聖剣騒動の傷跡が癒え始めた頃、駒王学園では夏を目前に控えた恒例行事――大プールの清掃が行われていた。今回は「協力関係の強化」という名目で、グレモリーとシトリー、両陣営が合同で作業に当たることになった。
「……ふふ、祐斗。少しは休憩したらどうかしら? あなたが動くと、掃除というよりは『解体』に見えるわ」
デッキブラシを手に、汚れをミリ単位で削ぎ落としていく俺に、同じ2年生のソーナが苦笑しながら声をかけた。作業用のジャージ姿だが、滴る汗がその白い肌を艶やかに光らせている。
「会長こそ。少し顔が赤いですよ。無理をせず、俺に任せてください」
「いいえ、私もあなたの主(あるじ)ですもの。これくらい、なんてことないわ」
そんな俺たちの様子を、プールの反対側で同級生の匙や一誠が羨ましそうに(あるいは恨めしそうに)眺めていた。だが、俺たちの「領域」に割り込める者はいない。
水面の対話
数日後。清掃を終え、陽光に煌めく水で満たされたプールが開放された。
一般生徒が去った後の貸切の時間。俺はプールの縁に腰掛け、水面に足を浸していた。
「お隣、いいかしら?」
不意に横に並んだのは、紺色のスクール水着に身を包んだソーナだった。眼鏡を外し、少しだけ幼く見える彼女の瞳が、俺をじっと見つめる。
「……綺麗な水ね。あなたの心と同じくらい」
「過大評価ですよ。俺の心は、もっと濁っています」
「いいえ、私にはわかるわ。……祐斗、聖剣の件が終わってから、あなたの纏う空気は少しだけ穏やかになった。それが嬉しいけれど……同時に、あなたがさらに『先』へ行ってしまうようで、少し怖いの」
ソーナがそっと、俺の手に自分の手を重ねた。
天与の身体が、彼女の僅かな震えを感知する。俺は無言で彼女の手を握り返し、その温もりを確かめた。
「あら、二人きりの熱い時間は邪魔だったかしら?」
不意に背後から声をかけたのは、リアス・グレモリーだった。彼女もまた、鮮やかな赤い髪を揺らしながら歩み寄る。
「……リアス。少しは空気を読みなさい」
「いいじゃない、ソーナ。今日は合同の打ち上げなんだから。……祐斗、一誠に聞いたわよ。合宿で彼を鍛え上げてくれたこと、改めて感謝するわ。今の彼は、以前よりずっと『龍』の力を御せている」
「感謝には及びません、グレモリー様。……彼が強くなることは、会長の盤面を安定させることにも繋がりますから」
リアスは俺の横顔を寂しげに、それでいて熱っぽく見つめ、「相変わらず、ソーナのことばかりね」と小さく笑った。三人の間に流れる、奇妙に落ち着いた、だが確かな絆を感じる時間だった。
白き龍の侵入
プールを後にし、同級生の一誠や匙たちと談笑しながら校門へと差し掛かった時のことだ。
校門の柱に背を預け、退屈そうに空を眺めている一人の少年がいた。
銀髪に、底知れないプレッシャーを放つ碧眼。
俺の「天与の身体」が、かつてないほどの警戒警報を鳴らす。
「……よお、赤龍帝。それと……シトリーの『バグ』か」
少年――ヴァーリ・ルシファーが、視線を俺へと向けた。
一誠の『赤龍帝の籠手』が共鳴するように唸り声を上げる。
「お前……誰だ!?」
一誠が身構えるが、ヴァーリは彼を無視し、俺の目の前まで歩み寄ってきた。
「木場祐斗。お前の噂は聞いている。聖剣の理を捻じ曲げ、悪魔の身でありながら聖魔を統合した男。……そして、その肉体。魔力ではなく、生存本能そのものが牙を剥いているな」
「……白龍皇(バニシング・ドラゴン)か。俺に何か用か?」
俺が『解析の魔剣』の柄に手をかけると、ヴァーリは愉快そうに口角を上げた。
「今は挨拶だけだ。……だが、俺の仲間に、お前の持つ『聖魔剣』に興味を持っている男がいてね。アーサー・ペンドラゴン。……彼が持つ最後のピース『ルーラー』と、お前の剣。どちらが真の王に相応しいか、いずれ確かめることになるだろう」
ヴァーリはそれだけ言い残すと、陽炎のように姿を消した。
後に残されたのは、一誠の動揺と、俺の中に芽生えた新たな「欲」だった。
(ルーラーの因子……。アーサー・ペンドラゴンか。……会長、俺の剣が、さらに完成に近づきそうです)
背後から駆け寄ってくるソーナの気配を感じながら、俺は遠い空を見据えた。