あべこべ和風オスガキ剣士   作:耳野笑

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第二話 オスガキ、覚醒す

 その後の僕は、ひたすら武蔵をいじめ続けた。

 

 煽り、組み敷き、罵倒し、踏み付け、馬鹿にした。

 

 そんな日々が続き、僕が十三歳、武蔵が十八歳になった頃、彼女の行動にある変化があった。――武蔵は時々、僕の胸元を見るようになってきたのだ。

 

 稽古の最中――武蔵の木刀が僕の着物に引っ掛かり、胸元がはだけた。正面から見ると、胸の谷が露わになっているだろう。

 

「うおえっろ」

 

「ちょっと」

 

 僕は構わず打ち込みを続けるが、武蔵の視線は僕の胸と木刀とを何往復もしている。そのせいか、彼女の動きが鈍く、幾度も有効打が入る。

 

 そして、僕が立ち止まると、武蔵も立ち止まり、じっと僕の胸を凝視する。熟視だ。なんだか、見られている部分の肌が熱を帯びてきたような気がする。僕は自分の服を直しながら――。

 

「武蔵、おっぱい見すぎ~」

 

「見てないわよ」

 

「いや嘘じゃん、稽古に集中してなさすぎでしょ」

 

「百歩譲って、胸を見てたことは認めてあげるわ。でも、稽古中に『男』を出して相手の集中を乱すのはやめなさいよ」

 

「そんなつもりないけど……なんか、最近の武蔵変じゃない? 前にもこういうことあったけど、全然平気だったじゃん。なんで急に僕のおっぱい見るようになっちゃったの?」

 

「なんでもないわよ」

 

 武蔵は木刀を下ろし、渋面を浮かべる。

 

 その時、師範が「そこまで」と云ったので、門下生たちは打ち合いを中断する。

 師範の後ろに控えていた男性――師範の夫である――が、お茶の用意をしてくれる。歳は四十近く、色白で、静かな声の、楚々とした美人である。

 

 僕を含めた門下生たちが、みな茶の入った器を受け取り、各々床に座って休み始める。

 

 僕は武蔵の隣へ座る。

 

 近頃僕を見る目に邪な熱を帯びているのは、武蔵だけではない。実は他の門下生も、最近僕の胸を見るようになってきているのだ。

 

 その理由について、ひとつ心当たりがある。――年齢だ。僕は十歳から十三歳へと成長して、体つきが男らしく変化してきた。

 

 だから、武蔵を含めた女たちが、僕のことを男として意識し始めたのではないだろうか。

 

 僕は自分の体を見下ろす。日々の鍛錬で、筋肉質な腕と肩になっている。着物の上から胸に触れると、隆々と膨らんできている胸筋の凹凸を感じる。

 

 ――みんなは、僕の体を、見たいのだろうか。僕の体に、触りたいのだろうか。

 

 そんな疑問が芽生え、好奇心へと生い育つ。

 

 僕は武蔵に近付き、小声で話し掛ける。

 

「ねえ、武蔵」

 

「なに?」

 

「武蔵って、男の人のおっぱい見たことある?」

 

「え……」

 

 武蔵は唖然としている。丸く見開かれた空色の瞳が、僕を見つめる。

 

「なんでそんなこと訊くのよ」

 

「見たいのかなって思って」

 

 武蔵の目が泳ぐ。困ったように、手の中にある茶碗を見る。

 

「別に、見たくないけど」

 

「そうなんだ、見たいなら見せてあげようかなって思ったのに」

 

 武蔵が僕の方へぐいんっ!と顔を向ける。歌舞伎の大見得みたいな首の動きだった。

 

「え、ちょ、ま、マジ?」

 

「マジっていったらどうする?」

 

「み、見たい」

 

 武蔵の瞳が、ギラリとした獣欲に光る。彼女の手は僅かに震え、茶碗の水面が小波(さざなみ)立つ。

 

 僕は武蔵へと肩を寄せるように近付き、着物の(えり)に手を掛けた。

 

 武蔵が鼻の下を伸ばし、僕の胸元を見下ろす。

 

