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伝説の街ウイユヴェールは実在するのか。ロドスとアーネストは、それぞれの目的を胸に協力関係を結ぶ。 | |
演習 行動開始 | |
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伝説の街ウイユヴェールは実在するのか。ロドスとアーネストは、それぞれの目的を胸に協力関係を結ぶ。 | ||
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医療テントの中は、薬品の匂いと負傷者の呻き声で満たされていた。
アーネストは簡易椅子に腰掛け、目の前の人物を見つめていた。
黒いフードを目深に被った、ロドスアイランドの指揮官——ドクター。
「改めて名乗っておこう」
ドクターの声は淡々としていた。
「ロドスアイランドのドクター。今回の調査隊の指揮を執っている。目的は、『ウイユヴェール』と呼ばれる感染者集落の実態調査だ」
「ウイユヴェール」
アーネストはその名前を繰り返した。
蜃気楼の街。感染者の間で囁かれる、伝説の都市。
「実は、私もその街を探しています」
アーネストは言葉を選びながら続けた。
「私の幼馴染が——マグノリアという女性が、二年前にその街を目指して姿を消しました」
「彼女は感染者です。源石病が進行していて、このままでは長く生きられない。だから、ウイユヴェールの噂を聞いて……」
アーネストは言葉を切った。
マグノリアの顔が脳裏に浮かぶ。いつも穏やかに笑っていた幼馴染。領地の子供たちに読み書きを教え、病人の世話を厭わなかった。
感染が発覚した後も、彼女は変わらなかった——ただ、アーネストの前では時折、寂しそうな目をするようになった。
「二年前、彼女は私に手紙を残して姿を消しました」
アーネストは懐から、折り畳まれた紙を取り出した。何度も読み返したせいで、端が擦り切れている。
『夜が明けたら、私は旅立ちます。
あなたがこれを読む頃、私はもう、どこか遠くにいるでしょう。
星が消えて、空が白んで——あなたが目を覚ます頃には。
ずっと、言えなかったことがあります。
でも、言わないまま逝くのは卑怯だから。
私は、あなたの隣にいる時間が、好きでした。
それだけ。それだけで、よかったのです。
だから——どうか、迎えに来ないでください。
あなたには、陽の当たる場所で生きてほしい。
私のような影を追って、暗い道に迷い込まないで。
さようなら、アーネスト様。
どうか、幸せに。
マグノリア』
「……それでも、探しに来たのか」
「忘れられるはずがありません」
アーネストの声には、静かな怒りが滲んでいた。
「二年間、彼女の足跡を追いました。噂を集め、感染者コミュニティを訪ね歩き、手がかりを探し続けました。家族の反対を押し切って」
アーネストは手紙を胸元にしまった。
「……周りからは、止められました。もう諦めろと。彼女はとっくに死んでいると。でも——」
彼女は私の——
アーネストは言いかけて、やめた。何と言えばいいのか、自分でも分からなかった。
「……大切な人です。それだけです」
ドクターは少し間を置いて、頷いた。フードの奥で、何かを考えているようだった。
「目的地は同じか。であれば——」
「協力しませんか」
アーネストが先に言った。
「私にはアーツがあります。戦力として役に立てる。それに、感染者の間で多少の信頼もあります——貴族ですが、彼らを恐れません。あなたたちには医療技術と人員がある。協力すれば、お互いに利益があるはずです」
ドクターは少し間を置いて、答えた。
「……いいだろう。ただし、一つ条件がある」
「条件?」
「調査に同行する以上、指揮系統には従ってもらう。危険な判断は、私が下す」
アーネストは一瞬だけ考えた。だが、答えは決まっていた。
「……分かりました。ただし、マグノリアに関することは、私に任せてください」
「ああ」
ドクターは立ち上がり、手を差し出した。
「協力関係の成立だ」
アーネストはその手を握った。
黒いフードの奥に隠された顔は見えないが——握手の力は、誠実なものだった。
