はらぺこヴァンパイア   作:棗の

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限界-3月19日23時55分

(あずさ)はもう飢えていなかった。

 

 

冬が終わって春のある日。

 

また一人殺した。

 

13人目。

 

その人数はよく覚えている。

償いにならないことはわかっているけど、自分が重ねた罪の数だと思っていた。

 

今日の人は、塾か何かから帰る途中の女の子だった。

 

駅から出てくるところを尾行した。

 

人気のない高架下を通るまで待った。

そして、後ろから飛び掛かり首を噛んだ。

 

制服を着ていたけど知らない学校。

財布を開けたけど、一万円とちょっとしか入っていなかった。

 

梓の体だけは久々の食事で満たされていた。

視界がはっきりしていて、頭痛もなく、喉が渇く感触もない。

 

まだ警察のサイレンも聞こえていない。

 

遺体を消し、現場を離れ、梓は漫画喫茶の個室にいた。

 

最近よくこのグループの漫画喫茶に泊まっている。

最大24時間までいられるので、昼をやりすごすことができる。

初回の会員証を運よく身分証明書なしの年齢確認だけで作れたし、グループのお店ならどこでも使えるらしい。

警察官が周囲に増えてくるまではここにいるつもりだった。

ここで日が沈むまで休んで、一回外に出て、また戻ってくる。

 

梓はスマホに有線イヤホンを差して、YouTubeで”夜のカフェ”の曲集動画を流す。

椅子の上で膝を抱えて、まだ血のついた牙を舐める。

牙についた甘い味と曲だけに集中して、自分がさっきしたことから目を逸らそうとした。

 

 

ついさっき襲って、食べて、遺体を消した子。

あの子は、たぶん一年前の私と同じだ。

 

鞄の中に問題集の赤い本と、塾の時間割が入ってた。

私が一年前に、毎日持っていた重たい本。

いま持ってみたら、すごく軽かった。

私はもう人間じゃないから。

 

私も塾の帰りに襲われて、死んだ。

おなかがすいていて、なかなか一人で帰る人が見つからなくて、イライラして襲った。

 

怖くて顔を見れなかったし、学生証も確認できなかった。

名前を見て、もし一度でも聞いたことがある名前だったら、罪の重さで押しつぶされそうになる。

どれだけ押しつぶされたってヴァンパイアは死なないけれど、三浦(みうら)梓はきっと死ぬ。

 

 

おなかがすくと私は三浦梓じゃなくなる。

ただのヴァンパイアになる。

 

 

「……もう、やだ……」

 

いや、違う。

 

私を殺したヴァンパイアと、私はもう同じ。

 

 

涙が溢れて止まらなくなってくる。

 

最近殺すのがうまくなってきて、一瞬の悲鳴すら上げさせずに殺せるようになってきた。

殺したあとにどこに運べばいいか、何となく思いつくようになってきた。

殺しやすい場所と殺しにくい場所が街の中にあって、そこを通る人も大体決まっているから、その中から一人で歩く人を選べばいい。

 

服も変わった。黒いマスクだけじゃなく、サングラスを付けた。

腕全体を覆う黒い手袋をするようになった。

スマホのニュースで私のことを見たから。

令和(れいわ)神隠(かみかく)し》って言われてた。

その犯人と思われる人物が、白い手だったって。

 

ママもパパもきっと知ってる。

でも私だって気づかないはず。それでいいから。

ママとパパの娘の三浦梓は死んだから。

 

身を隠すことも、殺すことだけうまくなるのも……私と同じような境遇だったはずの人を殺せるのも、全部全部、私がただのヴァンパイアになったから。

 

「うぅ……」

 

なら、どうして泣くんだろう。

 

自分に泣く資格なんてないとわかっているけど涙は出てくる。

なんて醜いんだろうと思う。

 

殺した方がなぜ泣くんだろう。

泣くならなぜ殺したんだろう。

 

 

淡い赤色の涙が白い頬を伝って、コートの裾を濡らす。

黒かったコートに、赤黒い模様ができてきている。

洗っても落ちない、乾いた血の模様。

殺された人の悲しみが染みついているみたいに。

 

このコートも、そろそろ替えないと。

 

本当におなかがすいていると涙も出ないし、何の気持ちも出てこない。

ただの二つしか感情はない。

 

食べないと死ぬ。

ばれないように殺す。

 

その二つだけ。

 

 

おなかがすけば罪悪感なんてない。

あるのは苛立ちと、誰が殺せそうか判断する自分だけ。

 

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日本の法律だと、大体3人ぐらい殺した人は死刑になるらしい。

13人も殺している自分は何になるんだろう。

その人たちの名前も覚えていないし、顔もぼんやりとしか覚えていない。

3人目まで覚えようとして、保険証とかを見てメモしていたけど、昼も夜もその名前と顔が頭をよぎって耐えられなくて、記憶から消してしまった。

 

罪から目を逸らさないと、人を殺して平然と生きている自分の醜さと混ざって、おかしくなりそうだったから。

 

