朝がやってきました。
エマねえさまとシェリーねえさまは今日もごいっしょでしたが――――今朝はノアねえさまも加わって。
5人で朝ご飯を食べ終えたあたくしたちは、昨日の夜におねえさまが交わした約束のとおりに……ノアねえさまが誰のめいわくにもならずにお絵描きができる場所を探すことになっています。
とはいっても、目的地はもう決まっています。 絵の具を探している最中に見つけた……お屋敷2階の、
ノアねえさまの《
「――――約束通り、牢屋敷探索をはじめますわよ! スタートはここ、食堂前からですので……まずは1階から見て回りましょう?」
「たんけんだね! お絵描きできるところ、あるといいなぁ……!」
……ですが、まっすぐそこに向かってしまうのはちょっとおもしろくありません。 だって、あちこち探し回ってようやく見つけたお宝みたいにしてさしあげたほうが、喜びもきっとひとしおに違いありませんから。
それに、あたくしたちはこのお屋敷のことも、エマねえさまたち以外のねえさまのことついても知らなさすぎます。 魔女図鑑の間取り図で見るだけじゃなくて、じっさいのお部屋がどんなふんいきなのか、お外には何があるのか……そして、ねえさまがたがお持ちになってる魔法の中で、おうちに帰れるのぞみを見出せそうなものはないのか。 知っておくにこしたことはありませんよね?
『ノアから話は聞いている。 いい場所を見つけてやってくれ』
「えーっ? アンアンさんは一緒に見て回らないんですか? 屋敷探検、きっと楽しいですよ!」
『いやだ。 わがはい、歩き回るのは趣味ではない』
シェリーねえさまがアンアンねえさまをお誘いするものの、あっさりとお断りされてしまう一幕もありつつ。
スケッチブックでのお見送りをうけて、いざ出発ですっ!
――――相変わらずおかしなにおいが漂うラウンジを通り抜けて、中庭に出てみると……みどりゆたかな香りがあたくしたちを迎えてくれました。
お屋敷のなかはずーっと空気がこもっているかんじだったので、しんせんな空気がいみじうありがたい気がします……!
「あっ、……《模索班》のみなさんに、ノアさん……!」
お外の空気をたんのうしているあたくしたちに、先にここにいらっしゃったらしいメルルねえさまがお声をかけてきます。 ……手に持ったかごには、つみ取った葉っぱが小さなお山になっていて――――どうやら、ハーブを摘んでいるようでした。
「メルルちゃん、それってハーブだよね? どんな効能があるやつなのかな?」
「えっ? ええ、っと……はい。 疲労回復、とか……心を落ち着かせたりする、効果が……きたい、できますっ……! よければ、ハーブティ……みなさんにお淹れしましょうか……?」
ハーブティ!
すっごくお嬢さまな語句にたいそう心惹かれますが、今はノアねえさまとの約束を果たしている最中でもあります。 このお誘いを受けるか決めるのは、ノアねえさまのおきもちをお聞きしてからですね。
おねえさまたちも同じようなお考えに至ったのでしょう、視線がノアねえさまに集まります。
「……のあが決めていいの? それじゃあ……のあ、飲んでみたいな! メルルちゃん、おちゃ淹れてくれる?」
「はい、もちろんですっ……! 医務室にポットがありますので、そちらでお淹れしますね……!」
そうしてメルルねえさまのご先導をうけてやってきた医務室は、なんだか安心するようなふんいきのあるお部屋でした。
風通しがよくて、おひさまの光もたっぷりさしこんでくるからでしょうか? ……ラウンジみたいにヘンなにおいがするところばかりじゃなくてよかったです。
ハーブティが出来上がるのをベッドにおねえさまと並んで座って待っていると、フクロウさんの鳴き声じゃない通知音があたくしたちのスマホから鳴り響きました――――どうやらココねえさまが、
配信を開くと、ちょうどココねえさまがはじめのご挨拶をしているところのようでした。 ……ココねえさまの《
『あてぃしは推し活が趣味なのね。 推し活こそ我が人生、推し以外……あー、これ言うのはさすがにまずいか。 えっと、うぁー……推しっつーか……好きなのはおじいちゃん、なんだけどさ。
あーもー、言うつもりなんてなかったんだけどなぁ……お嬢と妹ちゃんのせいだからな、見てるんなら責任もってあてぃしの話聞いてけよー!?』
「……あたくしたち、ココねえさまになにかしてしまったんでしょうか? おねえさま、お心当たりありますか?」
「多分気にする必要ねーやつですわよ、カンナ。 それよりココさんの話をしっかり聞いててやりましょう?」
でもそういう気遣いができるのはえらいですわ、と頭をなでなでしてくれるおねえさまのやさしい手つきをふわふわ気分でたんのうしていると、なんだかココねえさまの
むしろもっとみせつけちゃいましょうか、なーんて☆
……そんなおふざけ気分は、ココねえさまのお話を聞くうちに吹き飛んでいってしまいました。
どれだけおじいさまのことが大好きなのか、そしておじいさまのためにおうちに帰りたい想いをたっぷりと、途中からは涙ながらに語ってくださったその配信は10分と少しにおよび。
