尸魂界。死した魂の行き着く場所。早い話が天国、仏教でいうところの極楽浄土である。
まぁ、流魂街の有り様はそうとは言い切れないが、少なくとも地獄よりはマシだろう。
そして死神の住まう都市、瀞霊廷。
オレは、上司に呼び出しを受けて、お座敷に座っている。
目の前の死覇装の上に羽織を着たショートカットの少女が、そうである。
「 息災そうだな、檜佐木弟。 」
「 その檜佐木弟というの、辞めてもらえませんか?
一応檜佐木不滅って名乗ってますんで。 」
「 貴様に拒否権はない。九番隊にいる貴様の兄と区別をつけるのに、呼び名などどうだって良い。 」
うーん、なんともいえん。確かに今名乗ってるのは偽名だ。前の総隊長が玄柳斎って名乗ってたのを、下っ端が真似してるようなもんだし、確かに忌避感があるよな。檜佐木弟か。
良くも悪くも、兄貴が印象に残りすぎちゃってるか。
あの人は九番隊副隊長な上、瀞霊廷通信の編集長なんだし、それなりに目立っちゃうよな。
ま、オレは腕っぷしなら兄貴より強いけどな。
がしかしこの方、"砕蜂"隊長。下級貴族蜂家の生まれである彼女は滅多なことで副隊長以外の人物を呼び立てることはない。
基本的に一緒にいるのは、こないだ顔を会わせた大前田副隊長であるのだ。
というか、実力はあるが、隊長はどうも若さゆえの未熟さが目立つんだよな。その点副隊長が補ってくれるから、この上ないコンビだろう。
それにこの人、前の隊長だった四楓院様にお熱なのを除いて、他に他人と絡むところをみたことがない。
そんな彼女がオレを呼び出すとはどういう了見か。
オレ、なんかした?
「 それで隊長、オレに用とは? 」
「 用もなにも、貴様の、基我ら二番隊の受け持つあの街のことだ。 」
「 ・・・ 」
「 なんなのだあそこは?何故あそこまで虚の数が多いのだ?大虚に届きかけた個体は勿論、更には破面まで潜り込んでいるなど。 」
あぁ、やっぱりそこか。前もいったが、あそこあからさまに多いんだよな、虚。
空座町で一体でてくれば、あの街では五体湧いてるくらいにはいる。
「 あの街は広く、人口が多い。それに伴い規模が空座町よりも大きいのが根本的な原因でしょうがやはり、心霊スポットなる場所が虚の溜まり場になってしまっているところがそれより大きいでしょう。そこに肝試しと称して足を運ぶ向こう見ずなものが少なくない。」
「 若い方は怖いものをみたがりますから、自ずと危険に迫ってしまうのでしょう。
好奇心だとか、刺激が欲しいだとか、そういうものです。
つまるところ、今の人間の意識の問題もあるでしょうね。
少なくとも、数年前は今より少なかったと思います。 」
「 だからといって、あまりにも出現例が多すぎる。
この一月だけで50体だぞ!?
尋常ではない。
我ら二番隊はさることながら、尸魂界への負担も大きすぎる。このままでは三界のバランスも崩れかねん。 」
砕蜂隊長は、今まで以上に、いや流石に前総隊長が亡くなられたとき程ではないが焦りを禁じ得ないようだ。
「 現世の連中に一言物申してやりたいものだ。これほどの虚、虚圏もなにをしている? 」
「 しかし隊長。我々死神が、現世の事情に介入することは好ましくありません。
それに、虚圏だって、穏健派の破面たちが治めてくれてはいますから、虚圏側に問題があるわけでもない。
今のところは、現状を維持しながら、予断を許すべきではないものだと存じます。 」
そう、オレたちができることと言えば、それだけだ。虚を討つ。現世、虚圏、そしてこの尸魂界の三つの世界のバランスを保つこと。
だが、この分ではそのバランスも乱れる可能性も考えねばならない。
そうであれば、ただその瞬間を、指を咥えて見ているというわけにもいかないだろう。
だが、懸念点は単純に数が増えたことだけではない。
「 それよりも隊長。より深刻な事態が起こりかけています。 」
「 なに? 」
「 奴らの幾匹かが知恵をつけ始めているのです。先ほどいったようにいわく付きの場所に根城を構えるのは勿論のこと、特定の呪法によって、生者に憑いて魂魄を喰らう、などという例もあるそうです。
本能的に、死神を天敵として学習し始めているのかもしれません。
なにぶん現世は日々発展し、その分だけ人は豊かになった。尸魂界にもその余波が来ている以上、それは明白です。であれば普段は身を隠して我々の目を掻い潜り、それや人間の性質につけ込んで餌を獲ればよい。動物が環境に合わせて進化するように、虚にも変化がでてきているのやも。 」
「 なんということだ。ただでさえ数が多すぎるというのに・・・ 」
