朱乃を退場させた俺の目の前で、不可視の境界線が非情に輝く。エリア制限――ここから先は、俺という個の武力は届かない。
一誠と小猫は、俺が追ってこないことを確信し、最短距離でソーナの本陣へと加速する。その背中を見送りながら、俺は不敵に口角を上げた。
(……俺がいけなくても、俺の『力』を届ける術はある。禁手の深淵に触れた今の俺ならな)
俺は『聖魔剣』を抜き放ち、その刀身に「解析」した一誠の倍加因子と、俺自身の膨大な魔力を一点に凝縮した。
「匙! 応えろ! お前の中に眠る『龍』を、俺の理(ことわり)で解き放つ!」
俺はエリアの境界線ギリギリから、剣を大地に突き立てた。
『聖魔の祝福』が地を這う白銀の雷光となって匙に流れ込み、同時に俺が解析した「赤龍帝の鎧(スケイルメイル)」の概念構造が、匙の『黒龍脈』へと強制インストールされる。
本陣手前で一誠の猛攻を耐えていた匙の体から、ドロリとした漆黒の炎が噴き出した。
一誠から吸い取り続けていた赤龍帝の因子が、俺の祝福を触媒として、匙の中に眠る黒龍ヴリトラと「融合」を始める。
「う、うおおおおおおおおっ!?」
咆哮と共に、匙の姿が変貌していく。
現れたのは、これまでの匙からは想像もつかない、威圧感に満ちた姿。
漆黒の硬質な鱗に包まれた、筋骨隆々の人型の竜。一誠の鎧に似ていながらも、その表面からは「罪」を吸い尽くすかのような禍々しい霧が立ち昇っている。
『ヴリトラ・スケイル・デッドリー・シン(黒龍帝の罪過鎧)』
「マジかよ、匙……お前まで、そんな姿に……っ!?」
驚愕する一誠。だが、覚醒した匙は速かった。
一誠の「剛力」に加え、俺の祝福による「神速」の機動、そして触れるだけで相手の力を強制的に奪う「罪」の権能。匙は正面から一誠の拳を掴み取ると、そのエネルギーを根こそぎ喰らい尽くした。
「……悪いな、一誠。俺の主(ソーナ)に手を出す奴は、俺が全部『奪って』やるよ!」
一誠の『禁手』が悲鳴を上げ、砕け散る。
爆炎と共に、グレモリーの最大火力が光となって退場した。
『「兵士(ポーン)」兵藤一誠、リタイア!』
少女の突破、そして総力戦へ
しかし、その最大の衝撃の最中。
小猫だけは、一誠という盾が消える直前の「一瞬」を逃さなかった。
爆煙を突き抜け、彼女は弾丸のような速度で本陣へと滑り込む。
「……あ、小猫ちゃん! ……クソ、追いかける体力が……」
強引な覚醒の反動で膝をつく匙。
一方で、別ルートを制圧し、遠回りして合流したゼノヴィアとギャスパーが、小猫と合流。ついに本陣前でグレモリーの残存総力と、ソーナ率いるシトリー陣営が正面から対峙した。
「――『デュランダル』、行きます!」
ゼノヴィアの掲げる聖剣が、本陣の隔壁を切り裂かんと光り輝く。
一誠のリタイアを告げるアナウンスが響く。
膝をつく匙。その前を、小猫が弾丸のような速度で本陣へと駆け抜けていった。さらに別ルートから合流したゼノヴィアとギャスパーが、小猫と合流して本陣の最終防衛ラインへと肉薄する。
俺は移動制限エリアの境界線に立ち、拳を握りしめた。
この足は、一歩も境界線から外に出ることは許されない。そして本陣は、ここから数百メートル先。俺の魔剣を投擲したとしても、この入り組んだ商業施設の構造では障害物が多く、直接狙撃するのは不可能だ。
「……祐斗、大丈夫よ。あとのことは、私たちが」
通信機越しに、ソーナの静かだが覚悟の決まった声が聞こえる。
だが、俺の解析は、ゼノヴィアの『デュランダル』と小猫の仙術が合わさった場合、シトリーの防衛網が数分以内に崩壊することを弾き出していた。
(……足が動かせないのなら、俺の『支配』を本陣まで繋げばいい)
聖魔のネットワーク:支配の伝播
俺は『聖魔剣』を鞘に納め、代わりに両手を大地についた。
禁手の一歩手前まで高めた俺の魔力が、商業施設の床、壁、天井の配管を伝い、高速で本陣へと伸びていく。
「『解析(アナライズ)』……完了。――ソーナ、椿さん、皆! 俺の力をその身に『上書き』してください!」
俺がエリア制限という枷を嵌められているからこそ、その余った全エネルギーを「座標固定」された本陣の仲間たちへ、遠隔の祝福として転送する。
蒼きシトリーの反撃
本陣では、ゼノヴィアの聖剣が放たれようとしていた。
だがその瞬間、シトリーの全メンバーの足元から、蒼白の魔法陣が浮かび上がった。
「これは……木場君の力!? 魔力が、勝手に最適化されていく……!」
真羅椿が驚愕する。彼女の持つ『ミラー・アリス』の鏡が、俺の「解析」データを上書きされたことで、デュランダルの破壊エネルギーを100%反射可能な「神の鏡」へと変質した。
「――っ!? 私の聖剣が、押し返される……!?」
ゼノヴィアが目を見開く。
さらに、ソーナの手元には、俺が遠隔で構成した「水」の性質を持つ魔剣の術式が流れ込む。
「……ありがとう、祐斗。これなら、私の『水』は誰にも防げないわ」
ソーナが指先を振るうと、空中に現れた水の刃が、ギャスパーの「停止」の魔力を霧散させ、小猫の仙術の「気」の循環を完全に封鎖した。
遠隔のチェックメイト
俺は制限エリアの中に立ち尽くしたまま、目を閉じて、数百メートル先の戦場を「操作」する。
俺の体は動いていない。だが、俺が提供する「祝福」と「解析」という名の武器が、シトリーのメンバーを通じてグレモリーの面々を圧倒していく。
『「戦車(ルーク)」塔城小猫、リタイア!』
『「僧侶(ビショップ)」ギャスパー・ヴラディ、リタイア!』
残るはゼノヴィアのみ。
彼女の前に、魔力が溢れんばかりに強化されたソーナと椿が立ち塞がる。
俺は通信機越しに、静かに告げた。
「……ソーナ。俺の剣(ことわり)は、常にあなたの側にあります。……最後の一撃を」
「ええ。――これで終わりよ、リアス」
ソーナの魔法がゼノヴィアを包み込み、光が弾けた。
『「騎士(ナイト)」ゼノヴィア、リタイア!』
『グレモリー陣営、全滅。……勝者、シトリー陣営!』
祝勝の静寂
アナウンスが響き渡り、商業施設に静寂が戻る。
俺はエリアの境界線が消えるのを確認し、ゆっくりと本陣へと歩き出した。
出迎えに来たのは、少し息を切らしながらも、最高に美しい笑みを浮かべたソーナだった。
「……約束通り、一度もエリアを出ずに守り抜きましたよ、ソーナ」
「ええ、完璧だったわ。……ルールという『箱庭』の中で、あなたは誰よりも自由に、そして残酷に美しかった。……私の自慢の騎士ね」
俺は彼女の手を取り、その甲に深くキスを落とした。
この勝利は、俺たちの絆が、グレモリーの「力」を上回った証だった。