蜃気楼の街 ウイユヴェール   作:ヴァーミ

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MC-6 帳の向こうに

OPERATION MC-6

帳の向こうに

推奨平均レベル
昇進1 LV.50

街への最後の試練。死の宣告を刻む番人を前に、一行は全力で立ち向かう。

演習
行動開始

 

 

OPERATION MC-6

帳の向こうに

推奨平均レベル
昇進1 LV.50

街への最後の試練。死の宣告を刻む番人を前に、一行は全力で立ち向かう。

演習
行動開始

 


 

光が、近づいていた。

 

幻影の嵐の向こうに見えた淡い明滅——それは一歩進むごとに輪郭を増していく。

 

「もう少しだ」

 

ドクターが言った。

 

一行の足取りは自然と速くなっていた。長い旅路の終わりが見えている。

アーネストの胸には、期待と不安が入り混じっていた。

マグノリアは、あの光の先にいるのだろうか。

 

その時——空気が変わった。

 

「……止まれ」

 

イプセンが片手を上げた。

 

一行が足を止めた瞬間、大地が震えた。

 

「何——!?」

 

地面に亀裂が走る。砂塵が舞い上がり、視界を遮る。

 

そして——地面から、光が溢れた。

 

巨大な魔法陣だ。

 

紫色の光で描かれた複雑な紋様が、大地に浮かび上がっている。

直径は20メートルはあるだろうか。その中心が、脈打つように明滅していた。

 

「これは……」

 

ドクターが息を呑む。

 

魔法陣の中心から、それは現れた。

 

最初に見えたのは、骨だった。

朽ち果てた頭蓋骨が、地面からゆっくりと浮かび上がる。

続いて肩、腕、胴体——黒いローブを纏った骸骨が、大地から這い出てくる。

 

右手には、禍々しい杖。

 

眼窩には、青白い炎が灯っている。

 

「……リッチか」

 

イプセンが低く呟いた。その声には、驚きとは別の——困惑が混じっていた。

 

(なぜ、この大地に……?)

 

リッチ——古い図鑑の片隅に記された、不死の魔物。

イプセンも実物を見たことはない。だがあの姿は、図鑑の挿絵とよく似ていた。

 

そしてそれは、この大地の生き物ではないはずだ。源石病とも、天災とも無関係な——魔物。

 

なぜここにいる。偶然の一致か、それとも——

疑問は尽きない。だが今は——

 

「……まるで試練の番人だな」

 

答えは、倒してから考える。イプセンは剣を抜いた。

 


 

リッチが杖を掲げた。

 

「散開」

 

ドクターが低く命じた瞬間——杖が振り下ろされた。

 

轟音。

 

大地が隆起した。地面が波打つように盛り上がり、一行を吹き飛ばす。

 

「ぐっ……!」

 

アーネストは何とか着地したが、ハンスと医療班が倒れている。

 

「ハンスさん!」

 

「大丈夫……です……」

 

ハンスは立ち上がろうとするが、足がもつれる。衝撃で体力を奪われたのだ。

 

リッチが再び杖を掲げた。次の一撃が来れば——今度は耐えられない。

 

メテオが弓を構えた。

「私が射る。誰かがあいつを止めて!」

 

「俺が抑える」

イプセンが前に出た。

 

盾を構え、リッチと対峙する。

 

イプセンの目が、リッチの動きを捉えていた。

長年の戦闘経験が、危険な攻撃とそれ以外を瞬時に選り分ける。

 


 

イプセンがリッチに迫った。

 

リッチが杖を振り下ろす——イプセンは盾でそれを受け止めた。

 

金属と骨が激突する音。衝撃波が周囲の砂塵を吹き飛ばす。

 

「重い……だが、これは受けられる」

 

その瞬間——リッチの眼窩が、一際強く光った。

 

青白い炎が燃え上がり、イプセンの体を照らす。

 

「——っ!?」

 

イプセンの胸に、黒い紋章が浮かび上がった。

 

円形の紋様。それが、ゆっくりと広がり始める。

まるで時計の針のように、弧を描きながら完成へと向かっていく。

 

「……まずい」

 

イプセンの顔色が変わった。

 

「これは——」

 

死の宣告。

 

カウントダウンが、始まった。

 


 

「イプセン!」

 

メテオが叫んだ。

 

腰のホルダーに手を伸ばす——通常のボトルではない。最奥に収められた、赤と青の二層構造を持つ特殊なボトル。ソウルレゾナンス。

 

(これを最初から使うなんて……)

 

