TS魔剣少女と剣聖   作:きし川

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三 底なし湖のウンディーネ

「アルバートさん!」

 

 少女の姿になっておじさんに駆け寄る。肘から先がなくなった両腕を見ると、痛々しい程に黒焦げだ。

 

 これ、もしかしなくても俺のせいだよな? どうしよう、これじゃアルバートおじさんが戦えない。……クソ! 俺には火力しかないから、治療の手段がない。

 

「心配しなくてもいいよ、エンティ。回復魔法で治癒できるから」

「え?」

 

 大慌てしているとアルバートおじさんは怖いぐらいの笑みを浮かべて言った。

 肘から先がなくなった両腕に魔法陣が浮かび、みるみるうちに腕が再生していく。うわ、キモ。

 再生の過程がグロテスクで見てられない。直視できない。

 

 でもよかった、腕が治って。

 俺はとても安堵した。

 

「エンティ」

「っ!? は、はい……! なんですか……?」

 

 ホッとしたのも束の間、名前を呼ばれて心臓が跳ねる。

 アルバートおじさんの雰囲気がわからせの時と同じものに変わっていた。

 

 怒ってる。絶対に怒ってる。

 アルバートおじさんと目が合わせられない。

 

「僕が思いっきり出せと言ったもの悪かったけど、ちゃんと狙って炎を吐いてほしかったな。これじゃあ、いつか自滅してしまうよ」

 

 拳を開いたり閉じたりしながらおじさんは言う。

 おっしゃるとおりだ。でもこっちにも言い分がある。

 

「ご、ごめんなさい……そのいきなり魔力を流し込まれたので頭まっしろになってしまって……」

「エンティ、僕の目を見て喋りなさい」

「……っ」

 

 見上げると案の定、あの目が俺を見ていた。

 開眼した糸目から鋭い眼光が放たれている。

 足が震えた。

 アルバートおじさんはため息を吐く。

 

「それは良くないね。エンティはただの魔剣ではなく生きた魔剣。君は普通の魔剣と違って考えて力を制御できる。使い手のサポートが出来るのが生きた魔剣の特徴なんだ――その時に応じて力を調整したり、内部に魔力をため込んで魔力譲渡なしでも力を行使したりね。でも今の君はずっと指示待ちだ、考えてない。魔力を注がれたらすぐに力として吐き出そうとする。チャンスを待ってない」

「はい、すみません……」

 

 シンプルな説教が辛い。

 会社での新人時代を思い出す。

 まだわからせのほうがマシだと俺は思う。

 

「そこでちょっとした特訓をしようと思う」

「特訓ですか……?」

 

 何をやらされるんだろう。こわい。

 

「そこの木に手をついて、お尻を向けなさい」

 

 焦げた木を指さして、アルバートおじさんは言った。

 あっふーん……。

 俺は全てを察した。

 わからせと似たことする流れだ。

 

「アルバートさん……魔力ないんじゃ……」

「うん? ああ、それなら問題ない。休憩したから全回復しているよ」

 

 ええ……。化け物だよ、この人。もうこの人だけでいいんじゃないか?

 

「さ、早くしなさい。時間は無駄にしてはいけないよ」

「分かりました……」

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

「エンティ、遅いよ。このままでは日が暮れてしまう」

「す、すみません……♡急ぎますから……♡」

 

 内股でアルバートおじさんの後ろを歩く。

 いま俺の中にはアルバートおじさんの魔力がたっぷりと入ってる。おじさんから与えられた特訓内容は次の四天王のところに着くまで魔力をこぼさないようにするというもの。

 

 正直、キツイ。

 前も後ろも(・・・・・)締めながら歩くのが大変だし、こぼしたらこぼした分以上に追加される。ただでさえ腰砕けになる寸前でこれ以上何かされたら本当に歩けなくなってまたアルバートおじさんに迷惑をかけてしまう。

 堪えないと……。

 

「見えてきたよ、エンティ。あれが底なし湖だ」

「あれが……」

 

