困ってる人間がいれば助け、泣いてる人間がいれば話を聞く。
今後の人生の一助になることを期待して力を与える。
だがしかし、その力を授かった人間は例外無く狂乱の殺人鬼となる。
精神汚染の上で、理知、或いは感情的に人間を殺すのみの存在に成り果てる。
だからこそ、大魔女ルヴェルビィは『大厄災』なのだ。
自分に剣士としての才覚が無い事には幼い頃より気付いていた。
俺よりも剣を握っている時間の少ない足袋職人の娘よりも俺の剣筋は粗く、剣よりも鍬を握る時間の多い小作農の少年よりも俺の剣威は脆弱であった。
「お前は大人しく籾摺りでもしてた方が良い。夢は見るだけ、追うのは俺たちにゃ上等すぎる」
親父は剣を振る俺によくよくそんな言葉を投げかけた。我が親ながら農民根性の沁みついた負け犬だと思う。
小作農は稼げない上に地位も低い。土地だって地主からの借りているだけで自分のものじゃない。どれだけ努力して作物を収穫しても、土地を持っているだけで何もしない地主や、半年に一度の税に大部分を取られて、残るのは生きるのに最低限の金銭。何をしても好転せず、何してもただ搾取されるだけ。こんな空々しい人生を虚ろに生きる人間のことを、負け犬以外で何と呼べよう。
俺は負け犬になりたくなかった。
剣士になりたいのだ。
刃に魅入られたのもあるが、やっぱり、剣士は実入りが良い。冒険者になって平均程度軌道に乗せることが出来れば、今の何倍も良い生活を送ることが出来ると噂じゃ聞く。
だから俺は剣を握る。
どれだけ馬鹿にされようが、自分に才覚が無かろうが、俺は剣士になる。
14歳の時、俺は遂に村の外に出た。
勿論、親にも誰にも言わず、勝手に出て行った。こんな村じゃ剣士になるなど夢のまた夢、不可能だからだ。
準備もせず行動を起こしたから、路銭は家からくすねた鐘、食料などは現地調達。
5日かけて一番近くの町に着くころには俺の格好は浮浪者染みていた。
好都合だったのは冒険者は小汚い人間ばかりだったことだ。
俺の不衛生さは一等目立っていたが、それでも、冒険者志望としては閾値を超えない身形であったらしい。後から知ったが冒険者の大半は、俺みたいな人生の先が知れた底辺職に就いていた若者であるとか。それもそうだろう。何十年続けても地位も稼ぎも底辺で固定される職業よりも、才覚や努力次第で稼げる冒険者の方がマシなのは間違いない。トップクラスの冒険者ともなれば貴族からの覚えも良いそうだし、地位だって小作農なんかとは比べようもない。
ただ一つ問題は、相変わらず俺は剣の才能が無かったことだ。
周囲の剣士よりも俺は一等、刃の扱いが幼稚で粗雑だった。
「はっきり言うぜレスター、お前才能ねえよ。ゴブリン一体倒すのに何十分かけてやがる。お陰で後方職が死にかけたんだ、大剣聖になるだあ? 大言壮語も甚だしい。がっかりだ。村に帰んなカス」
初めてパーティーを組んだ斥候役の言葉からはそう言われた。
はっきり言おう。
殺してやりたいと思った。
俺は気長の方じゃない。
罵詈雑言を投げかけれて、はいはいそうですかと涼しい顔して受け流せるほど、俺のプライドは安くないのである。
だが俺には力が無い。それに殺してしまったら俺は冒険者を追放されてしまう。
歯を食いしばって耐えた。
剣士に。
最強の剣士───大剣聖になるまでの辛抱。
俺は努力を信じている。
努力の信奉者を自負している。
じゃなきゃ才能も無いのに剣士なんてやっていない。
