アリスは微笑んで死を乞う   作:ベイベ後藤

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18話 魂の同期──二人のアリス

 

繭の放つ強大な衝撃波が、ピータービルトの重厚な装甲を紙細工のように揺さぶった。

突入の瞬間、キャビンは上下左右の概念を失い、俺たちは文字通り「バラバラ」に投げ出された。

 

「……ぐ、……あ……。おい、全員無事か!」

 

俺は歪んだステアリングに挟まった体を強引に引き剥がし、煙の立ち込めるキャビンを見渡した。だが、そこにいつもの賑やかな顔ぶれはない。

 

「……ギ、……ギギッ……。……回路が……混線……してる……。ボク……どこ……?」

 

モスマンが、天井の換気ダクトに逆さまで突き刺さっていた。

自慢の複眼は左右バラバラの方向を向き、羽からは紫色の火花がチリチリと漏れている。

 

「……おじさん……ここ……とっても……冷たい……情報の……ゴミ箱だ……」

 

「ガハハ! 笑わせんじゃねえ! 俺様を、こんな『青っ白いヒモ』で縛り上げようったって、そうはいかねえぜ!」

 

ダタラは荷台から放り出され、天井から垂れ下がる無数の光ファイバー・ケーブルに絡め取られていた。

一本足で宙吊りになりながらも、彼は残った腕でケーブルを引きちぎろうと暴れている。

 

「おい、運転屋! ぼさっとすんな! 俺のことはいい、アリスを……アリスを探せ!」

 

「ドライバー、足元を見ろ。私はここだ。……全く、酷い運転教習だったな」

 

ケットシーの声が、散乱した書類の山の下から聞こえた。

這い出してきた彼は、自慢の三度笠を半分失い、尻尾の先が焦げている。

 

「……奴め、この空間の『論理』を書き換えて、我々の存在そのものをバラバラに分解しようとしている。急げ、アリスの心が完全に青に染まる前に!」

 

そして、一番肝心な助手席。

そこには、アリスの姿はなかった。

ただ、彼女が大切に抱えていた『錆びた鍵』だけが、冷たい床に落ちて今にも消えそうなほど弱々しく光っている。

 

「……アリス……!」

 

俺は鍵をひっ掴み、ピータービルトの開いたドアから外へ飛び出した。

目の前では繭から溢れ出した「青い虚無」が、霧のように空間を浸食し仲魔たちの叫びさえも静かに飲み込もうとしていた。

 

「……すまねえ、野郎ども。すぐには助けられねえが……待ってろ。主役を連れ戻して、この『青いゴミ捨て場』ごとぶち壊してやる!」

 

俺は『錆びた鍵』を握りしめ青い霧の向こう側、巨大な水晶の繭が鎮座する壇上へと駆け上がった。

 

そこには、二人のアリスがいた。

一人は俺のトラックに乗っていた、あの少しだけ温かくなったアリス。

彼女は繭の前に立ち、己の半身である「青い影」と向き合っていた。

もう一人は、繭の中から抜け出し無数の光ファイバーを翼のように広げた「管理のアリス」。

その瞳には星空を眺めた時の輝きなど微塵もなく、ただ冷徹な『終了』の文字だけが流れている。

 

『――何故、拒ム。苦痛ノミデ構成サレタ世界ニ、何ノ未練ガアル。』

 

青いアリスの声が、空間そのものを震わせる。

 

「……苦しいよ。……痛いのも、嫌。……でもね、……おじさんのトラック……とってもうるさくて、……お肉が焼ける匂いは、……とってもいい匂いだったの」

 

俺のアリスが、一歩、繭へと歩み寄る。

 

『――ソレハ、一時的ナ、バグニ過ギナイ。管理サレタ静寂コソガ、魂ノ救済。』

 

「……違うよ。……わたし、……もう一人のわたしに……教えてあげたい。……『さよなら』は……悲しいだけじゃないんだよ」

 

青いアリスの手から、空間を凍てつかせるほど鋭い「消去プログラム」の刃が形成される。

 

「アリス! 鍵を受け取れ!」

 

俺は渾身の力で、手の中の『錆びた鍵』を投げ込んだ。

鍵は琥珀色の放物線を描き、アリスの手元へ。彼女がそれを掴んだ瞬間、周囲の「青」が、彼女の温もりに触れて激しく弾けた。

 

「……ありがとう、おじさん。……いこう、……もう一人の……寂しいわたし」

 

アリスが鍵を掲げると、二人の距離がゼロになる。

救済の琥珀と、絶望の青。

二つの色が混ざり合い、エリア51の最深部で巨大な「情報の渦」が巻き起こった。

 

二人のアリスが放つ、琥珀と青の激越な光の渦。

その中心部から放たれた「意味の奔流」が、バラバラになっていた仲魔たちの魂を強引に引き戻した。

 

「……ギ、……ギギギッ! ……ノイズが……消える!