 魔の森を越えた先、ひらけた場所にぽつんとある大きな(みずうみ)。あれが次の俺たちの目的地。魔王配下の四天王の一人、ウンディーネが棲まうと呼ばれる場所。

 

「……ほんとに底が見えない」

 

 近くによって覗いてみると湖の水は透き通るほどに澄んでいるのに底はまるで見えない。本当に名前のとおり底なんて無いかのように深淵。もし泳げない人が落ちたらとても悲惨なことになるだろう。

 

「ここにウンディーネがいるんですか?」

「うん、そうだよ。ここは魔王のいる城へ行くなら必ず通る湖だからね――水場じゃないと生活できないウンディーネには都合がいいのさ」

 

 へぇ、そうなんだ。でも、どうしようか。水のなかに敵をどうやって攻撃する?

 

「アルバートさ――」

 

 いや、待てよ。これは試されているんじゃないか。

 チラリとアルバートおじさんを見れば、顎髭を撫でながら俺を見ている気がする。

 おじさんは自分で考えるようにしろと説教をした。

 ここでもし、いつものように意見を仰ごうとしたら教えてくれるかもしれないが、その後はため息を吐かれて教育(・・)されてしまうかもしれない。

 それはダメだ。これ以上、アルバートおじさんの足を引っ張るのは申し訳なさが勝つ。それに、おじさんもいい加減呆れて俺を手放すかもしれない。転生初日でお役御免されるとか、追放系物語でも類を見ない無能じゃないか。

 

「……そうだ!」 

 

 いいことを思いついた。要はこの湖にいるウンディーネを強引に引きずり出せばいいんだ。

 そして、この場合に俺ができることはこれしかない。

 

 背中から本体である|炎帝獣王竜皇聖魔剣《えんていじゅうおうりゅうのすめらぎのせいまけん》を引き抜き、赤い刀身を湖に浸けた。

 

「エンティ?」

「アルバートさん、任せてください。エンティは名案を思いつきました」

 

 俺は今まで力を炎という形で使ってきた。でも、俺はただの熱エネルギーとして力を放出することができる。

 たっぷり注がれたおじさんの魔力を熱変換。赤い刀身が赤熱し、水に接している表面に気泡が出てきた。

 もっとだ。もっと熱くなれよ!

 

 アルバートおじさんの魔力の量と濃度を考えれば、湖の水を沸かすのに五分もかからないはずだ。実際、もう湖の水面から湯気が出ている。

 

「もっと、もっと!」

 

 ボコボコボコボコと、沸騰する湖。液面に巻き添えを食らった水生生物の骸が浮かんでる。ごめんよ、ここに棲んでるウンディーネが悪いんだ。

 

 さぁ、そろそろ出てこいウンディーネ。そろそろのぼせてきただろう。

 

「あっついっ!!!」

 

 それは突然、起こった。湖から爆ぜるような水柱が立ち、青い肌をしたグラマラスな人魚がすごい顔で飛び出してきたのだ。

 一目見て、ウンディーネだと素人の俺でも分かった。

 やった、狙い通りウンディーネを引きずり出したぞ!

 

 転生して初めて成功を感じた。

 しかしその喜びも束の間。

 ウンディーネがぶち上げた熱湯が俺へ盛大に被さってきたのだ。

 

「あっつっっっっ!!!!」

 

 熱さのあまり地面を転がる。

 灼熱感を紛らわす為に土に体を擦り付けて。

 どうしてこうなるの? せっかくチート転生者っぽいことできたのに……チクショウ。

 

「何をやってるんだいエンティ、君は炎属性なんだから熱いのなんて平気だろう?」

「熱湯は水属性です! 2倍弱点なんです!」

 

 素っ頓狂な事を言い出すアルバートおじさんに言い返す。

 

 はー熱かった。幸い、俺は魔剣だったから火傷はしていないみたいだ。そういえば、ウンディーネの方はどうだろう。あっちは生物だから火傷してそうだけど。

 

「ふーあっつー……一体を何をするのですか、もう少しで火傷するところだったじゃないですか」

 

