし後者を選ばれたら。私の思いがクリフトに否定されたら。あ、ちょっと待って。

まずい。これはまずい。目に熱が集まる。なんで!?

どうしようもなかった。

「あ、ちょっと、ちょっと待って!」

大粒の涙が溢れる。

だめだ、ぬぐっても出てくる。笑えてくるほどにぽろぽろと。

「ちょっと、ちょっと待って! あれ、なんで、なんでだろ、いったん話は中断!」

後ろを向く。うん、大丈夫、すぐ収まるはず。

上を向く。目を意図的にきょろきょろと動かす。うん。ぱちばちと。

収まって、深呼吸を一回して、彼らにゆっくりと再度対峙する。

「あの、ごめんなさい、卑怯よね今の」

「全くです!」

と今度はクリフトが声を張り上げた。

目を片手で隠して、盛大なため息を彼はつく。

「ブライ様申し訳ありません、村に戻りましょう」

「……是非もなし」

ああ。

終始無言で、村の宿に戻った。

追加宿泊の手続きを終えたクリフトは「顛末をゴーラに、朝私に話かけてきた村人です、彼に、話してきます」と言った。

「私も行くわ」

クリフトはそれを止めなかった。

彼を先頭にし、まだ淡く暗い村の中を二人で歩く。

……。

先程。

私に妥協できる点が一切なかったとしても。涙という、とても卑怯な手を使って二人を説得、いや、強迫してしまったように思う。しかし謝れることではない。私の主張は曲げるつもりは一切無く、事態は何も変えられないのだから。

クリフトは、怒っている?

「……言いたいことがあるなら聞くけど?」

「なにもありません」

「言いたくないことがあるなら、聞くけど?」

「なんですかそれ」

「じゃあ私から言うわ! 正直私は今、この村がどういう状態か、全然情報を持っていない。私が何か自信をもって判断を下せるわけじゃない。私たちで魔物を迎え撃つのが良いことか、わからない。だからといって、私抜きで方針を決めないでほしい。一緒に最善を考えたい。だめ?」