2か月ほど冒険者を続け、僅かな稼ぎで食い扶持を繋ぎながら暮らす中、俺は町に道場があることを知った。
トアレ流剣術道場。
トアレという名前の由来は全く知らなかったが、強くなりたい俺にはうってつけだと思った。
よって入門した。金は借りた。入門料は俺の借用できる金額ギリギリであったから、本当に何とかである。
入門してから知ったがトアレ流剣術とはこのユグノー王国で最もスタンダードな剣の流派であるらしい。王道ってやつだ。
トアレ流剣術の特徴は基礎重視。つまり素振りや走り込みといった素体となる技術を重視し、型や技はその後。師範から認められるまではその段階まで進められないという仕組みであった。
俺は寝る間も惜しんで努力した。努力しか俺には無かった。
1年だ。
1年間、3時間睡眠で身体を苛め抜いた。
早朝に依頼を熟し、朝から夕は道場や鍛錬上で己を真摯に鍛え、夜も依頼を熟す。
そうやって何とか生活費と道場の月謝を稼ぎながら、死に物狂いで鍛えた。
その結果。
「努力は認める……が。レスター、お前さんの土台に才能が無い。枯れておる。お前さんが思っている以上にだ。きっと、お前さんが最も才能が無い分野が剣の道……下手に続けさせるより、ここで追い出す方がお前さんの為じゃろう」
師範は一年間ずっと基礎をやり続けた俺を破門した。
何故だ。
おかしいだろうが。
俺は努力をしている。
お前らよりも断然、世界で一番と誇れるくらいに、狂気的な努力をしている。
それなのに何だよその憐れんだ目は。
地上を歩くことを夢見る湖畔の淡水魚を見る目は。
クソが。殺すぞ。殺してやりてえ。
俺は一端の剣士になるんだよ。
才能がねえからなんだ。ああそうだよ。そんなのは俺自身が一番知ってら。
だがな、俺は絶対に大剣聖になってやる。
お前らみたいな自分の物差しで勝手に人を図って勝手に見切りつける人間なんて、クソ食らえ。こっちから願い下げだ。
俺はトアレ流剣術道場を破門された後も鍛錬を続けた。
自分が強くなる実感はしないが、決意だけは固かった。だからその辺の底辺冒険者どもが酒を飲んでどんちゃん騒ぎを続ける中でも只管剣に向き合った。
そんなある日、ゴブリンの異常発生依頼の調査を引き受けた時だった。
「んだよ、クソ雑魚レスターじゃねえか。お前まだ冒険者やってんの?」
初めてパーティーを組んだ時、斥候だった奴とばったり出くわした。
言うに、ブッキングって奴だ。
偶にある。
依頼書が誤って二部発行されていて、それで俺と奴のパーティーが引き受けてしまっていた。
当然報酬は一組分しか出ない。
「俺の勝手だ。どけよ、俺は忙しい」
「いーや退かねえ。手を引けよレスター。そうすりゃ痛い目に合わず済むぜ?」
斥候は剣を引き抜いた。
脅しでなく本気らしい。ちょうどいい。
「斥候みてえなケツの穴のちいせえ職を選んだ奴が粋がんなカス」
「そうかそうか、死ねよクソ雑魚」
当然戦った。
そして負けた。一つも手傷を与えることも出来ずに負けた。
戦闘職ではない斥候よりも俺は弱かった。
「二度と俺に面見せんな。雑魚が。そこで這い蹲ってゴブリンに殺されちまえ」
腸が煮えたぎりそうになるほどの屈辱だ。
奴らのパーティーが去って行った後も俺はこの激情に身が焦げそうだった。
両腕両足の骨が折れた痛みもどうでもいい。
この世界が憎い。
なぜ努力が報われない。
なぜあんな屑どもが俺よりも強い。
なぜ、なぜ、なぜ───!
