轟け!コントラバス   作:アイライン濃ゆめ大夫

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初めて小説、二次創作を書きました。
至らぬ点も多々あると思いますが、温かい目で見て頂ければ幸いです。


第一話 

 病院特有のアルコールなどが混じった匂いが鼻腔を震わせた。

 

 目の前に眠る祖父だった肉体と、それを囲う家族は目に涙を滲ませて祖父だった残骸に縋っている。

 

 祖父の顔を覗くと、今まで辛い闘病生活からか頬はこけ、体も痩せている。

 

 それがあまりにも痛々しく、恩田情は強く瞼を閉じた。

 

「情、お前は天才だ。だから、色んな人と演奏しろ」

 

 生前、祖父が掛けてくれた言葉が耳の奥から反芻した。

 

 こんなにすぐに死んでしまうなんて、その時は思ってもいなくて情は適当に聞き流していた。

 

 祖父の言葉と何度目かの後悔が身体中を蝕む感覚と無力感が一気に流れ込んでくる現実に、握る拳の力が込められる。

 

 すると、情の肩がガシっと掴まれた。

 

 みると父が情の肩を掴み、摩っていた。

 

 いつもは黙ってテレビを見てるか、自室でパソコンと睨み合っている父からの唐突な行動に情は見上げた。

 

 その顔には、今まで見た事もない悲壮を滲ませた父の表情が祖父という偉大な死という唐突な現実感が情の体を貫いた。

 

 彷徨う感情に、情は決心した。

 

 中学からは人と音楽をしようと。

 

 

   ●

 

 

 桜の花弁が風に揺られ、恩田情の目の前をくるりと舞った。

 

 県立北宇治高校の校門を抜け、緩やかな坂道を登ると小さな人だかりが見えた。

 

 情は興味本位で近づくとそこには、多種多様な管楽器を構えた生徒達が演奏の準備を進めていた。

 

 指揮棒を持った黒髪の眼鏡を掛けた女子が演奏隊の先頭に立つと、白魚のような指で握られた指揮棒を振った。

 

 眼鏡の女子生徒の主導で行われた、演奏は正直上手だと言えるレベルでは到底無かったが、それでも最後まで諦めず演奏を遣り切る意志だけは感じ取れる。

 

「ダメだこりゃ」

 

 隣を見ると、ポニーテイルの女子が小さな声で呟いていた。

 

 再び外れた音程を聴き、情も同じことを思った。

 

 

   ●

 

 

 あの演奏を聴いた日から、既に数日が過ぎようとしていた。

 

 情は、吹奏楽部の入部するべく音楽室に足を進めていた。

 

 夕暮れから差し込まれる、茜色の日差しが音楽室まで続く長い廊下を赤々と染め尽くしている。

 

 外から聞こえる、運動部の部員達の迫力ある声に耳を傾けながら情は入部届を片手に音楽室の扉に手をかけた。

 

「失礼しまーす」

 

 間延びした情の声が音楽室内に響く。

 

 入ってみれば、打楽器のスティックを肩に当てながら談笑している男女が情へと顔を向けた。

 

 奥に見えるパーカッションが、寂しげに輝いてる。

 

「え〜と・・・もしかして、新入部員?」

 

 手前に座っている女子生徒が情へと近寄ると、情へと声をかけた。

 

「はい」

 

 情は簡潔に返事をすると、奥にいる男子生徒へと視線を送る。

 

 男子生徒は相変わらずスティックを肩に当て他の部員と談笑していた。

 

「そうなんだ!いや〜嬉しいよ!経験者?」

 

 女子生徒は茜色に染まった笑顔で嬉々として問いかけた。

 

「はい。中学から」

 

「へ〜!なんの楽器やってたの?」

 

 情は女子生徒の笑顔に当てられて、作りたての笑みを浮かべ答える。

 

「・・・コントラバスを」

 

「コントラバス?!いや〜うち、コントラバス奏者いないから助かるよ!」

 

「へぇ〜そうなんですね。あっこれ入部届です」

 

 適当な返事で切り抜け、情は雑に書いた用紙を渡した。

 

 女子生徒は受け取ると笑みを浮かべる。

 

「はい、私から部長に渡しとくね。あっ名前まだ言って無かったね」

 

