三勢力会談という神話級の激戦を終え、俺たちは冥界にあるシトリー領の本邸へと帰還した。
『真・聖魔剣』の覚醒に伴う負荷と、アーサーから受けた空間切断の傷。それらは「自動治癒」の因子である程度塞がってはいたものの、俺の肉体には深い疲労が刻まれていた。
夜。シトリーの広大な屋敷は静まり返り、窓からは冥界特有の蒼い月光が差し込んでいる。
俺が自室で手入れを終えようとしていると、控えめなノックの音が響いた。
「……祐斗、入ってもいいかしら?」
その声に、俺の心臓がわずかに跳ねる。扉を開けると、そこには普段の制服やドレスではなく、薄手の寝衣を纏ったソーナが立っていた。眼鏡を外し、少しだけ潤んだ瞳が俺を見つめる。
「会長……。どうされたのですか、こんな夜更けに」
「……二人きりの時くらい、その呼び方はやめてと言ったはずよ」
ソーナは少しだけ頬を染め、俺の胸元にそっと手を触れた。かつて傷ついた場所を確かめるような、愛おしげで、切実な指先。
「……傷は、もう痛まない?」
「ああ。……ソーナ。君が心配してくれるおかげで、痛みなんてとうに消えたよ」
俺が彼女の名を呼び捨てにすると、ソーナは満足そうに微笑み、俺の腕の中に自ら飛び込んできた。
騎士と王女の密やかな時間
ベッドの端に二人で腰を下ろす。
ソーナの体温と、微かな石鹸の香りが俺の理性を甘く痺れさせた。彼女は俺の肩に頭を預け、俺の大きな掌と自分の小さな手を重ね合わせる。
「……祐斗。あなたがアーサーと戦っていた時、私は生きた心地がしなかったわ。あなたが私のために無理を重ねて、どんどん遠い場所へ行ってしまう気がして」
「遠くなんて行かないさ。俺の居場所は、いつだって君の隣だ。……この剣も、この命も、君という王女に捧げると決めたんだから」
俺は重ねた手に力を込め、彼女の額にそっと唇を寄せた。ソーナはくすぐったそうに目を細め、それから上目遣いに俺を見つめる。
「……ずるいわね。そんな風に言われたら、私はあなたを一生手放せなくなる。……ねえ、祐斗。もっと、私を独占して。シトリーの次期当主としてではなく、ただの『ソーナ』として、あなたに愛されたいの」
その願いに応えるように、俺は彼女の細い腰を引き寄せ、深く抱きしめた。
鎧を脱ぎ捨てた俺たちは、今、ただの男と女として、互いの存在を確認し合う。ソーナの白い肌が月光に透け、彼女が漏らす吐息が俺の首筋を撫でた。
「……祐斗……好きよ。誰よりも、何よりも」
「ああ、俺もだ。ソーナ……君のためなら、俺は何度でも怪物にだってなってみせる」
熱を帯びた沈黙。俺たちは何度も名前を呼び合い、互いの体温を確かめるように唇を重ねた。激しい戦いの記憶を塗り替えるような、甘く、深く、どこまでも優しい時間。
夜が明ければ、再び「騎士」と「主」という立場に戻り、荒波のような冥界の政争に身を投じることになる。だが、この蒼い月光の下、互いの体温だけを頼りに過ごすこのひとときこそが、俺が戦い抜くための唯一の、そして絶対の糧だった。
「……おやすみなさい、私の騎士(祐斗)」
「おやすみ、俺の王女(ソーナ)」
寄り添い合う二人の影が、月明かりの中で一つに溶けていく。
明日の戦場がどれほど過酷であろうとも、この温もりがある限り、俺の剣が折れることはない。