隊長は苦悶の表情を浮かべると、襖が開いてその先に珍しい人物がいた。
一見女性的に見える、しかし体型から見て男だとすぐわかる麗人だ。
「 話は聞かせてもらったよ。 」
「 あ、綾瀬川三席! 」
綾瀬川弓親。護廷十三隊の中でも特に血の気が多いといわれている十一番隊所属の死神だ。
二番隊に元十一番隊隊士がいるわけではないし、隊の中でこれといって面識があるとすれば大前田副隊長くらいなので、本来ならばここに来ることはないが、来たということは、なにかあったのだろう。
「 なんの用だ? 」
「 ちょっと隊長・・・ 」
「 丁度キミたちが話していたようなことが、僕らや他の部隊の管轄でも起き始めていてね。頻度は二番隊がダントツなんだけども、あまりよろしくないらしい。それで総隊長から現世における今後の活動について隊首会を開くことを通達するよう、仰せ使ってここに来たんだが・・・ 」
「 どうしたんです?オレの顔見て。 」
「 キミ、檜佐木の弟だろ? 」
「 そうっすけど。そんなまじまじと舐め回すように人の面みて面白いんすか? 」
「 いやそうじゃない。どうも微妙だと思ってね。 」
「 微妙? 」
「 そう、微妙だ。美しいとも醜いとも形容しがたい、つまり普通だ。普通の顔立ちをしているねぇ、キミ。 」
鎌クセェなぁ、ホントこの人。もしかして兄貴やよく一緒にいる斑目副隊長のことも、そんな目で見てるのか?
「 キミの考えていることが手に取るようにわかる。
ボクは同性愛者じゃないし、あの精液臭い滅却師のように女として扱われたいわけではないよ。 」
「 あぁ、そうっすか。ちなみに兄貴の面は三席的にどうっすか? 」
「 これまた普通だよ。悪くはないんだけどね。
やっぱりボクの美しさの前には、森羅万象が霞んでしまうよ♪ 」
「 貴様の美貌はともかく、綾瀬川。我々は今その知恵を付け始めた虚に難儀していたところだ。
貴様ら十一番隊の方で同様のことが起こっているならば、その一例を教えて貰えないか?
我ら二番隊としての、今後の方針の参考にしたいのだ。 」
おお、隊長が素直に相手に頼み事をするなんて珍しいこともあるもんだな。
普段は面子もあって、ムスッとしてるのに。
まぁ、そこが可愛いけどな。
「 貴様、なにか余計なことを考えなかったか? 」
ギクゥッッッ!!
「 い、いえ、なにも。 」
「 ならばよい。大前田といい貴様といい、弛んでいるものが多くて困る。 」
ホント、こういう時にはシッカリしてるんだよな、隊長。四楓院様さえ、絡まなければ。
「 意外だね。あの砕蜂隊長が、僕に頼み事とは。いいよ。一つ、話をしてあげよう。
丁度、こないだ起きたケースの話を。 」
そういってオレの隣に座った綾瀬川三席は、十一番隊の管轄で起きた怪談について語り始めた。
いつの間にか手に持っていた懐中電灯で、顔を照らして影を作りながら。
「 それは、ある晩のこと・・・ 」
その日、年若いカップルが山道の中を車で進んでいた。もう既に夜も更けているものだから、勿論ライトを頼りにアクセル、ていうんだっけ?車の部品をほどよく踏みながら闇の中を進んでいく。
ただ、ここで運転していた男の方が少しばかり怖がらせようと普段通っていない道を進むことにした。
変なところで働く好奇心ほど、恐ろしいものはないと知らずにね。
パートナーに良いところでも見せようと思ったのかどうかは定かではないけれど、そんないかにも怪しい道を行くなんて、蛮勇以外の何物でもない。
遊園地のお化け屋敷じゃあるまいし。
そこで女の勘が働いたか、女性がなにか不味いと感じたらしく、男に「 ここ通るの辞めようよ 」といいだした。
肝心の男はそんな彼女の嫌な予感に気づかないのか、面白がって車を進める。
そうしていると、道中で急にエンジンが止まってしまった。そこで奇妙だとようやく思い始めたらしい。
なんでもメンテナンスにだして戻ってきたばかりなので、万全な状態の筈。トラブルが起きるとは考えにくい。
業者の見落としかとも考えたそうだが、いずれにせよ車が動かぬ以上は、どうすることもできない。
その晩は、その場で寝ることにしたそうだ。
しばらくしてからだろう。何処からともなく、なにかの声が 聞こえる。
『 テン・・・・・・・・メツ・・・ 』
おおよそ人のものには聞こえない、悍ましく、気味の悪い、聞いているだけで肌が荒れてきそうなわけのわからない声。
最初はクマかなにかだと思っていたらしいが段々と大きくなるにつれて、それがなんなのかが、明らかになってくる。
