北欧、極寒の地――。
雪と氷に閉ざされた境界線付近で、私はかつてない規模の敵影に包囲されていました。
旧魔王派の残党、そして平和協定に反対する邪神ロキの陣営。
地響きとともに現れたのは、山のような巨体を持つ霜の巨人(フロスト・ジャイアント)の群れ。そして、冥府の番犬ガルムの咆哮が、凍てつく大気を震わせます。さらに空には、主神を裏切りロキに与した複数のヴァルキリーたちが、魔力に満ちた槍を構えて滞空していました。
「……なるほど。私一人を葬るために、これだけの戦力を。随分と高く評価されたものです」
私は静かに、一本の漆黒の剣――**『吸収の魔剣』**を抜き放ちました。
神話の解体:一騎当千の剣閃
先陣を切ったのは、狂乱するガルムの一団でした。空間を裂く速度で迫るその牙を、私は半歩の回避でいなします。
すれ違いざま、魔剣の刃がガルムの横腹を撫でました。その瞬間、ガルムの持つ強靭な生命エネルギーと氷の魔力が、目に見える奔流となって魔剣へと吸い込まれていきます。
「ガ、ガアアッ……!?」
力を吸い取られ、雪解けのように崩れ落ちるガルム。奪ったエネルギーを即座に自身の筋力へと還元し、私は巨大な霜の巨人の足元へ滑り込みました。
「続いては、その質量を頂きます。――『加重・過負荷(オーバーロード)』」
巨人の脚部に突き立てた短剣が、超重力を発生させます。自らの巨体を支えきれなくなった巨人は、自身の重さで内側から粉砕され、悲鳴とともに氷塊へと還っていきました。
「な、何者なの……!? 巨人族を一撃で……!」
空から降り注ぐヴァルキリーたちの魔槍。しかし、それらは私の周囲に展開された**『次元の魔剣』**の断層によって、すべて異空間へと霧散していきます。
「私の前で、神話の武器を過信しないでください。……その理(ことわり)、すでに見切りました」
堕ちた戦乙女:シグルナの驚愕
激戦の中、離反したヴァルキリーのリーダー格――銀髪の美しい戦乙女が、必死の面持ちで魔法陣を展開しました。
「これならどうです! 北欧式多重複合魔術――」
構成要素は、地・風・氷。魔力の結節点は左下。
私は彼女が術を発動する寸前、その「核」を指先一つで弾きました。術式は暴発することもなく、パズルのピースが崩れるように虚空で霧散します。
「あ……そんな、ありえない……。私の魔術を、指先だけで……?」
呆然とする彼女の懐に潜り込み、私は冷徹に、しかし深入りはせずに剣先をその喉元に突きつけました。
「**『解析(アナライズ)』**完了。……死にたくなければ、退きなさい」
騎士への求婚、北欧からの居候
戦闘が終わった後の静寂。
喉元に剣を突きつけられたヴァルキリー、名をシグルナと名乗った彼女は、なぜか頬を赤らめ、私の手を握りしめてきました。
「……あ、あの! 強い……なんて圧倒的な力。私、あなたのような方に……その……一目惚れしてしまいました!」
「……はい?」
唐突な愛の告白。さすがの私も、これには言葉を失います。
「私はソーナ・シトリーという恋人がいます。あなたの入る隙はありません」
私がきっぱりと断ると、彼女はめげるどころか、瞳を輝かせて食い下がってきました。
「シトリー家! 悪魔の貴族ですね。……北欧では、強い英雄が複数の妻を娶ることは誉れです。私は二番目でも三番目でも構いません! あなたの戦いを一番近くで見届けていたいのです!」
「……いや、そういう問題では……」
「決まりです! 私はロキを裏切り、あなたについて行きます! 行きましょう、日本へ!」
なし崩し的に、敗北した旧魔王派の残党を尻目に、北欧の戦乙女が押しかけ女房のように付きまとうことになってしまいました。
「……ソーナに、何と説明すればいいのか。……こればかりは、計算が立ちませんね」
私は深く溜息をつきながら、銀髪のヴァルキリーを連れて、冥界への帰路につくのでした。