| 推奨平均レベル 昇進1 LV.30 | |
廃墟で見つけた辿り着けなかった者たちの痕跡。焚き火を囲み、それぞれが旅の目的を語る夜。 | |
演習 行動開始 | |
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廃墟で見つけた辿り着けなかった者たちの痕跡。焚き火を囲み、それぞれが旅の目的を語る夜。 | ||
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幻影の嵐は、奇妙な静けさに包まれていた。
紫色の粉塵は相変わらず視界を遮っているが、その脅威が虚構だと知った今、一行の足取りは軽くなっていた。
「あの戦闘から6時間か」
ドクターが時計を確認する。巨大生物との死闘は、一行に少なからぬ消耗を強いた。イプセンとメテオの奮戦がなければ、今頃どうなっていたか分からない。
「まだ歩けますか?」
アーネストがハンスに声をかける。老人は疲労の色を隠せないが、頷いた。
「大丈夫です。息子に会うまでは、この足は止まりません」
その時、メテオが前方を指差した。
「何かある。建物……いえ、テント?」
幻影の向こうに、人工物の輪郭が浮かんでいた。
それは、廃墟だった。
十数張りのテントが、砂塵に半ば埋もれている。焚き火の跡、散乱した荷物、放置された水筒——かつてここに人が住んでいた痕跡。
だが、住人の姿はどこにもない。
「感染者の野営地だな」
イプセンが周囲を見回しながら言った。
ドクターがテントの一つに近づき、中を覗き込んだ。
「……」
その表情が、強張った。
「……見ない方がいい」
だがアーネストは、ドクターの警告を無視してテントに近づいた。そして——息を呑んだ。
引き裂かれた衣服。乾いた血痕。砂に半ば埋もれた、小さな靴。
「これは……」
「変異生物だ」ドクターが低い声で言った。「源石病ではない。我々が倒したような獣に襲われたのだろう」
アーネストは黙って、その場に立ち尽くした。
ドクターは別のテントで未投函の手紙を見つけた。
「もう少しでウイユヴェールに着く。そこで待っていて」
手紙の主は、辿り着けなかった。
「嵐が幻影でも、あの生き物は本物だった」
ドクターの声は重かった。
「彼らは嵐ではなく、獣に殺された」
アーネストは黙々と遺品を整理していた。
散らばった荷物を一箇所に集め、壊れたテントを畳み、遺留品に砂をかける。せめてもの弔いのつもりだった。
その手は、微かに震えていた。
テントの隅に、小さな木彫りの人形が落ちていた。子供のものだろう。砂埃にまみれているが、丁寧に作られた品だ。誰かが、誰かのために彫ったもの。
アーネストはそれを拾い上げ、砂を払った。
マグノリアも、こうした危険を冒してウイユヴェールへ向かったのだろうか。無事に辿り着けたのだろうか。この野営地の住人たちのように、途中で——
考えたくなかった。だが、考えずにはいられなかった。
ふと、領地での日々が蘇る。
マグノリアは、いつも子供たちに囲まれていた。領地の片隅にある小さな教室で、読み書きを教えていた。貴族の娘でありながら、感染者の子供たちにも分け隔てなく接した。
『アーネスト様、見てください。この子、ようやく自分の名前が書けるようになったんですよ』
嬉しそうに報告するマグノリアの顔を、アーネストは今でも覚えている。子供の頭を撫でながら、まるで自分のことのように喜んでいた。
あの頃のマグノリアは、まだ健康だった。
ある日、アーネストが教室を覗くと、マグノリアは一人の少年と向き合っていた。感染者の子供だ。他の子供たちに避けられ、隅で俯いている。
マグノリアは何も言わずに、その子の隣に座った。自分の昼食——パンとチーズを半分に割って、差し出した。
『食べて。一人で食べるご飯は、味がしないでしょう?』
少年は最初、怯えた目でマグノリアを見ていた。だが彼女が微笑むと、おずおずと手を伸ばした。
翌日から、その少年は一番前の席に座るようになった。
マグノリアには、そういう力があった。言葉ではなく、ただ傍にいることで人を救う力。アーネストには真似できないものだった。
感染が発覚したのは、七年前の冬だ。
