| 推奨平均レベル LV.35 | |
交渉は決裂した。炎と混乱の中、アーネストは感染者たちを守り抜けるのか。 | |
演習 行動開始 | |
| 推奨平均レベル LV.35 | ||
交渉は決裂した。炎と混乱の中、アーネストは感染者たちを守り抜けるのか。 | ||
演習 行動開始 | ||
松明が弧を描いた。
炎が夜空を裂き、ヴェルナー家の小屋の屋根に落ちる——その瞬間、アーネストは動いていた。
「下がりなさい!」
剣を抜く。貴族の装飾が施された細身の刃が、松明の明かりを反射する。村長が嘲笑った。
「貴族様が剣を抜いたぞ! 自分の民を斬るつもりか!」
群衆がざわめく。だが、その足は止まらない。怒りと恐怖が入り混じった目で、彼らはアーネストを——そしてその背後の感染者たちを睨みつけている。
「最後の警告です」
アーネストの声は冷静だった。だが、その目には覚悟の光があった。
「これ以上、一歩でも踏み込めば——」
「やっちまえ!」
村長の号令と同時に、群衆が動いた。農具を振り上げ、棍棒を握りしめ、三十人以上の暴徒がアーネストに襲いかかる。
最初の一人の鍬を払い落とす。二人目の棍棒を剣の腹で受け止め、足払いで倒す。三人目——
「くそっ、強い!」
「囲め、囲め!」
非殺傷。その意識が、アーネストの動きを制限していた。峰打ち、払い、足払い。殺さずに無力化する——それは、斬り捨てるよりも遥かに難しい。だが、それでも。
「退きなさい!」
アーネストの声が響く。剣が閃き、また一人が地面に倒れる。群衆の勢いが、わずかに鈍った。
しかし——
「そっちは任せた! 俺はあいつらをやる!」
村長が叫んだ。その視線の先には、小屋から逃げ出そうとするヴェルナー一家の姿があった。
「いけない——」
アーネストが振り返った瞬間、背後から棍棒が振り下ろされる。
「っ!」
咄嗟に身を捻り、致命傷は避けた。だが、左肩に鈍い衝撃が走る。その隙に、村長と数人の男たちがヴェルナー一家に迫っていた。
「逃がさねえぞ、感染者ども!」
エルザの悲鳴が、夜を切り裂いた。
炎が広がっていく。
小屋の屋根に落ちた松明は、瞬く間に火勢を増していた。乾いた藁が燃え上がり、火の粉が夜空に舞う。
「逃げろ!」
誰かが叫んだ。感染者たちが—— ヴェルナー一家以外にも、小屋の周辺に隠れていた者たちが——炎に追われて四散する。
アーネストは戦いながら、その光景を見ていた。助けなければ。全員を。だが、目の前の暴徒たちを押し返すだけで精一杯だった。一人を倒せば、二人が襲いかかってくる。左肩の痛みが、動きを鈍らせる。
「エルザ!」
ヴェルナーの声が聞こえた。振り返ると、村長が父親を殴り倒し、その娘に手を伸ばそうとしている。
「離れなさい!」
アーネストは暴徒の群れを突破した。村長の背後に回り込み、剣の腹で首筋を打つ。
「ぐっ……」
村長がよろめいた。だが、倒れない。振り返り、血走った目でアーネストを睨みつける。
「貴族の……小娘が……」
「今すぐ退きなさい。これ以上は——」
「うるせえ!」
村長が剣を振りかざした。錆びた刃が、月明かりを鈍く反射する。アーネストは一歩後退し——その瞬間、横から飛び出した影があった。
「お父さん!」
エルザだった。村長の腕にしがみつき、振りほどこうとする彼を必死に止めている。
「やめて! もう、やめてください!」
「離せ、このガキ!」
村長がエルザを振り払う。少女の小さな身体が、地面に投げ出された。
「エルザ!」
ヴェルナーが這うようにして娘に駆け寄る。その背中を、別の暴徒が蹴りつけた。
「動くな、感染者!」
「おやめなさい!」
アーネストは叫んだ。だが、その声は——炎の轟音にかき消された。
小屋が崩れた。火の柱が天を衝き、熱風が周囲を薙ぎ払う。悲鳴。怒号。炎の音。全てが、混沌の中に溶けていく。
