あべこべ和風オスガキ剣士   作:耳野笑

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 第四話は戦闘シーンのため、スキップ可能です。お急ぎの方は読み飛ばしてください。


第四話 決戦――都の巌流島

 武蔵は、僕の持つ五十四の異能の全てを知る、この世で唯一の人間である。

 

 僕も武蔵の異能は知っているが、実は一点、その知識には欠けがある。

 

 異能――五輪の剣。地水火風空を操る異能。往時の武蔵は異能が未熟で、地水火風の四つしか使えなかったが、果たして今はどうか。

 

 僕は五十四の異能のひとつを発動する。異能――竹の心眼。人の情報――身長、体重、異能、好み、弱点、経験人数など、万事を見抜く異能である。

 

 武蔵の異能は、進化していた。地水火風空の全てを扱えるようになっている。

 

 地――揺れ動くこと、激震のごとく。地を凹ませ(つばく)ませ、土塊を抉り出す。

 

 水――押し流すこと、河海(かかい)のごとく。水を生み出し、雨のごとく、滝のごとく、渦潮のごとく操る。

 

 火――燃え猛ること、業火のごとく。炎を生み出し、敵を焼き尽くし、灰燼と返す。

 

 風――切り裂くこと、春嵐(はるあらし)のごとく。風を生み出し、順風に乗って駆け抜け、颶風を以て敵を襲う。

 

 空――(ことごと)()きること、虚空のごとく。無疆(むきょう)*1の果てを越え、無辺世界へと達し、万事を無に帰す。

 

「……?」

 

 なんだこの文言。空だけ抽象的すぎて意味が分からない。何を云ってるんだ、これ。

 

 ――配下の女剣士が、開戦の合図として腕を振り下ろす。

 

「いざ尋常に、始め!」

 

「――炎舞」

 

 武蔵の刀が炎を纏う。彼女が刀を一振りすると、炎がうねり、地を這い、意思を持った一個の生き物のごとく、僕へと迫る。

 

 僕は異能――猿太夫(さるだゆう)の舞で、自らの体重を(わたいれ)*2のごとく軽くする。

 

 ――風が舞う。炎は僕を捕らえること叶わず、敵を見失ったように宙へ留まる。

 

 異能――韋駄天(いだてん)の歩み。千里をも光のごとく駆け抜ける、俊足走破の異能。

 

 異能の掛け合わせ。体重を軽くした上での超加速。風を置き去りに、僕は疾駆する。

 

「炎舞――五番立て」

 

 武蔵が刀を五度振る。五頭の竜のごとき炎が現れ、各々(めいめい)に僕へと襲い掛かる。

 

 が、その全てを避ける。右へ、左へ、炎を縫うように躱し、武蔵へと迫る。

 

 あと一歩。

 

 間合いに入ると同時に発動したのは、異能――花火師の星撃ち。刀身を覆うように、蒼い炎を噴き出す。

 

 仮に刀で防御されても、炎が武蔵の身体を襲う算段。不可避の攻撃だ。

 

 炎を纏った一閃を放つ。確実に武蔵を捕らえた一太刀は――。

 

「!?」

 

 武蔵の刀に触れる寸前、蒼い炎が消えた。吹き消された訳でもなく、一刹那の間に存在しなくなっていた。

 

「――捉えた」

 

 武蔵の刀から炎が放たれる。僕を呑み込む、大火炎の放射。僕は炎の中で身を焼かれながらも、後退する。

 

 ――なにか、風を切る音が聞こえた。

 

「がッ……!?」

 

 次いで、身体に直撃する、巨大な質量。

 

 咄嗟に盾にした左腕が、衝撃でびりびりと震えている。土塊(つちくれ)だ。炎の中から、土の塊が砲丸のごとく飛んできたのだ。

 

 僕は一度引いて、距離を取る。体勢を立て直す時間を作るため、僕は刀に炎を纏わせ、遠距離から火炎を放って攻撃しようとするが――やはり炎が消えてしまう。

 

 異能が使えない……? まさか、これが空の力……?

