| 推奨平均レベル 昇進1 LV.20 | |
源石嵐の正体は幻影だった。だが嵐よりも恐ろしいものが、一行を待ち受けていた。 | |
演習 行動開始 | |
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源石嵐の正体は幻影だった。だが嵐よりも恐ろしいものが、一行を待ち受けていた。 | ||
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源石嵐の境界線は、まるで世界の終わりのようだった。
紫色の粉塵が巨大な壁を形成し、空を覆い隠している。
時折、稲妻のような光が走り、オリジニウムの結晶柱が無秩序に成長していく様が見えた。
「ここから先は未知の領域だ」
ドクターが振り返り、一行を見渡した。
「防護措置は完璧ではない。異常を感じたら、すぐに報告しろ」
医療班のオペレーターが、一人ずつに特殊なマスクと防護服を配布していく。
源石粉塵を吸い込めば、数分で肺が結晶化する——それを防ぐための装備だ。
「アーネスト様」
マニュエラがアーネストの傍に寄り、防護服の装着を手伝った。
「私が前を歩きます。何かあれば、すぐにお知らせします」
「ありがとう、マニュエラ。でも無理はしないで」
「無理などしておりません」
マニュエラは微笑んだ。だがその目は、アーネスト以外の誰も見ていなかった。
ハンスは震える手で防護マスクを装着していた。
老いた体には、この旅は厳しい。だが彼の目には、確固たる意志があった。
「息子に……会えるんですね」
「ええ」アーネストがハンスの肩に手を置いた。「必ず、トーマスさんを見つけましょう」
「準備はいいか」
イプセンが低い声で言った。彼は防護装備を最小限しか身につけていない。
メテオが眉をひそめる。
「イプセン、それで大丈夫なの?」
「問題ない」
それ以上の説明はなかった。イプセンは常に、多くを語らない。
「では、出発だ」
ドクターが先頭に立ち、一行は紫色の壁へと踏み込んでいった。
嵐の中は、想像していたよりも静かだった。
視界は紫色の粉塵に遮られ、数メートル先も見えない。
だが風は穏やかで、装備が引き裂かれるような暴風は吹いていなかった。
「おかしい」
数分歩いたところで、ドクターが足を止めた。
手元の計測器を見つめ、眉をひそめる。
「源石濃度が——予測の10分の1以下だ」
「何ですって?」
メテオが自分の計測器を確認する。数値は同じだった。
「本当ね……この程度なら、通常装備でも数時間は持つわ」
「では……この嵐は、実体がないということですか?」アーネストが尋ねた。
「幻術か」
イプセンが呟いた。彼の目は、周囲の紫色の粉塵を注意深く観察していた。
「この嵐は見せかけだ。実体がない」
「幻術……?」
ドクターが顎に手を当てる。
「街を隠すための幻影、か。近づく者を威嚇し、追い返すための門番——」
「源石嵐だと思い込んで、誰も近づかない」
メテオが続けた。「賢いわね。嵐を突破する勇気のある者だけが、街に辿り着ける」
アーネストは周囲を見回した。
紫色の粉塵は相変わらず視界を遮っているが、確かに——風は穏やかで、装備への負担も感じない。
ハンスが呆然と呟いた。
「では……息子も、この幻影を突破したのでしょうか」
「おそらくは」ドクターが頷いた。「防護装備なしで源石嵐に突入すれば、普通は数分で死ぬ。だが幻影なら——生きて通り抜けられる」
ハンスの目に、光が宿った。息子が生きている可能性。それは老人にとって、何よりの希望だった。
「マグノリアも……これを見抜いて、街に辿り着いたのでしょうか」
アーネストの声には、祈りにも似た響きがあった。
「可能性はある」ドクターが答えた。「幻影を見破れなくても、強行突破すれば通り抜けられる」
「だが」イプセンが低く言った。「問題は、なぜこんな幻影を張っているかだ」
全員の視線がイプセンに集まる。
「外部の者を拒んでいる。何かを——あるいは誰かを、守るために」
「感染者を守るため?」メテオが首を傾げた。
「分からんな」イプセンは首を振った。「だが、何かを隠しているのは確かだ」
「問題は規模だ」ドクターが顎に手を当てた。「これほど広範囲の幻影を維持するには、相当なアーツ適性が必要になる。個人の力では不可能に近い——何らかの術式装置か、あるいは複数の術師が協力しているか」
