「対価を得るにはまず手を動かさなくてはならない」
ぽつりと転げたような言葉だ
「君はこの仕事に誇りを持っているか?」
「いえ」
「全く」
このバイトを始めた理由は単純。時給がよく、駅の構内にあったからに過ぎなかった。
「そういうものだ」
「本屋店員というものは一定数になりたいと思われる職業だった」
だった?
彼女は無造作に手に本をとり、その背表紙を指でなぞった
「本は好きかい?」
「文章は読んでいて楽しいと感じますが」
「それは」
「本を好きというのに同義ではなくて?」
「さあ」
「俺はにとっては駅のポスターも、パッケージの成分表示でも、人気のミステリー小説でも」
「読めば同じだと考えますが」
「そうか」
彼女はペラペラと本をめくったが、やがて手の本を滑らせるように棚に押し入れた
「最近は紙の本が衰退つつあるだろう」
「それが憧れを失いつつある原因ですか?」
キャスターラックに伸ばした手が陳列が終わったことを俺に知らせる
「例えばだが」
「私が明日からこのバイトをやめても誰も困らないだろう?」
「俺は困ります」
「そうだろうね」
「ただでさえ人手が足りていないんだ」
「君がいなくなっても店長が困るだろうよ」
「俺だって働けます」
「私よりも?」
それは
「でも」
「私は困らない」
「客だって困らない」
「はあ」
「あなたは収入が途絶えるので困るのでは?」
「そうかもしれないね」
「何が言いたいんです?」
「本が困るかどうかの話しだ」
「本に感情はありませんよ」
「だからか」
納得したような息のこもったこえ
「何が”だから”何ですか」
「君は考え方まで難儀だね」
「この考え方で困ったことはないです」
「私が今困っているよ」
「だが」
「君みたいな人が本をいかしているのかもしれないね」
「いかす?」
「生かす、活かす」
「どちらでも構わないよ」
彼女はラックを手物に寄せると俺に向きかえった
「本は何を望むと思う?」
「本は望むんですか?」
「そういうことにしておこう」
俺はきれいに陳列された本棚に向き直る
「多くの人に読まれることを望むんじゃないですか」
「つまり」
「すべての本は電子化されるべきだと?」
「俺としては」
「読めれば媒体は問わないと思います」
「本屋店員になりたいという願望はサーバー管理者になりたいという願望に統合されてしまうな」
「それの何がいけないんです」
「いや」
「夢がなくなったな、と思っただけさ」
「あなたは何を望むと思うんですか?」
「わたしかい?」
「本がです」
「さあね」
「聞いてみなきゃわからないな」
「本はしゃべりません」
「ブレないね」
「質問を変えようか」
「君は今、何を求める?」
彼女のまっすぐな視線が俺に向けられる
ラックがそれを防ぐのに役に立たないことは言うまでもない
「バイトの時給が上がるとうれしいですね」
視線を外しながら言う
「こんな平日真昼間シフトより、夕方のほうが時給はよいはずだ」
その通りだった
「結局君は対価を得に来たのではないじゃないか」
「手を動かしに来た。そうだろう?」
「、、、そうですよ」
「文句がありますか」
「いや全く」
「私としては負担が軽くなって助かっている」
長らく立っていたのか足がぎしぎしと音をたてたようだった
「ストライキでも起こしてみるか?」
「何に対してですか?」
「君の給料だよ」
「障害者への時給を増やすべきだと」
視線が俺の足に注がれたことが何となく分かる
「そんな簡単にストライキ起こされたらたまったものじゃないですよ」
「あと」
「お金には困ってませんから」
「手を動かしに来てるんです」
彼女は空になったラックに目を落とした
「対価を得るにはまず手を動かさなくてはならない」
「動かす手が無くなろうとね」
「誰の言葉ですか?」
「一端の労働者の嘆きさ」
憐れんでいるような、悲しんでいるような、そんな口調だった