――――……目の前の光景が、信じられない。
ヒロちゃんが、……また会えて、これからやり直せるはずだった幼なじみが、首を絶たれて死んでいる。
「ウソだよね……ヒロちゃん? やだ、やだ、やだ……っ!」
誰か、悪い夢だって、こんなのは全部嘘なんだって言ってほしい。
血まみれで倒れているヒロちゃんの身体が、目にたまった涙でにじんでいく中。
何かが光っているのが視界の端に見えた気がして、目を向けるけれど――――
『ヤバいヤバいあいつ来てる……! もうあてぃしちゃんと標的捉えてるから、ミリねぇはよやってー!?』
『うん、共有はもうできてる……っ!……えっと、万年筆はこっちで預かって、次はエマちゃんの魔法をこうして……できたよココちゃん! これならきっと、あっちは――――』
……そこには何もなかった。 気のせい、……ううん、きっと何かあったはず。
もう少し探せば――――ヒロちゃんの形見にできるものが、きっと。
「あのー、さっさと死体片付けちゃいたいので……そろそろ離れてもらえると助かるんですが。 ほら、あの子。 いつまでも目隠しされてたらかわいそうじゃないですか?」
「……っ!」
ゴクチョーに声をかけられて顔を上げると、ボクのすぐそばにまで看守が近づいてきていた。
まだヒロちゃんの血で濡れたままの大鎌の切っ先が、こちらに向けられている――――このままここにいたら、ボクも殺される……? でもボクは、ヒロちゃんの……!
「エマくん、下がるんだ! これ以上私の前で無闇に命を散らさないでくれ……!」
レイアちゃんの声にハッとして、慌ててヒロちゃんの死体から離れる。
何やってるんだろうボク……形見なんてあったって、ヒロちゃんが死んだことの慰めになんてならないのに。
「ああ、そういえば1番大事なことを言い忘れていました。 耳をふさがれていて聞けない人が1人いますが、残業になるのも嫌なのでパパッと話しちゃいますね……」
血の匂いが漂う中、ゴクチョーから告げられた最後のルール――――《魔女裁判》。
魔女因子が活性化して魔女化が進んだ人間は、強い殺意に
そのため、殺人事件が発生した場合、議論によって屋敷牢の囚人の中から1人の《魔女》を見つけ出し処刑するための《魔女裁判》を開廷する、と。
それだけ言ってゴクチョーがバサバサと通気口の向こうに消えていく。
……後に残されたボクたち全員の視線は看守に固定されたまま動けない。
感情任せに行動した結果、小さい子の前で人が死んだという事実が、みんなの身体を見えない鎖で縛り付けているようだった。
永遠にも思えるような数分間が過ぎて、ヒロちゃんの死体を抱えた看守が部屋の外へ出ていった途端……金縛りが解けた全員がそれぞれに動き出す。
部屋に満ちる血の匂いに吐き気を抑えられずにえずく子もいれば、性急に部屋を飛び出していく子もいて……。
「……みんな、聞いてほしい!」
そんな中、部屋の真ん中に進み出てみんなの注目をあつめようとする子が、1人いた――――蓮見レイアちゃんだ。
レイアちゃんの提案は、みんなに支給されたスマホに入っている《魔女図鑑》に記載されたルールに従い……ゴクチョーの言うとおりに、ここでの共同生活を受け入れることだった。
確かにレイアちゃんの言う通り、余計なことをしなければ危険はないんだと思う。
だけど、ボクは……!