だが本能が告げていた。あの存在は、危険だ。格が違う。

 

狙撃手として戦場を渡り歩いてきた経験。数え切れないほどの敵を射抜いてきた直感。

その全てが叫んでいる——手加減するな。最初から、全力で叩き込め。

 

通常なら、まず威力偵察をする。敵の耐久力を測り、最適な火力を選択する。

カートリッジは有限だ。無駄遣いは許されない。

 

だが、今は違う。

 

あのリッチの纏う気配は、これまで相手にしてきたどんな敵とも違っていた。

源石汚染生物でも、敵対組織の術師でも——こんな底知れない恐怖を感じたことはない。

 

(出し惜しみしたら、死ぬ)

 

迷いはなかった。

 

カートリッジを三本、装填口に叩き込む。

 

カチン。カチン。カチン。

 

弦を限界まで引き絞り——放つ。

 

ソウルレゾナンス。最大出力。

 

矢がリッチの胸部に着弾した。

 

最初に炎が爆ぜた。フレアスター——紅蓮の業火がリッチの体を焼き尽くす。骨が黒く焦げ、ローブが燃え上がる。

続いて氷が走った。グレイシャルスター——蒼い冷気が炎を塗り替え、リッチの全身を凍結させる。

 

そして——

 

砕ける音。

 

氷結した部位が、次々と崩れ落ちていく。

 

「……やった?」

 

だが——リッチは、まだ立っていた。

 

体の一部が欠けている。だが眼窩の炎は消えていない。怯んだだけだ。

 

そして、イプセンの胸の紋章は——完成しようとしていた。

 


 

黒い紋章が、閉じた。

 

「くっ……!」

 

イプセンの全身を、激痛が貫いた。

 

咄嗟に体を光で覆う。インビンシブルの残滓——だが、完全には防ぎきれない。

衝撃がイプセンの体を襲い、彼は吹き飛ばされた。地面を転がり、砂塵の中に消える。

 

「イプセン!」

 

アーネストが叫んだ。

 

だがリッチは止まらない。

杖を振り上げる。その動きは——全員を薙ぎ払う構えだ。

 

「来る——!」

 

メテオが歯を食いしばる。ソウルレゾナンスはもう使えない。

通常のマジックボトルでは、あの怪物は止められない。

 

「アーネスト」

 

ドクターが低く言った。

 

「アーツで拘束しろ。時間を稼げ」

 


 

アーネストは剣を抜いた。

 

迷っている暇はない。

 

駆け出し、リッチの前に躍り出ると——剣を地面に突き立てた。

 

「——止まりなさい!」

 

アーツが発動する。

 

剣を中心に、淡い光が波紋のように広がった。

 

地面に刻まれた術式陣から、紫色の鎖が伸び上がる。

一本、二本、三本——鎖は蛇のようにうねりながらリッチの足首に絡みつき、膝を這い上がり、両腕を縛り上げた。

 

最後の一本が胴体を締め付けると、リッチの動きが止まった。

 

「ぐ……」

 

リッチが身じろぎする。鎖が軋む音がした。長くは持たない。

 

「メテオ、弱体を入れろ。拘束が解ける前に」

 

ドクターの指示は静かだった。今、残された手札で最善を尽くす——その判断に迷いはなかった。

 

メテオは頷いた。

 

腰のホルダーから、別のボトルを取り出す。透明なガラスに、紫色の液体——「ファントムダート」の刻印。

 

カートリッジを一本、装填。

 

弦を引き、放つ。ファントムダート。

 

放たれた矢は、実体を持たない幻影だった。

リッチの体を貫通する。傷は浅い——だが、効果は別にある。

 

リッチの体表に、亀裂のような紋様が走った。

防御が脆くなっている。次の一撃が、致命傷になる。

 


 

「イプセンは……」

 

アーネストが周囲を見回す。砂塵の中に倒れているはずだった。だが、姿がない。

 

「上よ」

 

メテオが空を指差した。射手として常に視界を確保している彼女は、最初から追っていた。

 

遥か上空に、小さな影があった。

 

イプセンは跳んでいた。

 

吹き飛ばされた勢いを利用して、空へ——そして今、落下しながら槍を構えている。

 

いつの間に盾から持ち替えたのか。いや、そもそもあの槍はどこから——

 

アーネストの疑問は、全て吹き飛んだ。

 

イプセンの槍が、紅い光を纏っていた。

 

「——墜ちろ」

 

天から、光が降り注ぐ。

 

蒼天より墜つ一撃——スターダイバー。

 

