アリスは微笑んで死を乞う   作:ベイベ後藤

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8話 スノードームの記憶

 

「……ガハハ! 見ろよ、運転屋。この街の地面が、まともなアスファルトに戻ってやがる!」

 

イッポンダタラが、元通り「硬くなった」地面を一本足で力強く踏みしめ、快哉を叫んだ。

鏡張りのビルはただの古びた石造りの廃墟に戻り、空を泳いでいた鯉の影も、今はただの薄暗い冬の雲に過ぎない。

ハンプティ・ダンプティが砕け散った後の広場には、乾いた風が吹き抜けるだけだった。

 

「……静かだ。……幽霊たちも、……みんな、……アリスの中。……寂しくない。……むしろ、……賑やかすぎる」

 

ノッカーが、ピータービルトのフロントグリルを布で拭きながら呟いた。

確かに、鏡の破片が消え去った後のアリスは、どこか「重み」を増したように見えた。だが、悲壮感はない。むしろ、借りていた本を全部返し終わったあとのような、晴れやかな顔で助手席に座っている。

 

「……ねえ、おじさん。中身、プリンみたいだったね」

 

「……プリン? ああ、まあ、卵だったからな」

 

俺は苦笑いしながら、ようやく火がついたタバコを一口吸った。

不条理な夢の終わり。口の中に残る空気の味は、先ほどまでの真空のような無味乾燥ではなく、埃っぽくて、少しだけカビ臭い、いつもの「現実」の味だった。

 

「ギギィッ! ……おじさん、見て! ……これ、……拾った!」

 

モスマンがどこからか、古ぼけた「スノードーム」を抱えて飛んできた。

ドームの中には、この街がまだ『シルバー・パイン』と呼ばれ、活気に満ちていた頃の小さな模型が閉じ込められている。

 

「……お土産か。現金以外のもんを拾ってくるなんて、お前にしちゃ珍しいな」

 

「ギギィ! ……アリスが、……これ見て、……笑ってたから。……あげる!」

 

モスマンが不器用にドームをアリスの膝に置くと、彼女は目を細めてそれを抱きしめた。

アリスの中には、この街の「悲しみ」がすべて詰まっている。だが、モスマンが拾ってきたこの小さなガラクタは、この街がかつて持っていた「喜び」の断片だった。

 

「……ありがとう、モスマン。……これ、……きれいに……光ってる」

 

アリスがドームを軽く振ると、中では白い雪ではなく、金色の小さな光の粒が舞った。

それは、彼女が救った魂たちが、彼女の中で安らかに眠っている合図のようにも見えた。

 

「よおし、出発だ。野郎ども、忘れ物はないか?」

 

「ガサッ! ……異常なし。……次の目的地まで、……15段変速、……フル稼働……カサッ!」

 

コーン君がダッシュボードの上でシャキッと背筋を伸ばす。

俺は重いクラッチを踏み込み、ギアを繋いだ。

ピータービルトのV8エンジンが、心地よいリズムで震え始める。

ミラーを見れば、後方でゴーストタウンが遠ざかっていく。鏡の呪縛が解けたその街は、もう二度と俺たちの姿を映すことはないだろうが、アリスの膝の上にあるスノードームだけは、いつまでも穏やかに輝いていた。

 

「おい、モスマン! そのスノードームを振るたびに、スピーカーから変なノイズが走るんだよ。砂嵐の中にカントリーソングを無理やり詰め込んだような音がしてるぞ」

 

俺はハンドルを片手で抑えながら、助手席の足元を睨んだ。

モスマンはアリスの膝の上で、嬉々としてスノードームをシェイクし続けている。彼がドームを振るたびに、中の金色の粒が舞い、それに連動してピータービルトの古いカーステレオが「ジャカジャカ」と、陽気な幽霊の宴会みたいな音を立てていた。

 

「ギギィッ! ……これ、……リズム。……街の……みんなが、……踊ってる……音!」

 

「踊ってるのはいいが、俺のデフの回転数と同期させるのはやめてくれ。スピード出すたびにテンポが速くなって、俺の心臓までBPMが上がりそうだ」

 

「……おじさん、……これ、……きれいに……光ってる。……お星様が、……瓶の中に……閉じ込められちゃったみたい」

 

アリスはスノードームを顔に近づけ、中の小さな銀世界に夢中だ。

彼女が微笑むと、車内の空気がわずかに緩む。ゴーストタウンでのあの凍りつくような「女王の威圧感」はどこへやら、今はただの、キラキラしたものに目がない少女に戻っていた。

 

「……電圧、……安定。……カーステレオの……ノイズ、……解析完了」

 

寝台の闇から、ノッカーがひょいと顔を出した。その手には、どこから持ってきたのか、古いラジオの真空管が握られている。

 

「……これ、……街の……亡霊たちの……チャンネル。……アリスが……振ると、……彼らが……喋る。……内容は、……『今日の……夕飯は……シチューが……いい』とか、……『靴下に……穴が……開いた』とか、……どうでもいい……記憶ばかり」

 

「ガハハ! 最高じゃねえか、ノッカー! LAWの野郎どもが一番嫌いそうな、ゴミみたいな日常の山だ!」

 

荷台の窓から、イッポンダタラが顔を覗かせる。

 

「おい、運転屋! そのノイズに合わせて、俺が鉄板を叩いてやるぜ! パーカッションだ!」

 

「やめろ、ダタラ! 荷台で暴れるな。積んでる『マニアックな鉄屑』が崩れたら、このオンボロ・トラックが真っ二つになるぞ!」

 

俺の警告も虚しく、ダタラは拾ってきたばかりの「消火栓の蓋」を金槌で叩き始めた。

 

カーン、カーン、カーン!

 

モスマンの羽音、カーステレオの霊的ノイズ、そしてダタラの鍛造リズム。

ピータービルトのキャビンは、今や動くジャンク楽器と化していた。

 

「ガサッ……! ……騒音レベル、……法定速度の……三倍を……超過……カサッ! ……でも、……悪くない。……不純物こそが、……命の……証明……ガサッ!」

 

コーン君がダッシュボードでステップを踏み、トウモロコシの皮をカサカサと鳴らす。

 

「……賑やかだね、おじさん」

 

アリスがクスクスと笑い、俺の腕をちょんと突っついた。

 

「……ああ、賑やかすぎて、目的地を忘れそうだ。……まあいい、この不快な不協和音こそが、LAWの奴らにとっての最大の防御壁になるはずだ」

 

俺はタバコを灰皿に押し付け、15段変速のレバーを力強く動かした。

エンジンの唸り声さえも、今は仲間たちの合唱の一部に聞こえる。

管理された沈黙など、ここには一秒たりとも存在しない。

ハイウェイの先、ユタの赤い岩肌が見え始めていた

 

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