アリスは微笑んで死を乞う   作:ベイベ後藤

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12話 純白のインターミッション

 

真っ白な塩の平原。上下の感覚さえ消失しそうなほど空の青と大地の白が溶け合っている。

俺はピータービルトを停め、エンジンを切った。

シュン……と金属の熱が引いていく音が、この「空白の世界」では驚くほど大きく響く。

 

「……ねえ、おじさん。あっちまで、歩いてもいい?」

 

アリスが靴を脱ぎ捨て、裸足でステップを降りた。

踏みしめる塩の感触は、雪よりも固く、それでいてどこか温かい。彼女のワンピースが風にたなびき、地表の白と混ざり合って、まるで少女の形をした陽炎のようだった。

 

「……ギギィ! ……ボク、……ここ、……好き! ……お空が……下にも……ある!」

 

モスマンが元気を取り戻し、キャビンから飛び出した。鏡のような地表に映る自分の姿を追いかけて、円を描くように飛び回っている。

 

「……ふむ。幸運の招き猫としても、これほど雑音のない場所は珍しい」

 

ケットシーがボンネットの上に腰を下ろし、優雅にパイプを吹かした。

 

「ドライバー、貴殿も少しは肩の力を抜いたらどうだ? ここには貴殿のギアチェンジを採点する岩も、命を数える砂時計の主もいない」

 

「……そうだな。教官殿の言う通りにするよ」

 

俺は荷台のハッチを開け、イッポンダタラとノッカーが這い出してくるのを眺めた。

 

「ガハハ! 広いじゃねえか! ここなら思いっきり槌を振るっても、どこにもぶつからねえ!」

 

ダタラが巨大な消火栓の蓋をフリスビーのように放り投げ、塩の平原を滑らせて遊んでいる。

 

「……静寂。……電磁波の……ノイズ、……ゼロ。……俺の……コアが、……深呼吸……してる」

 

ノッカーも過熱した基盤を冷やすように真っ白な塩の上に大の字になって寝転んだ。

 

俺はトラックの影に腰を下ろし、アリスの姿を目で追った。

彼女は少し離れた場所で立ち止まり、拾い集めてきたスノードームと砂時計を塩の上にそっと置いた。

 

「……みんな、……見て。……とっても……広いよ。……ここなら、……窮屈じゃないね」

 

彼女が砂時計に触れると、中から琥珀色の光が蛍のように溢れ出し、真っ白な平原へと溶け込んでいった。亡霊たちの記憶が、この巨大な「空白の画用紙」に、淡い色彩を描き出していく。

それは暴力的な「不条理」の解放ではなく、もっと穏やかな、ただの「休息」だった。

アリスが救ってきた魂たちに与えた束の間のピクニック。

 

「……おじさーん! こっち、……おいでよ!」

 

アリスが振り返り、俺に向かって大きく手を振った。

その顔には、管理社会の影も、死神の冷徹さもなかった。ただの、どこにでもいる幸せな少女の笑顔があった。

俺は苦笑いしながら立ち上がり、ポケットからコーン君を取り出した。

 

「ガサッ……! ……現在地、……座標……測定不能……。……でも、……ここは……良い場所……カサッ。……ルート666にも、……こんな……余白が……あったんですね……」

 

俺たちは世界の終わりを運んでいることを一時だけ忘れ、真っ白な静寂の中に身を浸した。

 

ボンネビルの白い静寂は、最高の「青空工場」になった。

地平線まで遮るもののないこの場所では、ボルトひとつ落としてもすぐに見つけられる。

俺はオーバーオールに着替え、イッポンダタラとノッカーを呼び寄せた。

 

「ダタラ、ノッカー。これからの旅はもっと過酷になる。この白い平原にいる間に、ピータービルトを『化け物』に作り変えるぞ」

 

「ガハハ! 待ってましたと言わんばかりだぜ、運転屋! ネバダで拾った『赤騎士』の残骸と、あの壊れた機械馬のパーツ……こいつを炉に放り込んで、特製の合金を叩き出してやる!」

 

ダタラが塩の上に簡易的な「魔法の炉」を組み上げた。騎士の赤い装甲がドロドロに溶け、そこにアリスが救った「亡霊たちの残留思念」が混ざり合う。

 

装甲の強化:【ブラッド・セラミック・アーマー】

 

ダタラが叩き上げたのは、赤騎士の「不屈」と、アリスの「慈悲」が結晶化した紅いセラミック装甲。

 

「……カチカチだ。……物理的な……衝撃だけでなく、……精神的な……干渉も……弾き返す。……まさに、……動く城……」

 

ノッカーが感嘆の声を漏らしながら、フロントグリルと側面にその装甲をリベット打ちしていく。

 

足回りの改造:【グラビティ・アジャスター】

 

ノッカーは、機械馬のシリンダーから抽出した「重力制御ユニット」を、ピータービルトの18輪すべてに組み込んだ。

 

「……これで、……どんな……悪路でも……跳ねない。……塩の上も、……雲の上も……同じように……グリップする。……教官殿、……採点は?」

 

「ふむ、100点だ。接地感のない車に幸運は宿らんからな」

 

ケットシーが満足げに頷く。

 

特殊装備:【アリスのライトゲート・プロジェクター】

 

前回の「光の道」を教訓に、アリスが砂時計の力を直接トラックの電気系統に同期させた。

ヘッドライトはもはや単なる照明ではない。アリスの意思に応じて、隠された道(ゲート)を照らし出し、あるいは敵の視界を「幸福な記憶」で焼き切る武装へと進化した。

アリスは、改造が進むトラックの横で、コーン君と一緒に部品の整理を手伝っていた。

 

「……おじさん、トラック……どんどん……強そうになっていくね。……なんだか、……お洋服を着替えた……騎士様みたい」

 

「ああ、お前を守るための鎧だ。……少しは頼もしくなったか?」

 

俺が尋ねると、アリスは新しくなったフロントバンパーにそっと触れた。

彼女が触れた場所から、微かに青い火花が散り、トラック全体が「意志」を持った生き物のように震えた気がした。

 

「……うん。……わたし、……この子と一緒に……世界の果てまで……行きたいな」

 

夕暮れ時、白い平原に赤い装甲を纏ったピータービルトが、禍々しくも神々しく鎮座していた。

それはもはや、ただの運送車両ではない。

地獄を駆け、不条理を蹂躙し、少女の願いを運ぶための「黙示録を越える獣」へと変貌を遂げていた。

 

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