 

「ずいぶん焦ってるわね、小次郎」

 

「あはは、何年ぶりだろうね、僕が攻撃を受けるの」

 

 武蔵の周囲を、水塊と土塊と火炎が廻り、旋回する。

 

「行くわよ」

 

 水塊、土塊、火炎が、同時に僕へと襲い掛かる。さながら、驟雨のごとき弾幕。その全てを躱しながら、僕は攻防織り交ぜ、様々な異能を順番に試しながら戦う。

 

 その最中――。

 

「うわっ!?」

 

 足を取られた。水のせいで、地面が泥濘んでいた。

 

 炎の渦が僕を取り囲み、軸へと寄り集まるように、全方向から急襲する。

 

「ッ……!!!!!」

 

 先刻(さっき)の攻防の中で見えた、ある事実。――無効化されているのは、あくまで武蔵に対して行使した異能のみ。自分を対象に行使した異能は、有効に使えている。

 

 体重を変えたり、足を速くしたり。そういう異能は使えるようだった。

 

 ――炎の柱に飲み込まれる。

 

 異能――山法師の鉄石心(てっせきしん)。自らの身体を、あらゆる攻撃を耐え抜く鋼の肉体へと変化させる。

 

 炎をもろともせず、僕は動き出す。炎を纏いながらの、突進――巨大で重厚な一個の弾丸と化して、武蔵へと一直線に突撃する。

 

 しかし、武蔵は風のごとく突進を逃れ、距離を取る。

 

 僕は彼女の方を向き、刀の(きっさき)を向ける。

 

「もうその炎は効かないよ」

 

「服はだいぶ焼けてるけどね」

 

 僕の着物は焼けて破れている。あられもない姿だ。特に上半身は、ほとんど裸といっていい。

 

 武蔵の視線が、僕の胸の辺りに向けられる。

 

「えっろ……」

 

「もう、えっち~♡」

 

「なによそのエロい胸筋(おっぱい)……三年前よりだいぶ大きくなってるじゃない」

 

「武蔵、ぜんぜん変わってないね♡」

 

 武蔵のいう通り、僕の胸はこの三年間で成長している。胸筋が隆々と膨らみ、より女好きのする豊満さを帯びた。

 

 ちらりと、配下と陰陽師の方を窺うと、どちらも僕の体を熱心に熟視していた。

 

 武蔵も、じっとりと熱を帯びた視線で僕の胸を見つめている。

 

「そのおっぱいを今夜好き放題できると思うと、身体が熱くなってきたわ」

 

 武蔵は、にたあ……といやらしい笑みを浮かべる。おそらく彼女の頭の中では、布団の上で淫らに身悶えする僕の姿が思い浮かべられているのだろう。

 

 女たちの視()に負けることなく、僕は刀を握り込む。

 

「残念だけど、武蔵は僕のこと抱けないよ。でも、今夜たくさんおもちゃにしてあげるから、楽しみにしててね」

 

「ふふっ、その生意気な口、死ぬほど喘がせてやるわ」

 

 ――再び斬り結ぶ。己を異能で強化し、武蔵と剣戟を繰り広げる。

 

 抑々(そもそも)、五十四の異能を持つ僕は、基本的に最強である。相手の弱点を突く異能を使えば、それだけで勝てる。火には水、氷には炎のような、有効手が存在する。

 

 しかし、武蔵の異能は幅が広い。地水火風空を操る異能は、できることが多く、対応手が無数にある。

 

 故に、なかなか攻めきれない。

 

「強いね、武蔵」

 

「アンタを倒すために鍛錬してきたからね」

 

 武蔵が巧い、というのも勿論ある。僕の五十四個の異能をすべて知っているが故に、そのいずれにも対応できるよう訓練してきたのだろう。

 

 城の庭に、刀を打ち合う剣戟音が響く。

 