脆弱化したリッチの胸を、槍が貫いた。

 

轟音。

 

大地が砕ける。衝撃波が砂塵を巻き上げ、周囲の岩を吹き飛ばす。

 

光が収まった時——リッチの姿は、どこにもなかった。

 

番人は、声もなく塵と化して消えていた。

 


 

戦闘が終わった。

 

イプセンは槍を杖にして、膝をついていた。

 

「……イプセン、大丈夫?」

 

メテオが駆け寄る。

 

「問題ない。少し、疲れただけだ」

 

「……すごかったわ、あの技」

 

メテオが言った。

 

「空から槍で突っ込んでくるなんて。どうやったの?」

 

「……跳んだだけだ」

 

「跳んだだけって……」

 

「そういう戦い方があるんだ。説明は難しい」

 

イプセンは立ち上がり、槍を背中に戻した。

 

ポーチから小さな結晶を取り出す。淡い青色の光を放つ、透明な鉱石。

 

握りつぶす。

 

結晶が砕け、光の粒子となって掌から体内へと吸い込まれていく。

 

「……何、それ」

 

メテオが目を丸くした。

 

「回復薬のようなものだ」

 

イプセンは短く答えた。詳しく説明するつもりはない。

説明したところで、理解されるとも思えない。

 

目を閉じる。

 

35日前の記憶が、脳裏をよぎった。

 


 

あの日——イプセンは、時空の狭間にいた。

 

エオルゼアの原初世界から、第一世界へ。

クリスタルタワーを経由した『テレポ』は、何度も経験していた。だが、あの日は違った。

 

転移の最中、声が聞こえた。

 

『——王を、助けてください』

 

女の声だった。切実で、悲痛な響き。

 

誰だ。どこから聞こえている。

 

答えを得る前に、転移が乱れた。

 

光が歪み、空間が捻じれ、イプセンは未知の大地に投げ出された。

 

目覚めた時、そこは砂漠だった。

 

エーテルの流れが、おかしい。いや——エーテルそのものが、ほとんど存在しない。

 

「……ここは、どこだ」

 

見知らぬ星座。見知らぬ植生。見知らぬ言語。

 

光の戦士として、数々の世界を渡り歩いてきた。

原初世界、第一世界、古代——だが、この大地は全く異なっていた。

 


 

「越える力」のおかげで、会話は何とかなった。だが文字を書くのは未だに拙い。アーツと呼ばれる力に関しては、分かるようで全く分からなかった。

 

それでも——この世界を知るほど、その過酷さを思い知った。

 

源石病。

 

鉱石が体に結晶化し、やがて死に至る病。街を歩けば感染者がいる。市場で、工場で、路地裏で。誰もが当然のように罹患し、当然のように死んでいく。

 

エオルゼアにも致命的な病はあった。トンベリ病は都市ひとつを滅ぼし、封印せねばならなかった。罪喰いは人を異形に変えた。だが、それらは「災厄」だった。立ち向かい、封じ、治療法を探すべきもの。

 

源石病は違う。この大地では——病が、日常だった。

 

そして何より悪辣なのは、この文明が源石に依存しているということだ。

 

エネルギー源。アーツの触媒。産業の基盤。

源石がなければ、この文明はおそらく成り立たない。だが、その源石こそが病を生む。文明の恩恵を受けるほど、病に近づく。

 

エオルゼアのクリスタルとは違う。確かに過剰なエーテルは災いを招く。属性の偏りは霊災を起こし、過剰なエーテル放射は人を怪物に変える。だがそれは例外だ。クリスタルそのものは、命を脅かさない。

 

感染者の末期を、イプセンは見た。体が結晶に侵され、やがて人の形を失っていく。あれは死ではない。源石に「還る」のだ。この大地に生きる限り、誰も逃れられない。

 

そして——感染者は、当然のように迫害されていた。

 

隔離され、追放され、時には殺された。「仕事を奪う」「穢れている」「近づくな」——病に苦しむ者を、さらに追い詰める言葉の数々。

 

サルカズと呼ばれる種族は、感染しやすいという理由で差別されていた。悪魔の末裔。呪われた血。国を持たない流浪の民。——彼らは生まれながらにして、病と偏見を背負わされている。

 

イプセンは、エオルゼアでも差別を見てきた。獣人への偏見、帝国の支配、蛮神に縋る者たちへの迫害。だが、テラの差別は——より根深く、より日常に溶け込んでいた。善人ですら、無意識のうちに距離を置く。

 

変えられるかは分からない。だが、目の前の一人なら——手が届く。

 