アーネストは動き続けた。殴りかかってくる者を払い落とし、逃げ惑う感染者を庇い、倒れた者を起き上がらせる。
どれほどの時間が経っただろう。
気がつけば、暴徒たちは散り散りになっていた。炎は鎮火し、焼け落ちた小屋の残骸だけが、赤い熾火を放っている。
アーネストは荒い息をつきながら、周囲を見回した。ヴェルナー一家は——いた。父親は倒れたまま動かないが、母親と子供たちは無事らしい。エルザが父親の傍らに座り込み、その手を握りしめている。
他の感染者たちは——
アーネストは唇を噛んだ。炎に巻き込まれた者。暴徒に殴られて倒れた者。逃げる途中で足を踏み外し、崖から落ちた者。救えなかった。全員を、救えなかった。そして、逃げ延びた感染者たちの数も——最初の半分以下に見えた。
「アーネスト様」
不意に、声が聞こえた。アーネストは振り返った。
焼け跡の向こうから、一人の少女が歩いてきた。銀色の髪。細い身体。そして——右腕は、機械の義肢に置き換えられている。
「アーネスト様」
少女はもう一度呼んだ。その声は震えていたが、目には異様なほどの輝きがあった。
「……あなたは」
「覚えていらっしゃらないでしょうか」
少女は一歩、また一歩と近づいてくる。
「二年前。あなたは私たちを救ってくださいました。暴徒に追われて逃げる私たちを——」
記憶を探る。二年前。暴徒から感染者を救った。何度もあった。どの記憶が、この少女と繋がるのか——
「マニュエラ、です」
少女が名乗った。
「マニュエラ・ローリアム。あの日、あなたは——『誰も傷つけさせません』と仰いました」
その言葉を聞いた瞬間、アーネストは思い出した。
二年前の冬。キローガ家の領地の外れで、感染が発覚した一家が村人たちに追われていた。母親と幼い姉妹。追手に追いつかれ、石を投げられ——あの時、救出したのは四人だった。母親と、三人の娘。長女は——右腕を砕かれていた。
「あなたが……」
「はい」
マニュエラは頷いた。その目から、涙がこぼれ落ちる。
「ずっと、探していました。あなたを。もう一度——もう一度、お会いしたくて」
そう言って、マニュエラはアーネストの手を取った。その手は冷たかったが、握る力は強かった。異様に、強かった。
「アーネスト様。私は——あなたのために、何でもいたします」
その言葉には、ただの感謝以上の何かが込められていた。アーネストは、わずかに眉をひそめた。だが今は——今は、それどころではなかった。
「……マニュエラ。あなたは怪我をしていませんか」
「私は大丈夫です。あなたこそ——」
「私は平気です。それより、負傷者の手当てを——」
言いかけて、アーネストは気づいた。救出できた感染者たちが、こちらを見ている。その目には——希望がなかった。
「次は、どこへ行けばいいのでしょう」
ヴェルナーの妻が、虚ろな声で呟いた。
「主人は、あの怪我では……もう畑仕事はできません。エルザの病も、進んでいます。私たちには——」
「リターニアなら、安楽死施設があると聞きました」
別の感染者が言った。老いた男だ。顔の半分が、源石の結晶に覆われている。
「ヴィクトリアは隔離施設。ウルサスは収容所。どこへ行っても——私たちに居場所はない」
「ウイユヴェール」
誰かが、その名を口にした。
「蜃気楼の街。源石嵐の向こうにあるという——」
「伝説でしょう」
老人が首を振った。
「私の息子も、半年前にあの街を目指して出ていきました。それきり、連絡はありません。死んだのでしょう。源石嵐の中で」
沈黙が落ちた。アーネストは、何も言えなかった。
マグノリアも——あの街を目指した。二年前に姿を消して以来、一度も連絡がない。生きているのか、死んでいるのか——
「キローガ家の保護施設へ、皆さんをお連れします」
やっとの思いで、アーネストは言った。
