禪院に生えたもう一人のドブカス   作:あめざり

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禪院直哉の妹

呪術御三家、禪院家、その中庭。

砂利が一面に敷かれたそこで、一人の少女が金髪の青年に踏みつけられていた。

 

「こんなメガネがあらへんと呪霊の一つも見えんねんな、真希ちゃん」

 

金髪の青年、禪院直哉はうずくまっている少女、禪院真希の眼鏡を彼女の顔から奪い取り、あざ笑うようなしぐさでそう言う。

彼は真希の事を心底嫌っている、見下している。

「禪院家に非ずんば呪術師に非ず 呪術師に非ずんば人に非ず」、これが彼らの住む禪院家の家訓である。

そんな家に生れ落ちながら、真希は呪力をほとんど持たない。

違いがあるとすれば、身体能力がほかの術師よりも少し高いだけ。

そしてその妹も、いわば出来損ない。

 

「ほんまに俺と同じ血入っとんの?信じられんわ。双子まとめてゴミなんやもんな、母方の遺伝子腐ってんちゃうん?」

 

自らの妹を、母を貶されても真希は手を出せない。

力の差に家庭内での立場、すべてが彼女を庭の地面に縛り付けている。

 

「直哉、またやっとんの」

「別にええやろ菜葉、ただのストレス発散や」

 

金色のセンターパートに猫のような釣り目、直哉に似た空気を纏いながら現れたもう一人の少女。

名を禪院菜葉(なのは)と言う。

現当主である禪院直毘人、その実子であり直哉の妹。

男尊女卑が浸透している禪院家の中で唯一、常識的な扱いをされている女性である。

だからと言って、真希や真衣に対する同情などと言うものはない。

むしろ『自分の立場を下げる無能』と考えている。

 

「アンタは眼鏡無い方がかわいい思うねん。今からでも身の丈に合わん夢追うの諦めて躯倶留隊戻ろうや」

 

真希の髪を強く掴み、顔を見ながら皮肉を贈る彼女。

その顔についた擦り傷からは血が垂れており、ところどころに砂利が食い込んでいる。

 

「なんや、嫉妬でもしとんの?」

「嫉妬ちゃうわボケ。ほめたげてんのになあ?……"なあ"言うとんねん真希」

 

脅すような口調の菜葉に、精一杯の抵抗として睨みつける真希。

そんな強気な真希の態度を、菜葉は心底嫌っていた。

 

「前言撤回、きっしょい顔やわ」

 

男も女も、自らにその目を向けるものは全てねじ伏せてきた。物のように弄び、心が折れるまでいたぶり倒した。

それなのに彼女は、真希は、幾らいたぶってもその目で彼女を見るのを止めない。

その事実が、とてつもなく気持ち悪かった。

 

「……怒ったらお腹減ってきたわ。行くで直哉、昼飯や昼飯」

「またかいな、いっつも連れまわして……一応兄貴やぞ?俺」

「関係あらへんわそんなん、ウチが勝ち越してんねんから。文句あるんならもっと強なってから言いや」

「はいはい」

 

少々イラついた様子で立ち去る二人。

その様子を見送った後、真希は拳を握り締め力一杯砂利を叩いた。

 

***

 

禪院直哉と禪院菜葉は長い付き合いである。

腐れ縁と言っても良いだろうか。

 

「紹介しよう。こいつは菜葉、儂の娘でお前の妹だ」

 

屋敷の一室、当主直毘人からの紹介が、彼らの顔合わせであった。

 

「は?妹?俺にそんなん居たん」

「菜葉の術式が判明してから伝えようと思ってな。今までは隠しておったが……」

(術式て……まあこんなしょぼくれた奴や、使い物にならんカスが発言したんやろ)

「直哉、そう睨んでやるな。お前はこれから兄になるんだ」

「心配せんでも俺のお兄さん方みたいなヘボいのにはならんわ」

 

頭を掻きながらあくびをする直哉。

その様子を、彼女は憎悪の目つきで見上げていた。

 

「……ん?なんか文句あるん、妹ちゃん」

 

直哉は菜葉に近づき、10cm程上から彼女を見下ろす。

そこに立つのが12歳と7歳とは思えない、緊迫した空気が部屋を包む。

先に沈黙を破ったのは直哉だった。

 

「俺の術式は投射呪法。大体の事は知っとるやろ、カスのアンタとは違う、禪院家相伝の術式や」

 

そういうと直哉は見せつけるように、動きを作り右腕を超高速で動かしてみせる。

1秒後、彼の腕は菜葉の眼前で止まった。

 

「要するに、次期当主の座は俺で決まったようなもんって事や。今のうちに媚び売っとく事をお勧めするで」

 

彼女の耳元で囁かれたその言葉でついに怒りが溢れたのだろう。

菜葉は右腕を大きく変形させ、直哉の顔に思い切り拳を入れる。

完全な不意打ち、直哉は屋敷の壁を突き破り、そのまま中庭まで殴り飛ばされた。

 

「……がぁ……クソ!今何が……」

「『術式の開示』、喧嘩の合図か思てつい殴ってもたわ。かわいい妹の粗相や、もちろん許してくれるよな?」

 

屋敷に開いた人型の穴から、ボロボロになった和服の右側を千切りなかまら菜葉が現れる。

 

「ウチの術式は変質術式言うてな、物の形を自由に変えれるねん。ほら、こんな風に……」

 

ボコボコと音を立てながら菜葉の右腕が鞭のように変わったかと思うと、今度は骨を削ってできた鎌のように、今度は一本の巨大な肉の塊の様な物へと移り変わっていく。

 

「文字通り自由自在や」

 

直哉は説明が終わると同時に術式を発動、24fpsの動きを刻み始める。

菜葉の反応よりも早く顔に3発、腹に4発拳を入れた。

そして怯んだ隙に後ろへ周り、首元への蹴りを繰り出す……だが。

 

(何やこれ!拳!?いや感触が肉やない……甚一くんと同じようなもんか!)