 少しずつ襟を持ち上げていく。武蔵の鼻息が荒くなり、まなこを飛び出さんばかりに熟視している。

 

 そして――仰ぐように、ぱたぱたと衿を前後に揺らしてあげた。瞬間、武蔵の喉から音が鳴った。血走った目が、熱視線を僕の胸へと注ぐ。彼女の顔は、女の欲望に満ち満ちて真っ赤になっていた。

 

 そして僕は、武蔵の耳元へ唇を寄せ、吐息とともに言葉を吹き込む。

 

「よかったね、男のおっぱい見れて♡」

 

「あっ……」

 

 一瞬、武蔵の体が、ふらっと揺れた。彼女は顔を真っ赤にしたまま、獣のように荒い呼吸をしている。そして、肉欲に濡れた瞳で僕を見ている。

 

 何かを壊したという手応えがあった。

 

 最近まで、武蔵の目に映る僕は、生意気で色気も可愛げもないガキだった筈だ。

 

 ――しかし今、僕を見るその目は、確実に「男」を見る目だった。

 

 そっか。

 

 そうなんだ。

 

 男の身体には、こんなに価値があるんだ。これほどまでに女の欲を揺さぶり得るものなんだ。

 

 心臓が高鳴る。

 

 脈拍が大きく、勢いよく、血を送り出す。

 

 昂揚し、身体が浮き上がって、天にも昇りそうな心地になる。

 

 ――揶揄いたい。煽りたい。もっと武蔵の情けない姿を見てみたい。

 

 僕は小声で話し掛ける。

 

「ねえ、武蔵って処女なの?」

 

「しょっ、処女じゃないけど」

 

「おっぱい見ただけで顔真っ赤だし、絶対処女でしょ」

 

「ぅ……」

 

 武蔵が顔を顰める。実に嫌そうな顔だった。

 

 僕は彼女の耳元に唇を寄せる。婀娜(あだ)っぽく、媚びるような、猫撫で声で――。

 

「ね、武蔵、処女卒業させてあげよっか?」

 

「えっ……ま、マジ?」

 

 武蔵の顔が期待でいっぱいになる。そんな彼女に向けて、僕は一拍遅れて条件を伝える。

 

「僕に勝てたら、ね」

 

 瞬間、武蔵の顔が歪む。悄然(しょうぜん)として萎れてしまう。

 

「ま、武蔵じゃ一生かかっても無理か、ざぁ~こ♡」

 

 とどめに、ふぅ~♡と吐息を吹き込んであげた。武蔵の体がびくっと震え、直後、怒りの籠もった眼差しで睨んでくる。

 

「表出なさい小次郎っ! ぼっこぼこにしてやるわよ!」

 

「あははっ、いいよ、かかっておいで♡」

 

 ――ぼっこぼこにした。

 

 武蔵へ馬乗りになる。僕が上で、武蔵が下だと、理解させる体勢だ。

 

 武蔵の額に青筋が浮かぶ。怒りに満ちた憤激の形相だ。

 

「くっそぉッ……! こんのオスガキッ……!」

 

「あははっ……! 十八歳の立派な大人が、十三歳のオスガキに負けるって、どんな気持ち?」

 

「ぶっ飛ばす!!!」

 

「ねえ、悔しい? 恥ずかしい?」

 

「うっさい!!!!!」

 

 武蔵が暴れるので、彼女の両手首を掴んで抑えつける。

 

「ぐぅっ……アンタ、力つよすぎっ……!」

 

「え~んえ~ん♡ 勝ちたいよ~♡ 処女卒業させてよ~♡」

 

「こいつマジで犯すッ! 絶対ぶち犯してわからせてやるッ!」

 

 武蔵は暴れ、吼えるが、微塵も僕を揺り動かすことは叶わず。

 

 僕は彼女の両手首を片手で抑えつけ、空いた手で、つんつんと腋をつつく。

 

「んっ……っ……! 腋はやめっ……んぅっ……!」

 

 武蔵は腋が弱いらしく、こうすると彼女はいつも身体をくねらせ、情けなく悶えるのだ。

 