沈黙が流れた。
街を守る幻影。それを維持する何者か。感染者たちはそこへ向かい——誰も戻ってこない。
「……考えても仕方ないわね」メテオが肩をすくめた。「行ってみれば分かることよ」
「ああ」ドクターが頷いた。「だが警戒は怠るな。これほどの幻影を維持している連中が、我々を歓迎するとは限らない——」
その時、地面が揺れた。
「何か来る!」
メテオが叫び、弓を構えた。
砂塵の向こうから、巨大な影が現れた。
最初に見えたのは、6本の脚だった。
大地を踏みしめるたびに、地面が震える。
そして——その全容が姿を現した。
「……何だ、あれは」
アーネストが息を呑んだ。
体長15メートルはあろうかという、甲殻類のような生物。
源石結晶が全身を覆い、紫色に輝いている。巨大な鋏は岩を砕き、6本の脚は大地を割るほどの重量を支えている。
そして——その背には、さらに小型の変異生物が数十匹、蠢いていた。
「源石汚染生物」ドクターが低く言った。「幻影の嵐の中で、何年も生き延びてきた個体だ」
「嵐が幻影でも、こいつは本物か」イプセンが剣を抜いた。
「散開!」
ドクターが即座に指示を飛ばす。
「ハンスと医療班を守れ。前衛はあの巨体を引きつけろ」
「ハンスさん、こちらへ!」
アーネストは即座に動いた。老人の手を取り、近くの岩陰へ誘導する。
「ここに隠れていてください。絶対に動かないで」
「し、しかし——」
「大丈夫です。私たちが何とかします」
アーネストが振り返ると、マニュエラが既に前に立っていた。
義肢の右腕を構え、小型生物を迎え撃つ姿勢だ。
「アーネスト様は下がってください。私が守ります」
「マニュエラ——」
「お願いです」
その声には、有無を言わせぬ響きがあった。
小型生物の群れが、四方から押し寄せてくる。
マニュエラの目が変わった。
普段の穏やかさは消え、代わりに冷たい集中が宿る。義肢の右腕が微かに唸りを上げ、内蔵された機構が起動した。
最初の一体が飛びかかってきた。
マニュエラは半歩だけ動いた。最小限の動きで攻撃をかわし、義肢を振り抜く。金属の拳が小型生物の頭蓋を粉砕した。
二体目。三体目。
マニュエラは淡々と処理していく。その動きには迷いがなかった。二年間、感染者として各地を転々とする中で身につけた生存術。弱者のふりをしながら、必要な時だけ牙を剥く——そうやって生き延びてきた。
だが今は違う。
守るべき人がいる。アーネストがいる。
「——来なさい」
マニュエラの声は静かだった。だがその目は、獲物を見定める獣のように鋭い。
小型生物が群れをなして押し寄せる。マニュエラは一歩も退かなかった。義肢が唸り、拳が閃く。叩き潰し、薙ぎ払い、踏み砕く。
アーネストは、その姿を呆然と見ていた。
あの控えめで献身的な娘が——こんな戦い方をするとは。
「マニュエラ……」
「大丈夫です、アーネスト様」
マニュエラは振り返らずに答えた。声は穏やかだったが、手は止まらない。
「あなたを守ることが、私の生きる理由ですから」
その言葉には、どこか狂気じみた確信があった。
同時に、メテオの弓が唸りを上げた。
彼女の腰には、二種類の装備が並んでいた。
一つは透明なガラス製の小瓶——マジックボトル。もう一つは金属製の小さな筒——カートリッジ。
マジックボトルは、特殊なアーツの術式を刻んだ特殊な容器だ。単体では機能しない。ボトルにカートリッジを装填し、矢に取り付けて射出。着弾と同時にカートリッジが砕け、ボトルの術式が起動する——弓使いでありながら術師の火力を併せ持つ、メテオ独自の戦闘スタイル。
メテオは腰から一つのボトルを取った。
淡い青色のガラス——側面に「コメット」の刻印。
続いてカートリッジを一本抜き取る。
カチン。
ボトルの底部にカートリッジを差し込む。ロック機構が噛み合い、術式が起動する微かな振動。
起動準備完了。
メテオはボトルを矢尻に装着し、弦を引き絞った。
狙いは小型生物の群れの中心。
放たれた矢は、正確無比な軌道を描いて飛翔した。
一切のブレなく、計算し尽くされた弾道。
それがカジミエーシュ随一の狙撃手と謳われた女の技量だった。
着弾。
カートリッジが砕け散り、ボトルの術式が起動する——何もない空中に、光が生まれた。
隕石だ。