 意外にも平気そうな様子のウンディーネが俺たちをにらみつけている。

 マジか、まるで効いてねぇ。

 

「なんで平気なんですか?」

「熱湯とはいえ元が水ですから、水属性のわたくしには効果はいまひとつです」

 

 あっ、そっかぁ……。

 

 穏やかな口調で教えてくれた。

 ウンディーネは物腰の柔らかいタイプなのかもしれない。

 森を燃やしたくらいで怒り狂ったアルラウネとはえらい違いだ。

 

「やぁ、ウンディーネ。僕はアルバート、剣聖と呼ばれている――こっちの子はエンティ、生きた魔剣だ」

「アルバートとエンティですか……わたくしはウンディーネ。ここ、底なし湖で門番をしています」

「門番……?」

 

 初めて聞いた情報に思わず聞き返す。それはアルバートおじさんから聞いてないことだ。

 

「はい。ここから先は魔王城跡に繋がる道です。魔王と勇者一行との戦いが決着した後、魔王の財産を狙う盗人が現れ始めまして、それらから守るために魔王領を結界で閉じました。結界を開く事ができるのはわたくしだけ、なので門番を名乗っているのです」

「そうなんですか?」

 

 嘘を言っているかも知れないとアルバートおじさんに確認する。

 

「……どうやら本当のことらしいね、よく見れば透明な壁が道を遮ってる。彼女に結界を開けてもらうしかないようだ――ウンディーネ、単刀直入に言おう。僕らは魔王に用があってやってきた。結界を開けてほしい」

 

 アルバートおじさんは紳士的にお願いした。しかしウンディーネは首を横に振る。

 

「それはできません。誰であろうと通さないという決まりですので――それに、アルラウネを殺したあなた方をこのままにしておくつもりは毛頭ありません」

 

 ウンディーネの体から魔力が膨れ上がる。穏やかな表情とは裏腹になんて暴力的な魔力。一瞬、脳裏に全ての押し流す津波のような災害を想起した。

 

 しかし、なぜ――バレている。まだアルラウネを倒してから一時間も経ってない。電話とかメールとか使わないと知りようがないはずだ。

 

「アルラウネの落ち葉が、彼女の最後の言葉を伝えてくれました。わたくしはあなた方を許さない。わたくしの友人(アルラウネ)の弔いために、あの子の安全ために――ここであなた方を殺します」

 

 ちょうどよく疑問に答えてくれたと思いきや、ウンディーネは胸の前で何かしらの印を結んだ。

 

潮域展開(ちょういきてんかい)

 

 ウンディーネの魔力が爆発的に広がり、周囲の空間ごと俺たちを包み込む。

 次の瞬間、環境が一変した。

 

「な――!?」

 

 気づけば俺たちは水底にいた。いや、立っているのが湖の畔なのは変わらない。空気がすべて水に変換されて、俺とアルバートおじさんは沈められている。

 

「驚くのは無理もないですね。こんなことを出来るのはわたくしぐらいのものでしょうから」

 

 ウンディーネが得意げな笑みを浮かべる。

 

「自分の周囲を結界で閉じ、内部の空気を魔力によって仮想の海水に変え、領域(キルゾーン)とする。いかに優れた魔法使いといえども、こんなことはできないでしょう」

 

 ウンディーネは下半身の尾ヒレを動かし、俺たちよりも高く浮上する。そして、なんとも艶やかなため息を吐く。

 

(おか)に引きずり出せば、優位に戦えるとお思いだったのでしょう。先代のウンディーネは勇者一行にそのようにして敗北したと伺っていますから――ですが、わたくしは二の舞を演じるつもりはございません。残念でしたね」

 

 エンティ、そこまで考えないよ……。それにしても前に魔王に勝った勇者一行も似たようなことして勝ってたのか、おかげでまた対策されてる。

 クソ……勇者一行め、こっちの足引っ張りやがって!