最初は小さな結晶だった。左の肩甲骨のあたりに、紫色の鉱石が芽吹いていた。医師の診断は、残酷なほど簡潔だった。
『源石病です。進行は緩やかですが……治療法はありません』
マグノリアは泣かなかった。ただ静かに頷いて、翌日からまた教室に立った。
貴族の令嬢という立場が、数か月は彼女を守った。結晶は服で隠せる場所にあったし、医師も口が堅かった。だが、源石病は進行する。隠し通せる期間には、限りがあった。
やがて周囲の目は変わった。貴族の令嬢が感染者になった——その噂は、一度広まれば止められなかった。かつて彼女を慕っていた者たちも、距離を置くようになった。
だがマグノリアは、変わらなかった。
『私が怖いなら、無理に近づかなくていいのよ』
そう言って、穏やかに笑った。責めるでもなく、悲しむでもなく。ただ、相手の恐怖を受け入れて。
アーネストは、その強さに胸が痛んだ。どうしてそんなに穏やかでいられるのか。どうして怒らないのか。
ある夜、アーネストは気づいていた。
夜になると、マグノリアは一人で庭に出て、月を見上げていた。何かを祈るように、あるいは何かに別れを告げるように。
声をかけようとして、何度も躊躇った。何を言えばいいのか分からなかった。
——結局、私は何もできなかった。
あの夜、マグノリアが何を想っていたのか。今になって聞きたいことが山ほどある。
だが、聞く相手は、もういない。
いや、まだ分からない。まだ——
「大丈夫?」
声と共に、肩に温かな手が触れた。
メテオだった。
「顔色が悪いわ」彼女の声は優しかった。「少し休んだ方がいい」
「……ありがとうございます。でも、大丈夫です」
アーネストは微笑もうとした。だが、うまく笑えなかった。
その時——
「アーネスト様」
マニュエラが割り込むように進み出た。
「少し休憩しましょう。私が水をお持ちします」
その声は穏やかだった。だが、メテオを見る目は——一瞬だけ、別人のように冷たかった。
メテオは気づかなかった。アーネストも気づかなかった。
だが、イプセンは見ていた。
マニュエラがアーネストに水筒を渡す姿を見ながら、彼は小さく呟いた。
「……面白い娘だな」
マニュエラはアーネストに寄り添いながら言った。
「アーネスト様。あなたの探している方は、必ず無事です。私が保証します」
「……どうして、そう言い切れるの?」
「分かるのです」
マニュエラの目には、アーネスト以外の何も映っていなかった。
「アーネスト様が会いたいと願う方なら、必ず生きています。あなたの想いが、その方を守っているはずですから」
その確信は、どこから来るのか。
アーネストには分からなかった。
一行は廃墟で夜営を張ることにした。
幻影の嵐の中とはいえ、変異生物の脅威は本物だ。疲労も蓄積している。交代で見張りを立て、体力を回復させる必要があった。
「食事の準備をしよう」
意外にも、そう言い出したのはイプセンだった。
「こういうときこそ、暖かいものを食べるべきだ」
彼は荷物からフライパンと小鍋を取り出した。続いて、油紙に包まれた肉の塊、数本の人参、そして道中で摘んでいた野草。
「……イプセン、それどこから」
メテオが目を丸くする。
「持っていた」
「いつの間に採取を……?」
「歩きながらな」
イプセンは当然のように答えながら、廃墟に残っていた薪で火を起こした。
まず野草を洗い、鍋に水と共に放り込む。火にかけながら、手際よく肉を捌き始めた。駄獣の肉だ。硬くて臭みが強く、普通に焼いただけでは食えたものではない。
だがイプセンは迷いなくナイフを動かした。筋を断ち、脂身を削ぎ、一口大に切り分ける。その手つきは、何百回と同じ作業を繰り返してきた者のものだった。
「香草で臭みを消す。強火で表面を焼き固めて、旨味を閉じ込める」
独り言のように呟きながら、フライパンに油を引く。
肉が熱した油に触れた瞬間、香ばしい音が響いた。煙が立ち上り、香草の匂いが漂う。
「イプセン、料理できたの?」
「多少はな。昔、調理師ギルドにいたこともある」
メテオが鍋を覗き込む。野草がくたくたに煮えて、澄んだスープになりつつあった。
「へえ……ちゃんとしたスープね」
「野草は種類を間違えなければ、大体食える。腹を壊すものと、そうでないものを見分けられれば問題ない」
「その見分け方は?」
「経験だ」
