メフィラスは暁美ほむらに「地球をあげます」と言わせたい 作:外星人第1145141919810号
私は銃口をきゅうべぇの小さな頭に突きつけ、引き金を引く寸前まで指をかけていた。白い体は私の左手で掴まれ、宙に浮いたまま微動だにしない。赤い瞳だけが、いつものように感情の読めない光を放っている。
「二度と鹿目まどかに近づくな」
「君の行動は非合理的だよ、彼女には願いを叶える権利が——」
「黙れ」
銃口をさらに押し込む。きゅうべぇの体は柔らかく、指がめり込むほどだった。いつものように、殺してもすぐに別の個体が現れる。それでも、今この瞬間だけは、私の言葉を聞かせるしかない。
今回、こいつが鹿目まどかに接触を図るはずだ。その前に捕獲し、拷問を行う。
こいつは言葉を額面通りにしか受け取らない、鬱陶しい融通の効かなさがあるが……約束さえさせてしまえばある程度の行動は縛れる。最初はそれで十分だ。
通常の流れでは、ここできゅうべぇは鹿目まどかに助けを求めており、最終的に鹿目まどかと接触する。
しかし、今回その声は鹿目まどかには届いていない。
「……おかしいな、テレパシーが機能しない。
君の仕業でもなさそうだが、協力者でもいるのかい?」
「何を言って……」
そんな時、後ろからカツン、カツンと、革靴のような足音が聞こえた。
「誰!?」
銃を構える。
そこに立っていたのは、黒いスーツに身を包んだ長身の男だった。
年齢は30代の後半の様で、整った顔立ち。そして——どこか楽しげな瞳と表情。
「失礼」
男は軽く頭を下げ、穏やかな声で言った。声は低く、響きが良くて、まるで古いラジオドラマのナレーターのようだった。
「鍵が空いていたもので」
「鍵……? 何を言ってるの? ここは危険よ、立ち去りなさい」
確かにここは廃墟だが、人払いの結界が張ってあるはず。
人間が入って来れる訳がない。
きゅうべぇは、普段ぴくりとも動かさない赤い眼を光らせる。
「……ふむ」
するり、とイレギュラーにより力が弱まっていた私の手から抜け出す。
そして私の前に立ち、謎の男に問いかけた。
「君のような無粋な輩に目をつけられるとは」
「なんのつもりだ、メフィラス」
「……メフィラス……?」
何度もループしている中で初めて聞いた名前だ。
「なんのつもりだとは聞きづてならないな。私がどこの星を彷徨こうと勝手だろう。
対して銀河連邦に所属していない君たちの活動は、宇宙犯罪として処理することができる。むしろこちらから聞こう……なんのつもりだ? インキュベーター。何故にこの星の現生人類を誑かす」
「……!」
この男はインキュベーター、と言った。
インキュベーターを知っている。
私を取るに足らない小娘と見ているからか、何も隠そうとはしていない……普通に考えれば正気を疑うような、SFじみた内容の話。
「はぁ……君たちのような輩が徒にエネルギーを消費するからこの宇宙は破滅の運命から逃れられない。僕らの活動はいわば君たち高度文明種族の尻拭いのようなものだ。
全てを理解した上でその台詞を吐こうとは……傲慢ここに極まれりだね。わけがわからないよ」
「インキュベーター。君らのくだらない目的については、もはや論ずるに値しない。膨張宇宙のエントロピー増大論に於いて、熱的死は起こり得ないと宇宙連邦科学部で既に結論が出ている。
狂った機械、クシアのギルバリスとなんら変わりない害悪だよ」
「あのような壊れた機械と同一視されるとはね、わけがわからないよ」
「本当に君らとの会話は疲れるな」
話の内容、きゅうべぇの反応……
間違いない。
この男はインキュベーターと同じ次元の存在。生き物としてのレベルが違う超越者。
(きゅうべぇ以外の宇宙人……!?)
普通なら全く信じられない事だろうが、私はきゅうべぇ……インキュベーターが地球外から来た存在であり、魔法など理解不能な力を使える事を知っている。
でも、本当に……?