「あのーーー、良ければ力をあげましょうか?」
憤怒で頭が染まる中、ふと、森の奥から気配を感じて俺は頭を動かした。
目で捉えた声の主は長い灰色の髪を無造作に下した少女だった。しかし普通じゃない。村娘というには身なりや容姿から漂う高貴さが、貴族令嬢というには社会とは相反する風貌のただただ異質さが。
纏う雰囲気から明らかに、ただの少女でないことは一目で分かる。
それに───目だ。
少女の瞳は薄透明に着色されたガラスを何枚も重ねたように重なり合って、最終的に混沌とした黒い目をしていた。
それが異質───異常───怪物然としている。
「力だと?」
「だって可哀そうじゃないですか。わたくしは見ていましたよ。同族から見下され、ボコボコにタコ殴りにされ、そんな虫けらみたいに四肢を投げ出して。哀れでなりません。貴方はわたくしの施しの対象です」
「俺を……憐れむんじゃねえ」
「努力、でしたでしょうか。無意味でしたね努力」
「俺の努力を……馬鹿にすんじゃねえ!」
「貴方の努力にどれだけの価値があったでしょうか。わたくしはずっと見ていました。どれだけ剣を振っても、どれだけ走りこんでも、何をしても無駄。剣の腕は上達せず、一生ゴブリン相手に苦戦するその姿。わたくしは見ていましたよ。殺したいと思っても殺せないその歯痒さ、痛切なまでに分かります。それが興味深く───同時に涙しそうになりました」
……はあ? 言っている意味がずっと分からねえ。
「涙……? なんで、お前が泣くんだよ……きもちわりぃな」
「わたくし、どうも感受性が高いんです。可哀そうなものを見たら泣くんです。しくしくと涙が溢れて目が充血してしまいます。泣くのは辛いですし心も痛いです。ダメですよね」
「……。」
「失礼をば。わたくしはルヴェルビィ、わたくしは貴方の願いを叶えて差し上げます。貴方を助けたいのです」
俺の無言に何を思ったか、目の前の少女、ルヴェルビィは慇懃にそう名乗った。
そして貴方の願いを叶えるとも。
要するに……非常に胡散臭い。
負傷した冒険者を治療する代わりに金銭を要求する詐欺師か何かか。
「戯言だな」
「証拠ではありませんが、先ずはその怪我を治して差し上げます」
瞬間、事は起きた。
特に予兆も余波も無く、急激に痛みが引いた。折れて軋んだ骨が、蹴られた鳩尾が、切れた皮膚が、跡形も無く嘘だったかのように消えた。
「……回復魔法か?」
「いいえ、と言っても聞かないでしょう。でもそれで構いません。貴方のそれは美徳だとわたくしは思います」
「何言ってやがる……礼は言わねえからな」
「はい、いいですよ。礼も感謝も恩情も必要ありません」
感謝も何もいらないだと?
少女にしては、ではなく、人間として超然としてる。気持ち悪ぃ。
「話を戻します。力、要りませんか?」
「……お前が何者か知らねえけど必要ねえよ。俺は俺だ。何者からも施されねえ。例え努力に裏切られようとも俺は愚直に進むだけだ」
「では、努力をした分だけ成長する祝福を与えましょう」
「は?」
「貴方の努力は報われるべきなのです。無価値にしてはいけません。代償には対価を、傀儡には生贄を。理に歪まされて可哀想な方、ああ、世界に拒絶されて哀れな方」
「何だよお前……俺のことを勝手に哀れむな。俺は可哀想なんかじゃねえ」
「受け取ってください。今後貴方の努力は必然的に正当化されます。施しです」
俺の言葉を無視しようとするルヴェルビィに文句を言ってやろうと口を開き───激痛。
五臓六腑が熱を持って暴れ回るような、全神経が一本一本張り直されていくような激痛が唐突に走る。
クソが。こんなところで……。
不意打ち気味に走った痛みに耐え兼ねて俺の意識はブラックアウトした。
最後に見たルヴェルビィの表情は満足げな慈愛に満ちていた。
次に目が覚めた時、その場には既にルヴェルビィはいなかった。
森の中に倒れていた俺は起き上がって、すぐ自身の身体の異常に気づく。
異常───というか。
万能感───というか。
胸に激しく灯る炎───というか。
今ならドラゴンでさえ殺せてしまえそうな、胸の底から湧く過剰な自信。
明らかな変化。
何かが変だ。
その何かを確かめれば、判明はすぐだった。
身体が軽い。剣を思った通り、まるで自分の腕の一部みたいに自由自在に振れる。針の隙間にでさえ剣を通せそうなほど、熟達したこの技量。
『貴方の努力は必然的に正当化されます』
気絶寸前、ルヴェルビィはそんなことを宣っていた。
……俺の今までの努力が身体に反映されたとでも言うのか?