 

地面から突如生えた腕が、直哉を上空まで吹き飛ばしていたのだ。

高さにして5m程、着地に失敗すれば足を負傷するが、直哉は呪力操作と受け身のトレースで何とか着地してみせた。

 

「話は最後まで聞けや、あー痛い痛い」

「そっちこそやろ、いきなりぶん殴ってくるとか頭おかしいん?」

「聞こえん聞こえん。……さて、話の続きやけど」

「肉体だけやなくて無機物も変形させれるんやろ?ただ初手でやらんかったって事は他人までは変形できへんのかな。あんまパッとせん術式やね」

「だから最後まで聞け言うとるやろうが!」

 

菜葉の叫び声に呼応する様にして、地面が波の様になって直哉に襲いかかる。

だがそれらを簡単に避ける直哉。当然、地面からのみの攻撃など彼にとって縄跳び様な物である。

 

(まあ流石に当たらんわな。ただちょいちょい適当に作っとるな、父様と比べたらボロカスや)

 

投射呪法は兎に角扱いが難しい。

発言から6年ほど経っている直哉だったが、感覚頼りの部分が強く未だ扱い切れてはいない。

だがそれは菜葉も同じ。

複数の同時変形や難しい形状はまだ出来ない。

 

(強いには強い……けど肝心の物量推しがカスやな。地面なら地面だけ、肉体は変形どころか動かすのすらムズイんやろ、よくこんなんで俺に喧嘩売ってきたわ)

 

変質術式は呪霊操術に次ぐ手数の多さが強みである。

正に身も身の回りも全てが武器、だがその分変形や操作の同時並行には脳のリソースを多く使う為、殆ど反射で行えることが前提となる。

 

攻撃を避け続け、ついに直哉は懐まで辿り着く。

攻守に分かれた戦いから、互いに近接の打ち合いへ。

そうなると当然、直哉に軍配が上がる。

 

「ハッ!やっぱヘボい術式や!全然追いつけてへんぞ!」

 

24fpsの内半分は打撃、1秒間に約12発の攻撃が菜葉を襲う。

全ては捌き切れない。そう考えた彼女は手を2本から4本に変形させ、増やした2本を受けではなく攻撃に回す事にした。

 

「そっちこそ!パラパラ漫画のがまだ見応えあるわ!」

 

互いに対応された時点で決定打には欠ける術式、戦いは平行線と化していた。

その様な状況では、先に均衡を崩した方が有利を取る。

 

直哉は体勢を低くし、足元に向かって回し蹴りを繰り出す。

狙い通りに菜葉は体勢を崩し、地面に掌を付けた。

 

「終いや」

 

彼女の首元に直哉の手刀が直撃する。

不意打ちに次ぐ不意打ち、菜葉はそのまま倒れ込んだ。

そんな彼女を嘲笑う様に、直哉はその背中を踏みつける。

 

「まあ残念やったなあ。そんな大した事ないわ君。イキって喧嘩売って、そんで地面這いつくばるってどんな気分なん?教えて欲しいわ」

 

だがその足は、2本の腕で掴まれてしまった。

細かった2本が、大きな一本へと変形して行く、より強く掴み続けるために。

 

「……ウチの術式は、触れた物を変形させる術式。地面に触れたらなら地面全体を変形できる」

 

直哉の足下がうねり、揺れる。

異変を感じ逃げようとするが、重ねがけ無しの投射呪法では腕を振り払うための速度が足りない。

 

瞬間、中庭全体がひび割れた。

無差別に地割れが起こり、地面同士がぶつかり更に砕かれて行く。

だがその影響で拘束が緩む。

その隙を直哉が見逃す訳もなく、即座に術式を使い駆け出した。

 

(クソが……!アイツ大技を隠しもっとったんか!地面がボコボコで上手く動き作られへん!)

(投射はクソシンプルな術式や!それ故強いが決め手に欠ける!大技返しは出来へんやろ!)

 

再度攻守に分かれた戦いに移る両者。

だが先程との違いは、直哉に焦りが芽生えた部分だろう。

それは判断力を鈍らせる、視野を狭める。

次の瞬間彼を襲ったのは、腹部への強烈な打撃だった。

トレースの中断、ペナルティとして1秒間のフリーズが起こる。

この戦闘でその1秒は十分すぎる程の隙であった。

 

(……クソが…ッ!……立てへん!呪力も練れん……!)

 

1秒後、直哉はひび割れた地面に倒れ込んでいた。

先程とは一転、それを見下ろす菜葉。

 

「どんな気分なんか聞いとったな。教えたる」

 

やられた事をやり返す様に、直哉の背中を踏みつけ、笑顔のまま彼女は続けた。

 

「ヘボい兄持って悲しいわ。なあ、直哉?」

 

こうして彼らの初対面兼初手合わせは、菜葉の勝利で閉幕となった。




「菜葉も顔は良いと思うで。顔は、な」

Q、何で女なのに直哉とそんな仲良いんですか

A、昔からなんか気が合うねん。ウチと根っこの部分が似とるんとちゃうかな。あとほら、直哉友達おらへんから、それで余計にベッタリなんやろ。シスコンな兄貴とかきっしょいわ。
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