フィジカルゴリラな木場祐斗   作:お粥のぶぶ漬け

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第5話:盤上の騎士、あるいは天与の怪物

ソーナ・シトリーの眷属、その「騎士(ナイト)」として籍を置いてから数週間。俺の日常は、生徒会室での事務作業と、深夜の街に潜む「塵」の掃除という二極化されたものとなった。

 

「祐斗、その資料の整理が終わったら、こちらの予算書を確認してくれるかしら?」

 

 校舎の窓から差し込む夕日が、ソーナの眼鏡を鋭く反射させる。彼女は、俺が単なる武闘派ではないことを見抜いていた。フィジカルギフテッドの恩恵は、純粋な戦闘能力だけではない。脳への情報処理速度、視覚情報の解析、そして指先の精密な制御力。俺は常人の数倍の速度でペンを走らせ、膨大な書類を片付けていく。

 

「終わりました、会長。予算書の数値、昨年度の備品消耗率と比較して三点ほど修正が必要な箇所があります。付箋を貼っておきました」

「……助かるわ。あなたの処理能力、時々怖くなるほどね」

 

 ソーナは呆れたように息を吐いたが、その瞳には深い信頼の色が混じっていた。

 この落ち着いた交流の裏で、彼女は俺の肉体を執拗に観察していた。悪魔の駒(ピース)を埋め込まれたことで、本来なら身体能力は飛躍的に向上する。だが、俺の場合は「向上」という生易しいものではなかった。

 

「……一つ、確認させてもらってもいいかしら? 祐斗」

 

 ソーナは立ち上がり、俺の前に立った。

 

「昨日のはぐれ悪魔の討伐報告書。現場のコンクリート壁に、深い拳の跡が残っていたけれど。……あなたは一度も、強化魔術の術式を展開していなかったわね?」

 

 俺は静かに頷き、自身の拳を見つめた。

 

「ええ。俺にとって、魔力による肉体強化は『補足』に過ぎません。この肉体は、生まれながらにして完成されている。……いわば、天与の身体です」

 

 俺は、会長の許可を得て、室内のトレーニング用の重りを手に取った。悪魔が筋力強化を行ってようやく持ち上げる巨大な鋼鉄の塊。それを、俺は魔力を一切通さず、ただの指先の握力だけで持ち上げ、まるで紙細工のように無造作に握り潰してみせた。

 

「魔力を持たずとも、世界の物理法則をその腕力だけでねじ伏せる。それがあなたの正体というわけね」

 

 ソーナが戦慄に似た感嘆を漏らしたその時、部屋の扉が轟音と共に蹴破られた。

 

「そーたん! 会いに来ちゃった! 魔王少女セラたん、爆誕っ☆」

 

 ピンク色のオーラを撒き散らしながら乱入してきたのは、現魔王の一人であり、ソーナの姉でもあるセラフォルー・レヴィアタンだった。

 シトリー眷属の面々が呆気に取られる中、セラフォルーの鋭い視線が、即座に俺へと固定される。

 

「……あら? ソーたん、新しい眷属を増やしたのね。でも、この子……なにか変。人間の匂いもするし、悪魔の駒も入ってる。それなのに、中身が『底なし』に見えるわ」

 

 魔王の直感。

 セラフォルーは、一瞬で俺の「異様さ」を見抜いていた。彼女は瞬時に俺の懐へと潜り込み、その小さな掌を俺の胸に当てた。

 

「ねえ、君。名前は?」

「……木場祐斗です、レヴィアタン様」

「ユウトちゃんね! 君、ソーたんを泣かせたら、お姉ちゃんが極寒の地獄へ招待しちゃうからね? ……でも、その前に、ちょっとだけテスト!」

 

 セラフォルーの瞳が、一瞬だけ魔王としての冷徹な輝きを見せた。彼女の手のひらから、膨大な氷の魔力が至近距離で放たれる。

 俺は咄嗟に『捕食の魔剣』を実体化させ、その刀身で魔王の一撃を受け止めた。

 キンッ、という硬質な音が響く。

 俺の肉体は一歩も退かなかった。天与の身体による強靭な脚力が床を捉え、魔王が放った衝撃を骨格全体で分散、完全に相殺する。さらに、魔剣がセラフォルーの放った極低温の魔力因子を、音を立てて「吸い取って」いく。

 

「……っ!?」

 

 セラフォルーが驚愕して飛び退く。

 

「私の魔力を、喰べた……? それに、この衝撃を事も無げに受け流す足腰。あなた、本当にただの『騎士』なの?」

 

 ソーナが慌てて割って入り、俺を庇うように立つ。

 

「お姉様、失礼よ。彼は私の大切なパートナー……京都の八坂様からも認められた逸材なんだから」

 

 セラフォルーはしばらくの間、俺を食い入るように見つめていたが、やがていつものハイテンションに戻り、「ソーたんの趣味、渋いなー!」と笑い飛ばした。

 だが、俺は知っている。

 魔王の因子に触れた『捕食の魔剣』が、今、狂喜するように内側で脈打っているのを。

 

(魔王の魔力、そして衝撃……。その片鱗だけでも、これほどの密度か)

 

 俺は静かに剣を格納し、いつものように冷静な事務次官の顔に戻る。

 最強の肉体、最強の頭脳。そこに魔王の力という最高級の「餌」の予感が加わった。

 木場祐斗の盤面は、着実に、そして残酷なまでに完成へと近づいていた。

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