蜃気楼の街 ウイユヴェール   作:ヴァーミ

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MC-3 収束

OPERATION MC-3

収束

推奨平均レベル
昇進1 LV.1

伝説の街ウイユヴェールは実在するのか。ロドスとアーネストは、それぞれの目的を胸に協力関係を結ぶ。

演習
行動開始

 

 

OPERATION MC-3

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伝説の街ウイユヴェールは実在するのか。ロドスとアーネストは、それぞれの目的を胸に協力関係を結ぶ。

演習
行動開始

 


 

医療テントの中は、薬品の匂いと負傷者の呻き声で満たされていた。

 

アーネストは簡易椅子に腰掛け、目の前の人物を見つめていた。

黒いフードを目深に被った、ロドスアイランドの指揮官——ドクター。

 

「改めて名乗っておこう」

 

ドクターの声は淡々としていた。

 

「ロドスアイランドのドクター。今回の調査隊の指揮を執っている。目的は、『ウイユヴェール』と呼ばれる感染者集落の実態調査だ」

 

「ウイユヴェール」

 

アーネストはその名前を繰り返した。

蜃気楼の街。感染者の間で囁かれる、伝説の都市。

 

「実は、私もその街を探しています」

 

アーネストは言葉を選びながら続けた。

 

「私の幼馴染が——マグノリアという女性が、二年前にその街を目指して姿を消しました」

 

「彼女は感染者です。源石病が進行していて、このままでは長く生きられない。だから、ウイユヴェールの噂を聞いて……」

 

アーネストは言葉を切った。

マグノリアの顔が脳裏に浮かぶ。いつも穏やかに笑っていた幼馴染。領地の子供たちに読み書きを教え、病人の世話を厭わなかった。

感染が発覚した後も、彼女は変わらなかった——ただ、アーネストの前では時折、寂しそうな目をするようになった。

 

「二年前、彼女は私に手紙を残して姿を消しました」

 

アーネストは懐から、折り畳まれた紙を取り出した。何度も読み返したせいで、端が擦り切れている。

 

『夜が明けたら、私は旅立ちます。

 

あなたがこれを読む頃、私はもう、どこか遠くにいるでしょう。

星が消えて、空が白んで——あなたが目を覚ます頃には。

 

ずっと、言えなかったことがあります。

でも、言わないまま逝くのは卑怯だから。

 

私は、あなたの隣にいる時間が、好きでした。

それだけ。それだけで、よかったのです。

 

だから——どうか、迎えに来ないでください。

あなたには、陽の当たる場所で生きてほしい。

私のような影を追って、暗い道に迷い込まないで。

 

さようなら、アーネスト様。

どうか、幸せに。

 

               マグノリア』

 

「……それでも、探しに来たのか」

 

「忘れられるはずがありません」

 

アーネストの声には、静かな怒りが滲んでいた。

 

「二年間、彼女の足跡を追いました。噂を集め、感染者コミュニティを訪ね歩き、手がかりを探し続けました。家族の反対を押し切って」

 

アーネストは手紙を胸元にしまった。

 

「……周りからは、止められました。もう諦めろと。彼女はとっくに死んでいると。でも——」

 

彼女は私の——

 

アーネストは言いかけて、やめた。何と言えばいいのか、自分でも分からなかった。

 

「……大切な人です。それだけです」

 

ドクターは少し間を置いて、頷いた。フードの奥で、何かを考えているようだった。

 

「目的地は同じか。であれば——」

 

「協力しませんか」

 

アーネストが先に言った。

 

「私にはアーツがあります。戦力として役に立てる。それに、感染者の間で多少の信頼もあります——貴族ですが、彼らを恐れません。あなたたちには医療技術と人員がある。協力すれば、お互いに利益があるはずです」

 

ドクターは少し間を置いて、答えた。

 

「……いいだろう。ただし、一つ条件がある」

 

「条件?」

 

「調査に同行する以上、指揮系統には従ってもらう。危険な判断は、私が下す」

 

アーネストは一瞬だけ考えた。だが、答えは決まっていた。

 

「……分かりました。ただし、マグノリアに関することは、私に任せてください」

 

「ああ」

 

ドクターは立ち上がり、手を差し出した。

 

「協力関係の成立だ」

 

アーネストはその手を握った。

 

黒いフードの奥に隠された顔は見えないが——握手の力は、誠実なものだった。

 


 

テントの奥から、一人の老人が這い出てきた。

白髪の、痩せた男だ。首筋に小さな源石の結晶がいくつか浮かんでいる——感染から数年といったところだろうか。

 