……ボク、……見える……! おじさんの……トラックの……心臓(エンジン)が、……燃えてる……!」

 

天井のダクトから這い出したモスマンの複眼が、七色に発光した。

彼は自身の電荷を限界を超えて増幅させると、ピータービルトのバッテリーへと飛び込んだ。

 

「おじさん……、電気……いっぱい……あげる! ……走れ……!!」

ダッシュボードの計器が、針を振り切って発火するほどのエネルギーで満たされる。

 

「ガハハハハ! 鎖が解けたぜ!

……こりゃあ、単なる鉄屑の修理じゃ収まりがつかねえな!」

 

天井から墜落したダタラが、地響きを立てて一本足で立ち上がった。

彼は周囲に散らばったエリア51の超高密度装甲材を素手で掴み取ると、歪んだピータービルトのフレームに熱を帯びた手で次々と叩き込んでいく。

 

「いいか、運転屋! 今このトラックは、世界で一番硬い『盾』になった!

どんな次元の壁だろうが、正面からぶち破れ!」

 

「ふむ……。弟子たちの気合に比べ、私は少しばかり無様だったかな」

 

ケットシーが、ボロボロになった三度笠を捨て、ピータービルトのボンネットへと飛び乗った。

その手には、いつの間にかアリスが落とした『錆びた鍵』の残光で編み上げられた、光のタクトが握られている。

 

「ドライバー、加速しろ!

バラバラになったのは、我々だけではない。……このエリア51の『論理』そのものが崩壊を始めた!

崩れる前に、この崩壊の波をサーフィンするのだ!」

 

ピータービルトは、仲魔たちの献身によって、文字通り「超越的な怪物」へと変貌していた。

ひしゃげた装甲は光を反射する白銀へと変わり、排気管からは青いプラズマの炎が噴き出す。

 

「……野郎ども、助かった!

……アリス、聞こえるか! 全員揃ったぞ!

お前がどっちのアリスでも構わねえ、俺たちの助手席は空けてある!」

 

俺は、崩壊し始めた地下空間の壁を蹴り飛ばし二人のアリスが溶け合う光の繭へと18輪の怪物を突進させた。

 

「……いこう、……おじさん。……二人で……一人に……戻るから」

 

光の繭が弾けた。

そこから現れたのは、青い虚無を纏った死神でも無力な少女でもなかった。

琥珀色の光を瞳に宿し、その背には電子の翼を広げた「真のアリス」

彼女は、空中から突進するピータービルトの助手席へと吸い込まれるように舞い降りた。

その瞬間、トラックのコンソールが黄金色と青色の回路図で埋め尽くされる。

 

「……同期……完了。……わたし……わかったよ。

……もう一人のわたしが……あんなに怒ってたのは……『終わり』が……寂しかったからなんだね」

 

アリスがコンソールに手を置くと、ピータービルトの30トンの巨体が重力の呪縛を脱してふわりと宙に浮いた。

 

『――エラー。――論理破綻。――愛。――慈悲。――管理不可能。』

 

エリア51のシステムが、最後の断末魔のような警告音を鳴り響かせる。

天井が崩れ、数兆ギガバイトの情報が物理的な岩塊となって降り注ぐ中、俺は覚醒したステアリングを強く、真っ直ぐに握った。

 

「野郎ども、しっかり掴まってろ!

ここからは『道』じゃねえ! 崩壊という名の『風』に乗るぞ!」

 

「ガハハ! 宇宙(そら)まで飛んでいけ、運転屋!」

 

「……おじさん……景色が……溶けてる……最高だ!」

 

「ふむ、幸運の女神も、このスピードには追い付けまいよ!」

 

俺はアクセルを床まで踏み抜いた。

モスマンの電磁加速と、ダタラの強化フレーム、そしてアリスの「世界を書き換える力」が、ピータービルトを一条の光へと変えた。

崩壊する地下通路を、光速のワルツを踊るように駆け抜ける。

物理的な障壁を、アリスの指先一つで「過去の記憶」へと変換し、俺たちはエリア51の心臓部からネバダの砂漠を突き破って、漆黒の夜空へと跳ね上がった。

 

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