はらぺこヴァンパイア 作:棗の
冬が終わって春のある日。
また一人殺した。
13人目。
その人数はよく覚えている。
償いにならないことはわかっているけど、自分が重ねた罪の数だと思っていた。
今日の人は、塾か何かから帰る途中の女の子だった。
駅から出てくるところを尾行した。
人気のない高架下を通るまで待った。
そして、後ろから飛び掛かり首を噛んだ。
制服を着ていたけど知らない学校。
財布を開けたけど、一万円とちょっとしか入っていなかった。
梓の体だけは久々の食事で満たされていた。
視界がはっきりしていて、頭痛もなく、喉が渇く感触もない。
まだ警察のサイレンも聞こえていない。
遺体を消し、現場を離れ、梓は漫画喫茶の個室にいた。
最近よくこのグループの漫画喫茶に泊まっている。
最大24時間までいられるので、昼をやりすごすことができる。
初回の会員証を運よく身分証明書なしの年齢確認だけで作れたし、グループのお店ならどこでも使えるらしい。
警察官が周囲に増えてくるまではここにいるつもりだった。
ここで日が沈むまで休んで、一回外に出て、また戻ってくる。
梓はスマホに有線イヤホンを差して、YouTubeで”夜のカフェ”の曲集動画を流す。
椅子の上で膝を抱えて、まだ血のついた牙を舐める。
牙についた甘い味と曲だけに集中して、自分がさっきしたことから目を逸らそうとした。
ついさっき襲って、食べて、遺体を消した子。
あの子は、たぶん一年前の私と同じだ。
鞄の中に問題集の赤い本と、塾の時間割が入ってた。
私が一年前に、毎日持っていた重たい本。
いま持ってみたら、すごく軽かった。
私はもう人間じゃないから。
私も塾の帰りに襲われて、死んだ。
おなかがすいていて、なかなか一人で帰る人が見つからなくて、イライラして襲った。
怖くて顔を見れなかったし、学生証も確認できなかった。
名前を見て、もし一度でも聞いたことがある名前だったら、罪の重さで押しつぶされそうになる。
どれだけ押しつぶされたってヴァンパイアは死なないけれど、
おなかがすくと私は三浦梓じゃなくなる。
ただのヴァンパイアになる。
「……もう、やだ……」
いや、違う。
私を殺したヴァンパイアと、私はもう同じ。
涙が溢れて止まらなくなってくる。
最近殺すのがうまくなってきて、一瞬の悲鳴すら上げさせずに殺せるようになってきた。
殺したあとにどこに運べばいいか、何となく思いつくようになってきた。
殺しやすい場所と殺しにくい場所が街の中にあって、そこを通る人も大体決まっているから、その中から一人で歩く人を選べばいい。
服も変わった。黒いマスクだけじゃなく、サングラスを付けた。
腕全体を覆う黒い手袋をするようになった。
スマホのニュースで私のことを見たから。
《
その犯人と思われる人物が、白い手だったって。
ママもパパもきっと知ってる。
でも私だって気づかないはず。それでいいから。
ママとパパの娘の三浦梓は死んだから。
身を隠すことも、殺すことだけうまくなるのも……私と同じような境遇だったはずの人を殺せるのも、全部全部、私がただのヴァンパイアになったから。
「うぅ……」
なら、どうして泣くんだろう。
自分に泣く資格なんてないとわかっているけど涙は出てくる。
なんて醜いんだろうと思う。
殺した方がなぜ泣くんだろう。
泣くならなぜ殺したんだろう。
淡い赤色の涙が白い頬を伝って、コートの裾を濡らす。
黒かったコートに、赤黒い模様ができてきている。
洗っても落ちない、乾いた血の模様。
殺された人の悲しみが染みついているみたいに。
このコートも、そろそろ替えないと。
本当におなかがすいていると涙も出ないし、何の気持ちも出てこない。
ただの二つしか感情はない。
食べないと死ぬ。
ばれないように殺す。
その二つだけ。
おなかがすけば罪悪感なんてない。
あるのは苛立ちと、誰が殺せそうか判断する自分だけ。
日本の法律だと、大体3人ぐらい殺した人は死刑になるらしい。
13人も殺している自分は何になるんだろう。
その人たちの名前も覚えていないし、顔もぼんやりとしか覚えていない。
3人目まで覚えようとして、保険証とかを見てメモしていたけど、昼も夜もその名前と顔が頭をよぎって耐えられなくて、記憶から消してしまった。
罪から目を逸らさないと、人を殺して平然と生きている自分の醜さと混ざって、おかしくなりそうだったから。