「あの……お話を、聞いていました」

 

老人は震える声で言った。

 

「ウイユヴェールの話……私、知っています」

 

アーネストとドクターが振り返る。老人は膝をついて、涙を流していた。

 

「私の息子が……半年前に、あの街へ向かいました」

 

「息子さんが?」

 

「はい。息子も感染者で……村にいられなくなって。どこへ行っても追い出されて、居場所がなくて。それで、ウイユヴェールの噂を聞いて……」

老人は震える手で、自分の胸を押さえた。

 

「出発する前の晩のことです。息子は荷物をまとめながら、私にこう言いました」

 

ハンスは目を閉じた。あの夜のことを、一言一句思い出そうとしているようだった。

 

「『父さん、俺はもう限界だ。どこへ行っても追い出される。仕事も、住む場所も、何もかも奪われる。このまま朽ちていくのを待つくらいなら——俺は、あの街を目指す』」

 

老人の声が震えた。

 

「私は止めました。噂だけの街を信じるのかと。源石嵐の中で死ぬだけだと。でも息子は——」

 

ハンスは拳を握りしめた。

 

「『父さんは俺に死ねと言うのか』と。『ここにいても死ぬ。あの街を目指しても死ぬかもしれない。だったら俺は、希望がある方を選ぶ』と」

 

アーネストは黙って聞いていた。その言葉は、マグノリアが残した手紙と重なった。

 

「最後に息子はこう言いました。『父さん、俺は必ずあの街に辿り着く。そこで待ってるから、父さんも来てくれ。……今度こそ、一緒に暮らそう』と」

 

一緒に暮らそう。

 

その言葉に、ハンスは崩れ落ちた。

 

「息子が感染してから、私は向き合えなくなりました。息子の苦しむ姿を見るのが辛くて……自分の無力さが恥ずかしくて。同じ家に住んでいたのに、顔を合わせることすら避けて。自分の息子なのに……」

 

嗚咽が漏れた。

 

「息子は気づいていました。私が逃げていることを。それでも何も言わなかった。最後の夜まで、何も……」

 

「それきり……連絡は?」

 

「ありません。手紙を出しても届くはずがない。あの街がどこにあるのかも分からないのですから」

老人は嗚咽を漏らした。

 

「でも、息子が出発した後……同じ方角を目指した感染者と会ったことがあります。その人は、嵐の中で光を見たと言っていました。白い石造りの街が、蜃気楼のように浮かんでいたと」

 

アーネストは老人の肩に手を置いた。

 

「息子さんの名前は?」

 

「トーマス……トーマス・ベルントと言います。私はハンス・ベルント」

 

「分かりました。ウイユヴェールに着いたら、必ずトーマスさんを探します」

ハンスはアーネストの手を握りしめた。

 

「お願いします……お願いします……」

 


 

夜が更けて、医療テントの外に臨時の作戦会議場が設けられた。

ドクターが地図を広げる。メテオとイプセン、そしてアーネストが囲む。

 

「ウイユヴェールの推定位置は、ここだ」

 

ドクターの指が、地図の空白地帯を示した。

ヴィクトリアとリターニアの国境、砂漠地帯の奥。

 

「衛星観測でも確認できない領域だ。常に源石嵐が吹き荒れていて、通常の手段では接近できない」

 

「衛星で確認できないのに、どうして位置が分かるのですか?」

 

アーネストが尋ねた。

 

「三日前、我々の観測機器がこの地域で異常を検知した」

ドクターが答えた。

「一瞬だけ、建造物のような影が映り込んだ。位置は特定できている」

 

メテオが補足した。弓を背負った、鋭い目つきの女性だ。

 

「感染者の目撃証言とも一致するわ。複数の感染者が、嵐の中に光を見たと証言している。問題は——」

彼女は地図の空白地帯を指で示した。

「位置は分かっていても、源石嵐を突破する方法がないことよ」

 

「光……」

アーネストは呟いた。マグノリアも、その光を目指して行ったのだろうか。

 

「通常の防護装備では、数分で肺が結晶化する」

ドクターが続けた。

「我々は特殊な防護措置を用意しているが、それでも長時間の滞在は危険だ」

 

「どのくらい持つのですか?」

 

「最大で六時間。ただし、往復の移動時間を考えると、現地での活動限界は二時間半程度だ」

アーネストは地図を見つめた。二時間半。その短い時間で、何ができるのか。

 