『――――だからあてぃしは、なにがあっても帰らなきゃダメなんだよ……! あてぃしにここまで言わしといて無理でしたー、とか言い出したら許さねーからなエマっち! 脱獄手段、ぜってー見つけろよ!』
そのお言葉を最後に、配信が閉じられましたが……あたくしもおねえさまも、この場にいるねえさまたちも、真っ黒になった画面から目を外せずにいました。 9人が視聴中、という表示も減る様子がありません。
……最後の訴えはエマねえさまを名指しにこそしていましたが、あたくしたち《模索班》の全員にあてられたもの。 あたくし、こんなに大きなおきもちをぶつけられたのは初めてで……このおもたいおきもちを、どう受け止めればいいのかわからなくて。
「……おねえさま。 なんだかあたくし、怖くなってきました。 あたくしたち、ココねえさまを
「それは、……今はなんとも言えませんわね。 でもねカンナ、できなかった時のことを怖がるより、できた時の相手のお顔を思い浮かべて取り組んだ方が気持ちがいいものよ? どんな心持ちでいても、わたくしたちにできるのは脱獄への糸口をつかもうと懸命になり続けることだけなんですもの」
そう、ですね……おねえさまの言う通りかも。
やること、できることが変わらないなら、すこしでも楽しい気分で取り組んだ方がいい……おむねに刻んでおきましょう。
おねえさまのお言葉で、気持ちがだいぶ楽になったので……今までお口をつけれていなかったハーブティを味わって、もうひと心地つこうと――――したのですが。
不安の種というのは、次々向こうからやってくるもののようで。
「おや、なんだか大勢お揃いで……お茶会ですか、いいですね。 ここでの生活、楽しんでいただけているようでなによりです」
聞きたくなかった
いったいどうして出てきたんでしょう。 楽しんでいるようでなによりだなんて、ゴクチョーさんに言われたくないです。 だって今、ゴクチョーさんが来たせいでみんなぴりぴりしてます。 楽しい気持ちなんてないんです……!
「遭遇できるなんてラッキーですっ! ちょーっといいですか、ゴクチョーさん?」
――――……シェリーねえさま以外は。
どうやら聞き出したいことがたくさんあったみたいで、次々にゴクチョーさんに向けて質問を浴びせかけています。 このお屋敷はいつからあるのか、
言われてみれば確かに気になることではありますが……ゴクチョーさんみたいなひとに少しも物怖じしないなんて。 シェリーねえさまって、なかなかごーたんなかたですよね。
結局ゴクチョーさんは、シェリーねえさまのご質問に答える途中で急に逃げてしまいました。 何をしに来たのかもわかりませんし、都合が悪くなったら逃げ出すなんてひきょうです! ハーブティ冷めちゃったじゃねぇですかあんぽんたんーっ!
「いやー、残念です。 もうちょっと
「うーん……。 元々ここは大魔女たちが暮らしていたお屋敷で、島の外から来た人間たちとの交流にも使われた……のはわかったけど。 最後にゴクチョーが言いかけたこと……大魔女が、なんだったんだろう?」
「今この島に大魔女とやらがいない以上、昔に何かがあったのは間違いないですわね。
おっとと、おねえさまたちがお顔を突き合わせてだいじなお話を始めてます! むくれてる場合じゃないみたいですね。 ほっぺたの空気はしまって、おねえさまのとなりでおとなしく……いえ、あたくしはあたくしで、やることがありました。 おねえさまたちがお話ししている間に、あたくしもノアねえさまとお話しをしましょう!
ベッドの反対側のふちに移動して、ノアねえさまのとなりに座ります。
「あのっ! すみま、せん……っ! そのお話し、なんですが……えっと、お屋敷が建てられた500年前から……今までで、魔女に関わる、有名なできごとが……あったはず、ですよね……?」
「……ん? カンナちゃん、なにかな? のあとお話しする?」
「はいっ、ぜひおはなししましょう! あたくし、ノアねえさまのこと聞かせてほしいです。
ここに来るまえ、ノアねえさまはどんなことをしていたんですか?」
「んー……別に隠してないし、いいかなぁ。 えっとね……カンナちゃんはこんな絵、みたことある?」
「……おお、いい着眼点かもしれません! メルルさんありがとうございますっ! 確か、あれは……17世紀あたりでしたっけ?」
ちょっと考え込んだ後、ハーブティをカラフルな
――――びっくりです。 レイアねえさまに続いて、ふたりめの有名人さんにお会いできてたなんて! しかも正体不明な芸術家さんのご正体にお目にかかれるなんて、ぎょーこう*1のいたりでは!?
「魔女狩り……だよね。 無実の人たちが理不尽にたくさん処刑された、ひどい出来事……。
まさかだけど――――島の外から来た人間って、その時代の人たちだったり……しないよね?」
「ありますありますっ、すっごーく! 見覚えありますっ! ノアねえさまって、《バルーン》さんのご正体だったんですね……!?」
「えへへ、そうだよー。 のあ、すごいでしょ?
