その後の僕は、ひたすら武蔵をいじめ続けた。
煽り、組み敷き、罵倒し、踏み付け、馬鹿にした。
そんな日々が続き、僕が十三歳、武蔵が十八歳になった頃、彼女の行動にある変化があった。――武蔵は時々、僕の胸元を見るようになってきたのだ。
稽古の最中――武蔵の木刀が僕の着物に引っ掛かり、胸元がはだけた。正面から見ると、胸の谷が露わになっているだろう。
「うおえっろ」
「ちょっと」
僕は構わず打ち込みを続けるが、武蔵の視線は僕の胸と木刀とを何往復もしている。そのせいか、彼女の動きが鈍く、幾度も有効打が入る。
そして、僕が立ち止まると、武蔵も立ち止まり、じっと僕の胸を凝視する。熟視だ。なんだか、見られている部分の肌が熱を帯びてきたような気がする。僕は自分の服を直しながら――。
「武蔵、おっぱい見すぎ~」
「見てないわよ」
「いや嘘じゃん、稽古に集中してなさすぎでしょ」
「百歩譲って、胸を見てたことは認めてあげるわ。でも、稽古中に『男』を出して相手の集中を乱すのはやめなさいよ」
「そんなつもりないけど……なんか、最近の武蔵変じゃない? 前にもこういうことあったけど、全然平気だったじゃん。なんで急に僕のおっぱい見るようになっちゃったの?」
「なんでもないわよ」
武蔵は木刀を下ろし、渋面を浮かべる。
その時、師範が「そこまで」と云ったので、門下生たちは打ち合いを中断する。
師範の後ろに控えていた男性――師範の夫である――が、お茶の用意をしてくれる。歳は四十近く、色白で、静かな声の、楚々とした美人である。
僕を含めた門下生たちが、みな茶の入った器を受け取り、各々床に座って休み始める。
僕は武蔵の隣へ座る。
近頃僕を見る目に邪な熱を帯びているのは、武蔵だけではない。実は他の門下生も、最近僕の胸を見るようになってきているのだ。
その理由について、ひとつ心当たりがある。――年齢だ。僕は十歳から十三歳へと成長して、体つきが男らしく変化してきた。
だから、武蔵を含めた女たちが、僕のことを男として意識し始めたのではないだろうか。
僕は自分の体を見下ろす。日々の鍛錬で、筋肉質な腕と肩になっている。着物の上から胸に触れると、隆々と膨らんできている胸筋の凹凸を感じる。
――みんなは、僕の体を、見たいのだろうか。僕の体に、触りたいのだろうか。
そんな疑問が芽生え、好奇心へと生い育つ。
僕は武蔵に近付き、小声で話し掛ける。
「ねえ、武蔵」
「なに?」
「武蔵って、男の人のおっぱい見たことある?」
「え……」
武蔵は唖然としている。丸く見開かれた空色の瞳が、僕を見つめる。
「なんでそんなこと訊くのよ」
「見たいのかなって思って」
武蔵の目が泳ぐ。困ったように、手の中にある茶碗を見る。
「別に、見たくないけど」
「そうなんだ、見たいなら見せてあげようかなって思ったのに」
武蔵が僕の方へぐいんっ!と顔を向ける。歌舞伎の大見得みたいな首の動きだった。
「え、ちょ、ま、マジ?」
「マジっていったらどうする?」
「み、見たい」
武蔵の瞳が、ギラリとした獣欲に光る。彼女の手は僅かに震え、茶碗の水面が
僕は武蔵へと肩を寄せるように近付き、着物の
武蔵が鼻の下を伸ばし、僕の胸元を見下ろす。
少しずつ襟を持ち上げていく。武蔵の鼻息が荒くなり、まなこを飛び出さんばかりに熟視している。
そして――仰ぐように、ぱたぱたと衿を前後に揺らしてあげた。瞬間、武蔵の喉から音が鳴った。血走った目が、熱視線を僕の胸へと注ぐ。彼女の顔は、女の欲望に満ち満ちて真っ赤になっていた。
そして僕は、武蔵の耳元へ唇を寄せ、吐息とともに言葉を吹き込む。
「よかったね、男のおっぱい見れて♡」
「あっ……」
一瞬、武蔵の体が、ふらっと揺れた。彼女は顔を真っ赤にしたまま、獣のように荒い呼吸をしている。そして、肉欲に濡れた瞳で僕を見ている。
何かを壊したという手応えがあった。
最近まで、武蔵の目に映る僕は、生意気で色気も可愛げもないガキだった筈だ。
――しかし今、僕を見るその目は、確実に「男」を見る目だった。
そっか。
そうなんだ。
男の身体には、こんなに価値があるんだ。これほどまでに女の欲を揺さぶり得るものなんだ。
心臓が高鳴る。
脈拍が大きく、勢いよく、血を送り出す。
昂揚し、身体が浮き上がって、天にも昇りそうな心地になる。
――揶揄いたい。煽りたい。もっと武蔵の情けない姿を見てみたい。
僕は小声で話し掛ける。
「ねえ、武蔵って処女なの?」
「しょっ、処女じゃないけど」
「おっぱい見ただけで顔真っ赤だし、絶対処女でしょ」
「ぅ……」