 斬り結び、交差し、炎が舞い散る。

 

 ――初めてだった。僕が、真面(まとも)に戦うのは。全ての戦いを圧勝と蹂躙と秒殺の(うち)に終わらせてきた僕にとって、初めての、対等な戦いだった。

 

「そろそろ、決めるわよ」

 

 武蔵がそう云った。

 

 肌が粟立つ。

 

 身体の芯がぐっと冷え込む。本能が死の危険を察知し、(あわただ)しく(さけ)び出す。

 

 直覚する。()()が来る。

 

 異能を極めた末に辿り着く、異能の奥義――端境(はざかい)

 

「見るがいい、人界の最高点を。(ほとけ)を、神を、万物を斬る一撃を。是なるは、剣の極北――」

 

 武蔵が剣を大上段に構える。

 

 一刹那の間に、世界が転じる。暗黒の巨海の中に沈められたように、天地が黒く塗りつぶされる。

 

 ――闇の中、ただひと筋の、光が走る。

 

「端境顕現――天下終南末世一太刀(てんかしゅうなんまっせのひとたち)

 

 景色が遅くなる。回り灯籠を一齣(ひとこま)ずつ映すように、ゆっくりと見える。

 

 大上段の振り下ろし。回避は不可。もし避ければ、その剣線の先にある内裏まで両断するだろう。そうでなくても、躱すには間に合わない。

 

 受けて立つしかない。しかし、攻撃の異能は無効化されてしまうため使えない。

 

 ならば、己を研ぎ澄ますのみ。

 

 自らを強化する異能のすべてを使い、己を高める。

 

 真黒の世界を、白く塗りつぶしていく。

 

 続けて描き出される、梅花のごとき鮮やかな紅。反物のように折り重ねられた紅白。その後に続く、極彩色。五十四の色を束ねた世界が、闇を蚕食(さんしょく)*3し、押し返していく。

 

「端境顕現――覡式部五十四帖(かんなぎしきぶごじゅうよんじょう)

 

 真一文字に、刀を振る。

 

 十字に交わった剣戟が光を放つ。眩い閃光により、世界が真白に染められた。

 

「――」

 

 やがて、世界が色を取り戻す。

 

 風が吹く。

 

 遠いどこかで、鳶が鳴いた。

 

 武蔵は膝を突き、頽れた。陰陽師が直ぐに彼女へと駆け寄り、治療する。

 

 武蔵はそれを受け入れながらも、眼光鋭く、僕の方を見ている。

 

「……強すぎでしょ、アンタ」

 

「武蔵の方こそ」

 

 僕も、立っているのがやっとだった。

 

 実をいうと、僕には自分を治療できる異能がある。無論、致命傷を受けたら潔く「参りました」と宣言する心算(つもり)ではあったけど。

 

 僕は自分を治療する。お互いが完全に回復するまで待ってから、話し始める。

 

「僕の勝ちだね」

 

「……そうね、参ったわ。私の負けよ」

 

 武蔵は悔しげに顔を歪めながら、そう云った。

 

 一方で、僕は武蔵の進歩に驚いていた。

 

 僕を倒すために、ここまで強くなったのか。今の武蔵は、僕がいなければ天下一の剣豪かもしれない。

 

「武蔵、今日は城に泊まっていきなよ。いろいろ話したいこともあるしさ」

 

「はぁ……分かったわよ」

 

「それに、今夜はたっぷりわからせてあげるから、楽しみにしててね?♡」

 

「やっぱ帰るわ」

 

「逃がすわけないじゃん♡」

 

 僕は武蔵の腕を掴んで引っ張っていく。彼女は頬を引き攣らせながらも、抵抗せずに受け入れている。

 

 僕は武蔵を客室へ案内し、その後汗を流しに風呂場へ向かった。

 

 この時、僕は心の裡に、ある覚悟を固めていた。

*1
限りがない

*2
綿が入った防寒着

*3
一方の端から徐々に侵していくこと

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