確かに、まるで俺の身体は以前と別種の構造に作り変えられたような、そんな動作性を覚えるが。
試し森に入ってゴブリンと戦うことにする。ゴブリンはすぐに見つかった。
今までなら苦戦必至だったゴブリンを。
俺の一太刀は、ゴブリンの持つ木の棍棒ごと胴体を輪切りにした。
刃を見下ろす。
相変わらず俺の愛刀は刃毀れもそこそこの、中古の粗雑な剣で。
それは目の前の惨殺は俺の技量だけで成し遂げられた証左でもあった。
───いや、正確にはルヴェルビィの施しとやらか。
脳裏で人の心など感じさせないルヴェルビィの漆黒の瞳がチラつく。銀髪がゆらりと不気味に揺れる。
俺を慈しんで哀れんだ、ルヴェルビィ。
勝手に力を施したルヴェルビィ。
……クソがよ。
大上段から不憫な眼差しで見てきやがって。
ルヴェルビィだけじゃねえ。
どいつもこいつも俺を見下して来やがる。
何も出来ねえと決めつけるんじゃねえ。
俺は努力をしてきた。財産だ。努力だけが俺の誇りだ。
この力は腹立つことにルヴェルビィの施しのようだが、貰ったものは俺のものだ。
決めた。
これまでの研鑽を、今後の研鑽を、俺は奴らに見せつける。
これは証明だ。
俺は下じゃねえ。
俺は哀れみの対象じゃねえ。
俺は無能じゃねえ。
俺は───剣士だ。
「二度とその面見せんなつったよなゴミ。言葉すら理解出来ねえのか?」
森の中を進んで、俺は先程の斥候役がいるパーティーを見つけた。
無言で引き抜く。剣を。過去を。今に向かって。
「おいおいおい、やろうってのか? 傷は何故か治ってるみたいだが、次は加減でき───」
五月蝿せえカス。
御託を並べる首を跳ね飛ばした。
ゴトン、と。金属音や肉の切れる音すらを置き去りにした森の中、斥候役の首が土に落ちる音が鈍く響く。
「お、お前なにをして!」
「俺は剣士だ」
斥候役のパーティーメンバーも切り飛ばした。
四肢を切り落とし達磨にした後、首を跳ねた。
内臓をくり抜くように斬撃を重ねた後、心臓をくり貫いた。
皮下血管を全て切り裂いた。
五感を奪ってから木の洞に投げ込んだ。
満たされる。
満ちていく。
今まで理不尽に奪われてきた俺の名誉が。
誰からも蔑まれた努力の数々が。
俺よりも強いと思い込んだゴミ共の死体の山々によって、マシになる。
───だが、まだだ。
まだ足りねえ。
俺の簒奪されてきた人生はこんなもんじゃねえ。
見下すな。蔑むな。嘲るな。侮るな。慈しむな。哀れむな。
俺を下に見るんじゃねえ。
それでも下に見るなら───お前らは、死ね。
─── ─── ───
「レスター・ドルエフ。またの名を『凶刃凶悪』。脅威度ランクは昨日俺の独断で『災厄級』で設定した。主に高ランク冒険者を狙い、卓越した剣技によって既に銀級が58人、金級も3人殺られてる。目撃者によれば、奴は強力な認識阻害によって相手が自分を格下と評価していると思い込み、激情して斬り殺している。被害からも伺えるように、奴の実力性格共に危険だ。金級冒険者を招集して俺達から直々に討伐を依頼しようと思う」
全ての冒険者ギルドを取り仕切る事実上組織トップの総長、ウェイリー・コンラッドがそう宣言する。
その場には各地から六名の冒険者ギルド長が集められ、臨時のギルド長会議が行われていた。
その議論の的に上がっていたのは、レスター・ドルエフ───凶刃凶悪の災厄。
冒険者を始めとする強者を執拗に狙い、その卓越した剣技により惨殺を繰り返す男。
円卓の会議机の上で頬杖を付きながら聞いていた、鳥の耳飾りを付けた浅黒い男、ザルガ・アルフスタッドが気だるげに挙手をする。
「おうよウェイリー。聞いてりゃイカれ狂人ってのは分かるが、普通に殺人鬼じゃねえか。金級に依頼するのは賛成だが犯罪者を魔物の如く『災厄級』に設定すんのはよ、少し軸からブレてねえか?」
「ザルガ、つまりそういうことだ」
