フィジカルゴリラな木場祐斗   作:お粥のぶぶ漬け

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第6話:捕食の産声、あるいはヒトの矜持

月明かりさえ届かない駒王学園の裏山。湿った土の匂いと、腐敗した魔力が混じり合うその場所に、俺は一人で立っていた。

 

「……いたか」

 

 視界の先、歪な形状に膨れ上がった巨体が、力なく横たわる牛の死骸を貪っている。元は下級の悪魔だったのだろうが、今はその面影すらない。過剰な魔力供給に肉体が耐えきれず、自己崩壊と再生を繰り返す「はぐれ悪魔」の末路だ。

 俺は静かに歩を進める。あえて気配を消さず、砂利を踏む音を立てて。

 怪物がこちらを振り向き、血走った眼で俺を捉える。その瞬間、空気が震えるほどの咆哮が放たれた。

 

「アァァァガァァッ!!」

 

 巨体が弾丸のような速度で突っ込んでくる。だが、俺の目にはその動きは鈍重にすら映った。

 天与の身体。脳が捉える情報の解像度は極限まで高まり、怪物の筋肉の収縮、重心の移動、次に繰り出される爪の軌道までが、白日の下に晒されている。

 俺は腰に帯びた『捕食の魔剣』を抜かず、半身をかわすだけでその突進を避けた。

 

(……やはり、悪魔の駒(ピース)を受け入れても、俺の根幹は『人』のままだ)

 

 ソーナの眷属となり、悪魔としての力を得た今でも、俺は内側に人間の因子を色濃く残している。通常なら、悪魔化の過程で塗りつぶされるはずの「脆弱な」因子。だが、俺はそれを仙術の気で保護し、あえて温存した。

 人間だからこそ、聖剣を手に取れる。人間だからこそ、神の定めた理(システム)の隙間を突ける。

 この「不完全な強さ」こそが、いつかバルパーを、そして教会という巨大な組織を根底から覆すための鍵になると確信していた。

 

「……さて、食事の時間だ」

 

 怪物の二度目の襲撃。今度は逃げない。

 俺は右手を伸ばし、正面から怪物の巨大な腕を掴み取った。

 ドォォォンッ!

 衝撃波が周囲の樹木を揺らす。だが、俺の腕は一ミリも揺るがない。天与の身体による絶対的な剛性が、怪物の暴威を真っ向から受け止めた。

 そのまま、俺は『捕食の魔剣』を抜刀し、怪物の胸元へ突き立てた。

 

「ガッ……ァ……!?」

 

 剣が肉を裂く感触。直後、魔剣の能力――【吸魔・吸振】が起動する。

 怪物が必死に流し込もうとする呪わしい魔力、そして暴れる肉体が生み出す衝撃エネルギーが、掃除機のように刀身へと吸い込まれていく。怪物の巨体が、みるみるうちに萎んでいくのが分かった。

 

「……逃がさない。お前のすべてを、俺の礎にしろ」

 

 俺は剣の柄頭にある機構を作動させた。

 チリッ、と小さな音が響き、魔力針が怪物の深層部へと撃ち込まれる。

 【因子強奪(ファクター・スナッチ)】。

 怪物の根源――悪魔としての生命情報が、針を通じて俺の肉体へと逆流してくる。

 内側から焼かれるような熱。異物の混入に対する細胞の悲鳴。

 だが、俺はそれを冷徹に御した。

 天与の身体という最強の「器」と、あえて残した人間の因子の「柔軟性」が、奪い取った力を強引に変換し、俺の魔力回路へと組み込んでいく。

 怪物は塵となって消え、後に残ったのは、静寂と……一段と鋭さを増した俺自身の気配だけだった。

 

(悪魔の生命力、そして変異した魔力の残滓か。……悪くない)

 

 手のひらを握り込む。以前よりも指先に込める力の「キレ」が増している。

 奪った因子を人間のベースに上書きするのではなく、あくまで「拡張パーツ」として機能させる。この感覚こそが、俺が目指す独自のバランスブレイクへの近道だ。

 

「……終わったわね、祐斗」

 

 木々の影から、ソーナ・シトリーが姿を現した。彼女は俺の戦いを最初から最後まで見届けていたのだろう。その瞳には、かつてないほどの警戒と、それ以上の期待が同居していた。

 

「お見事よ。魔術を使わず、ただの物理的な制圧と……今の、最後のは何かしら? ただのトドメには見えなかったけれど」

「……魔剣の調整ですよ、会長。俺の剣は、敵を倒すたびに『研がれる』んです」

 

 俺は嘘は言っていない。

 ソーナは深く追求せず、「明日は生徒会の会議が早いわ。早く戻って休みなさい」とだけ告げて背を向けた。

 俺は月を見上げる。

 人間の心、天与の肉体、そして悪魔の駒。

 これらすべてを等しく燃料にして、俺という剣は完成へと向かう。

 

「……次は、もう少し純度の高い因子が欲しいな」

 

 暗闇の中、俺の瞳には掠かな「光の因子」の輝きが混じっていた。

 捕食者としての第一歩は、こうして誰にも知られることなく、静かに踏み出された。

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