「いいか、野郎ども! 肺に空気がねえなら、気合で燃料を燃やせ! ここを越えなきゃ、アイオワのトウモロコシが凍結乾燥粉末(フリーズドライ)になっちまうぞ!」
標高4000メートル、ロッキー山脈の心臓部。
俺のピータービルトは、もはやトラックではなく、雪煙を巻き上げる巨大な鉄のソリと化していた。
フロントガラスの外は、猛吹雪(ホワイトアウト)で一寸先も見えない。だが、そんな絶望的な視界の中でも、このキャビン内だけは標高など無視した熱気に包まれていた。
「ギギィッ! ……寒い! ……羽が……凍って……カチカチ! ……おじさん、……ヒーター、……もっと……最大!」
モスマンが俺の首筋に必死にしがみつき、触角をマフラーのように巻き付けている。
「……無理。……吸気温度、……氷点下30度。……これ以上……ヒーター回すと、……エンジンが……死ぬ」
ノッカーが助手席の足元で、剥き出しの配線と格闘しながら不機嫌に言い放った。彼の吐く息は白く、手にしたレンチには薄氷が張っている。
「ガハハハ! 最高の冷え込みじゃねえか! 鉄が引き締まって、いい音が鳴りやがるぜ!」
荷台から顔を出したイッポンダタラだけが、裸同然の姿で一本足をピョンピョンと跳ねさせていた。彼は荷台に積んだ「ジャンクパーツの山」を器用に組み替え、雪道専用のスパイク・ローラーを即席で作り上げ、後輪の横に固定していた。
「カサッ……カササッ。……警告。……前方、……斜度15度。……路面……ブラックアイスバーン。……1940年代の……バス転落事故の……呪いが……路面に……凍りついて……滑りやすい……カサッ!」
アリスの膝の上で、コーン君がナビゲーター気取りでカサカサと鳴く。アイオワで皮を使いすぎたせいで、今の彼は少しスリムな「冬仕様」の案山子だ。
「……あ、……キラキラしてる。……おじさん、……お空に、……お星様が……降りてきた」
アリスが窓の外を指差した。
だが、それは星ではなかった。
猛吹雪の向こう側から、整然としたフォーメーションを組んで降下してくる、純白の機械翼――LAWの高高度迎撃ユニット『エンジェル』の編隊だ。
「チッ、このクソ寒い中をご苦労なこった! 野郎ども、お茶会の準備だ!」
俺は15段変速のレバーを力任せに引き抜き、低速トルク(ロー・レンジ)に叩き込んだ。
「ノッカー、砂撒き装置(サンダー)全開! ダタラ、荷台のクレーンでガードレールごと敵を薙ぎ払え! モスマン、お前は……適当に目眩まししてろ!」
「ギギィーッ! ……超音波……発射ー!」
モスマンがキャビンの窓から身を乗り出し、吹雪を切り裂くような高周波を放つ。
同時に、ピータービルトの巨体がブラックアイスバーンを強引に踏み砕き、18個のタイヤが火花と氷片を散らしながら加速した。
上空から『エンジェル』たちが、氷の結晶を媒介にしたレーザー照射を開始する。
「ピピッ……ターゲット、……不純物。……この高度に……酸素は……不要。……窒息せよ」
無機質な電子音声が響く中、俺のピータービルトは、雪崩よりも速く、地獄よりも熱い咆哮を上げながら、氷壁の頂点へと突き進む。
「てめえら! こんな寒空の下でピータービルトに喧嘩売ったことを後悔させてやる!」
俺はハンドルを逆に切り込み、わざと巨体を横滑りさせた。猛吹雪の中、鋼鉄の車体がスケートリンクのように氷上を滑走する。その勢いのまま、荷台からイッポンダタラが操るクレーンアームが、巨大な鉄骨を振り回して追尾していた『エンジェル』の一体を叩き潰した!
「ガハハ! 天使の羽なんざ、所詮はブリキの飾りよ!」
鉄骨が衝突した瞬間、エンジェルの純白の装甲が砕け散り、中から複雑な電子回路が火花を散らす。それはまるで、壊れた精密機械の心臓が、血飛沫の代わりにチップとワイヤーを撒き散らしているかのようだった。
「ギギィッ! ……おじさん、……すごい! ……電気が……たくさん!」
モスマンが興奮して、砕け散ったエンジェルの残骸から放たれる微弱な電力を吸い取ろうとする。
「……ダメだ、モスマン! ……エネルギー……不安定。……食ったら……胃酸で……溶けるぞ」
ノッカーが半身を乗り出し、冷静に警告を発する。彼の指先からは、短絡した回路を修復するための放電が走っていた。
「カサッ……カササッ! ……警告。……後方、……LAWの……大規模……増援部隊……確認! ……氷壁の……上方……より……回り込み……開始……カサッ!」
コーン君が必死の警告を発する。彼の言葉通り、空からはさらに増援のエンジェルたちが、まるで雪崩のように降下してくる。
「チッ、しつけえ連中だぜ!」
俺はバックミラーで増援を確認すると、とっさにステアリングを左へと大きく切った。
ピータービルトの巨体は、そのまま凍てついた雪壁へと激突する!