イプセンは肉を裏返しながら、別の手で人参を刻み始めた。千切りにして、酢と塩で和える。さらに——きゅうりと玉ねぎを薄く刻んで加えた。
「……それは何?」
アーネストが尋ねる。
「付け合わせだ。人参を生で食う」
「生で……?」
「酢で締めると、歯応えが良くなる。玉ねぎは隠し味だ。甘みが出る」
数分後、皿が並んだ。
野草のスープ。湯気が立ち、澄んだ琥珀色。
駄獣のソテー。こんがりと焼き色がつき、香草の香りが漂う。
そして——何故か添えられた、人参の千切り。
「完成だ」
「……すごい」
アーネストが目を丸くする。
「野営で、こんな食事ができるなんて」
「どんな場所でも、やりようはある」
イプセンは淡々と答えながら、人数分の皿を配った。
駄獣の肉は、信じられないほど柔らかかった。臭みは消え、香草の風味が口に広がる。スープは素朴だが、体の芯から温まる味だった。
そして人参の千切りは——不思議と、肉の脂っこさを中和してくれた。
「付け合わせの人参、意外と合うわね」
メテオが感心したように言う。気づけば、彼女の皿の人参は空になっていた。
「……おかわり、ある?」
「少しならな」
イプセンが追加を盛り付けると、メテオは照れたように笑った。
「なんか、病みつきになる味。人参なんて普段そんなに好きじゃないのに」
「そういう風に作ってある」
「え、どういうこと?」
「人参嫌いでも食えるようにな。昔、頼まれて考えたレシピだ」
イプセンはそれだけ答えて、自分の皿に手をつけた。
ドクターは黙ってスープを啜っていた。
(……面白い男だ)
イプセンがロドスに現れたのは、一ヶ月ほど前のことだ。感染者を襲う暴徒を退けたという報告と共に、現地職員が連れてきた。
身元不明。出身地不明。アーツ適性も測定不能——だが、信用できる男だと、すぐに分かった。
料理の腕前。戦闘能力。そして——頼まれた仕事は何でも引き受けるところ。ロドスに来てから、イプセンは雑務から戦闘まで、嫌な顔一つせずにこなしてきた。
物資の運搬を頼めば黙々とこなす。訓練の相手を頼めば、相手のレベルに合わせて手加減する。グムが料理を教わりたいと言えば、忙しい合間を縫ってレシピを書いてやっていた。
何より——この男は、見返りを求めない。
感染者だから助ける、ではない。困っている人間がいれば、当然のように手を差し伸べる。ロドスの理念に共感しているわけでもなさそうだ。ただ、目の前の誰かが困っていれば動く。それだけ。
理由を聞いても、イプセンは多くを語らない。「そこに困っている人がいたから」——それ以上の説明は必要ないと言わんばかりだ。
ドクターはそういう人間を何人か知っている。
アーミヤがそうだ。感染者のために戦うと決めた彼女もまた、理屈ではなく、ただ「そうすべきだから」という信念で動いている。
イプセンは、アーミヤとは違う。もっと——枯れている、と言うべきか。善意を振りかざすわけでもなく、使命感に燃えているわけでもない。ただ淡々と、当たり前のように人を助ける。
純粋すぎて、時に危うい。だが——だからこそ、信頼できる。
(臨時契約だ。いつまでいるかは分からないが——)
ドクターはスープの最後の一口を飲み干した。
(——いる間は、頼りにさせてもらう)
マニュエラも黙々と食事を続けていた。普段は控えめな彼女だが、スープを一口飲んだ時、思わず目を見開いた。
「……美味しい」
小さく呟いた声には、素直な驚きがあった。
「マニュエラも気に入った?」
アーネストが微笑む。
「はい。こんな野営料理、初めてです」
マニュエラは少し照れたように頷いた。イプセンの料理の腕前は、彼女の警戒心すら解いたようだった。
一行は焚き火を囲んで食事を取った。
しばらく無言で食べた後、ハンスが口を開いた。
「……美味い。こんな場所で、こんな食事ができるとは」
「息子さんも、こういう食事を楽しんでいるかもしれませんね」
アーネストが言う。
ハンスは頷いた。
「トーマスは……料理が下手でな。いつも焦がしてばかりだった。あの街で、誰かに教わっているといいが」
「教わっているさ」
イプセンが言った。
「生きていれば、人は学ぶ」
その言葉に、ハンスは少し救われたような顔をした。
「アーネスト様」
マニュエラが傍に寄る。
「お代わりをお持ちしましょうか」