 女子生徒はポニーテイルを揺らしながら、名乗りを上げた。

 

「2年の大野美代子。担当は違うけど、よろしくね!」

 

「一年の恩田情です。中学ではコントラバスを担当していました。こちらこそよろしくお願いします」

 

 大野美代子に習い、情も挨拶をすると大野は笑みを浮かべ手を振りながら。

 

「そんなに畏まらなくてもいいよ!よろしく!」

 

「はい」

 

 情は自然と笑みを浮かべ、奥に居る男性生徒含めて一礼をすると、音楽室を出た。

 

 来る時は運動部の掛け声が嫌に響いていた廊下も嘘のように消え、静かに感じる。

 

 情は自然と歩幅を落とし、帰路へとついた。

 

 

   ●

 

 

 入部届を提出してから3日が過ぎ、これまでの吹奏楽部への入部志望者は音楽室へと集められる運びとなり例に漏れず情も音楽室に集合していた。

 

 周りを見れば、皆それぞれ不安そうな表情を浮かべ席についている。

 

 入部希望者を囲む形で先輩らしき部員達は、時間までそれぞれ時間を潰している。

 

「部長、もうこれ以上こなさそうです」

 

 クラリネットを抱えた生徒が、彼女に囁くように言うと部長と呼ばれた女子生徒は一度新入部員を含めた全生徒を見渡し口を開いた。

 

「そうかーこんなもんか」

 

 少し考えるように顎をさすると、首から下げられたバリトンサックスが鈍く輝いた。

 

 彼女は教室の前に出ると、ふっと大きく息を吸った。

 

「えー、皆さん初めまして。私はこの吹奏楽部の部長。小笠原晴香です。担当はバリサクです。サックスパート希望の人は関わる事も多いと思います」

 

 部長、小笠原はニコリと笑みを浮かべ、新入部員達の緊張感が少し和らいだ。

 

「私の吹奏楽部は歴史のある部活で、十年ぐらい前までは結構名の知れた強豪校でした。全国も出たこともあります・・・まぁ、今は見る影もないって感じですけどね」

 

 情は音楽室内を見渡す。壁には吹奏楽部の華々しい栄光が飾られている。

 

 関西大会連続出場、全国大会金賞。額に入った写真はすっかり古くなっており、埃を被った過去は何処かもの淋しさを感じさせる。

 

「それでえーっと、実は今年から顧問が変わりました。昨年は梨香子先生という人が顧問だったんですが、今年から産休に入られてしまい。代わりに新しい顧問の先生が来てくれたんですが、私もまだその先生についてあんまりよく知りません。始業式で挨拶してくれた滝先生って人なんですけど、今日はちょっと遅れてから来るみたいです。あと、副顧問の美知恵先生は保護者説明会があるので、今日は部活には来ません。先に一年生に言っておきますが、あの先生はめちゃくちゃ怖いんで怒らせないように気をつけましょう」

 

 小笠原は一気に説明をすると、一泊を置き続けた。

 

「今日やることはまあ、楽器の振り分けです。さっきからこの教室に立ってる先輩たちは各楽器の代表者です。今から楽器の紹介をしていってもらうので、高校から始める人達は楽器を決める参考にしてください。あと、経験者は事前に申告するように。楽器にはそれぞれ相性というものがありますから、こちらも適性を考えて楽器を決めます。自分の希望する楽器じゃなくても文句は言わないでね」

 

 小笠原はそう言うや否や、周りに立っている生徒を自分の側へと呼び寄せた。

 

 最初に前に立ったのはトランペットを持った美少女だった。

 

 儚げな雰囲気と少し垂れた目尻が庇護欲を掻き立てれる。

 

 年相応な情は楽器より彼女に注目した。

 

 彼女は礼儀正しく控えめなお辞儀をすると、一瞬だけ小笠原の方を一瞥した。

 

 緊張しているのか頬がうっすら赤みを帯びている。

 

「トランペットパートリーダーの中世古香織です。トランペットは金管楽器の中でも花形なので、説明しなくてもみんな知っていると思います。トランペットパートは今は6人いて、仲のいいパートです。ソロやメロディーも多いし、きっと楽しいと思います。経験者も未経験者も歓迎しますので、ぜひトランペットを希望してください」

 