「ぐっ……! 野郎ども、衝撃に備えろ!」
激しい金属音と衝撃がキャビンを揺るがす。
だが、それは俺の狙い通りだった。
砕け散った雪壁の破片が、後方から迫るエンジェルの編隊を襲う。巨大な氷塊が精密な機械の翼に直撃し、数体がバランスを崩して宙を舞った。
「カサッ! ……運転屋、……賢い。……物理演算、……最適解……カサッ!」
コーン君が珍しく俺の運転技術を褒める。
「馬鹿め! 俺はただ、 LAWの計算なんざ知ったこっちゃねえってだけだ!」
俺は再びシフトレバーを荒々しく叩き込み、一気に加速する。
前方は、峠の頂上まであとわずか。だが、そこにはすでに、エンジェルたちの最後の障壁が待ち構えていた。
彼らは巨大な純白の六角形の盾を形成し、光の壁(ライトウォール)を構築している。それはLAWの『絶対防衛』を意味する完璧な障壁だった。
その壁の向こう側は、わずかながら青い空が覗いていた。
「……クソっ! 突破口はねえのか!」
俺が苛立ちを露わにすると、アリスが俺の腕をそっと掴んだ。
「……おじさん。……あそこ、……壊したら……だめ?」
アリスが指差したのは、六角形の光の壁の「中心」だった。
そこには、他のエンジェルたちよりも一回り大きく、まるで指揮官のように輝く一体の『エンジェル・コア』が鎮座していた。そのコアからは、無数の光の糸が周囲のエンジェルたちに繋がり、障壁を維持しているのが見て取れた。
「ガハハ! 天使の中心か! 面白え! おい、運転屋! そこへ突っ込め! 俺がケツを押してやる!」
イッポンダタラが荷台から渾身の力を込めてピータービルトの貨物室を蹴り飛ばす。
「……馬鹿な真似を……。……このままでは……トラックが……耐えられない……」
ノッカーが顔を青ざめさせる。だが、選択肢はなかった。
「上等だ! アリス、しっかり掴まってろ!」
俺はアクセルペダルを床まで踏み抜いた。
ディーゼルエンジンの咆哮が、凍てついたコロラドの山々に轟く。
18輪の怪物と、その乗員たちの命運は、今、LAWの絶対障壁へと向かって突進する一撃に託された。
「……墜ちろ、ブリキの鳥どもがッ!」
俺は渾身の力でシフトレバーを15速へと叩き込んだ。トランスミッションから「ギギィッ!」と悲鳴が上がるが、構うもんか。
過給機(ターボ)の加圧音はもはや笛のような高周波を奏で、巨大なピータービルトのフロントバンパーが、逃げ場のない雪壁を削りながら光の壁へと肉薄する。
「ノッカー! 砂撒き装置(サンダー)の残弾全部吐き出せ! 路面をこれ以上滑らせるな!」
「……了解。……摩擦係数、……強引に……固定。……ブースト圧、……レッドゾーン……突破……。……行けえッ!」
ノッカーが剥き出しの回路に拳を叩きつけると、後輪から猛烈な火花と砂が噴出した。氷を噛み、岩を砕き、18個のタイヤが阿修羅のごとく地面を蹴り上げる。
「ガハハ! 踏ん張りな、兄弟ッ!」
イッポンダタラが荷台のクレーンアームを自らの「一本足」のように路面に突き立て、反動でトラックのケツを跳ね上げる。その推力は重力をも無視し、30トンの鉄塊を時速120キロの超重量弾へと変貌させた。
ついに、ピータービルトの鋼鉄のフロントと、エンジェルたちの『絶対防衛(ライトウォール)』が激突した。
――ドォォォォォォォォォォンッ!!
天地を揺るがす衝撃。
物理法則の極致である鉄の重みと、論理法則の結晶である光の障壁。その接点から、青白いプラズマが噴き出し、吹雪を一瞬で蒸発させる。フロントガラスが「ピシッ」と悲鳴を上げ、亀裂が走る。
「カサッ! ……障壁、……出力……最大! ……押し負ける! ……エンジン……停止まで……あと……3秒……カサッ!」
コーン君が必死に叫ぶ。トラックのボンネットからは白煙が上がり、限界を超えたディーゼルが断末魔のような振動を上げた。
「……あ、……かわいそう。……ぎゅうぎゅうに……されて……苦しそう」
その時だった。
助手席でアリスが、窓の外の『エンジェル・コア』に手を伸ばした。
彼女の指先が、激突の圧力で歪み、真っ赤に熱せられたフロントガラスに触れる。
「……もう、……がんばらなくて……いいよ。……そんなに……固くなって……壊れそうなんだもん」
アリスの声は、エンジン音も、金属の軋みも、すべてを突き抜けて「静寂」の中に響いた。
彼女の瞳が、凍てついたサファイアのような輝きを放ち、その手首に巻かれた錆びた鍵が、あり得ないほどの熱量で発光する。
「……だから、……ねえ……。……もう、……死んでくれる?」
言葉が放たれた瞬間、物理的な「衝撃」が消えた。
いや、消えたのではない。
LAWが誇る絶対の論理――「この壁は突破不可能である」という前提そのものが、アリスの慈悲という名の猛毒によって腐食し、霧散したのだ。
パキィィィィィンッ!!
まるで巨大な鏡が粉々に割れるような音が、コロラドの山々に木霊した。
絶対防衛を担っていた『エンジェル・コア』の胸部が、何ら物理的な接触なしに、内側から「絶望」を吐き出すようにして爆散する。
指揮官を失った光の壁は、ただの頼りない光の粒子となって吹雪の中に溶け去った。
俺のピータービルトは、抵抗を失った空間を切り裂き、峠の頂上へと飛び出した。
「ギギィーッ! ……ま、……眩しい……ッ!」
モスマンが叫ぶ。
吹雪の壁を突き抜けた先には、標高4000メートルの静寂と、どこまでも青く、どこまでも冷たい「真のアメリカの空」が広がっていた。