「うわ~♡ きもちわる~♡」

 

「やめなさいよっ……! んあっ……!」

 

「ねえ武蔵、いじめられて感じてない?」

 

「感じてないわよっ!!! んっ、あっ……! やめっ……んんっ……!」

 

 武蔵の抵抗が弱まってくる。苦しげな吐息と嬌声を上げながら、胸を上下させている。

 

 武蔵の顔は真っ赤に紅潮し、(まなじり)には涙が浮かんでいた。

 

「武蔵、可愛い……♡」

 

「こんのッ……オスガキッ……!」

 

 もっと、壊したい。

 

 ぐちゃぐちゃにしたい。

 

 悔しさと気持ちよさが繋がってしまって、取り返しがつかなくなってほしい。

 

 僕は武蔵へ身体を重ねるように密着し、至近距離で囁く。

 

「いつか、一回でも僕に勝てたら、一晩抱かせてあげるよ♡」

 

「……!」

 

「がんばってね、いつまでも待ってるよ」

 

「お望み通りわからせてやるわよっ! 絶対めちゃくちゃにしてやるから覚悟しなさいっ!」

 

 武蔵は屈辱に顔を歪ませながら、そう宣言した。

 

「ところで武蔵、顔上げてみて?」

 

「え?」

 

 少しだけ拘束を弛めてあげる。そして、僕は上半身だけわずかに浮かせる。

 

 僕は武蔵の体の上に乗っかっているので、彼女が顔を上げて覗き込むと――僕のおっぱいが見える。彼女の視線は、一点で止まった。乳首が見えているのだろう。

 

 無言で、夢中で、じっと僕のおっぱいを見ている。

 

 先ほどまでの憤怒のせいか、それとも男の体を目の前にした興奮のせいか、顔は真っ赤だ。

 

 どういう感情なんだろう。どういう屈折なんだろう。――負けて悔しいのに、その身体には興奮してしまうって。

 

 ――第二の目覚め。覚醒だった。十三歳、僕は「性」で女を弄ぶ悦楽を知った。そしてそれは、予てよりの「女を負かして屈辱を味わわせたい」という嗜好と混じり合い、更なる進化を遂げ――「処女を負かして、性的に揶揄い、弄びたい」という、逃れえぬ宿痾(しゅくあ)*1となった。

 

 病、膏肓(こうこう)()る。*2

 

 ああ、処女を弄ぶの、楽しすぎる……!

 

 *

 

 そうして、さらに二年後――僕は十五歳、武蔵は二十歳になった。彼女は道場を継ぎ、新たな師範となった。

 

 しかし、武蔵は一度も僕に勝てなかった。僕は武蔵を負かす度に、煽り、揶揄い、弄んだ。幾度も幾度も、処女をバカにしてあげた。

 

 悔しさで震える武蔵は、最高だった。

 

 ――満足だった。だから、次だ。次の獲物を探そう。

 

 十歳の頃、武蔵を倒した時に抱いた野望を思い出した。大和一のオスガキになるのだと、僕は誓ったのだ。

 

 武蔵があんまりにも可愛くて五年も遊んでしまったが、そろそろ頃合いだろう。

 

 うん。そうだ、京都行こう。

 

 かくして、十五歳になった僕は入洛*3を決意した。

 

 曰く、京都には凄腕の剣士たちがいるらしい。

 

 自らを最強と誇り、(たの)みとする、無敗無敵の女たち。その全てを倒し、虐め、煽り、揶揄い倒し、屈辱を味わわせる。

 

 その夢を胸に抱え、僕は旅立った。

 

 武蔵には何も告げずに、お礼の手紙だけ置いてきて出立した。

 

 まあ、武蔵はほっといても勝手に処女を卒業するだろう。良家の生まれだし、お見合いの話も来ているらしいし、良縁に恵まれることだろう。

 

 僕のせいで性癖が歪んで、普通の男とは恋愛できない――なんてことは、流石にないだろう。

*1
長く治らない病気

*2
病気が悪化し、どうしようもなくなること。また、道楽に熱中しすぎて、手が付けられなくなること

*3
京都へ入ること

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