「食料と寝床は確保できます。医療も——」
「いつまでですか」
老人が遮った。その声は穏やかだったが、その目には——諦念があった。
「キローガ家の施設は、もう満員だと聞いています。私たちが入れば、誰かが追い出されるのでしょう?」
アーネストは答えられなかった。その通りだった。施設のキャパシティは限界に達している。新しい感染者を受け入れるには、既存の入居者を——
「あなたは悪い方ではない」
老人は小さく笑った。
「でも、善意だけでは——世界は変わらないのです」
その言葉が、胸に突き刺さった。善意だけでは、救えない。それは——アーネストが、何度も突きつけられてきた現実だった。
マニュエラが、アーネストの傍に寄り添った。
「アーネスト様……」
その声には、慰めるような響きがあった。だが同時に——どこか、嬉しそうな色もあった。アーネストが苦しんでいることを、喜んでいるかのような——いや。そんなはずは、ない。
頭を振り、アーネストは立ち上がった。今は、考えている場合ではない。夜明けまでに、この人たちを安全な場所へ——
その時。遠くから、車輪の音が聞こえた。
砂塵を巻き上げて、一台の車両が近づいてくる。
大型の医療車両だった。白い車体に、見慣れないエンブレムが描かれている——城塔を象った紋章。
「あれは……」
アーネストは目を凝らした。車両が停止し、ドアが開く。
最初に降りてきたのは、弓を背負った女性だった。鋭い目つき。周囲を素早く見回し、状況を把握している。
「メテオ、周辺の警戒を」
次に響いたのは、低い男の声だった。長身の男が、車両から降り立つ。異国風の装いをした、歴戦の戦士のような雰囲気を持つ男。
「イプセン、了解」
男——イプセンは、焼け跡と倒れた感染者たちを見渡した。その目には、何かを見定めるような光があった。
そして、三人目。
黒いフードを目深に被った人物が、ゆっくりと車両から降りてくる。フードの陰に顔は隠れ、表情はほとんど見えない——怪しげ、と言って差し支えない風貌だった。
マニュエラが警戒するようにアーネストの前に出た。
「アーネスト様、お下がりください。あの者は——」
「待ちなさい、マニュエラ」
アーネストは少女を制した。不審な外見とは裏腹に、その人物が纏う空気には——敵意がなかった。静かで、深く、どこか底知れないが、害意は感じられない。
「負傷者は」
フードの奥から響いた声は、穏やかだった。その声は、アーネストに向けられていた。
「……数名。重傷者もいます」
「分かった。医療班、展開しろ」
黒いフードの人物——ドクターが指示を出すと、車両の後部から医療オペレーターたちが降りてきた。担架と救急箱を手に、感染者たちのもとへ駆けていく。
「あなたは」
アーネストは問いかけた。
「ロドスアイランドのドクター。感染者保護と治療を行う組織だ」
「ロドスアイランド……」
その名前は、聞いたことがあった。感染者向けの医薬品を製造する製薬会社——だが、目の前の人物は、そうした組織の代表には見えなかった。フードの奥に隠れた顔。何を考えているのか読めない佇まい。正直なところ、怪しい。とても怪しい。
「……失礼ですが、本当にロドスの方ですか」
思わず、そう尋ねていた。
「疑う気持ちは分かる」
ドクターは——おそらく苦笑したのだろう。フードの奥で、わずかに声が和らいだ。
「この格好では、な。だが、嘘ではない」
メテオが歩み寄ってきた。
「ドクターはいつもこうなの。見た目は怪しいけど、悪い人じゃないわ。信じて」
その言葉には、長年の信頼が滲んでいた。
「なぜ、ここに」
「調査任務で近くを通りかかった。火の手が見えたので、寄らせてもらった」
ドクターはアーネストを見据えた。——見据えた、と思う。フードの陰で目は見えないが、視線の重みは感じた。
「あなたは——この感染者たちを守ろうとしていたのか」
