駒王学園は、一見すれば平穏な、どこにでもある日本の私立高校だった。
だが、夕暮れ時の旧校舎付近に漂う空気だけは、明白に異質だ。西洋の古城から切り取ってきたかのような重厚な内装、そしてそこに集う者たちが放つ「神秘」の残滓。
俺は、京都の八坂様から託された親書を懐に、その「魔王の妹」たちが支配する密室の扉を叩いた。
扉が開くと同時に、複数の視線が俺の全身を射抜く。
部屋の主賓席には、紅蓮の髪をなびかせたリアス・グレモリー。その傍らには、既に彼女の眷属として名を連ねている「女王」姫島朱乃、「戦車」塔城小猫が控えている。
対する席には、冷静沈着な瞳を眼鏡の奥に光らせるソーナ・シトリー。彼女の背後には、副官である真羅椿が静かに佇んでいた。
一誠がまだこの場所を知らない、物語の夜明け前。
そこに現れた「木場祐斗」という異分子に対し、室内には張り詰めたような緊張が走る。
「……京都からの使者が、まさかこれほど若い少年だとは思わなかったわ」
リアスが鈴を転がすような声で沈黙を破った。彼女の横に立つ朱乃が、品定めするように目を細める。
俺は、フィジカルギフテッドの制御によって、自身の心拍数と呼吸を完全に一定に保ったまま、一歩前へ出た。その一歩だけで、床の僅かな軋みさえ許さない完璧な重心移動。武に長けた小猫が、僅かに眉を動かして俺の足元を注視するのが分かった。
「お初にお目にかかります。グレモリー様、シトリー様。八坂様より遣わされました、木場祐斗です。……以後、お見知り置きを」
俺が深々と一礼した瞬間、室内の空気が「揺れた」。
俺が意図的に、京都で培った仙術の気と、内側に封じ込めた「因子の破片」を僅かに漏らしたからだ。
聖なる輝き、魔の禍々しさ、そして東洋の荒々しい霊気。それらが渾然一体となった不可思議な気配に、リアスの瞳に強烈な輝きが宿る。
「……素晴らしい。あなた、自分の価値を理解してここに来たのね?」
リアスが椅子から立ち上がり、俺の元へ歩み寄る。彼女の放つ「破壊」の魔力が、誘惑するように俺の肌を撫でた。
「その若さでそれほどまでの完成度……。どうかしら、私の『騎士(ナイト)』として、その剣を私に預けてくれない? 望むなら、あなたの過去にある『因縁』も、私が共に背負ってあげるわ」
彼女の言葉は甘い。だが、その背後にあるのは「救済」という名の支配だ。
俺が求めているのは、甘い依存先ではない。己の能力を最大限に効率化し、バルパーという絶望を確実に討ち取るための「盤面」だ。
俺はリアスの差し出された手を、視線だけで静かに拒絶した。
「身に余る光栄です、グレモリー様。ですが……俺が必要としているのは、俺を導く光ではなく、俺を使いこなす知略です」
俺はリアスの隣を通り過ぎ、一度も視線を動かさずにチェス盤を見つめていたソーナ・シトリーの前へと進み出た。
ソーナは眼鏡のブリッジを押し上げ、冷徹なまでに理性的な瞳で俺を見据える。彼女の周囲にはまだ椿以外の眷属は少なく、その陣営は発展途上だ。だからこそ、俺が入り込む余地がある。
「ソーナ・シトリー様。私は、あなたの規律こそが我が剣の鞘に相応しいと考えています。……俺を、あなたの『騎士』として盤面に加えていただきたい」
部屋が静まり返った。
朱乃が小さく溜息を吐き、椿は驚愕を隠せずに俺を見つめている。
ソーナはゆっくりとチェスのクイーンを手に取り、それを盤上に置いた。
「……私を選ぶということは、感情的な救いは期待できないということよ? 私が求めるのは、勝利への論理性。そして、私のルールに従う忠誠心だけ。それでもいいの?」
「もちろんです。対価として、俺が抱える『聖剣計画』の残滓……この特殊な因子の制御理論を、あなたの知恵で完成させてほしい。それが俺の望みです」
俺は腰に帯びた『捕食の魔剣』の柄に手をかけた。
この剣は、ただの武器ではない。敵の衝撃を喰らい、魔力を喰らい、いつかあのバルパーをも喰らうための器だ。
ソーナは僅かに口角を上げると、懐から漆黒の駒――ナイトを取り出した。
「いいでしょう。その『イレギュラー』、私が預かるわ。……ようこそ、シトリーの生徒会へ。木場祐斗」
駒が俺の胸へと沈み込む。
フィジカルギフテッドの肉体と、シトリーの魔力が衝突し、融合し、加速する。
俺の視界は、これまで以上に鮮明に世界を捉え始めた。
(……これで、駒は揃った)
リアスの惜しむような視線を背中で受け止めながら、俺はソーナの影に立つ。
ここから、俺の「木場祐斗」としての第二幕が始まる。まずはこの街にはびこる塵(はぐれ悪魔)どもを、俺の剣の最初の糧にするとしよう。