「ありがとう、マニュエラ。でも大丈夫よ」
マニュエラは少し残念そうに頷いた。だが、その目はアーネストから離れない。
アーネストは焚き火を見つめながら言った。
「私は……マグノリアに会いたい。ただ、それだけです」
「会ってどうする」
ドクターが尋ねる。
「……分かりません」
アーネストは正直に答えた。
「でも、会わなければ始まらない。2年間、ずっとそう思って生きてきました」
ハンスが静かに頷いた。
「私も同じです。息子に会いたい。それだけで、ここまで来ました」
沈黙が流れた。
ドクターは焚き火の向こうにいるイプセンに目を向けた。
「イプセン。お前がこの作戦に志願した理由を聞いていなかった」
メテオも興味深そうにイプセンを見る。
確かに——ロドスの任務としてドクターとメテオが派遣されたのは分かる。だがイプセンは、自ら参加を申し出た。気まぐれだけではないだろう。
「何のためにここに?」
イプセンは少し間を置いた。
「……声だ」
「声?」
「変な話と思うだろうが、俺を導く声がある。その声が、あの街に行けと言っている」
「声の主は誰だ」
「分からん」
イプセンは肩をすくめた。
「だが、俺はそういう直感を信じる性分でな。今まで、それで外れたことはない」
「……声って、どんな?」
メテオが身を乗り出した。好奇心というより、純粋に興味があるようだった。
イプセンは少し考えた。
「……女の声だ。切実で、悲痛な響き。『王を助けてくれ』と、そう言っていた」
「王?」
アーネストが眉をひそめる。
「この辺りに王族はいないはずですが……」
「分からん。だが、声に導かれるまま進んでいたら、ここに辿り着いた。それだけだ」
イプセンは淡々と語った。まるで天気の話でもするように。
「……信じてくれとは言わん。俺自身、夢か幻か分からんこともある」
ドクターは何かを言いかけ、やめた。
イプセンの出自、あの戦闘で見せた異常な防御力——聞きたいことは山ほどあった。だが、今はその時ではない気がした。
「……そうか」
それだけ言って、ドクターは星空を見上げた。
メテオが小さく呟いた。
「声に導かれて、見知らぬ土地を旅する……なんか、おとぎ話みたいね」
「おとぎ話か」
イプセンは薄く笑った。
「……そうかもな」
彼の視線は、星空に向けられていた。見知らぬ星座。故郷とは違う星の並び。
だが、夜空を見上げる気持ちは——きっと、どこでも同じだ。
メテオは黙ってその横顔を見つめていた。
(おとぎ話、か……)
故郷カジミエーシュの森を思い出す。幼い頃、祖母が語ってくれた古い物語。森の奥には精霊が住んでいて、迷子になった子供を導いてくれる——そんな話を、本気で信じていた時期があった。
今となっては、精霊など存在しないと知っている。
だが、イプセンの話を聞いていると——ふと、あの頃の気持ちが蘇るようだった。
信じたいと思う心。見えないものを、それでも信じようとする気持ち。
(……悪くはないかな)
メテオは小さく息をついた。こんな夜も、たまには。
翌朝。
メテオが遠くを指差した。
「あれ、見える?幻影の向こうに何か光ってる」
幻影の嵐の先——確かに、淡い白い光が明滅している。
「街の光……?」
ドクターが目を凝らす。
「近いな」
イプセンが呟いた。
マニュエラは、アーネストの表情を見ていた。
光を見つけた瞬間、彼女の目が変わった。昨日までの疲労も、廃墟で見た惨状も——すべてを押し流すような、強い光が宿っている。
(……ああ、この人は)
本当に、マグノリアのことが好きなのだ。
2年間。たった一人の幼馴染を探して、家族の反対を押し切って——それでも諦めなかった。
マニュエラにとって、アーネストは命を捧げるべき人だ。守り、支え、尽くす——それは献身。だが、アーネストの想いは、それとは違う何かだった。
(どうか、報われて欲しい)
そのために自分がいる。マニュエラは、アーネストの背中を静かに見つめた。
アーネストの胸に、希望が灯る。あの光の先に、マグノリアがいるかもしれない。2年間探し続けた幼馴染が——
「行きましょう」
アーネストは立ち上がった。
一行は廃墟に黙祷を捧げた。
辿り着けなかった者たちの分まで——生き延びた者の責任として。
そして、再び歩き始める。
光に向かって。