「いえ、そうあるべきでした、申し訳ありません」

すっとクリフトから言葉が出てきたことが、少し引っ掛かった。

「本音は?」

「……分の悪くない賭けでした」

そうだろうな、と思った。

「懲りたでしょう。次はもっと後悔させてみせるわ。もうやめてね」

「承知しました」

このクリフトを完全に信用し切れるかと言われると、それはわからない。だけどさすがに、不本意ながら、本当に不本意ながら、この機に小さくない釘を刺せたのではと思った。

クリフトは歩きながら小声で言う。

「……我々が魔物を迎え撃つことを決めかねていること、村人には内緒にしていただければと思います」

「いいけど、どうして?」

「ゴーラには、早朝出発することを約束した手前です。出発せず、かつ魔物を相手にすることを迷っているというのは、伝えるべきではありません」

「なるほど。ごめんなさい、私──」

「問題ありませんよ、きっと」

ちらりとクリフトは斜め後ろの私を見た。すぐにクリフトは正面に目を戻す。

ただその一瞬、柔らかな表情に、私には見えた。

なんだか気が楽になった。

「では次はあなたの番ね」

「すいません、私の番、とは?」

「私は言いたくないことを言ったわ。次はあなたの番」

「姫の中で言いたくないことなどあるのですか」

「話をそらさない」

足を止めてクリフトは、渋々口を開いた。

「……そう、ですね。我々にとっては、姫の身に何かあることが最悪のケースです」

「でしょうね」

「そのときはよほど強力な魔物が出現するということ。そうなると私も無事とはいかないでしょう」

ん? クリフトが何を言おうとしているのか、ついていけない。一方でクリフトは続ける。

「ただ、そういった最悪のケースに陥ったとしても、私も一緒に死ぬのなら、それで良いと、一瞬考えてしまいました、なんたる軟弱さ!」

そういう結論になる? クリフトは早口で続ける。

「しかるべき裁きを受け、斬首刑ならばよし、そうではない場合は、一生をかけて償う所存です」

また、変なことになっている。

「ああ、そう……。まあ私の死んだ後の事に、何の興味もないのだけど。あなたたちに責任が無い旨、したためておきましょうか」

「これはあくまでも私の心の内の問題。姫が何をお思いになろうとも、何を残そうとも、揺らぐことはありません」

「そう、好きに、すると良いわ」

私は理解することをやめた。

クリフトは本当に面倒な人だ。変に頑固。理屈っぽいとも言えるし、全く理屈に従わない、とも表現できると思う。

あっ。

もしかすると、読めた。

私が危険な事態になる可能性がある今、私が私の命を大事にしないと二人に迷惑がかかるぞと、暗に脅している?

見くびられたもの。私の提起でこうして村に戻った以上、そのくらいの脅しは甘んじて受け入れよう。

ところで、ずっと足を止めているクリフトを不思議に思った。

「もしかして、ここ?」

と目の前の家を指す。

「はい。参りましょう」

 

結局、玄関前での「魔物迎撃します」の一言では説明が足りないということで、家の中に案内された。

工房? 鮮やかな装飾の防具が無秩序に並ぶ。防具屋? あ、剣もある。もっと明るい場所で整然と飾れば、印象が違う様な、もったいないような、

そんな感想を持った。

奥のテーブルに案内された。

「何があったんだ?」

とゴーラは聞く。答えるのはクリフトだ。

「特に何かあったわけでは。そうですね、北の集会場スペースを見て迎撃の想像をしたり、仲間内で話し込むうちに、できることはあるはずだとこの結論に落ち着きました」

ゴーラは数秒黙り、続けた。

「命を賭けろとは言わねぇが、命の保証ができるわけでもない。いいんだな?」

「覚悟の上です」

「そうかよ……。まあ、まだ時間もある。考えを覆してもいい。それでも俺は卑怯者とは思わんよ。見ず知らずの他人のためにできることじゃない」

「お言葉だけ頂いておきましょう」

「ふ、まあいい。どうなっても知らねぇし、感謝もしねぇぞ。ただ、助太刀してくれることは、一生忘れねぇ。そのためにも、生きて終わらせないとな!」

と話すゴーラは涙ぐんでいた。

うわぁ、涙の力って、心に来るわ……。

クリフトはなんでもない調子で話を続ける。

「魔物が夜来ると過信しないまでも、まだ時間はあるはずです。夕方またここに来ます。どう迎え撃つかその時までに検討しますので、詳細を相談させてください」

「おうよ、頼むぜ」

「では、行きますか」

とクリフトは私に話しかける。

「あの、質問があります」

と私は切り出した。

「なんだい嬢ちゃん」

じょうちゃん。

「すでにクリフトが聞いているかもしれないのだけど、村が襲われるにしては、村が静かだなと思うの。もしかして村の中で情報が共有されていない?」

朝ここに来るまでに村人は二名確認できたが、どうも、切迫感がなかった。

ゴーラは二回まばたきをする。そしてクリフトに言う。

「どこまで嬢ちゃんに話してるんだ」

「村の事情まで話していません」

「俺から話すのか」

「是非」

「俺から話すのかよ!」

話しにくい何かのようだ。

「はぁ。どっからだ、最初からか。四か月前に村が魔物に襲われた。一番北の家だな。だが俺らが駆け付けた時には、魔物は退いてった。死者一名、行方不明者一名だ」

「行方不明者?」

「魔物がさらっていったってわけだ」

「そんなこと! 聞いたことない」

魔物が人を、さらう? 胃袋に入れたの間違いではないのか?