武蔵が顔を顰める。実に嫌そうな顔だった。
僕は彼女の耳元に唇を寄せる。
「ね、武蔵、処女卒業させてあげよっか?」
「えっ……ま、マジ?」
武蔵の顔が期待でいっぱいになる。そんな彼女に向けて、僕は一拍遅れて条件を伝える。
「僕に勝てたら、ね」
瞬間、武蔵の顔が歪む。
「ま、武蔵じゃ一生かかっても無理か、ざぁ~こ♡」
とどめに、ふぅ~♡と吐息を吹き込んであげた。武蔵の体がびくっと震え、直後、怒りの籠もった眼差しで睨んでくる。
「表出なさい小次郎っ! ぼっこぼこにしてやるわよ!」
「あははっ、いいよ、かかっておいで♡」
――ぼっこぼこにした。
武蔵へ馬乗りになる。僕が上で、武蔵が下だと、理解させる体勢だ。
武蔵の額に青筋が浮かぶ。怒りに満ちた憤激の形相だ。
「くっそぉッ……! こんのオスガキッ……!」
「あははっ……! 十八歳の立派な大人が、十三歳のオスガキに負けるって、どんな気持ち?」
「ぶっ飛ばす!!!」
「ねえ、悔しい? 恥ずかしい?」
「うっさい!!!!!」
武蔵が暴れるので、彼女の両手首を掴んで抑えつける。
「ぐぅっ……アンタ、力つよすぎっ……!」
「え~んえ~ん♡ 勝ちたいよ~♡ 処女卒業させてよ~♡」
「こいつマジで犯すッ! 絶対ぶち犯してわからせてやるッ!」
武蔵は暴れ、吼えるが、微塵も僕を揺り動かすことは叶わず。
僕は彼女の両手首を片手で抑えつけ、空いた手で、つんつんと腋をつつく。
「んっ……っ……! 腋はやめっ……んぅっ……!」
武蔵は腋が弱いらしく、こうすると彼女はいつも身体をくねらせ、情けなく悶えるのだ。
「うわ~♡ きもちわる~♡」
「やめなさいよっ……! んあっ……!」
「ねえ武蔵、いじめられて感じてない?」
「感じてないわよっ!!! んっ、あっ……! やめっ……んんっ……!」
武蔵の抵抗が弱まってくる。苦しげな吐息と嬌声を上げながら、胸を上下させている。
武蔵の顔は真っ赤に紅潮し、
「武蔵、可愛い……♡」
「こんのッ……オスガキッ……!」
もっと、壊したい。
ぐちゃぐちゃにしたい。
悔しさと気持ちよさが繋がってしまって、取り返しがつかなくなってほしい。
僕は武蔵へ身体を重ねるように密着し、至近距離で囁く。
「いつか、一回でも僕に勝てたら、一晩抱かせてあげるよ♡」
「……!」
「がんばってね、いつまでも待ってるよ」
「お望み通りわからせてやるわよっ! 絶対めちゃくちゃにしてやるから覚悟しなさいっ!」
武蔵は屈辱に顔を歪ませながら、そう宣言した。
「ところで武蔵、顔上げてみて?」
「え?」
少しだけ拘束を弛めてあげる。そして、僕は上半身だけわずかに浮かせる。
僕は武蔵の体の上に乗っかっているので、彼女が顔を上げて覗き込むと――僕のおっぱいが見える。彼女の視線は、一点で止まった。乳首が見えているのだろう。
無言で、夢中で、じっと僕のおっぱいを見ている。
先ほどまでの憤怒のせいか、それとも男の体を目の前にした興奮のせいか、顔は真っ赤だ。
どういう感情なんだろう。どういう屈折なんだろう。――負けて悔しいのに、その身体には興奮してしまうって。
――第二の目覚め。覚醒だった。十三歳、僕は「性」で女を弄ぶ悦楽を知った。そしてそれは、予てよりの「女を負かして屈辱を味わわせたい」という嗜好と混じり合い、更なる進化を遂げ――「処女を負かして、性的に揶揄い、弄びたい」という、逃れえぬ
病、
ああ、処女を弄ぶの、楽しすぎる……!
*
そうして、さらに二年後――僕は十五歳、武蔵は二十歳になった。彼女は道場を継ぎ、新たな師範となった。
しかし、武蔵は一度も僕に勝てなかった。僕は武蔵を負かす度に、煽り、揶揄い、弄んだ。幾度も幾度も、処女をバカにしてあげた。
悔しさで震える武蔵は、最高だった。
――満足だった。だから、次だ。次の獲物を探そう。
十歳の頃、武蔵を倒した時に抱いた野望を思い出した。大和一のオスガキになるのだと、僕は誓ったのだ。
武蔵があんまりにも可愛くて五年も遊んでしまったが、そろそろ頃合いだろう。
うん。そうだ、京都行こう。
かくして、十五歳になった僕は入洛*3を決意した。
曰く、京都には凄腕の剣士たちがいるらしい。
自らを最強と誇り、
その夢を胸に抱え、僕は旅立った。
武蔵には何も告げずに、お礼の手紙だけ置いてきて出立した。
まあ、武蔵はほっといても勝手に処女を卒業するだろう。良家の生まれだし、お見合いの話も来ているらしいし、良縁に恵まれることだろう。
僕のせいで性癖が歪んで、普通の男とは恋愛できない――なんてことは、流石にないだろう。