人の頭ほどもある岩塊が、次々と虚空から出現する。
一つ、二つ、三つ——十を超え、なお増え続ける。
燃え盛る隕石群が、小型生物の群れに降り注いだ。
爆発。炎。悲鳴。
一射で十数体が吹き飛ばされる。
だが——それでも数が多い。
「キリがないわ!」メテオが叫ぶ。「親玉を倒さないと!」
巨大生物は、ゆっくりとメテオたちの方へ向かっていた。
6本の脚が大地を踏みしめるたびに、地面が震える。
そして——前脚を振り上げた。
「来る!」
ドクターが警告を発する。だが遅い。
巨大な鋏が、メテオたちのいる方向へ振り下ろされる。
「危ない!」
アーネストが叫んだ。
その一撃は——岩を砕き、大地を割るほどの威力。
直撃すれば、誰も生き残れない。
その時、イプセンが動いた。
巨大生物の前に躍り出ると、盾を構える。
ロドスから支給された近代的な装備——だが、その動きには淀みがなかった。
何かを呟いた——聞き取れない言葉。
次の瞬間、イプセンの体を淡い光が包み込んだ。
轟音。
15メートルの巨体が繰り出した全力の一撃が、イプセンの盾に叩きつけられる。
衝撃波が周囲の砂塵を吹き飛ばす。
地面に亀裂が走り、岩が砕け散る。
だが——イプセンは微動だにしなかった。
その瞬間、アーネストは見た。
衝撃が盾に叩きつけられた刹那——イプセンの姿が、一瞬だけ変わった。
近代的な装備ではない。重厚な甲冑、古めかしい意匠の盾、マントを翻す騎士の姿。
まるで演劇の舞台から抜け出してきたような、古典的な騎士の姿が——
瞬きの間に、それは消えた。
目の前にいるのは、いつもの軽装のイプセン。
だが確かに見えた。あの一瞬、別の姿が重なっていた。
「……は?」
メテオが声を失った。
あり得ない。あの質量、あの速度の攻撃を、人間が正面から受け止められるはずがない。
だが目の前で、それは現実に起きていた。
イプセンの体を覆う淡い光——それが、攻撃を完全に無効化していた。
巨大生物が体勢を崩した。全力の一撃を受け止められ、動揺している。
その隙を、イプセンは逃さなかった。
盾を投げる。
回転しながら飛んだ盾が、巨大生物の頭部に直撃した。
——シールドロブ。
巨大生物が怯む。
イプセンは戻ってきた盾を受け止め、即座に距離を詰めた。
盾を叩きつける。
鈍い衝撃音と共に、巨大生物の動きが完全に止まった。
——シールドバッシュ。
「動きが止まった!」メテオが叫ぶ。
「今だ」
ドクターが低く言った。
「撃て」
メテオは腰のホルダーに手を伸ばす。通常のボトルではない——最奥に収められた、赤と青の二層構造を持つ特殊なボトル。
ソウルレゾナンス。最大出力の切り札。
だが、このボトルには通常の三倍のカートリッジが必要だ。
メテオはカートリッジを三本抜き取った。
カチン。一本目。
カチン。二本目。
カチン。三本目。
ボトルの三つの装填口に、次々とカートリッジを叩き込む。
三重のカートリッジがボトル内で共鳴し、術式回路が唸りを上げた。ボトル全体が淡い光を纏い、起動準備が整う。
ボトルを矢尻に装着。弦を引き絞る。
イプセンが隙を作った。この瞬間を逃せば、次はない。
息を吐く。狙いを定める。
放たれた矢が、巨大生物の胸部に着弾する。
最初に訪れたのは、灼熱だった。
——フレアスター。
着弾点を中心に、炎の渦が生まれた。
最初は拳大の火球。それが一瞬で膨れ上がり、巨大生物の胸部を覆い尽くす。炎は生き物のように這い広がり、六本の脚を、背中を、頭部を——全身を灼熱で包み込んでいく。
源石結晶の装甲が赤く焼ける。紫色だった結晶が、橙に、白に、色を変えていく。熱に耐えきれず、装甲に無数の亀裂が走った。
巨大生物が苦悶の叫びを上げた。
六本の脚が暴れ、大地を踏み砕く。だが炎は消えない。メテオのアーツが生み出した業火は、獲物を逃がさない。
だが、それは始まりに過ぎない。
次の瞬間——炎が凍りついた。
——グレイシャルスター。
メテオのボトルから放たれた蒼白い光が、炎に包まれた巨体を貫く。
灼熱から極寒へ。その変化は、瞬きひとつの間に起きた。
赤々と燃えていた炎が、根元から凍りつく。炎の形を保ったまま、氷の彫刻と化していく。白い霜が這い広がり、巨大生物の全身を覆った。
熱で焼けた装甲が悲鳴を上げた。急激な温度変化に耐えきれず、亀裂が亀裂を呼ぶ。氷結した源石結晶が、ぱきぱきと音を立てて罅割れていく。