要点を得ないウェイリーの回答に、しかし、円卓内の会議が辛く引き締まる。
そういうこと───が意味するのは。
「ルヴェルビィが背後にいる」
「『魔女ルヴェルビィ』───今いる厄災級の5割はコイツが生み出したとされる、この世で2体しかいない『大厄災』の一角。そんな大物が糸を引いてるって言うなら納得だウェイリー」
「ああ」
正確には『糸を引いてる』ではなく『糸を引き終えた後』だろうがな、とウェイリーは心中で補足する。
ルヴェルビィの生態は謎に包まれている。
生息地は不明。
容姿もその時々によって年端も行かない女子であったり成熟しきった妖艶な女だったりと不明。ただ性別は女であるらしい。
表に姿を現すことも稀だ。
だが一度足跡を残すと、そこには『厄災』が生まれる。
レスターの一件のように。
「折角集めるんです、金級の方々にはレスター討伐と一緒にルヴェルビィの調査をしてもらうのはどうでしょうか?」
この馬で唯一の女のギルド長、メイ・ランスターが声を上げる。
「ああ、考えていた。だがまあ望み薄だろう。ルヴェルビィは各地を移動し続ける上に街に溶け込む」
「『大厄災』っていうならもう片方のように人外でいて欲しいものですね」
「全くだ」
鼻を鳴らすような仕草をするメイにウェイリーも同調した。
『厄災』『大厄災』といった脅威度指標は本来、魔物を分類するために作られたものだ。
もう一方の『大厄災』である死龍ゲルガグールもその名の通り龍であって、ルヴェルビィが絡まない『厄災』に関しては全て魔物である。
人間まで『厄災』に括られるようになった全ての原因はルヴェルビィだ。
「結局どんな奴なんだろうねえ、ルヴェルビィは」
長い金髪を整然と整え、如何にもこれなら女を口説きに行くような軽薄な格好をした男、ハンス・エーデンハイムは子供から我儘を言われているみたいにやれやれと肩を竦めた。
「知ねえが女なんだろう。ただ子供から大人まで自由自在に姿を変えられる相手だ、男に化けることも可能だろうよ」
「ザルガの発言には一理ある。ルヴェルビィへ先入観を持って当たるのは危険だ」
「残念だねぇ。可愛い女の子なら僕が貰いたかったのに」
ぼやきにも似た発言に、ザルガの焦げ茶色の瞳が見開かれる。
「お前……見境ないとは思っていたが『大厄災』も守備範囲内なの?」
「可愛ければOKさ。あとは身と心が清らかならこの上ないねえ」
「ちょっと今そういう話は止めてもらえますかハンスさん?」
「メイの言う通りだ。ハンス、軽口は後で幾らでも叩いて構わないが今は慎んでくれ」
ウェイリーは場を収めると、この会議で最も年長者である一人───レーゲン・ロルバーンへと目を向ける。
「レーゲンさんはどう思う?」
「さんは不要だ。ワシがギルド総長を下りて半年になる、今の長はお前だウェイリー」
「俺はレーゲンさんを尊敬している。だから敬称は抜かない」
「強情だなウェイリー」
「じゃなきゃレーゲンさん、あんたの後を継ごうだなんて思わない。それで、レーゲンさんの老獪で経験豊かな知見に頼りたいんだが、ルヴェルビィに関して何か知っていることはないか?」
老獪という言葉に苦笑を漏らしたレーゲンは、少しの間を置いて、話し始める。
「ここにいる全員が知っている通り、ルヴェルビィは凡そ100年前に初めて『厄災』を作り出した。以降、ルヴェルビィが作り出したもの、28体は全て人類の敵に成り得る性質を持ち合わせ、その全てがギルドで『厄災』に認定された。ルヴェルビィが『厄災』を作り出す目的は一般的には人類滅亡の為とされている」
「それは知っている通りだな」
「だろうなザルツ。ワシもルヴェルビィを知っている訳じゃない。見た訳でもないからな。ただ、ワシはこうも思う。奴は人類滅亡を本当に見据えているのかとな」
ルヴェルビィが『大厄災』と分類された要因は死龍ゲルガグールとは違い、個人武力ではない。