ドクターは端末を操作し、過去の観測データを呼び出した。

 

「嵐には周期がある。過去三ヶ月分の源石嵐の発生パターンを分析した」

画面に波形のようなグラフが表示される。不規則に見える嵐の動きの中に、微かな規則性が浮かび上がっていた。

 

「明日の夜明け——この時間帯に、嵐が最も弱まる。突破するならここだ」

ドクターが地図の一点を指差した。

 

「その分析は確かなのですか?」

 

アーネストが尋ねる。

 

「完璧ではない。だが、成功確率が最も高いタイミングだ」

 

「嵐が弱まったとしても、障害がなくなるわけじゃないわ」

メテオが補足した。

「源石の塊や、変異した生物が行く手を塞ぐ可能性がある。その場合は——」

彼女は背負った弓に手を触れた。

 

「私の装備で道を切り開く。特殊なアーツ装置があるの。遠距離から障害を排除できるわ」

 

「威力はどの程度なのですか?」

アーネストが尋ねる。

 

「笑っちゃうぐらいよ。ただし、使用回数には限りがある。ここぞという時にしか使えないわ」

 

「了解した」

ドクターが頷いた。

「メテオの支援を軸に、嵐を突破する。明日の夜明けに出発だ」

 


 

翌朝、医療テントに救出された感染者たちが集められた。

ドクターが前に立ち、静かに語りかける。

 

「これから、ウイユヴェールへの調査隊を編成する。皆には、選択肢がある」

 

感染者たちがざわめく。

 

「調査隊に同行するか、ロドスアイランドで保護を受けるか——どちらかを選んでくれ。強制はしない。どちらを選んでも、我々は支援する」

 

沈黙が落ちた。

 

最初に動いたのは、ヴェルナー一家だった。

父親は担架に横たわり、母親がその手を握っている。娘のエルザが、震える声で言った。

 

「私たちは……ロドスへ行きます」

 

「エルザ……」

 

「お父さんは怪我をしています。源石嵐を越える体力がない。だから……」

エルザは涙を堪えながら、アーネストに頭を下げた。

 

「あの街のこと、教えてください。私たちの分まで……どうか」

 

アーネストはエルザの肩に手を置いた。

 

「約束します。必ず、あの街のことを伝えます」

 

次に動いたのは、ハンスだった。

「私は……行きます」

周囲が驚く。老いた感染者が、源石嵐を越えようというのか。

 

「息子の話をしておいて、自分だけ安全な場所にいるなど……できません」

ハンスは震えながらも、しっかりと立っていた。

「この目で確かめたいのです。トーマスが……本当にあの街にいるのか」

 

ドクターはハンスをじっと見つめた。そして、静かに頷いた。

 

「分かった。ただし、危険な場面では必ず指示に従ってくれ」

 

「ありがとうございます……ありがとうございます……」

ハンスが涙を流す。その時——

 

「私も、行きます」

 

凛とした声が響いた。

 

マニュエラだった。銀色の髪を揺らしながら、アーネストの前に進み出る。その動きは滑らかで、まるで最初からそこに立つことが決まっていたかのようだった。

 

「アーネスト様が行かれるなら、私も参ります」

 

「マニュエラ……」

 

アーネストは戸惑った。マニュエラとの再会は、つい昨日のことだ。

 

二年前。ブランシェ村で暴徒に襲われていた感染者の家族を、アーネストは助けた。

その中に、右腕を砕かれた少女がいた。銀色の髪の、十五歳の娘。それがマニュエラだった。

 

あの時は必死だった。暴徒を退け、医療班を呼び、怪我人の手当てをして——それで終わりだと思っていた。

 

だが、マニュエラはアーネストを忘れなかった。

 

二年間、マニュエラはアーネストの噂を追い続けていたのだという。各地を転々としながら、いつかまた会えると信じて。そして昨日——感染者の野営地で、ついに再会を果たした。

 

『アーネスト様』

 

その名を呼ぶマニュエラの声には、震えがあった。義肢となった右腕を胸に抱くようにして、彼女はアーネストを見つめていた。

 

『……ずっと、探していました』

 

アーネストは戸惑った。あの時、自分がしたことは——当然のことだった。領主として、民を守る。それだけのことだ。

 

だがマニュエラにとっては、違ったのだろう。

 

再会してからというもの、マニュエラは常にアーネストの傍にいた。食事の時も、休憩の時も。まるで影のように寄り添い、アーネストの一挙一動を見つめている。

 

