あべこべ和風オスガキ剣士   作:耳野笑

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第一話 あるところに、オスガキありけり

 大和一のオスガキになるという志を抱いたのは、僕――佐々木小次郎が十歳の時分のことであった。

 

 幼き僕は、五体に満ちる若き活力の赴くまま、近所の剣術道場へと通い、稽古に励んでいた。

 

 道場にいる門下生は三十余人。齢は様々だったが、いずれも女だった。男は僕ひとりである。

 

 女に交じり、木刀を振るう僕に対し、女たちはこう云った。刀は女の握るもの。男は女に守られるもの、と。

 

 この世は、女を中心として回っている。将軍も、大名も、大老も、若年寄も、町奉行も、邏卒も、みな女である。無論、侍も、武士も、みな女だ。

 

 同じ年ごろの男を見ても、みな慎ましく人形遊びをしている。そんな中にあって、女に交じり木刀を振るう僕は、たいそう奇異なものを見る目で見られた。

 

 さらには、道場主である師範からも「もう道場には来るな」と云われた。

 

「子どもの時分ならば、男が木刀を振っていようと、微笑ましい遊びとして受け入れられよう。だが、お前もいずれ大人になる。剣術の真似事などしている男など、誰も婿には取らん」とのことだった。

 

 僕は師範の腕を掴み、体に攀じ登って抵抗した。すると、師範は嘆息しながらこう云った。――もし私の娘を倒すことができれば、これまで通り道場への出入りを許そう、と。

 

 かくして、決戦の日は訪れた。

 

 僕は師範の娘と相対する。

 

 彼女の名は宮本武蔵。僕より五歳上の女だ。地水火風空を操る異能――『五輪の剣』を操る剣士である。

 

「アンタも懲りないわね、小次郎。男が剣術なんて学んでも、女には勝てないのに」

 

 燃えるような赤い髪。夏空のような、澄んだ空色の瞳。

 

 齢十の男と、齢十五の女では、身長に大きな差がある。武蔵と目を合わせようとすると、僕は彼女を見上げなければならない。

 

 僕を見下ろす、猛禽のように鋭い双眸。その眼差しには、呆れと侮りがあった。世が世なので仕方ないとはいえ、男を下に見る態度を隠そうという努力すらない。

 

「ねえ、小次郎」

 

「なに?」

 

「もし負けても、道場に来なさいよ。小間使いとして働かせてあげる」

 

「それ、武蔵が僕に会いたいだけでしょ」

 

「はあっ!? ち、違うけど!? アンタなんかに全然興味ないけど!? ただ、アンタが道場来れなくなるのが可哀想だから云ってあげてるんだけど!?」

 

 武蔵は自分の勝利を疑っていない。彼女は稀代の剣士だ。異能に恵まれ、剣技も秀抜。齢十五にして、既にその実力は師範の全盛期を超える。

 

「ねえ、武蔵」

 

「なによ」

 

「ごめんね」

 

「……? なにが?」

 

「今日だけは本気出すけど、許してね」

 

「……ふっ、まあ、好きにしなさいよ。私は本気出さないけど、悪く思わないでね。アンタのこと怪我させたくないし」

 

 門下生たちが見守る中、僕と武蔵は木刀を構える。

 

 そして、師範が開戦を告げる。

 

戦闘シーンスキップボタン

 

「いざ尋常に、始め!」

 

 ――風が吹いた。武蔵の髪が靡く。次の瞬間には、僕の隣に武蔵が迫っていた。

 

 地水火風空を操る異能。武蔵は、風に乗り、豹のごとき速さで駆けることができる。

 

 横薙ぎの一閃が僕の体側に叩き込まれる――寸前、僕はその場に屈んで躱した。頭の頂を、木刀が僅かに掠めていく。

 

「えっ……?」

 

 一撃で決めるつもりだったであろう武蔵の意識に、隙が生まれる。

 

 僕は木刀の柄で、彼女の腹を殴った。

 

「がッ……!?」

 

 真芯に捉えた一撃だった。彼女は苦し気な呻き声を上げながら、僅かに浮き上がる。まだ宙にいる彼女へ、僕は追い打ちの蹴りを見舞う。

 

「うあッ……!?」

 

 武蔵の体は吹っ飛び、開けっ放しになっていた道場から飛び出し、庭へと転がる。

 

 僕は彼女を追い、庭へと降りる。

 

「こっ、のっ……! よくもやったわねっ……!」

 

 武蔵は怒りを燃やしながら睨みつけてくる。男に一撃貰ったことが、よほど屈辱だったのだろう。

 

 ――武蔵の木刀から、炎が噴き出す。

 

 爆ぜる火の粉。膚へと伝わる、凄まじい熱気。

 

 武蔵は、その場で舞うように、ぐるっと一周しながら木刀を振った。彼女を中心として炎の渦が廻る。

 