それまで普通に生きてきた無辜の人々を『厄災』化させて、同族を虐殺させるという悍ましい行為。
それは人類最大の敵という言葉に値する、最低最悪な悪逆非道に違いない。
だからこそルヴェルビィは『大厄災』と認定された。
だがレーゲンは個人的な見解であると前置きしつつも、それは違うと否定する。
「ワシは、ルヴェルビィが明確な目的に基づいて行動している可能性は低いと思っている。奴は何故28体しか作らない。本気で人類滅亡させようと思うならば大量製造すればいい」
「制限があるじゃないかい? 一般人を『厄災』にするなんてそう簡単に出来るもんじゃないと思うけどねえ」
「その可能性はあるだろう。根拠はもう一つある。別にルヴェルビィが本気で人類滅亡を企んでいるのであれば、早い話、国王なり貴族諸侯なり、権力者を『厄災』にしたほうが効率的だ。ルヴェルビィは現れてからの100年、ずっと補足されていない以上それなりに回る頭は持ち合わせているはずだ。本気で滅亡させたいのならば、確実に考え突くだろう」
「そうだねえ。貴族や王族の警備が怖いだなんて、庶民みたいなことを言う訳はないだろうからその点は僕も同意できる」
まさか『大厄災』である魔女ルヴェルビィが、警備兵や近衛騎士団を嫌って有権者に近づかていないだけ───なんて考えにくい。
「ワシの考えは精々それくらいだ。いずれにせよ、ルヴェルビィの排除が必要なことは変わらない」
ウェイリーは静かに聞き終えると頷いた。
「そうだな。ルヴェルビィは───早く殺さねばならない。人類史に奴は不要だ」
─── ─── ───
ルヴェルビィは、魔女と呼ばれる少女である。
彼女は少女でもあり、女でもあり、老女でもあり、少年でもあり、青年でもあり、爺でもあり、化け物でもあり───しかし一番好きなのは少女の姿だった。
理由は簡単で、可愛いから。
ルヴェルビィは可愛くて綺麗な自分が好きだった。
しかし何時も少女の姿かと言えばそうでもない。
ルヴェルビィは少女の容姿を大事にしている。
普段は女の姿で暮らし、人目が無い場所では少女の姿で暮らす。
ギルドや国と言った強大な組織から追われている自覚は無いにもかかわらず、人間の生活圏で活動するルヴェルビィが未だ特定されていないのは、その長年の習性によるものだった。
そして更に一点。
ギルドは思い違いをしていた。
「いやはや久しぶりに善行しちゃいましたね……彼の無価値で無意味な人生もこれで花開くことでしょう。人助けは気持ちが良いことです」
彼女は───ルヴェルビィは。
自身が人類の敵だなんて露ほども思っていない。
ただ彼女の認識では人助けをしているだけなのだ。
困っているから望みを叶えた。
苦しんでいるから能力を与えた。
泣いているから解決策を示した。
ルヴェルビィは純粋無垢だった。
本当にただ一心で、何一つ悪意の混じらない善意で以って、今まで人間たちを助けてきた。
その助けられた人々が───『厄災』として人間を殺し回るようになってしまうだけで。
彼女自身は何一つ人類に敵愾心など無い。
全てはルヴェルビィの固有魔法が原因だった。
ルヴェルビィはそれを祈願成就と呼んでいる。
ルヴェルビィが願えば、相手は必要なものが手に入る。
善人であるルヴェルビィには最も適した魔法である───と本人は思っている。
実際は、祈願成就なんて優しいものでなく、願った相手を狂わせて人類内で同士討ちを加速させる魔法であることにルヴェルビィは気づかない。
一度手助けした相手には興味を示さず、後は本人の自助努力で何とかしてくださいと考えるルヴェルビィに気付く術はない。
「ですが感謝の言葉が無かったのが気がかりですね……もう一人困っている人を探してみましょうか」
だからこそルヴェルビィは、透き通った善意で以って、人々を救い続ける。
人類の敵を生み出しているとは露とも知らずに。
書き切り短編。
思いついたら続きも書きます。