その献身には、どこか痛々しいほどの真摯さがあった。

 

「この身は、アーネスト様のためにあります。どうかお使いください」

 

マニュエラの声が、アーネストを現実に引き戻した。

 

その目には、異様な決意が宿っていた。アーネストを見つめるその瞳には、何か——底知れないものがあった。

 

アーネストは言葉に詰まった。

使う、とはどういう意味だろう。彼女は自分をまるで道具のように言っている。

 

「マニュエラ、そんな言い方は……」

 

「二年前、あなたは私を救ってくださいました」

 

マニュエラは静かに言った。

 

「父を失い、弟は片目を失い、私は右腕を失った——あの夜、私たちは死ぬはずでした。でも、アーネスト様が来てくださった」

 

その声は穏やかだったが、底に流れる感情は深かった。

 

「『誰も傷つけさせません』——あの言葉を、私は一日も忘れたことがありません」

 

マニュエラの目が、真っ直ぐにアーネストを見つめる。

 

「母も弟も妹も、今は安全な場所にいます。私の大切な家族です。でも——アーネスト様は、それとは違うのです。私の命を救っただけではない。私に、生きる意味をくださった」

 

周囲の感染者たちが、微かに身じろぎした。マニュエラの言葉の重さに、どこか圧倒されたのだ。だが、誰も口には出さなかった。

 

「この恩は、必ずお返しします。どうか——私を、お傍に置いてください」

 

マニュエラは深く頭を下げた。

 

アーネストは困惑しながらも、結局は折れた。この娘を置いていくことなど、できるはずがない。

 

「……そこまで言うのなら。一緒に来てください」

 

マニュエラの顔に、笑みが浮かんだ。

 

それは心からの笑みだった。二年間、待ち続けた言葉をようやく聞けたかのような——純粋な喜びの表情。

 

その時、テントの入口からメテオが顔を出した。

 

「アーネスト、準備は——」

 

メテオの言葉が途切れた。

 

マニュエラの視線が、一瞬だけ鋭くなったのだ。獲物を見定める獣のような、冷たい目。すぐに元の穏やかな表情に戻ったが、メテオは確かにそれを見ていた。

 

「……何でもないわ。出発の準備ができたら教えて」

 

メテオは踵を返した。背中に、じっとりとした視線を感じる。

 

(何、あの娘……)

 

振り返りはしなかった。だが、胸の奥に小さな棘が刺さったような、嫌な感覚が残った。

 


 

夜明け前。

 

調査隊は出発の準備を整えていた。

編成は、ドクター、メテオ、イプセン、アーネスト、マニュエラ、ハンス、そして医療オペレーター二名。ロドスの車両が、源石嵐の入口まで彼らを運ぶ。

 

ヴェルナー一家と他の感染者たちは、別の車両でロドスアイランドへ向かう。

エルザが窓から手を振っていた。

 

「気をつけて! 必ず戻ってきてください!」

 

アーネストは手を振り返した。

車両が動き出す。窓の外には、まだ暗い空が広がっている。東の地平線に、わずかに白い光が見え始めていた。

 

「アーネスト様」

 

隣に座ったマニュエラが、小さく呟いた。

 

アーネストは窓から視線を戻した。

 

「必ず、あの街に辿り着きましょう。あなたの大切な方を、見つけましょう」

 

アーネストは頷いた。

 

マグノリア。

 

二年前、あなたは私に言った。『迎えに来なくていい』と。

でも、私は来た。あなたを探して、ここまで来た。

 

あなたがいなくなってから、私は夜が怖くなった。

眠れば夢を見る。あなたが嵐の中で倒れている夢。あなたが私の名前を呼んでいる夢。手を伸ばしても届かない、あの夢。

 

だから、眠らなかった。眠る代わりに、あなたの手がかりを探した。どこかで生きているはずだと、自分に言い聞かせながら。

 

周りの人間は、私を狂っていると言った。二年も前に消えたヒトを追いかけるなんて、と。

でも、狂っているのは私じゃない。あなたを忘れられる方が、おかしいのだ。

 

あなたの笑顔を。あなたの声を。あなたが私の名前を呼ぶ、あの柔らかな響きを——忘れられるはずがない。

 

だから——待っていて。

必ず、あなたの元へ帰る。

 

車両は東へ向かって走り続けた。

源石嵐の紫色の壁が、地平線に見え始めていた。

 


 

新しい旅が、始まる。

蜃気楼の街を目指して——それぞれの「帰還」を求めて。

 

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