 炎の壁だ。熱のせいで、武蔵の周りの景色が揺らめいている。

 

「ここからは一方的な戦いになるわよ。降参するなら早くした方がいいわ」

 

 武蔵が僕に向けて左手を突き出す。瞬間、炎が()()()を避けるように隙間を開ける。

 

 ――僕は咄嗟に回避行動を取る。僕の頬を掠めた()()()は、背後の道場の壁に激突し、壁板を凹ませた。

 

 音もなく放たれた、超速度の()()()。正体は――水鉄砲。ただし、その威力は児戯にあらず。風の勢いを乗せた一滴は、(いしゆみ)に引き絞られた一矢にも等しい。

 

「うわ~、戦い方せっこ~」

 

「せこくないわよ! 勝つための工夫! 正々堂々たる誠実な努力でしょうが!」

 

 炎の中から、武蔵が怒鳴る。

 

 続けて、水の弾丸が連射される。僕はその全てを躱しながら、武蔵の周囲を走る。外れた水塊は、地面を抉り、前栽(せんざい)を砕き折る。

 

 彼女を環状に取り囲む炎。さながら、城垣と、狭間(さま)*1から攻撃する銃兵のような構えだ。

 

 炎の壁に阻まれ、武蔵へと近づくことができない。しかし、彼女は一方的に僕を撃ってくる。

 

「残念だったわね。男だからって、もう手加減してあげないわよ」

 

「ううん、手加減をやめるのは僕の方だよ」

 

「はあ?」

 

 道場を壊してしまわぬよう、庭へ移動する必要があった。これまでの稽古でも、ずっと手加減してきた。

 

 だが今回は本気を出すため、武蔵を外へ蹴り飛ばしたのだ。

 

 僕はその場にしゃがみ込む。

 

「なにしてんの……?」

 

 武蔵が訝しげに僕を見ている。

 

 僕は狙いを澄ますように、彼女の姿を捉える。

 

 ――炎が、煌々と燃ゆ。赫灼たる炎の輝きに包まれる武蔵。さながら、要害*2の本丸に陣取る大将のごとき立ち振る舞い。

 

 しかし、僕の目に移る彼女の姿は、釜の中で炙られる小魚がごとく。

 

 ――跳躍する。炎を超え、彼女の真上へ。宙に浮いた状態で、武蔵と目が合った。彼女は目を見開いている。しかし――。

 

「勝った」

 

 武蔵は猛禽のような笑みを浮かべ、僕へ指を向ける。――逃げ場のない空中。水弾は僕の胸へ直撃した。

 

「えっ」

 

 しかし、水弾は僕の身体に些かの衝撃を与えることも叶わず、飛沫(しぶき)となって消える。

 

 僕はそのまま武蔵へと落下する。彼女は咄嗟に木刀を真上に構えたが――。

 

「獲った」

 

 ――大上段の振り下ろし。僕の一撃は、武蔵の木刀を折り、彼女の右肩へと食い込む。

 

「ああああああああああああああああああッ!」

 

 ドスン!と鈍重な音を立て、僕は着地した。その衝撃で、地が轟然と揺れ、道場の門下生たちが体勢を崩し倒れる。

 

 武蔵も肩を庇うように、その場へ(くずお)れる。

 

 ――確実に、右肩の骨が砕けていた。

 

 彼女は僕を仰ぐ。まなこは飛び出さんばかりに見開かれ、額には油汗が滲む。命が懸かった者の、凄まじい表情だった。

 

「な、に、今の……」

 

「異能――猿太夫(さるだゆう)の舞。蝶よりも軽くなれるし、大太郎坊(だいだらぼっち)よりも重くなれる。僕は、自分の体重を自由に変えられるんだよ」

 

「え、はあっ!? 異能!? アンタ異能なんて持ってなかったじゃない!」

 

「そんなの、みんなを傷付けないように使わなかっただけだよ。これが、僕の持つ、ご――」

 

 武蔵が身体を持ち上げ、左手で水塊を放った。ばしゃん!と、無情にも僕の身体を震わすことなく、飛沫が爆ぜる。

 

 無傷だった。一握の砂が、巨人を傷付けることなどできるはずもない。

 

「もう、話聞いてよ」

 

 僕は武蔵を蹴倒し、彼女の胸の上に足を置いた。

 

「ぐ、あっ、重っ……!!!」

 

「ひど~い、男の子に向かって重いとか云っちゃだめだよ」

 

「うああああああっ! いだだだだっ! このっ!」

 

 ばん!ばん!と、武蔵が水鉄砲を連射する。しかし、僕相手では意味を成さない。

 

「こんのっ! どきなさいよっ!!!」

 

 ごうっ、と炎の柱が噴き上がる。僕をどかすつもりなのだろうが――紅い炎を呑み込むように、蒼い炎が僕と武蔵を包んだ。

 