 

「……っ、だからなんです! こんなの海に変わっただけじゃないですか、こんなのでエンティ達は倒せません!」

「確かに生きた魔剣のあなたは水の中でも活動できるでしょう。でも、使い手の方はどうかしら?」

「あ……っ」

 

 アルバートおじさんの方を見ると、鼻から気泡を出しながら顎髭を撫でていた。まずい、おじさんはただの人間だ。腕生やしたり、魔力が実質底なしだったりするけど、基本的には人間。息ができなきゃ死んでしまう。

 

「さらにつけ足すならば、たとえ息ができたとしても陸の生物であるあなた方が水中戦でわたくしに勝てる道理などありません」

「く……っ」

 

 ウンディーネの言うとおりだ。こっちは浮力とか水の抵抗のせいで陸上よりも動きが鈍るのに、アイツにはヒレがあるから素早く動ける。

 どうすればいい、どうすればアイツに攻撃を――それも一撃で時間をかけずに倒せる攻撃を当てられる。

 

 俺は必死に頭を回した。今の自分にできること、今の状況をひっくり返せる事を考える。

 

 そして、ひとつ閃いた。

 

「いいえ、ウンディーネ。勝ちを確信するにはまだ早いですよ!」

 

 地面を蹴って、ウンディーネに向かって泳ぐ。――というのは見せかけで狙いは結界の中心に向かっている。

 

 今からすることは、むかし聞きかじっただけの浅知恵。けれど今の俺で、今の状況なら――確実に決まる。

 

 本体である炎帝獣王竜皇聖魔剣を前に掲げ、特訓で入れられたアルベールおじさんの魔力を全集中。

 加熱時間最短、出力最大――それによる急激な高熱化。

 そこに冷たい海水が触れることで生じる――極端な温度差。

 信じるぞ、理科の先生! これでいいんだよな!!

 

 ――くらえ、水蒸気爆発!!

 

 瞬殺、目の前が真っ白に染まり――凄まじい衝撃が体を貫いた。思わず目を瞑る。途端に今度は空中に投げ出されたような感覚を感じて、背中から地面に着地した。

 

「いたた……」

 

 背中を擦りながら目を開けば、辺りの景色は無残なものだった。木々はなぎ倒され、地面には小さなクレーターができている。

 水蒸気爆発がこれほどの威力とは思わなかったが、爆心地に一番近かったのによく無事だったもんだ。

 頑丈な身体に感謝しかない。

 

「……わーお」

 

 そして、肝心のウンディーネはというとこっちもひどい有様。

 裂傷や擦過傷で傷だらけ、火傷もあるかな。腕も変な方向に曲がっていて、あれではもう潮域展開とやらは使えないだろう。

 

「こっちの方が爆発に近かったですけど、ダメージはそっちの方が上みたいだったみたいですね」

「うぐ……」

 

 ウンディーネが苦痛に満ちた表情で睨んでくる。

 いや、もうそれしかできないのだろう。

 頼みの綱の潮域展開は潰され、退路である湖からも爆発で離されてしまっている。

 完全な詰み。

 余裕綽々で歩み寄り、炎帝獣王竜皇聖魔剣の剣先をウンディーネに向けた。

 

「さよなら、ウンディーネ」

「……っ」

 

 観念したように目を瞑った彼女の青い胸を赤い刀身が貫く。傷口から黒く焦げていき、ブスブスと黒い煙が口から漏れる。

 

「す……、ませ……ユ、ミル……」

 

 ぶつぶつと何かを呟いている。アルラウネと同じく。

 ユミル。

 二人の最後の言葉に必ず出てくる名前。

 いったい何者なんだ。

 

 ウンディーネの胸から剣を引き抜く。

 彼女はピクリとも動かない。

 

 勝った。

 初めて、アルベールおじさん抜きで。

 転生後、初の勝利。

 ついに転生者らしいことができた、わーい!

 

 ぽん、と肩に手が置かれる。

 アルベールおじさんの手だ。

 

 きっとおじさんも褒めてくれるに違いない。

 そう思って、俺は振り返った。

 

 アルベールおじさん、俺はやりましたよ――

 




これって……!

ああ……エンティの勝ちだ


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