「レイアちゃん、さっき助けてくれたのにごめんなさい……でも、ボクは、嫌だ。 ヒロちゃんを殺したあいつらには従いたくない……!」
1歩前に踏み出して強く言い放つ。
この状況ではレイアちゃんの方に理がある。 無闇に反発すれば、ボクは孤立するかもしれない……頭ではそうわかっていても――――許せない、という感情が反抗心になって収まらなくて。
具体的に何をどうするかなんて方針も何もない、ただただ感情的で衝動的な行動でしかなかった。
……どうして仲も良くない知り合いのためにそんなに怒っているのかと尋ねられても、感情がぐちゃぐちゃになっている今のボクでは、
ため息とともに下された、危険因子と共には行動できないという判断に――――ああ、やっぱりボクは独りになるんだな……と、内心であきらめかけた時。
「その物言い、良くないですわね。 自分の言うことに従ってくれないからって、危険因子だなんて……仲が良かろうが悪かろうが、お知り合いを亡くした方にかける言葉じゃねぇですわ……!」
間近であがった反論の声に、顔を上げる。
いつのまにか、ハンナちゃんがすぐそばに立っていて……上手く言い返せないボクを庇ってくれていた。
「それは……そうだね。 すまないエマくん、それについては謝るよ。
しかし、今は早急かつ穏便に、みんなの意思を統一しなければ――――」
「でしたらなおさら、エマさんを排除しようとする必要はないんじゃありません? こんなところで言い争わず、
例えば、そうですわね――――ねえ、エマさん? ゴクチョーに従うのがイヤなら、わたくしたちと一緒にここから帰る方法を考えませんこと?」
「えっ……? う、うん……!」
不意にくるりと振り返って提案をぶつけてくるハンナちゃんに、とっさに頷くと――――『よくできました』というかのように、にこりと微笑んで。
「班分け成立、ですわね! ……これからわたくしたちはエマさんを班長にして、この牢屋敷から脱獄する方法を探しますわ。 正直、かなり難しいとは思いますが……命の危険がない範囲で手を尽くしてみせますわね。 わたくしたちの方からレイアさんたちのグループに知恵を求めることもあるでしょうし、レイアさんたちの方からも、なにかアイデアがあればどんどん言ってくださいませ。 困ったときは助け合い、ですわ!」
「えっ!? ボクが班長なの……!?」
「そうか……それでいいのか……! ありがとうハンナくん、その発想はなかった! 皆で協力できるに越したことはないからね、それでいこうじゃないか! ……他にエマくんの班に入りたい娘はいるかい?」
「はいはーい! 私もエマさんたちの班に入りたいです! そっちの方が面白そうですので!」
――――あっという間に話をまとめちゃった。
みんなで脱獄する方法を考える《模索班》になったのは、ボクとハンナちゃん、カンナちゃん、それから飛び入りで参加してくれたシェリーちゃんの4人。
なんでかボクがリーダーにされちゃったけど、……
「……おっと、そろそろ地下に戻らないといけない時間だ。
これからの方針も決まったことだし、ひとまず監房に戻ろうか?」
この場にいない2人――――紫藤アリサちゃんと黒部ナノカちゃんのことは少し気がかりだけど……レイアちゃんの言う通り、《魔女図鑑》に記載された自由時間が終わろうとしていた。
ゴクチョーからも、懲罰房行きになりたくなければ自分の監房に戻るようにと通知が来ている。
揃って早足で地下へと戻ってきたボクたちは、『また後で』と軽くあいさつを交わして別れ、それぞれの監房に入っていく。……ちらりと左右を見ると、ハンナちゃんとカンナちゃんが奥から2番目の房に……シェリーちゃんが1番手前側の房に入っていくのが見えた。
ボクの囚人番号は658番で、通路の入り口側から3つ目の房が割り当てられているみたい。
……中に入ると、そう間を置かずに――――がちゃん、と音がして入り口に鍵かかけられる。
「看守が鍵をかけに来るんじゃなくて、オートロックなんだ……危なかったなぁ」
施錠の時間に間に合ったことにひとしきり安堵した後、2段ベッドの下段に座って……改めて魔女図鑑を確認しようとするけれど――――まだ受け止めきれない現実に視界がにじんで、文字が読めなくなってしまう。
「……ヒロちゃん……っ、だめだめ、しっかりしなくちゃ!」
大きく膨らんだしずくが溢れて頬に流れていきそうなのを、振り切るように指でぬぐい取る。
泣いてちゃダメだ……今のボクは、模索班のリーダーを任されてるんだもん。 ちゃんと役割を果たさなきゃ!
牢屋敷のマップに規則、魔女化と魔女因子について……1つ1つきちんと目を通して、何かひとかけらでも掴めるものがないか探ってみよう……!
この牢屋敷からの脱獄……言葉にするのは簡単でも、成功させる望みはきっとすごく薄い。
だけど、希望が少しでもあるのなら……ボクは、あきらめたくない。 ……お父さんとお母さんがいるボクの家に、帰りたい!
ふかふかのベッド、お気に入りの抱き枕。 春から通うはずだった高校の制服。
全部、取り戻すんだ……!
