俺、YouTuberだけど重音テトを買う(笑) 作:UMC OGASOU
動画投稿から三日後。
「……」
直人は無言でパソコンの画面を見つめていた。
その隣ではテトがヨーグルトを食べている。
「直人」
「ん?」
「固まってる」
「固まってるな」
「故障?」
「人間だから故障じゃない」
「じゃあ何?」
直人はゆっくりと画面を指差した。
動画再生数。
【12,842,311回】
登録者数。
【50万人→81万人】
「……」
「……」
テトはスプーンを止めた。
「え?」
数秒後。
「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」
ようやく事態を理解したらしい。
「千二百万回!?」
「そう」
「一日じゃなくて?」
「三日で」
「人類すごくない!?」
「そこなのか感想」
コメント欄は完全に祭り状態だった。
『テト可愛すぎる』
『なんでこんな自然なんだ』
『アンドロイドの時代来てるだろ』
『直人羨ましい』
『洗濯できるの偉すぎる』
『うちにも一台ほしい』
『最後の二人のやり取り好き』
企業案件動画とは思えない勢いだった。
「案件って普通こんな伸びる?」
「伸びない」
「だよね」
テトは真剣な顔になった。
「つまりボクが原因?」
「半分ぐらいは」
「半分も?」
「いや七割ぐらい」
「増えた!」
直人は椅子に体を預ける。
実際。
分析画面を見る限り。
視聴維持率が異常だった。
普段の動画。
平均45%前後。
今回。
78%。
化け物である。
「テトが映ってる部分だけコメント数が跳ね上がってる」
「へぇ」
「へぇじゃない」
テトは少し考え込んだ。
「じゃあ次からボク出ない方がいい?」
直人は即答した。
「なんでそうなる」
テトが目をぱちぱちさせる。
「だって、ボク目当てになっちゃう」
少しだけ。
不安そうな声だった。
直人は気づく。
ああ。
こいつはまだ。
人気になることがどういうことか知らないんだ。
「テト」
「うん」
「目当てでいいんだよ」
テトは首を傾げる。
「動画ってさ」
直人はモニターを見ながら続けた。
「面白いものを見る場所なんだ」
「うん」
「だから視聴者が見たいと思うなら、それは悪いことじゃない」
テトは黙って聞いていた。
「ただ」
直人は指を立てる。
「無理はするな」
「?」
「人気のために自分を変えるなってこと」
テトはしばらく考えた。
そして。
「難しい」
素直にそう言った。
「まあな」
「でも覚えておく」
その返事に直人は頷いた。
その日の夕方。
インターホンが鳴った。
「宅配?」
玄関を開ける。
そこにいたのは。
見覚えのあるスーツ姿の女性だった。
「あ」
アンドロイドショーで会った企業の説明員。
「お久しぶりです」
「どうも」
彼女は深々と頭を下げた。
「動画、大変ありがとうございました」
「いえ」
「おかげで問い合わせが過去最高を更新しました」
「マジですか」
「マジです」
目が本気だった。
相当な数字だったのだろう。
「本日はそのお礼も兼ねて来ました」
そう言って差し出されたのは箱だった。
「これ」
「アップデートモジュールです」
「アップデート?」
「重音テト専用の最新パッケージになります」
直人は振り返った。
リビングからテトが顔を出す。
「あ」
説明員の顔が柔らかくなった。
「元気そうね」
「はい」
テトも笑う。
その光景を見て。
直人は少し不思議な気持ちになった。
最初は商品だった。
契約書もあった。
値段もついていた。
でも。
今の二人を見ると。
それが随分昔のことみたいに感じる。
「導入しますか?」
説明員が聞く。
「どうする?」
直人はテトを見る。
最終的に使うのは本人だ。
「内容は?」
テトが質問する。
「歌唱機能の向上」
「ほう」
「会話処理能力の向上」
「なるほど」
「あと感情認識精度の改善」
そこでテトが固まった。
「感情認識?」
「今より空気が読めるようになります」
数秒。
静寂。
直人が吹き出した。
「導入しよう」
「ちょっと待って」
「絶対入れよう」
「直人?」
「今すぐ入れよう」
「なんでそんな笑顔なの!?」
アップデートには二時間ほどかかった。
テトは専用端末と接続され、
ソファに座って待機している。
「暇」
「まあ二時間だからな」
「アップデート中なのに会話できるんだ」
「確かに」
「人間なら脳みそ工事してる状態だよね」
「怖い例えするな」
テトは少し笑った。
夜。
アップデート完了。
『インストールが終了しました』
機械音声が響く。
「どう?」
直人が聞く。
テトは数回瞬きをした。
「……」
「テト?」
「なるほど」
「何が?」
「直人」
「うん」
「ボクがベッドに潜り込むと心拍数上がるんだね」
沈黙。
「どこ認識してるんだ新機能!」
テトは首を傾げる。
「事実だけど?」
「そういう問題じゃない!」
「あと洗濯物を畳んでる時に下着を見られると少し困ってる」
「言うな!」
「さらに」
「まだあるの!?」
「最近ボクの部屋の前で三秒ぐらい立ち止まったことが五回」
「解析するな!」
テトは楽しそうに笑った。
「なるほど」
「何がなるほどなんだよ……」
「直人は思ったより分かりやすい」
直人は頭を抱えた。
アップデート前より酷くなった気がする。
だが。
楽しそうだった。
少なくとも。
研究所にいた頃より。
展示会にいた頃より。
今の方が。
ずっと。
その時。
テトのスマホが鳴った。
「?」
画面を見る。
メールだった。
送信元は。
製造会社。
テトの表情が少しだけ変わる。
「どうした?」
直人が聞く。
テトは画面を見つめたまま答えた。
「来週」
「うん」
「研究所に来てほしいって」
「定期点検か?」
「違う」
テトは静かに言った。
「ボク以外の同型機がいるらしい」
直人は目を見開く。
「同型機?」
「うん」
メールには短く書かれていた。
『重音テト系列機との交流実験への参加依頼』
その文字を見た瞬間。
テトは少しだけ。
本当に少しだけ。
不安そうな顔をした。
「……会ってみたい?」
直人が聞く。
テトは考える。
数秒。
十数秒。
そして。
「分からない」
そう答えた。
自分と同じ存在。
もしかしたら。
自分と同じように、
誰かに買われた個体。
あるいは。
まだ研究所に残っている個体。
テト自身にも想像がつかなかった。
直人は黙ってメールを見つめる。
そして。
「じゃあさ」
「うん」
「一緒に行くか」
テトは顔を上げた。
「いいの?」
「一人で行くより安心だろ」
その言葉に。
テトは少しだけ笑った。
「うん」
その返事は。
どこか嬉しそうだった。
そして二人はまだ知らない。
来週の研究所訪問が、
テトの過去と、
アンドロイド社会の現実を知る
大きな転機になることを。