天災もまた、この世界の日常だった。

 

源石を撒き散らす災厄が、定期的に訪れる。街を呑み込み、大地を汚染し、人々の生活を根こそぎ奪っていく。だからこの世界の人々は、都市ごと移動する。巨大な移動都市が、天災から逃げるように大地を渡り歩く。

 

エオルゼアにも災厄はあった。蛮神の脅威、ガレマール帝国の侵攻と解放、竜詩戦争、第一世界の光の氾濫——終末すら経験した。だが、それらは「終わらせるべき危機」だった。立ち向かい、解決し、日常を取り戻すもの。

 

テラの天災は違う。終わらない。解決できない。ただ、逃げ続けるしかない。

 

この世界の人々は、生まれた時からそれを当然として生きている。逃げ続けることが、日常そのものなのだ。

 


 

ロドスアイランドとの縁は、偶然だった。

 

転移から10日後。街道で、感染者の一団が暴徒に追われているのを見た。

 

イプセンは、何も考えずに割って入った。

 

感染者だから助けた訳ではない。ただ、彼らが助けてほしいと願ったから。

エオルゼアでも、テラでも、イプセンの行動原理は変わらない。

 

その姿を、ロドスアイランドの現地職員が見ていた。

 

「あなたのような人を、探していました」

 

声をかけてきたのは、感染者支援を行う組織の一員だった。

 

もしあの時、先に接触してきたのが別の組織——だったら、イプセンはそちらに加わっていたかもしれない。

ロドスとの縁は、本当にただの偶然だった。

 

だが、縁とは往々にしてそういうものだ。

 

ロドスに身を寄せてから、イプセンは一つの問題に直面した。

 

エーテルだ。

 

エオルゼアでは、大気中にエーテルが満ちている。戦闘で消耗しても、すぐに環境から補充される。

光の戦士の力——魔法も、武技も、全てはエーテルを源としている。

 

だが、テラには——エーテルが存在しない。

少なくとも、イプセンが感知できる形では。

 

一度使った力は、戻らない。このままでは、いずれ戦えなくなる。

 

解決策は、意外なところにあった。

 

エオルゼアから持ち込んだクリスタルの備蓄がある。冒険者として、長年貯め込んできた膨大な量だ。さらに——ロドスから不要になった装備や物品を受け取り、分解する。これまで培った技術で、この大地の物質からでも微量のエーテルを抽出できた。

 

効率は悪い。エオルゼアなら一瞬で済む作業に、何時間もかかる。だが、塵も積もれば山となる。

 

幸運にもクリスタルの備蓄は——まだ十分にある。当面は問題ない。だが、無限ではない。

 


 

イプセンは目を開けた。

 

エオルゼアへ帰る方法は、分からない。

 

だが——やるべきことはある。

 

「王を助けてください」

 

あの声が、イプセンをこの大地に導いた。声の主が誰なのか、まだ分からない。だが、助けを求められた以上——応えないわけにはいかない。

 

それに、この大地にも困っている人々がいる。感染者も、非感染者も関係ない。目の前で助けを求める者がいれば、手を差し伸べる。それがイプセンの在り方だ。

 

だが今は声の依頼が先だ。まずはそれを果たす。

 

「……必ず、使命を果たす」

 

光の戦士は、静かに誓いを新たにした。

 


 

リッチが消えた後、変化は劇的だった。

 

幻影の嵐が、晴れていく。

 

紫色の粉塵が薄れ、視界が開けていく。頭上に広がるのは——青い空だった。

 

「……空が」

 

アーネストが呟いた。

 

清浄な空気が、肺を満たす。源石の濃度は、ほとんど感じられない。

 

そして——

 

「見えた……」

 

メテオが指差す先に、それはあった。

 

白い石造りの街。

陽光を浴びて輝く建物の輪郭。遠くからでも分かる、整然とした街並み。

 

ウイユヴェール。

 

感染者の楽園と呼ばれる、蜃気楼の街。

 

「……着いた」

 

ハンスの声が震えていた。

 

「ついに、着いたんだ……」

 

アーネストの胸に、熱いものがこみ上げてきた。

 

2年間、探し続けた場所。マグノリアがいるかもしれない場所。

 

それが、今——目の前にある。

 

「アーネスト様」

 

声と共に、マニュエラが傍に駆け寄った。

 

「お怪我はありませんか?どこか痛むところは……」

 

「大丈夫よ、マニュエラ。ありがとう」

 

「……行こう」

 

ドクターが言った。

 

「街が待っている」

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