スマホを確認すると、夕食の時間を知らせるゴクチョーからのメッセージが届いていた。
もう、そんな時間かぁ……。
「はぁ……。 結局、大したことはわかんなかったな……」
魔法に、魔女に、魔女因子。
魔女因子を多く身体に宿していると魔法が使えるようになって、強いストレスによって魔女化が進むと魔法も強くなる代わりに殺人衝動に突き動かされるようになる……らしいんだけど。
魔法なんてものを生まれてから1度も見たことがないボクは……ボク自身が魔法を持っているらしいことも、そもそも魔法が実在するものなのかさえ、半信半疑のままだ。
魔法が実在するのか、実在するとしてみんなはどんな魔法を使うのか。 まずはそれを知らなくちゃ、話にならないのかも……?
「エマさんエマさん、夕食の時間だそうですよー! 一緒に食べに行きましょう!」
「あっ、うん……! 行こ、シェリーちゃん!」
房の外からシェリーちゃんが呼びかけに来てくれてるし、行き詰まった考え事を続けていてもしょうがない。
おなかに何か入れて、頭をリフレッシュしてからみんなと相談しよう……!
――――途中でハンナちゃんたちとも合流して、4人で食堂に入る。
そこでは、レイアちゃんを含む何人かの子たちがすでに思い思いの席について、食事をとっていた……けれど。
その表情は、みんな一様に曇っている。 ……その原因は、辺りに漂うえぐみのあるにおいと、お皿に盛られている料理で一目瞭然だった。 大テーブルに、気味の悪い色をしたグロテスクな見た目の料理が、ビュッフェ形式でずらりと並んでいる。
味もきっと、見た目とにおいの通りに最悪なんだろうな……。
「それじゃあ私、皆さんの分まで適当にとってきちゃいますね! 皆さんは先に座っててくださーい!」
案の定だった。
シェリーちゃんの持ってきてくれた料理を口に入れると、……材料の悪いところを丁寧に引き出したような味がする。 肉はカチコチのすじ肉だし、野菜は煮込みすぎで食感も変になってる。
唯一まともそうなのは、原料そのままの姿で置かれているリンゴくらいだった。
ダメだ、こんなの食べてもリフレッシュどころか余計に気が滅入っちゃう……!
やっぱり魔法についての話、先にみんなに聞いておこうかな――――と、話を切り出そうとする直前。
「んむむ……! いと許しがてぇですっ……! お料理に対するぼーとくですっ! しばしおまちを、ねえさまがた!」
あまりの不味さに怒り心頭、といった様子のカンナちゃんが立ち上がる。 一瞬だけ、お皿を床に投げつけたりするのかと思ったけれど……そうじゃないみたい。
料理に向けてかざされたカンナちゃんの手のひらと、ボクたちのお皿に盛られた料理がうっすらと輝きを帯びていく。
「うわっ、なんか光っ……!?」
別のテーブルで、ココちゃんが光りだす料理に驚きの声を上げる。……他の人の食べていた料理にも、それから大テーブルの大皿にも次々に光が灯っていってるみたいだった。
生まれて初めて見る魔法。 今まで漫画やゲームの中でしか見たことのなかった超常現象が、ボクの目の前で起こってるんだ。 なんだかちょっと、どきどきしてきたかも……!
「お料理がおいしくなる《おまじない》です! ねえさまたち、どうぞ召し上がれっ!」
いつのまにか、料理から湯気が立ち上っていて……においも、すごくおいしそうに感じられるようになっていた。 そのにおいに誘われるがまま、光が収まった後の料理を1口食べてみると――――美味しい! さっきまでと全然違う……!
煮込みすぎた野菜の食感は変わってないけれど、
「おおー! めちゃくちゃ美味しくなりました! すごいすごいすごーいっ!」
シェリーちゃんの声を皮切りに、食堂の中が賑やかに沸き立つ。
みんなから降り注ぐ感謝の雨に照れくさそうに縮こまるカンナちゃんと……そうでしょうそうでしょう、カンナは魔法の天才ですのよ――――と、鼻高々なハンナちゃん。
……その始まりとは別物のように和気あいあいとしたものになった食事時間は、あっという間に過ぎ去っていった。
Q:アリサちゃんどこにいるの?
A:原作のタイミングより少し早く行動した結果、夕食前の拘束時間中に懲罰房に連れていかれました。 誰も姿を見ていません。