テントの奥から、一人の老人が這い出てきた。
白髪の、痩せた男だ。首筋に小さな源石の結晶がいくつか浮かんでいる——感染から数年といったところだろうか。
「あの……お話を、聞いていました」
老人は震える声で言った。
「ウイユヴェールの話……私、知っています」
アーネストとドクターが振り返る。老人は膝をついて、涙を流していた。
「私の息子が……半年前に、あの街へ向かいました」
「息子さんが?」
「はい。息子も感染者で……村にいられなくなって。どこへ行っても追い出されて、居場所がなくて。それで、ウイユヴェールの噂を聞いて……」
老人は震える手で、自分の胸を押さえた。
「出発する前の晩のことです。息子は荷物をまとめながら、私にこう言いました」
ハンスは目を閉じた。あの夜のことを、一言一句思い出そうとしているようだった。
「『父さん、俺はもう限界だ。どこへ行っても追い出される。仕事も、住む場所も、何もかも奪われる。このまま朽ちていくのを待つくらいなら——俺は、あの街を目指す』」
老人の声が震えた。
「私は止めました。噂だけの街を信じるのかと。源石嵐の中で死ぬだけだと。でも息子は——」
ハンスは拳を握りしめた。
「『父さんは俺に死ねと言うのか』と。『ここにいても死ぬ。あの街を目指しても死ぬかもしれない。だったら俺は、希望がある方を選ぶ』と」
アーネストは黙って聞いていた。その言葉は、マグノリアが残した手紙と重なった。
「最後に息子はこう言いました。『父さん、俺は必ずあの街に辿り着く。そこで待ってるから、父さんも来てくれ。……今度こそ、一緒に暮らそう』と」
一緒に暮らそう。
その言葉に、ハンスは崩れ落ちた。
「息子が感染してから、私は向き合えなくなりました。息子の苦しむ姿を見るのが辛くて……自分の無力さが恥ずかしくて。同じ家に住んでいたのに、顔を合わせることすら避けて。自分の息子なのに……」
嗚咽が漏れた。
「息子は気づいていました。私が逃げていることを。それでも何も言わなかった。最後の夜まで、何も……」
「それきり……連絡は?」
「ありません。手紙を出しても届くはずがない。あの街がどこにあるのかも分からないのですから」
老人は嗚咽を漏らした。
「でも、息子が出発した後……同じ方角を目指した感染者と会ったことがあります。その人は、嵐の中で光を見たと言っていました。白い石造りの街が、蜃気楼のように浮かんでいたと」
アーネストは老人の肩に手を置いた。
「息子さんの名前は?」
「トーマス……トーマス・ベルントと言います。私はハンス・ベルント」
「分かりました。ウイユヴェールに着いたら、必ずトーマスさんを探します」
ハンスはアーネストの手を握りしめた。
「お願いします……お願いします……」
夜が更けて、医療テントの外に臨時の作戦会議場が設けられた。
ドクターが地図を広げる。メテオとイプセン、そしてアーネストが囲む。
「ウイユヴェールの推定位置は、ここだ」
ドクターの指が、地図の空白地帯を示した。
ヴィクトリアとリターニアの国境、砂漠地帯の奥。
「衛星観測でも確認できない領域だ。常に源石嵐が吹き荒れていて、通常の手段では接近できない」
「衛星で確認できないのに、どうして位置が分かるのですか?」
アーネストが尋ねた。
「三日前、我々の観測機器がこの地域で異常を検知した」
ドクターが答えた。
「一瞬だけ、建造物のような影が映り込んだ。位置は特定できている」
メテオが補足した。弓を背負った、鋭い目つきの女性だ。
「感染者の目撃証言とも一致するわ。複数の感染者が、嵐の中に光を見たと証言している。問題は——」
彼女は地図の空白地帯を指で示した。
「位置は分かっていても、源石嵐を突破する方法がないことよ」
「光……」
アーネストは呟いた。マグノリアも、その光を目指して行ったのだろうか。
「通常の防護装備では、数分で肺が結晶化する」
ドクターが続けた。
「我々は特殊な防護措置を用意しているが、それでも長時間の滞在は危険だ」
「どのくらい持つのですか?」
「最大で六時間。ただし、往復の移動時間を考えると、現地での活動限界は二時間半程度だ」