「ええ」
「一人で?」
「ええ」
ドクターは、しばらく黙っていた。その視線が、アーネストの左肩——暴徒に殴られた傷——に向けられる。
「手当てが必要だ」
「私は平気です。それより、この人たちを——」
「医療班が対応している。あなたも含めて、だ」
ドクターの声には、有無を言わせぬ響きがあった。穏やかだが、拒否を許さない。指揮官とは、こういうものなのだろう。
アーネストは、ふと疑問を覚えた。
「……一つ、お聞きしても?」
「何だ」
「ロドスアイランドは、感染者向けの医薬品を製造する組織と聞いています。なぜ、武装した部隊が——我が領内で活動を?」
製薬会社が、なぜ戦闘員を伴って調査任務を行うのか。それも、キローガ家の領地内で。父はこのことを知っているのだろうか。
「領主からは許可を得ている」
ドクターは淡々と答えた。
「我々の活動は、キローガ家当主の承認のもとで行われている。あなたの父上とは、以前から連絡を取り合っていた」
「父が……」
知らなかった。父がロドスと繋がりを持っていたとは。父は感染者問題に関しては特別な姿勢を取らない——弾圧もしなければ、積極的に保護もしない。だが、領内での活動を許可したということは、少なくとも妨害する意図はないということだ。
「調査任務、と仰いましたが」
「ああ。——ある街を探している」
ドクターの視線が、アーネストを見据えた。
「ウイユヴェール、という街を知っているか」
その瞬間、アーネストの心臓が跳ねた。
「……なぜ、その名前を」
「感染者が消えていく街。源石嵐の向こうにあるという、蜃気楼の街——我々も、その場所を探している」
ドクターの声は淡々としていた。だが、その言葉の重みは確かだった。
「あなたたちも……」
「あなたも、誰かを探しているのか」
その問いに、アーネストは答えられなかった。だが——その沈黙が、答えになっていた。
「……そうか」
ドクターは小さく頷いた。
「あなたのことは、父上から聞いている。領地内で感染者保護に尽力していると」
「父が、そのようなことを……」
「この地域の情報は調べてある。あなたの活動が、感染者たちの最後の砦になっていることも」
ドクターは——フードの奥で、何かを考えているようだった。
「提案がある。ウイユヴェールの調査に、あなたも同行しないか」
「……私が?」
「あなたには、この地域の知識がある。そして——探している人がいるなら、なおさらだ」
アーネストは息を呑んだ。マグノリアを探す機会。ロドスアイランドという組織の後ろ盾。そして——蜃気楼の街の真実を知る可能性。
ふと、視線を感じた。振り向くと、マニュエラがじっとこちらを見つめている。その瞳には、期待とも心配ともつかない複雑な光が宿っていた。
「ですが、領地の感染者たちを——」
「この人たちは、ロドスで一時的に保護できる。治療も受けられる」
ドクターは振り返り、手当てを受けている感染者たちを見た。
「あなたが背負っているものを、少しだけ——分けてもらえないか」
その言葉に、アーネストは目を見開いた。
背負っているもの。一人で抱え込んできた責任。善意だけでは救えないという絶望。そして——マグノリアを失った悔恨。
「……考えさせてください」
「ああ。急がなくていい」
ドクターは頷いた。
「明日の朝まで、ここに滞在する。その間に、決めてくれ」
夜は深まっていく。空には星が瞬き、冷たい風が焼け跡を吹き抜けていた。
焼け落ちた小屋の残骸。手当てを受ける感染者たち。マニュエラの真摯な瞳。そして——黒いフードの奥に隠された、新たな出会い。
アーネストは、静かに息を吐いた。
マグノリア。あなたを探す手がかりが、ようやく——見つかったかもしれない。
そして——私は、選ばなければならない。領地に残るか。それとも——蜃気楼の街を、目指すか。