 彼女の言葉を聞くと、皆が拍手を始めた。例に漏れず情も。

 

 中世古の後も楽器の紹介はどんどん進んでいった。

 

 トロンボーン、ホルン、フルート、サックス、クラリネット、オーボエ、パーカッション、順番に進んでいく紹介に情は飽き始め、欠伸を咬み殺して説明を聞き流していた。

 

「じゃ、次にユーフォの紹介から」

 

 小笠原の声に情は慌てて意識を戻した。

 

 銀色のユーフォニアムを抱えながら登場したのは、赤縁眼鏡が印象的な、長身の美女だった。

 

 新たに現れた端麗な女性に情の意識は一気に覚醒した。

 

 切れ長の瞳に綺麗な黒い長髪をふわりと揺れる。

 

 理知的な印象を与える彼女は眼鏡をクイと人差し指で持ち上げると、口端を吊り上げてみせた。

 

「低音パートリーダー、田中あすかです。楽器は見ての通り、ユーフォニアム担当です」

 

 部長、小笠原とは違った、よく通る声で田中は説明は始めた。

 

 中世古が可愛いだとすれば、田中は美しいと情の目にはそう映った。

 

「ユーフォニアムというのは、ピストン・バルブの装飾された変ロ調のチューバの事を指します。この楽器の歴史はいまだにはっきりとしていませんが、ヴァイマルのコンサートマスターであったフェルディナント・ゾンマーが発案したゾンメロフォンをもとに改良が加えられ、一般に使われるようになったという説や、ベルギー人のアドルフ・サックスが作ったサクソルン属の中のピストン式バスの管を広げ、イギリスで開発が続けられ現在のユーフォニアムになったという説などもあります」

 

 田中はここまで説明をしても、まだ満足する様子を見せず更に続けようと発色の良い唇を開いた。

 

「そして」

 

「はいはい。もういいから。あすか、調べた情報をここで発表するのは良いけど、せめて簡潔にまとめてからにして」

 

 小笠原の一言によって永遠かに思われた田中あすかの独演会も終幕を迎えた。

 

 田中は遮られ、頬を膨らませている。

 

「もうユーフォの説明を充分なので、はい次ー、チューバの人お願いします」

 

 まだ話し終わってないのに。と小笠原の横にいる田中は言うと不満そうに端の方へと戻っていった。

 

 変わった美女もいいなと情は思いながら、田中に代わるようにして登場したチューバ担当の説明に耳を向けた。

 

「・・・チューバ担当・・・後藤卓也・・です」

 

 おそらく180cm以上はありそうな巨体で説明を始める後藤に、吹奏楽の中でも一番とも言われる大きさを誇るチューバを演奏する姿が目に浮かんだ。

 

「チューバは、低音で、メロディーがあんまりなくて・・・・地味です。あと、重いです」

 

 金色に輝くチューバを抱え見せると、後藤はこれにてお終いといった感じで頭を下げた。

 

「えっ、終わり?」

 

 小笠原は驚いた表情を浮かべる。

 

「はい、終わりです・・・・」

 

「ちょっと後藤!それじゃチューバの魅力が全然伝わってないんだけど!代わりにこの田中あすかがチューバの魅力を・・・」

 

「はいはい。あすかは黙っとく」

 

 流れるように行われる会話にあの二人は仲がいいんだなと、情は静かに思った。

 

「それから、低音パートにはコントラバスという楽器があるんですが、残念ながら演奏者がいない状況です。この中に誰か・・・」

 

 小笠原が言うと情はついに自分の番だと言わんばかり一歩前に出ようとした。

 

「はい!」

 

 少女の声だった。静かな中に何処か芯の通った、そんな声に情は目線を向けた。

 

 声が発された方へ目線を向けると、そこには亜麻色の髪をボブカットに切り揃えられた小柄な少女が背筋をピンと伸ばし手を上げていた。

 

 その姿はさながら小学生時代に何度も目の当たりにした、選手宣誓のようにも見える。

 

「おお!もしかして、コンバス経験者?」

 

「はい!聖女でやっていました!」

 

「聖女って、あの聖女?」

 

 小笠原が驚き、目を見開いている。

 

 確かに、聖女、正式名書は聖女学院といい全国では強豪で知られており、そういった事に興味がない情でも知っているお嬢様学校だ。

 