そこからは、できるだけ相手の顔も見ず、素性も探らず殺している。
ただの”人間”を殺して食べるだけ。
ただのヴァンパイアであることに徹していた。
ヴァンパイアは悲しまない。罪の意識も感じない。
血で汚れても着替えない。ホテルに泊まってぜいたくしようなんて思わない。
親と連絡を取ろうとしない。楽しいこともしない。
YouTubeで動画も見ない。音楽で気を紛らわせたりもしない。
私はただのヴァンパイアのはずなのに、どうしてそんなことをしたいって思うんだろう。
少しずつ舐めていた血の味がなくなっていく。
「ひいっ……」
音楽が一瞬途切れた時にしゃくりあげてしまって、そこから感情を抑えきれなくなって、声を押し殺して泣き始めた。
ぎゅっと噛んだ口の中、牙が下唇に刺さって、黒い血が唇の横から零れていく。
ぴんぽん、とYouTubeの音楽が一瞬途切れて音が鳴った。
LINEの通知音。
涙でぐずぐずの中で、反射的にLINEのポップアップアイコンを押した。
画面の右上は、00:00 画面の左上には『ママ』と書いていた。
『梓、17歳の誕生日おめでとう。きっとどこかで生きていると信じてます。ママもパパも元気です。せめて、無事で、幸せに暮らしてください』
すすり泣きが止まる。
目が自然と、一つ上、一つ上のメッセージへ動いていく。
見ないようにしていた母からの言葉が、記憶に入り込んでいく。
時が動き出す。
『家の前の桜が咲きました。梓が高校に入学した日を思い出します。帰ってくることはできないでしょうか』
『二月になりました。梓、ママとパパで一緒に行った
『あけましておめでとう、梓。お元気ですか。ママとパパは元気です。梓がいないと寂しいですが、毎日頑張って働いています。
でもお正月だから、パパと二人でテレビを見ています。梓の好きな格付けチェックは、今年もやるみたいです。見ていますか』
『もうすぐ今年も終わりです。年末は不審者が多いらしいので、気を付けてください。風邪をひかないでね』
『インフルエンザの季節になりました。予防接種はすみましたか。ママは職場で今年も打ちました。パパもママも元気です。
梓の好きな苺をおばあちゃん家から送ってもらいました。食べきれないので、一緒に食べてほしいです』
『今日はパパの誕生日です。パパは今でも、梓のあげた財布を使っているみたいです。
ボロボロになって破れるまで使うと言っていました。ママも梓からもらった傘は、今でも使っています』
『紅葉がきれいな季節になってきました。梓と行った
梓は漫画喫茶を飛び出していた。
周りの目も気にせずに、人間離れした速さで夜の街を走っていた。
電車の高架沿いの道を沿ってひたすら走って、走り続けて、駅をいくつも越えて。
自分が何か叫んでいる気がするけれど、言葉にはなっていなかった。
ひたすらに、がむしゃらに走り続けて。家の最寄りの、JR
中学の時、パパと一緒に使っていたバス停。
下校中によく寄ったコンビニ。
お店の閉まった中央通りを走って、商店街を抜けて。
何度も通った住宅街へ入って、そして、見慣れたマンションの前まで来た。
桜の花がほとんど散っていて、淡いピンクの花びらが梓の髪に乗った。
マンションの前にあった血だまりは、もうなくなっている。
一年前に殺した人はどうなったのか、わからない。
一瞬迷って、梓は飛び上がって二階の廊下へ降りた。
階段をかけあがって、三、四、五、六階と駆け上がった。
ぼんやりと常夜灯で明るい廊下を大きな足音を立てて走って、607の表札。
『三浦
毎日学校の行き帰りに見たもの。
「っ……」
手が動かない。だけど、迷ったのはほんの数秒。
無数の罪と化け物の自分の醜さが肩を掴んだけれど、梓はぎゅうっと唇をかんで、インターフォンを押していた。
ぴんぽーん、と音が鳴って、20秒。
かちゃん、と鍵が開く音がする。黒い玄関扉が開く。
「……あず、さ?」
そこには梓の母がいた。
寝間着の上にコートを着て、泣き腫らした目とぼさぼさの髪で、片手にスマホを持っていた。
「……ただいま。ママ」
ヴァンパイアになって一年。
梓は、人間の家へ戻った。
【あとがき】
作者です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
以上が第一章となります。
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