でも……むぅ。 お花を咲かせたかったのに、なんでカタツムリなんかになるかな」
「……この牢屋敷の現状を考えると、むしろその可能性の方が高い気がしますけどね!
当時の人たちなんて、それはもう『魔女滅ぼすべし!』みたいな熱狂に頭をやられてたんでしょうし。 そんな人たちが、もし本物の《魔女》と呼べる存在に出会ってしまったら……!」
驚きとうれしさのままにノアねえさまの手に飛びつきますが、……ノアねえさまは嬉しそうにしつつも、お描きになった絵にご不満をお持ちのようでした。 えっと、お花にしたかったのにカタツムリさんになってしまった……というと。
「そんなのロクでもない事態にしかならねぇじゃありませんの! 恐ろしい想像させないでくださいませ……!」
「……ノアねえさまの
「……。 うん、じつはそうなんだ……のあの魔法、けっこうのあに意地悪なの。 こんな絵になってほしいなーって思いながら描き始めても、あんまりいうこと聞いてくれなくて。 ぜんぜんちがう絵になっちゃうんだー……」
「でも……そっか。 島の外から来たのが《魔女》ともちゃんと話ができる時代のひとだったら、ここは牢屋敷なんかになってないもんね……。
生き残った《魔女》は、いなかったのかな……?」
どうやら、ノアねえさまのお悩みは深いみたいです。 ……魔法に関わることなら、あたくしの魔法でおやくにたてるかも? すこしだけ、ノアねえさまの魔法を
ええっと――――
おねえさまの魔法の中にはなかった
「……います。 いるに、決まってますっ……!
だって、《魔女》ですよ……? 冤罪を押し付けられて処刑されてしまった、かわいそうな人たちと違って……《本物の魔法》を使う、《魔女》です……! きっと今も……人間社会のどこかに潜んで、復讐の機会をうかがっているんですっ……!!」
「あの、ノアねえさま。 そのお悩み、あたくしの《魔法》で解決できると思いますっ!
えっとですね……あたくしの《魔法》は、いろんなものに《
「……メルルちゃん!? そんなに震えて……ご、ごめんね! 苦手な方向の話にしちゃったボクたちのせいだね……! ボクたち、別の部屋に行くね?」
ノアねえさまの魔法の中で悪さをしている部分を、その根っこから《
「ぁ――――……い、いえっ! 私は大丈夫、ですっ……! 少し外の空気を吸ったら、すぐに落ち着きますのでっ……!」
「――――……知られたらおつらいことも、あるかもしれません。 でもその代わり……それだけお許しいただけたら、ぜったいに治してみせます! なので、ノアねえさま……今すぐにとはいいません。 いつでもまってますので、お返事おねがいします……!」
「ウソ、じゃないみたいだね……うん、わかった。ちょっと時間かかっちゃうかもだけど、のあの中で気持ちをかためられたらお願いしにいくね?」
「あっ、メルルさんどこへ……行ってしまいましたわ。
悪いことをしてしまったみたいですわね……後で改めて謝りに行きましょう?」
ノアねえさまのお言葉に、こくんと頷いて……これで、あとはお返事を待つだけです。 ノアねえさまには考える時間が必要なようですし、お屋敷探索の予定も短くしたほうがいいかもしれません。
ところで、おねえさまたちのお話しはどうなって――――……あれ? メルルねえさまがいなくなってて、遠ざかっていく時計の針の音が聞こえますね……? ということは、出ていったらしいメルルねえさまが魔法を使ってるのでしょうか。
どんな《魔法》なのかまでは、お耳で聞くだけではわかりませんが……メルルねえさまの《魔法》を使うと時計の音がする、というのは覚えておこうと思います。
ちょうどおねえさまたちのお話しも終わったみたいですし、そろそろ地下の
……午後はいよいよ、本命のお部屋に向かう予定なので――――ノアねえさまに喜んでもらえるよう、もうひと頑張りしましょう!
囚人番号669:遠野カンナ
魔法:《活性操作》 トラウマ:目が覚めた際におねえさまの所在がわからないこと
誕生日:3月14日 原罪:反転した死命《サーティーン》
身長:124㎝ 体重 :22㎏
時々言葉使いに古語を交えて話をする幼い少女。
姉であるハンナのことが大好きで、1日の大半を彼女の傍にくっついて行動するほど。
所有魔法は《活性操作》。
様々な物体、あるいは事象の活動性を操る魔法。 本来の初期能力は微弱な電子レンジ&保冷剤。
カンナは
《魔法》を五感……主に視覚と聴覚で捉えられる特異な共感覚を持っており、特に視覚においては、目の前で行使された魔法の概要を視覚的なイメージから読みとることが可能。
自身の魔法と併用することで、さらに深い部分にも踏み込めるらしい。
――――信じられません。 ……本当に人間ですか、あの子?
万年筆に宿った誰かが、声に出さず心の中でつぶやく。 あの耳目から逃れるためには気配を消して隠れ潜むしかなく、大好きな彼女にとり憑いて耳元でささやくことさえ叶わない。 なんてことでしょう……!
【――――初日の牢屋敷、少女たちの集うラウンジにて】