男の日常に於いては、まったくといっていいほどみない、いや、
見てはいけないものだ。
『 テン、ソウ、メツ・・・テン、ソウ、メツ・・・ 』
それは白く、のっぺりした"なにか"だ。
珍妙かつ無茶苦茶な動きをしながら、男の車に近づいてくる。
現世のテレビにでてきた怪獣のように頭がなく、片足で動いているように見えたそうだ。
それが、ケンケンしながら気が触れているかのように両手を振り回し、身体全体をブレさせながら迫ってきていた。
当然のことながら男は恐怖のあまりに叫びそうになったらしいが、どういうわけか寝ている想い人の存在を悟られないようにという変な気がまわり、悲鳴を上げることも、逃げることすらかなわない。
それはどんどんと車に近づいていったらしいが、そのまま脇を通るようだった。
過ぎ去る時も、あの
『 テン、ソウ、メツ・・・ 』
という、音が小さくなっていっていた。
後ろを振り返っても、それの姿はなく、ようやく安堵した男は想い人の方を向き直ると、
ヤツは、助手席の窓にいた。
近くでみると、その全貌がよくわかったらしいが、ここで更に予想外のことが起きた。
『 テン、ソォォォオオオオオ!!? 』
なんと、その化け物がなにかに掴まれて助手席から引き離されたではないか。
そして外からは喧騒となにかを殴り、斬る音。
それに驚いて、想い人も起き上がる。
彼女は化け物をみていなかったはずだが、状況を察して身震いを感じている。
二人はやはり怖かったが、意を決して外を覗いてみることにした。
そこにはやはり、現世基準で信じられない光景が広がっていた。
『 おうおうおう!女に手ぇだすたぁいい度胸じゃねぇかこのはんぺん野郎!! 』
坊主頭に黒い和服の男が、刀片手にあの化け物と戦っている。それも、体術と剣術でもって、それを圧倒すらしているではないか。
どうやら、僧侶であるらしい。というか、彼らはこの男を自然とそうだと思い込んでいた。
『 テン、ソウ・・・ 』
『 なにいってるかわからねぇんだよッ! 』
男に斬りつけられる、あの化け物を見た。あの奇妙なフォルムに、胴体に白い仮面がついている。確かに異形の姿をしていたが、情けなくやられている姿には、先ほどまでの恐怖はなく、ただ唖然と眺めているばかりだった。
『 啜れ、影郎丸! 』
男が叫ぶ。手に持つ刀が変化するが、そんなもの気にする暇もなく、その怪異は斬り捨てられ、消え去っていった。
『 おうお前ら!人の寄らねえ山道に入るんじゃねぇ! 』
そのまま怒鳴られた二人は、それまでになにがあったのかを話した。
それが、今僕が語っている内容だ。
「 その虚は地元では、ヤマノケなんて呼ばれていたらしい。女性を狙ってそれに取り憑き、魂魄を捕食する。
取り憑かれた人間は奴と同じような言葉しか話さなくなり、ヤマノケに憑かれた女性に接触した女性も連鎖的にヤマノケに憑かれてしまう。
女性をターゲットにする虚。美しくないね。特に外観が。 」
「 はぁ~そんな虚もでてきてたのか。 」
なんとも、奇怪なことだ。心の底からそう思う。
確かにそんなん山の中で出くわしたのなら、現世の連中からすれば直接狙ってくるのよりもおっかないだろう。
まぁ、オレにとっておっかないのはそんな話を一緒になって真面目に聴いていた隊長のカミナリだが。
「 しかし意外なものだ。十一番隊副隊長が自発的に現世にでるとは。 」
「 あぁ、一角じゃないよ。この死神。 」
「 ん?十一番隊でツルッパゲといえば、貴様とよく一緒にいるあの男ではないのか。 」
「 あの戦争で、ウチの隊士が大量に死んだからね。人員を補充したところ、あいつの一族の奴が多かったんだよ。
みんな揃いも揃ってツルッパゲさ。
全員一角みたいやつでさ、紛らわしくてよく間違われるんだ。
本人は自分から何親等かはわからないらしいけれどね。 」
なるほど。どうりで十一番隊舎辺りがこの頃五月蝿いわけだ。血気盛んな奴が増えたんで、生傷が絶えないといったところかな?
なにしろ隊長は、あの更木剣八なのだから。
彼ならば、複数人に挑まれても、狂った笑みを浮かべながら剣を振るうだろう。
戦うのが好きな人らしいからな。
「 さて、ではボクはこれで失礼するよ。 」
「 ありがとう御座いました。 」
三席を見送るオレは、これからなにかが起こる予感を感じていた。
別部隊の管轄においても虚の捕食行為の巧妙化が確認された。絶対、近いうちになにかあるな。
虚自体は、どうにかなるだろうが、注意すべき点はそれに、他の要因が絡まぬ保証はないことだ。
まぁ、どうあれまた退屈しないで済みそうだ。
あの戦争のように。