「……接地まで、……三、……二、……一! ……衝撃……くるぞ!」
ノッカーの叫びと同時に、俺は重力制御ユニットを限界まで逆噴射させた。だが、激突の衝撃は想像していたものとは違った。
ピータービルトは、まるで巨大な綿菓子の中に突っ込んだかのように柔らかく、それでいて粘り気のある「光の膜」に受け止められた。
窓の外に広がっていたのは、地底とは思えないほど巨大な空洞。そこには、赤を基調とした奇妙な幾何学模様が刻まれた「浮遊するピラミッド」と、地脈から伸びる発光植物が網の目のように張り巡らされた、失われた民の聖域があった。
「……ここが、……沈黙の……底。……LAWの……管理外……セクター……」
ノッカーが震える手でカメラを回す。そこには数千年前から時間が止まったままの、しかし確実に息づいている「情報の原始林」が広がっていた。
「ガハハ……! 冗談じゃねえ、天国ってのは穴の底にあったのかよ!」
ダタラが、荷台から身を乗り出し虹色に光る空気の粒子に手を伸ばす。
俺たちはピータービルトをゆっくりと、その中心にある巨大な「心臓」のような岩塊の前で停めた。そこには、一人の老いた神性――あるいはその残滓が、岩に半分埋まった状態で座っていた。背中には、折れ曲がったフルートのような杖。
彼こそが、かつて人々を歌で繋ぎLAWによって「非効率なノイズ」として封印されたココペリだった。
「……おじいちゃん。……ずっと、……ここにいたの?」
アリスがふらりと助手席を降り、老いた神へと近づいていく。
ココペリは、節くれだった指を動かし音の出ないフルートを唇に当てた。
音は聞こえない。だが、アリスの『錆びた鍵』がそれに共鳴し、哀しいほど美しいメロディをキャビンの中に直接響かせた。
「……ふむ。これは『情報の原罪』だな」
ケットシーが、三度笠を脱いで膝に置いた。
「かつて言葉は歌であり、通信は祈りだった。LAWはそれを記号(データ)に変え、感情という不純物を切り捨てた。……この老人は、その切り捨てられた『祈り』の残骸だ」
アリスはココペリの前に膝をつき、その冷たい、岩のような手に自分の小さな手を重ねた。
「……いいよ。……もう、……歌わなくても。……わたしが、……おじいちゃんの……代わりに……この世界を……止めてあげる」
アリスがそう囁いた瞬間、彼女の背後に「死の天使」の巨大な影が揺らめいた。
それは救済か、それとも破壊か。
アリスの慈悲がココペリの封印を溶かし、地底街全体が、最後の一瞬だけ眩い黄金色に輝き始めた。
「……全回路、……同期。……地底の……全データ……俺の中に……流れ込む……! ……これは、……歴史の……バックアップだ……!」
ノッカーの目に、かつてないほど強い光が宿る。
俺たちは、LAWが隠蔽した「世界の真実」を、その胃袋に詰め込んでいく。
アリスが救ったのは、ただの古い神ではない。
忘れ去られた、世界の「優しさ」そのものだった。
地底街の黄金色の光が、ピータービルトの赤い装甲に不思議な紋様を焼き付けていた。
ココペリの「音なき歌」が止んだ後、トラックの周囲には、物理法則を超越した幾つかの「遺物」が残された。
俺はキャビンを降り、ノッカーとダタラと共に、この地底の贈り物を点検した。
通信・演算ユニットの進化:【ココペリ・アンテナ】
ノッカーの頭部から伸びる触角が、地底の金属植物と融合し、半透明のフルートのような形状に変貌した。
「……受信感度、……測定不能。……LAWの……暗号化された……思考(パケット)を、……『歌』として……解読できる。……あいつらが……何を……考えているか、……ノイズに……なる前に……わかる……」
これにより、敵の先制攻撃や待ち伏せを「予感」として察知することが可能になった。
特殊武装:【共鳴の衝撃波(ソニック・チャージ)】
ダタラが岩塊から削り出したのは、太古の民が使っていた巨大な石笛を組み込んだバンパーガードだ。
「ガハハ! こいつをエンジンの排気圧と同期させりゃ、目に見えねえ『音の壁』で敵を粉砕できるぜ!
物理的な破壊じゃねえ、あいつらの『存在の波形』をバラバラに解体してやるんだ!」
アリスの新しい力:【錆びた鍵の変容・『共鳴する慈悲』】
アリスの手にある『錆びた鍵』は、ココペリの心臓に触れたことで、その表面に複雑な蔦の紋様が浮かび上がった。
「……おじさん。……あのね、……この鍵、……『道』をあけるだけじゃなくて、……『おやすみ』って……言うのが、……上手になったよ」
彼女が鍵を振れば、周囲の「不条理」や「呪い」を一時的に無力化し、静寂の中に固定することができる。
これは強大なLAWの兵器に対する、唯一の絶対的なカウンターとなる。
「……準備は整ったな。ドライバー、貴殿のトラックは、この世界の『バグ』そのものだ」
ケットシーが、新しくなったココペリ・アンテナの先端を満足げに眺めながら言った。
「LAWが隠したかった真実を食らい、その力まで我が物にした。
奴らにとって、これ以上の屈辱はあるまい。……地上へ戻れば、手厚い『歓迎』が待っているはずだぞ」
「望むところだ。……先生、採点の準備はしておいてくれ。地上の連中を、この音色で驚かせてやる」
俺は運転席に戻り、新しくなったコンソールに手を置いた。
指先から伝わってくるのは、機械の冷たさではなく、地底から汲み上げた「命の熱量」だった。