アーネストは地図を見つめた。二時間半。その短い時間で、何ができるのか。
ドクターは端末を操作し、過去の観測データを呼び出した。
「嵐には周期がある。過去三ヶ月分の源石嵐の発生パターンを分析した」
画面に波形のようなグラフが表示される。不規則に見える嵐の動きの中に、微かな規則性が浮かび上がっていた。
「明日の夜明け——この時間帯に、嵐が最も弱まる。突破するならここだ」
ドクターが地図の一点を指差した。
「その分析は確かなのですか?」
アーネストが尋ねる。
「完璧ではない。だが、成功確率が最も高いタイミングだ」
「嵐が弱まったとしても、障害がなくなるわけじゃないわ」
メテオが補足した。
「源石の塊や、変異した生物が行く手を塞ぐ可能性がある。その場合は——」
彼女は背負った弓に手を触れた。
「私の装備で道を切り開く。特殊なアーツ装置があるの。遠距離から障害を排除できるわ」
「威力はどの程度なのですか?」
アーネストが尋ねる。
「笑っちゃうぐらいよ。ただし、使用回数には限りがある。ここぞという時にしか使えないわ」
「了解した」
ドクターが頷いた。
「メテオの支援を軸に、嵐を突破する。明日の夜明けに出発だ」
翌朝、医療テントに救出された感染者たちが集められた。
ドクターが前に立ち、静かに語りかける。
「これから、ウイユヴェールへの調査隊を編成する。皆には、選択肢がある」
感染者たちがざわめく。
「調査隊に同行するか、ロドスアイランドで保護を受けるか——どちらかを選んでくれ。強制はしない。どちらを選んでも、我々は支援する」
沈黙が落ちた。
最初に動いたのは、ヴェルナー一家だった。
父親は担架に横たわり、母親がその手を握っている。娘のエルザが、震える声で言った。
「私たちは……ロドスへ行きます」
「エルザ……」
「お父さんは怪我をしています。源石嵐を越える体力がない。だから……」
エルザは涙を堪えながら、アーネストに頭を下げた。
「あの街のこと、教えてください。私たちの分まで……どうか」
アーネストはエルザの肩に手を置いた。
「約束します。必ず、あの街のことを伝えます」
次に動いたのは、ハンスだった。
「私は……行きます」
周囲が驚く。老いた感染者が、源石嵐を越えようというのか。
「息子の話をしておいて、自分だけ安全な場所にいるなど……できません」
ハンスは震えながらも、しっかりと立っていた。
「この目で確かめたいのです。トーマスが……本当にあの街にいるのか」
ドクターはハンスをじっと見つめた。そして、静かに頷いた。
「分かった。ただし、危険な場面では必ず指示に従ってくれ」
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
ハンスが涙を流す。その時——
「私も、行きます」
凛とした声が響いた。
マニュエラだった。銀色の髪を揺らしながら、アーネストの前に進み出る。その動きは滑らかで、まるで最初からそこに立つことが決まっていたかのようだった。
「アーネスト様が行かれるなら、私も参ります」
「マニュエラ……」
アーネストは戸惑った。マニュエラとの再会は、つい昨日のことだ。
二年前。ブランシェ村で暴徒に襲われていた感染者の家族を、アーネストは助けた。
その中に、右腕を砕かれた少女がいた。銀色の髪の、十五歳の娘。それがマニュエラだった。
あの時は必死だった。暴徒を退け、医療班を呼び、怪我人の手当てをして——それで終わりだと思っていた。
だが、マニュエラはアーネストを忘れなかった。
二年間、マニュエラはアーネストの噂を追い続けていたのだという。各地を転々としながら、いつかまた会えると信じて。そして昨日——感染者の野営地で、ついに再会を果たした。
『アーネスト様』
その名を呼ぶマニュエラの声には、震えがあった。義肢となった右腕を胸に抱くようにして、彼女はアーネストを見つめていた。
『……ずっと、探していました』
アーネストは戸惑った。あの時、自分がしたことは——当然のことだった。領主として、民を守る。それだけのことだ。
だがマニュエラにとっては、違ったのだろう。