「同感だ。でお次は一週間前だ。やはり北側にある、別の家。俺も戦闘に加わった。結果死者二名、行方不明者一名」

行方不明者。

「俺たちが追っ払った手ごたえじゃなかった。向こうが目的を達成して引き上げたかのような。今までの行方不明者二名ってのは、どちらも女だ。奴らはおそらく、女をさらうことを目的としてるんだな」

ゴーラは自嘲気味に言った。そんな目的、まさかとは思うが。

「なるほど、私に聞かせたくなかった話ね。戦闘中私が狙われるかもしれない」

「あんた戦うのか!?」

と、ゴーラは私のことを私ではなくクリフトに聞き、クリフトはこともなげに「はい」と答えた。

「……」

ゴーラは目をまん丸にするも、言葉を続けられない。

これは、私が生贄になっちゃうパターンもあるってことね……。

「女性だけ逃げる、と村が壊滅してしまうか。村人全員で逃げる手もあるのでは?」

「そう、そこだ」

とゴーラの表情が曇った。

「俺の息子夫婦がいてな、この状況でその妻の方が覚悟を決めてしまってな、これも北側の方の家に住んでるんだが。村の外から助けが来なけりゃ、次の行方不明者になる覚悟だ。俺としてはそいつだけでも逃げてもらいたいんだが、聞く耳持たねぇ。息子も思いつめちまって、もう見てられねぇ」

誰か別の人が行方不明になるくらいなら私が、ということか。

「頑固な女性ね」

なぜかそこで私に向けられるクリフトの視線は無視する。

「変な期待もさせたくないもんでな、あの夫婦には俺が、俺たちが、悪あがきするのは内緒にしたい」

俺たちが、とは自分と私たちを指さして彼は言った。

もし私たちがここを去っていれば、彼が一人で悪あがきしたのだ、と思った。

 

「なんだか、まだ腑に落ちないのよね」

と私は、宿まで戻る道中でクリフトに切り出した。

「腑に落ちないというよりは、一方的な私の不満なのだけど。一個人がこんな村に命をかける必要があるのかと思ってしまう。今他の村人は、それを当てにしているだけなのでしょう?」

「声をもう少し抑えていただけますと」

「あ、ごめんなさい」

「これはあくまでも想像ですが」

とクリフトが続ける。

「今まで行方不明として犠牲になったのは女性です。もし女性らで親交があれば、思うところもあるでしょう。友人が命を代償として守った村、などと」

「うーん、重たいわね」

「故郷であればなおさら。故郷が滅ぶとなれば。レナ様には想像しにくいでしょうが」

「ピンとくるもなにも、故郷、私にとってのサントハイムということでしょう」

サントハイムが、魔物によって滅ぼされる? そのときは隣のサランも滅んでるはず。となれば国家として消滅したに等しい。

仮に私が旅で離れていて、そのタイミングで消滅したとして、それで残るのは私だけだとして。王族という肩書もなくなり、どう一人で生きていこうか途方にくれるのだろうか。

「まあ、難しいわね」

頭がその可能性を考えようとしなかった。

「それに、他の村人の話もしましょうか。もし彼らが村から逃げる真似をすれば、それは彼女の覚悟を疑う行為になるかもしれません。もし彼らが魔物を迎え撃とうとするなら、今までと同様、死者が出るでしょう。彼女は村人を守るために犠牲になろうとしている。村人の死者が出ることは、それも彼女の覚悟に反しますね。彼女が生け贄となり、その後駐隊の到着が間に合い、村が救われる、これを最良としています。……今も村人は、行き場のない思いを抱えているのではと思います」

クリフトは想像ですがと先ほど言ったが、葬儀の場でクリフトは少なからず彼らと接したはずだ。

事実、そうなのだろう。

国の片隅。こんな狭い村にも、いろいろな人がいる。いろいろな思いも。

私には、難しい。

「……複雑」

「私から言わせてもらえば、我々の参入でより事態は複雑になっています」

「それは、選択肢が増えたという話でしょう。可能性が増えたということ。どの選択肢が最良なのか、考えましょう」

「かしこまりました」

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