巨大生物は逃れようともがいた。だが、六本の脚はすでに凍りついていた。関節が、筋肉が、内臓が——すべてが凍結に蝕まれていく。
そして——砕けた。
最初は小さな破片。それが連鎖するように広がり、氷結した装甲が内部から爆ぜた。まるで砕け散る氷像のように、15メートルの巨体が崩壊していく。
凍った肉片が、砕けた結晶が、冷たい霧となって舞い散る。
断末魔の叫びすら上げることなく——源石汚染生物は、大地に倒れ伏した。
残った小型生物は、親玉の死に動揺して散り散りになった。
アーネストとマニュエラが逃げ遅れた数体を斬り伏せ、戦闘は終結した。
「……今の、何?」
アーネストは呆然としていた。
イプセンの異常な防御力。そしてメテオの——あの、規格外の火力。
二人とも、人間の域を超えている。
アーネストがイプセンに近づいた。
「……昔取った杵柄だ。気にするな」
イプセンは少し間を置いて答えた。
「気にするなって……あんな攻撃を無傷で受け止めて……」
「無傷じゃない。痛みはある」
イプセンは肩をすくめた。
「それに、あれは一時的なものだ。何度も使えるわけじゃない」
メテオとドクターが顔を見合わせる。
イプセンの正体——彼らもまだ、その全容を知らない。
ロドスに協力を申し出てきた時、彼は自分を「冒険者」と名乗った。
どこから来たのか、何者なのか——多くを語らなかった。
だが確かなことが一つある。
この男は、常人ではない。
「……先を急ごう」
ドクターが促した。
「嵐が幻影なら、時間の余裕はある。だが、こういう生物がまた現れないとも限らない」
「ハンスさん、大丈夫ですか?」
アーネストが岩陰に声をかけると、ハンスが震えながら出てきた。
「は、はい……なんとか……」
「怪我はありませんか?」
「ありません。あなた方のおかげです」
ハンスはイプセンとメテオを見た。その目には、畏怖と感謝が混じっていた。
「あの方たちは……一体……」
「私にも分かりません」アーネストは正直に答えた。「でも、味方であることは確かです」
イプセンの不可思議な防御。メテオの過剰な火力。
どちらも、アーネストの常識を超えていた。
一行は再び歩き始めた。
アーネストは、イプセンの背中を複雑な思いで見つめていた。
あの力は何なのか。彼は何者なのか。
だが今は、先を急ぐべきだ。
マグノリアが待っている——かもしれない。
紫色の幻影の中を、一行は進み続けた。
幻影の嵐は、奇妙な美しさを持っていた。
紫色の粉塵が風に舞い、光を屈折させる。時折、虹のような光が視界を横切った。源石結晶が放つ燐光が、幻想的な景色を作り出している。
だがそれは、死の風景だ。本物であれば。
「不思議な気分ですね」
アーネストが呟いた。
「これが本物の源石嵐なら、私たちはもう死んでいる。でも幻影だと分かっていても、怖さは消えない」
「当然だ」イプセンが前を向いたまま答えた。「幻影でも、恐れる心は本物だからな」
「恐れる心……」
「恐怖は生存本能だ。否定する必要はない」
イプセンは淡々と語った。
「大事なのは、恐怖に支配されないこと。怖いと感じながらも、足を止めないことだ」
メテオが横から口を挟んだ。
「イプセン、たまにいいこと言うわね」
「たまに、は余計だ」
「いつも無口なくせに」
軽口の応酬に、アーネストは少し救われた気がした。
ハンスは黙々と歩いていた。老いた体には堪える旅路だが、足取りは確かだ。息子に会うという目的が、彼を支えている。
マニュエラはアーネストの半歩後ろを歩いていた。常に視線を配り、危険がないか警戒している。その献身は変わらないが——戦闘で見せた別の顔が、アーネストの記憶に焼き付いていた。
ドクターが足を止めた。
「あれを見ろ」
指差す先——幻影の向こうに、淡い光が見えた。
街の灯りだ。
「まだ距離はあるな」イプセンが目を細めた。「だが、方角は分かった」
アーネストの胸に、希望が灯った。
あの光の先に、マグノリアがいるかもしれない。二年間探し続けた幼馴染が——
「行きましょう」
アーネストは前を向いた。
一行は再び歩き始める。光に向かって、一歩ずつ。
ウイユヴェールへの道は、もうすぐそこだ。
| 透 | イプセン。冒険者だ。……まあ、この地では通じにくいか。何でも屋、と思ってくれればいい。よろしく頼む、ドクター。 | 明 |