 背筋を伸ばしながら高らかに言う猫毛の少女に田中が興奮を帯びた声で少女に近づくと、小柄な少女の手をガシッと掴むと少女に問いかけた。

 

「やってくれる?」

 

「その言葉を待っていました」

 

「気に入った!」

 

 田中は鼻息を上げ小笠原に向き直ると、興奮気味に続けた。

 

「ということで、この子は私が貰ったから」

 

「本当は希望を取ってからだけど・・・まあ良いわよね」

 

 小笠原はしょうがないかと言いたげな感じで田中に言うと、やった!とガッツポーズとった田中は聖女の少女に向き直ると切長な瞳で続けた。

 

「カモナベイベーコンバスちゃん。今日から君は僕の物だよ」

 

 完全にタイミングを失った情は出した一歩を元に戻した。

 

 

  ●

 

 

 一度外したタイミングは、なかなか戻ってこない。

 

 情はどうしたものかと、椅子に深く腰を落とした。

 

 周りを見渡せば、皆それぞれ興味のあるパートへと散っていく。

 

 残された椅子に座っているのは、情だけだった。

 

 情は一度、深く息をを吐いた。

 

 このまま何もしなければ、本当に置いていかれる。

 

 そう思い、ようやく低音パートの方へと立ち上がった。

 

 低音パートが鎮座する席では田中、後藤、そして元聖女学院の少女、もう一人、髪を後ろで束ねている女性が立っていた。

 

 声を掛けようと近寄ってみると、件の猫っ毛のお嬢様が低音パートで楽しそうに談笑している。

 

 一瞬の躊躇いを胸にしまいこみ、情は声を出した。

 

「あの!俺もコントラバス演ってたですけど・・・」

 

 徐々に声が萎れていくのが自分でも感じられる。

 

「本当!?」

 

 最初に声を出したのは田中だった。

 

 田中は情の方へ文字通り一瞬で近寄ると目を輝かせ情へと言葉を投げかけた。

 

「いつからコンバスなの?」

 

「小学校から・・・です」

 

 小学生の頃はまだコントラバスとは言わずにウッとベースと呼んでいたが、今言うのは藪だろうと思い情は迷わず田中に言った。

 

「へぇ〜・・・あれ?これじゃコンバス2人になっちゃうのか」

 

 田中は後ろに控えてる聖女学院の少女へと顔を向けた。

 

 それに釣られて、情も猫っ毛を揺らす彼女に目線を向ける。情の目線と小柄な少女と始めて目線が交わる。

 

「私の名前は川島緑輝と言います。みどりと呼んでください」

 

 いきなりの自己紹介と名前のインパクトに情は狼狽えながらも、直ぐに情も挨拶を交わす。

 

「・・・おう。俺の名前は恩田情。よろしく」

 

 川島は嬉しそうに目を輝かせながら情はへと近寄る。

 

「恩田くんはいつからコンバスだったんですか?」

 

「小学生から・・・じいちゃんがコントラバスを趣味でやっていて」

 

 川島はキラキラと輝かせ柔らかな笑みを浮かべる。

 

「そうなんですね!素敵なお爺様なんですね!」

 

「ああ、めちゃくちゃ下手くそだったけど」

 

 ふふと笑みを溢す川島。

 

「ちょっと!まだ他の楽器の!特にユーフォも勧誘できてないんだから!イチャイチャしない!」

 

「イチャイチャなんてしてません!同じ同士として語らっていただけです!」

 

 情と川島で挨拶を交わしている横で田中が行き良いよく遮ると、ビシッと指先を今だに低音パートの周りには誰寄りつかない空間を指した。

 

「それに当てはあります」

 

 川島はまた柔らかな笑みを浮かべると目線を移した。

 

 情も習い目線を向けると茶色を帯びたセミロングの女子が、短髪のいかにもスポーツ系女子と何かを喋っている。

 

「わたし行ってきます」

 

 川島はそう情含めた低音パートに言うとトコトコと歩いていった。

 

「ほほ〜ん」

 

 隣に居る田中は川島が向かって行く後ろ姿を見ながら、怪しげに漏らす。

 

 情はそれを聞きながら、きっとあの子は田中のターゲットにされたのだと確信した。

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