再会してからというもの、マニュエラは常にアーネストの傍にいた。食事の時も、休憩の時も。まるで影のように寄り添い、アーネストの一挙一動を見つめている。
その献身には、どこか痛々しいほどの真摯さがあった。
「この身は、アーネスト様のためにあります。どうかお使いください」
マニュエラの声が、アーネストを現実に引き戻した。
その目には、異様な決意が宿っていた。アーネストを見つめるその瞳には、何か——底知れないものがあった。
アーネストは言葉に詰まった。
使う、とはどういう意味だろう。彼女は自分をまるで道具のように言っている。
「マニュエラ、そんな言い方は……」
「二年前、あなたは私を救ってくださいました」
マニュエラは静かに言った。
「父を失い、弟は片目を失い、私は右腕を失った——あの夜、私たちは死ぬはずでした。でも、アーネスト様が来てくださった」
その声は穏やかだったが、底に流れる感情は深かった。
「『誰も傷つけさせません』——あの言葉を、私は一日も忘れたことがありません」
マニュエラの目が、真っ直ぐにアーネストを見つめる。
「母も弟も妹も、今は安全な場所にいます。私の大切な家族です。でも——アーネスト様は、それとは違うのです。私の命を救っただけではない。私に、生きる意味をくださった」
周囲の感染者たちが、微かに身じろぎした。マニュエラの言葉の重さに、どこか圧倒されたのだ。だが、誰も口には出さなかった。
「この恩は、必ずお返しします。どうか——私を、お傍に置いてください」
マニュエラは深く頭を下げた。
アーネストは困惑しながらも、結局は折れた。この娘を置いていくことなど、できるはずがない。
「……そこまで言うのなら。一緒に来てください」
マニュエラの顔に、笑みが浮かんだ。
それは心からの笑みだった。二年間、待ち続けた言葉をようやく聞けたかのような——純粋な喜びの表情。
その時、テントの入口からメテオが顔を出した。
「アーネスト、準備は——」
メテオの言葉が途切れた。
マニュエラの視線が、一瞬だけ鋭くなったのだ。獲物を見定める獣のような、冷たい目。すぐに元の穏やかな表情に戻ったが、メテオは確かにそれを見ていた。
「……何でもないわ。出発の準備ができたら教えて」
メテオは踵を返した。背中に、じっとりとした視線を感じる。
(何、あの娘……)
振り返りはしなかった。だが、胸の奥に小さな棘が刺さったような、嫌な感覚が残った。
夜明け前。
調査隊は出発の準備を整えていた。
編成は、ドクター、メテオ、イプセン、アーネスト、マニュエラ、ハンス、そして医療オペレーター二名。ロドスの車両が、源石嵐の入口まで彼らを運ぶ。
ヴェルナー一家と他の感染者たちは、別の車両でロドスアイランドへ向かう。
エルザが窓から手を振っていた。
「気をつけて! 必ず戻ってきてください!」
アーネストは手を振り返した。
車両が動き出す。窓の外には、まだ暗い空が広がっている。東の地平線に、わずかに白い光が見え始めていた。
「アーネスト様」
隣に座ったマニュエラが、小さく呟いた。
アーネストは窓から視線を戻した。
「必ず、あの街に辿り着きましょう。あなたの大切な方を、見つけましょう」
アーネストは頷いた。
マグノリア。
二年前、あなたは私に言った。『迎えに来なくていい』と。
でも、私は来た。あなたを探して、ここまで来た。
あなたがいなくなってから、私は夜が怖くなった。
眠れば夢を見る。あなたが嵐の中で倒れている夢。あなたが私の名前を呼んでいる夢。手を伸ばしても届かない、あの夢。
だから、眠らなかった。眠る代わりに、あなたの手がかりを探した。どこかで生きているはずだと、自分に言い聞かせながら。
周りの人間は、私を狂っていると言った。二年も前に消えたヒトを追いかけるなんて、と。
でも、狂っているのは私じゃない。あなたを忘れられる方が、おかしいのだ。
あなたの笑顔を。あなたの声を。あなたが私の名前を呼ぶ、あの柔らかな響きを——忘れられるはずがない。
だから——待っていて。
必ず、あなたの元へ帰る。
車両は東へ向かって走り続けた。
源石嵐の紫色の壁が、地平線に見え始めていた。
新しい旅が、始まる。
蜃気楼の街を目指して——それぞれの「帰還」を求めて。