フィジカルゴリラな木場祐斗   作:お粥のぶぶ漬け

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第30話:帰還の静寂、あるいは修羅の胎動

北欧での激闘を終え、私は転移魔法陣を抜けて駒王学園の生徒会室へと帰還しました。

 しかし、その背後には、宣言通りにぴったりと寄り添う銀髪の戦乙女――シグルナの姿があります。

 

「ここがあなたの主がいる場所……。ふふ、北欧の聖域とはまた違った、不思議な調律を感じる場所ですね、祐斗様」

「シグルナ、その呼び方はやめてください。私はあくまでシトリーの騎士です」

 

 溜息混じりに扉を開けると、そこには書類の束を片手に持ったソーナが立っていました。

 

「おかえりなさい、祐斗。任務の完了は報告で受けて……。…………。…………あら?」

 

 ソーナの視線が、私のすぐ後ろで私のローブの裾を掴んでいるシグルナへと固定されました。

 室内の温度が、北欧の永久凍土さえも凌駕する勢いで急降下していくのを、私の肌が敏感に察知します。

 

「……祐斗。その方は、どちらの『因子』でしょうか。ずいぶんと……新鮮な魔力の波動を感じますが」

 

 ソーナの眼鏡が夕日を反射して白く光り、その奥の瞳には、かつてレーティングゲームで見せた以上の「冷徹な解析の光」が宿っていました。

 

「……会長、これには深い事情がありまして……」

 

 匙が震えながら距離を取ります。

 

「お初にお目にかかります、シトリーの主。私は北欧の戦乙女、シグルナ。……祐斗様の剣の冴えに魂を奪われ、この身を捧げるべく参じました。……以後、お見知り置きを」

 

 シグルナが優雅に一礼する。その堂々とした「第二夫人」のような振る舞いに、ソーナの周囲で青い魔力の火花が弾けました。

 

「……捧げる、ですか。面白いことをおっしゃる方ですね。祐斗、説明を。……一文字でも解析を誤れば、今日は徹夜で『再教育』ですよ?」

 

最強の解析者であるはずの私の脳内が、この瞬間、完全にオーバーロード(過負荷)を起こしていました。

 

(……待ってください。敵軍の殲滅、拠点の調査、ここまでは完璧な計算通りでした。ですが、この『シグルナ』という不確定要素だけは、どの予測モデルにも存在しなかった……!)

 

 冷や汗が流れるのを感じながら、私は思考を無理やり立て直そうと試みます。しかし、背後のシグルナは私の困惑など露知らず、むしろ誇らしげに胸を張りました。

 

「お初にお目にかかります、シトリーの主。私は北欧の戦乙女、シグルナ。我が名は『勝利(Sigr)』と『秘められた知識(Runa)』を司るルーンに由来します」

 

 彼女は朗々とした声で、生徒会室に集まっていた眷属たち――匙、真羅さん、花戒、草下たちを見渡しながら自己紹介を続けました。

 

「祐斗様の剣に敗れた時、私は悟りました。私にとっての真の『勝利』とは、彼という至高の理(ことわり)の側にあり、その深淵なる知識――『解析』の神秘を一番近くで見届けることにあると! ゆえに、私はこの身を彼に捧げるべく参じました。以後、お見知り置きを!」

 

 静まり返る生徒会室。

 最初に反応したのは匙でした。

 

「……え、ちょっと待て。木場……お前、先行調査に行ったはずだよな? なんで北欧の美人とそんな『一生モノの誓い』みたいな話になって帰ってきてんだよ! 俺の絶望を返せよ!」

「……匙君、今は静かに。会長の周囲の魔力密度が、臨界点を超えています……」

 

 真羅さんの指摘通り、ソーナの背後に浮かび上がる蒼い魔法陣が、かつてないほど鋭利な輝きを放っていました。

 

「……『シグルナ』さん、とおっしゃいましたか。ご丁寧に名前の由来までありがとうございます。勝利と神秘……なるほど、戦乙女に相応しいお名前ですこと」

 

 ソーナがゆっくりと、一歩前へ踏み出しました。床が微かに凍りつき、パキリと乾いた音を立てます。

 

「ですが、一つ訂正させていただいてもよろしいかしら? その『知識(ルーン)』が指し示す先は、あいにくですが既に私の専有物なのです。……私の騎士に、外来のルーンを書き込む隙間はありません」

「ほう……。流石は祐斗様が選んだ主。その威圧感、悪くありません。ですが、北欧の理では強き者こそが全て。私が彼に相応しい知恵と力を持っていると証明すれば、席を譲っていただけるのでしょうか?」

 

 シグルナも一歩も引きません。彼女の瞳に戦乙女としての闘争心が宿り、北欧の冷気が室内に吹き荒れます。

 

「譲る? ふふ、面白い冗談ですね。……祐斗、少しこちらへいらっしゃい」

 

 ソーナが冷たい微笑みを浮かべたまま、私を手招きしました。その指先には、逃げ場を許さない座標固定の魔力が込められています。

 

「……はい、ソーナ」

「この方の『解析』は、私が個人的にじっくりと行います。……いいですね?」

 

 事象解析の極致に至ろうとしている私が、今この瞬間に導き出した唯一の結論。

 それは、「女性同士の衝突における最適解は、この世のどこにも存在しない」ということでした。

 

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