フィジカルゴリラな木場祐斗   作:お粥のぶぶ漬け

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第1話:鉄と汗の揺り籠

視界が、不快な白に染まっていた。

 無機質な研究施設の天井。鼻を突く消毒液の臭い。そして、隣のベッドから聞こえる、誰かの震える呼吸音。

 それが「木場祐斗」……いや、まだイザイアと呼ばれていた少年の、記憶の始まりだった。

 

(……ああ、そうか。死んだのか、俺は)

 

 押し寄せたのは、現代日本で生きていた男の記憶。そして、この世界の凄惨な設定に対する知識。

 ここは「聖剣計画」の実験場。自分を含めた子供たちは、聖剣エクスカリバーに適合するための「苗床」に過ぎない。そして、その結末が「廃棄」という名の虐殺であることも、俺は知っていた。

 

(泣いている暇はない。感傷に浸る時間は、もう終わったんだ)

 

 俺はゆっくりと、自分の手を見つめた。

 白く細い、子供の手。しかし、拳を握りしめた瞬間、脳が奇妙な「バグ」を起こした。

 自分の意思が筋肉に伝わる速度、神経の伝達効率、そして骨格の堅牢さ。それらが、およそ人間という生物の枠を逸脱している。

 

(……これは、魔力じゃない)

 

 かつて読んだ物語の「天与の呪縛」にも似た、呪いのような祝福。

 魔力を一切介さずとも、肉体そのものが完成されている。指先に力を込めれば、鉄のベッドのフレームが粘土のようにひしゃげた。音も立てず、ただ圧倒的な質量と出力だけで。

 この「フィジカルギフテッド」こそが、俺がこの地獄を生き抜くための、唯一にして最強の武器になると確信した。

 それから、俺の「隠密訓練」が始まった。

 表向きは、他の子供たちと同様に絶望に震え、神への祈りを捧げるふりをする。しかし、その内実、俺の意識は常に内側を向いていた。

 座禅を組む姿勢のまま、拮抗する筋肉同士を限界まで収縮させるアイソメトリックス。心拍数を極限まで下げ、酸素の消費を抑えながら、細胞の一つひとつを研ぎ澄ませていく。

 

(足りない。まだ足りない。肉体だけじゃ、この世界の『神秘』には届かない)

 

 俺は、この体に宿るもう一つの特性――「魔剣創造(ソード・バース)」に意識を向けた。

 本来の木場祐斗なら、復讐心という名の炎で練り上げるその力。だが、今の俺がイメージするのは、より合理的で、より冷徹な「機能」だ。

 消灯後の暗闇。俺は手のひらに、一筋の魔力を収束させた。

 イメージするのは、鋭利な刃ではない。

 「空間の歪み」と「絶対的な頑丈さ」。

 生み出したのは、一本の歪な黒い釘。それは、内部に広大な虚無の空間を抱えた、特殊な「格納」の機能を持つ魔剣の原型だった。

 

(まずは、こいつを育てる。俺の持ち物すべてを隠し、奪ったものを収めるための『胃袋』だ)

 

 日を追うごとに、周囲の子供たちが一人、また一人と「検査」という名目で連れ去られ、戻ってこない。

 生き残っている子供たちは、不安に耐えかねて俺の元へ寄ってくる。

 

「ねえ、イザイア……。僕たち、いつここを出られるのかな」

 

 震える声で尋ねる少年に、俺は何も言わず、ただその細い肩を叩く。

 

(すまない。お前たちの運命を、今の俺は変えられない。俺にできるのは、お前たちの『生きた証』を、一人残らずこの魔剣の中に奪い取ることだけだ)

 

 冷酷だと自覚はある。だが、この世界で「善人」であることは死を意味する。

 俺は暗闇の中で、再び釘を形成する。

 現代の物理学と、ゲームの知識、そして目の前の絶望を触媒にして、俺の魔剣はより歪に、より多機能に進化していく。

 身体能力は、すでに壁を蹴れば音速に届く領域。

 魔剣のストックは、影の中に十数本。

 

 施設の空気から、微かに焦げたような、魔力の死臭が漂い始めた。

 バルパー・ガリレイが「決断」を下す瞬間が近い。

 

(……来い。すべて、俺が喰らってやる)

 

 少年・イザイアとしての皮を被った怪物は、暗闇の中で静かに、その時を待ち続けた。

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