そこからは、できるだけ相手の顔も見ず、素性も探らず殺している。

ただの”人間”を殺して食べるだけ。

ただのヴァンパイアであることに徹していた。

 

ヴァンパイアは悲しまない。罪の意識も感じない。

血で汚れても着替えない。ホテルに泊まってぜいたくしようなんて思わない。

親と連絡を取ろうとしない。楽しいこともしない。

YouTubeで動画も見ない。音楽で気を紛らわせたりもしない。

 

私はただのヴァンパイアのはずなのに、どうしてそんなことをしたいって思うんだろう。

 

 

少しずつ舐めていた血の味がなくなっていく。

 

「ひいっ……」

 

音楽が一瞬途切れた時にしゃくりあげてしまって、そこから感情を抑えきれなくなって、声を押し殺して泣き始めた。

 

ぎゅっと噛んだ口の中、牙が下唇に刺さって、黒い血が唇の横から零れていく。

 

 

 

ぴんぽん、とYouTubeの音楽が一瞬途切れて音が鳴った。

LINEの通知音。

 

 

 

涙でぐずぐずの中で、反射的にLINEのポップアップアイコンを押した。

 

画面の右上は、00:00 画面の左上には『ママ』と書いていた。

 

 

『梓、17歳の誕生日おめでとう。きっとどこかで生きていると信じてます。ママもパパも元気です。せめて、無事で、幸せに暮らしてください』

 

 

すすり泣きが止まる。

目が自然と、一つ上、一つ上のメッセージへ動いていく。

見ないようにしていた母からの言葉が、記憶に入り込んでいく。

時が動き出す。

 

『家の前の桜が咲きました。梓が高校に入学した日を思い出します。帰ってくることはできないでしょうか』

 

『二月になりました。梓、ママとパパで一緒に行った日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)を覚えていますか。日光は今年も綺麗でした』

 

『あけましておめでとう、梓。お元気ですか。ママとパパは元気です。梓がいないと寂しいですが、毎日頑張って働いています。

でもお正月だから、パパと二人でテレビを見ています。梓の好きな格付けチェックは、今年もやるみたいです。見ていますか』

 

『もうすぐ今年も終わりです。年末は不審者が多いらしいので、気を付けてください。風邪をひかないでね』

 

『インフルエンザの季節になりました。予防接種はすみましたか。ママは職場で今年も打ちました。パパもママも元気です。

梓の好きな苺をおばあちゃん家から送ってもらいました。食べきれないので、一緒に食べてほしいです』

 

『今日はパパの誕生日です。パパは今でも、梓のあげた財布を使っているみたいです。

ボロボロになって破れるまで使うと言っていました。ママも梓からもらった傘は、今でも使っています』

 

『紅葉がきれいな季節になってきました。梓と行った京都(きょうと)旅行を思い出します。抹茶の生八つ橋をあの時欲しがったけれど、今買ってあげたら、喜ぶでしょうか』

 

 

梓は漫画喫茶を飛び出していた。

 

周りの目も気にせずに、人間離れした速さで夜の街を走っていた。

 

電車の高架沿いの道を沿ってひたすら走って、走り続けて、駅をいくつも越えて。

 

自分が何か叫んでいる気がするけれど、言葉にはなっていなかった。

 

ひたすらに、がむしゃらに走り続けて。家の最寄りの、JR日吉駅(ひよしえき)が見えてくる。

 

中学の時、パパと一緒に使っていたバス停。

 

下校中によく寄ったコンビニ。

 

お店の閉まった中央通りを走って、商店街を抜けて。

 

何度も通った住宅街へ入って、そして、見慣れたマンションの前まで来た。

 

桜の花がほとんど散っていて、淡いピンクの花びらが梓の髪に乗った。

 

マンションの前にあった血だまりは、もうなくなっている。

一年前に殺した人はどうなったのか、わからない。

 

一瞬迷って、梓は飛び上がって二階の廊下へ降りた。

階段をかけあがって、三、四、五、六階と駆け上がった。

 

ぼんやりと常夜灯で明るい廊下を大きな足音を立てて走って、607の表札。

『三浦 浩平(こうへい)』の文字。

毎日学校の行き帰りに見たもの。

 

「っ……」

 

手が動かない。だけど、迷ったのはほんの数秒。

 

無数の罪と化け物の自分の醜さが肩を掴んだけれど、梓はぎゅうっと唇をかんで、インターフォンを押していた。

 

ぴんぽーん、と音が鳴って、20秒。

 

 

かちゃん、と鍵が開く音がする。黒い玄関扉が開く。

 

 

「……あず、さ?」

 

 

そこには梓の母がいた。

寝間着の上にコートを着て、泣き腫らした目とぼさぼさの髪で、片手にスマホを持っていた。

 

 

「……ただいま。ママ」

 

 

ヴァンパイアになって一年。

梓は、人間の家へ戻った。

 

 




【あとがき】
作者です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
以上が第一章となります。

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