そんな混乱する私を無視して、宇宙人たちは話を進める。
「まぁいい、私は君と争いたくない」
「ならば早急にこの星から出て行ってくれると助かるんだけどね」
「こちらのセリフだ、インキュベーター。
私は遍くマルチバースの中で最もこの星の原生人類の価値を理解している。このまま君の食い物にされるのは実に惜しい」
「君のそういう行為こそが宇宙の破滅を招くんだ。
既に天秤は傾いているというのに……むきゅ」
「論ずるに値しないと、先ほど伝えたはずなのだがね。バランサー気取りの群体生命の駆除など私の仕事ではないと言うのに」
そのまま、きゅうべぇは頭蓋を踏み潰されて動かなくなる。
キリキリ、と電子音の様な特徴的な音が鳴り……黒いポリゴンの様なエフェクトに飲み込まれ、きゅうべぇの死体は消えてしまった。
「……」
「……地球人類のお嬢様。お目苦しいところをお見せしてしまい、誠に申し訳ございません」
男は丁寧に頭を下げ、にこりと笑みを浮かべる。
「釈明……と呼ぶと語弊がありますが、先ほど私が踏み潰したインキュベーターと言うのは群体生命。精神としての核は存在しません。プランクブレーンと呼ばれる高次元を活用して全個体で意思を統一し、動いています。
見た目こそグロテスクなものですが、彼らにとってこれは死ではなく、貴女たちで言う所のインターネットを標的に携帯端末を破壊した状態に過ぎません」
「……ご丁寧にどうも、その程度知っているわよ」
「なるほど、素晴らしい。
貴女を見縊っておりました。誠に申し訳ない」
深々と、お辞儀をする。
日本人としての礼儀作法を、さも当然の様にスマートに身につけている。
「私の名はメフィラス。この星に福音を届けに来た、外星人です。
よろしければ、貴女の名前を教えては頂けませんか?」
「……暁美ほむらよ」
それに……強がっては見たものの、高次元を通じて全個体の意思を統一しているとは初耳だ。
この男……『メフィラス』は私よりも遥かにインキュベーターに詳しいのだろう。
……流石に私の素性には、気付いてはいないと思うが……
「暁美ほむらさん。お詫びと言ってはなんですが、こちらを」
メフィラスが、虚空から何かを取り出す。
先端に針の様なものが付いた、トゲトゲした……謎の機械。
握り込んでスイッチを押すと、私に赤い光が放たれた。
「何を……!?」
その光を浴びた瞬間……体が軽くなるの感じた。
この感覚……嘘でしょう、まさかグリーフシードの……!?
「差し出がましい行為ですが、インキュベーターにより処理されたその身体には活動限界があるようだ。
先程、その負荷を限界まで消去させていただきました」
「……っ」
確認すると、確かにソウルジェムの穢れがリセットされている。
「ご理解いただけたようで、恐縮です。
結論から申し上げますと、私は貴女のような、インキュベーターの被害者を救済したい」
「……」
「貴女の他にも、インキュベーターによる被害者がいる事は把握しております。
私には全ての被害者を救済する覚悟と、準備があります」
「……」
ああ、これは。
「どうか、貴女にも力を貸していただきたい」
話にならない。
当然私とメフィラスで会話が成立しないとか、そう言う話じゃない。
正直、私が私の目的のためにできる事は対症療法くらいなものだった。魔女の排除、契約の阻止など……
現在の目標……ワルプルギスの夜を倒したとしても、根本的な解決には至らない。
私は永遠に戦い続ける以外に他は無い。
それでも、まどかを守れるなら良い。
そう思っていたのに。
「……申し訳ございません」
「不躾でした。インキュベーターに騙され、肉体を奪われたに等しい貴女には、私を手放しで信じる事は難しいでしょう」
「こればかりは、信用していただくしかありません。どうか私に、インキュベーターにより齎された厄災を解決させていただきたいのです」
この男は……メフィラスは私とはステージが違う。
まどかを救うなんて小さな話をしていない。
「まずは、そうですね……」
「未だ仕様に関しましては調査が必要ですが、インキュベーターにより調整が施された体の消耗を抑え、通常の地球人の身体と同等のパフォーマンスに調整させていただく事は約束いたします」
「……本当に……?」
この話が本当なら……メフィラスは、魔法少女の構造自体を破壊できる。それどころか、地球からインキュベーターを排除することすら……
「ええ。
最終的に元の肉体に本来のアストラル体、地球人類で言うところの魂。こちらをその宝石の状態から体に戻し、肉体を蘇生させます。
魂を物質化し移植するというのは非常に高度ではありますが、宇宙では既に実用化されている技術です」
ここまで格の違う存在に目をつけられ、交渉を持ちかけられている。
メリットとデメリット以前の問題だ、断る選択肢もなければ、断った先に未来もない。
しかしインキュベーターの悪辣さを知っている以上、当然ながらこの男……メフィラスを信用する事など出来はしない。
「事後報告となりますが、先ほど私の連絡先を貴女の携帯端末に登録させていただきました」
「……ありがとう、ございます」
「そう畏まらずとも、結構です。
私は聡明な貴女と、友人として仲良くしていきたい。共に、インキュベーターを打倒しましょう」
彼は腕時計を確認し、微笑みながら一礼する。
「時間も遅いですし、本日はこれで失礼させていただきます。
後ほど連絡いたします。それでは、また」
そう言うと、彼は闇の中に姿を消した。
「……」
当然、信用できない。信用できないのだが……
正直な話、私は胸の高まりを抑えられないでいた。
もしかしたら本当に、何もかもを変えられるかもしれない。
ごちゃ混ぜの感情の中、私は一旦帰路に着く事にした。
下の通りを、鹿目まどかと美樹さやかが歩いている。隣には、巴マミ。金色の髪をリボンでまとめ、優雅に微笑みながら二人に話しかけている。
おそらくは、薔薇園の魔女の結界から脱出した所なのだろう。
本来ならまだ見守って居たいところだが、今回はそれどころじゃない。
「……まどか。今度こそ、私は……」
今までのループで、最大の希望と不確定要素。
私は、どう立ち回れば……