「熱づッ……!!!!! な、なによこれッ……!」

 

「異能――花火師の星撃ち。七色の火があって、色によって特性が変わるの。青は一番熱い炎だよ」

 

「熱づい熱づい熱づい熱づい熱づいッ! 死ぬッ!」

 

 ――天から降る、滂沱のような水流。ばしゃん!と、武蔵は水を振り下ろし、滝のごとき勢いで僕たちを呑み込む。

 

 鎮火した。しかし、武蔵の服は焼けてしまい、裸に襤褸(ぼろ)を纏っただけの有り様だ。

 また、砕けた右肩に巨人の体重を掛けられ、状態が悪化し、戦意が殺がれたのだろう。彼女は起き上がる様子もなく、焼け焦げた手足を投げ出している。

 

 ――完全勝利だった。

 

戦闘シーンの直前へ戻るボタン

 

「な、なんなのよっ! なんで二つも異能持ってんのよ!」

 

「五十四だよ」

 

「は?」

 

「五十四個だよ、僕の異能の数」

 

「は? は? は?」

 

 武蔵は意味を理解できず、ただ目を見開いて僕を見ることしかできない。

 

「さっきも教えてあげようとしたのに、武蔵が遮ったんだよ。改めて云っておくと、僕は五十四種類の異能を使えるの」

 

「は、ははっ……。嘘が下手すぎるわよ。そんな人間がこの世にいる訳ないでしょ」

 

「……ふふっ」

 

 僕は武蔵から足をどけて、彼女へ馬乗りになる。彼女は不快そうに顔を歪ませた。

 

「僕が五十四の異能を使えるって、信じてないの?」

 

「あ、当たり前でしょ」

 

 武蔵の面持ちには疑心があった。

 

 僕は彼女の脇腹――服が焼け焦げ、肌が露出している部分――を人差し指で撫ぜる。

 

「ひゃんっ……! な、なによっ……!」

 

 彼女は、くすぐったそうに身悶えしながら、僕を睨む。

 

「じゃあ、武蔵の体に教えてあげるよ」

 

「へっ?」

 

「今から特別に、五十四個全部見せてあげる」

 

「え、ちょっ、まっ、きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 *

 

 ぼっっっこぼこにした。

 

 武蔵は許しを乞うていたが、僕は途中で手を止められなかった。――苦しむ武蔵が、あんまりにも情けなくて、可愛かったから。

 

 僕は満身創痍の武蔵を持ち上げる。

 

 さらに、道場を飛び出し、庭を駆け抜け、入口の表門の上へ飛び乗った。門の上に仁王立ちする僕と、抱えられている武蔵。道行く人々が、何事かと足を止め、見上げている。

 

 僕は武蔵の両足首をむんずと握り、逆さ吊りにして、衆目に晒した。

 

「な、なにすんのよっ!!!!!」

 

「ぶらんぶら~ん」

 

「下ろしなさいっ! 下ろせ! このっ!」

 

「ゆあ~ん、ゆよ~ん、ゆあゆよ~ん」

 

「聞きなさいよっ! 放せっ! このオスガキっ……!」

 

 武蔵は怒鳴りながら解放を訴えるが、僕は無視して彼女を逆さ吊りのままぶら下げ続ける。

 

「ほら、見える? 武蔵の情けない姿、み~んな見てるよ?」

 

「や、やめっ……!」

 

 宮本道場――と書かれた道場札の掛かる表門で、無様にも吊るされる娘。しかも、体には襤褸を纏うのみの、醜く情けない姿。大和のどこを探しても、これほど愉快な光景はない。

 

「あははははっ、武蔵かわいい~!♡」

 

「こいつッ……! 絶対許さないッ……! 絶対わからせてやるっ……!」

 

 ――心臓が跳ねる。

 

 心が満たされる愉悦。

 

 背骨を駆け抜ける、爆発的な喜悦。

 

 麻痺毒のような狂気じみた甘露が全身に広がっていき、あまりの気持ちよさに身震いする。

 

 愉しい。武蔵を辱めるのが、愉しい。

 

 ――僕が目覚めた瞬間だった。まさしく、覚醒だった。新たな扉を開き、新天地へと辿り着いた。

 

 同時に、運命を直覚した。己の生まれてきた理由を悟った。

 

 この国には、男を下に見る女がたくさんいる。男に負けることを想像もしていない女剣士たちが、たくさんいる。

 

 その全てを負かし、屈辱を与え、辱めたら、どんなに愉しいだろうか。

 

 ああ……。

 

 ああ……そうか……。僕は……大和一のオスガキになるために生まれてきたんだ。

*1
城の塀に空いた穴。内側から銃や弓矢で攻撃するためのもの

*2
地形が険しく、攻めにくい場所




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