はらぺこヴァンパイア   作:棗の

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ふしぎな感覚-4月4日13時32分

(あずさ)は自室にいた。

 

遮光され真っ暗な部屋。廊下に通じるドアも閉め切っている。

 

両親は出かけている。今日は書類とか、学校への手続きがある日らしいから。

 

学校の準備もある程度終わって、今は遮光された自室でなんでも帳のノートを開いていた。

まだ警察の人を騙した罪悪感はちくちくと痛いけれど、一週間経って何度も泣いて、ちょっとずつ収まってきていた。

 

開かれているのは、『気をつけないといけないもの』と書いたページ。

 

ペンを持って、罫線の引かれたノートの上に、横一直線の短い線を描いた。

そうしてその線に垂直になるように、一本の線を描いた。

 

十字の形。

 

「……怖く、はないよね」

 

私は十字架が怖い。どうしてかはわからないけど。

だけど、”十字架っぽい形のもの”が怖いわけじゃない。

 

買ったばかりの学校指定の数学問題集を開いて、ぺらぺらめくってみる。

”+”の記号はどこにでも出てくるけど、それは見たってなにも思わない。

 

「…………形がダメってわけじゃないんだよね」

 

水だってそう。流れてないなら別に怖くない。

お風呂だって波がなければ気持ちいいし、溜めた水で手を洗うことだってできる。

 

だけど、CMで流れる波の映像とか、波打つペットボトルの表面とかは見てるとなんだか不安になる。

 

ママとパパにお願いして、夜に車で色んな所へ連れて行ってもらったけど、苦手な物は意外と多かった。

 

川は苦手。うちの近くになくてよかった。

橋がかかってても、渡るのがちょっと怖い。

 

神社とかお寺とか教会とかは、見るのも怖いし入るなんて絶対できない。

どうしてか分からないけどすごく怖い。

 

たまに道端にいるお地蔵さんも怖い。

なんだか怒られているような気がして、目を逸らしたくなる。

 

 

ママとパパが入学手続きをしてくれた学校は、キリスト教系の学校とかじゃないみたい。

横浜市内の普通の公立高校。名前を聞いたけど知らないところだった。

 

信仰深い人とかはいるかもしれないけど、大丈夫かな?

クロスのピアスとか流行ってないし。

 

ちょっと気になって、タブレットでブラウザを開いて、文字を入力する。

『クロス ピアス 画像』

 

「きゃっ!?」

 

梓は反射的に目を逸らした。

 

なんだか怖い物が映ってた!

 

梓は目を逸らしたまま、タブレットをスタンドから外して、画面を下にして机の上に置いた。

そっと目線を戻すと、もう怖くなかった。

 

伏せたままのタブレットの電源ボタンを押して、画面が暗くなったのを確認して、ふうっと息をついた。

鈴の音とか、神社とかほど怖くはないけれど、近くを飛んでる蜂みたいな感じの怖さ。

 

「……ピアスとかって校則違反だし、大丈夫だよね……」

 

公立だし、髪染めもダメみたいだからきっと大丈夫。

 

映画なんかのヴァンパイアは白い髪が多いらしいけど、私の髪は黒いままで良かった。

これ以上自分のことを嫌いになりたくない。

 

焚火もなんか怖い。

ママとパパも気づいてくれてるから、キャンプの番組とかになりそうになるとそっとチャンネルを変えてくれる。

林間学校とかも高校はあんまりやらないみたいだし、大丈夫だよね。

アルコールランプとかは……なんかダメそう。

想像しただけ嫌な気持ちになる。

 

「どうして怖いのか分からないけど……」

 

鈴の音だって、何が怖いのか分からないけどすごく怖い。

 

太陽の光もそう。

今はアンチライトがないから、本当にすごく怖い。

窓の方を見れないぐらい怖いし、この部屋からも出られない。

 

パパが言っていたけど、私は()()()()()()()()()()()()()()()()

ネイルを固めるブラックライトとかは平気だから。

LEDの光とかも平気だし、スマホのライトとかも平気。

ただ光が怖いわけじゃない。太陽の光だけがどうしても怖い。

 

それに、明るい所より、暗い所のほうが落ち着く。

 

「私って昔からこう……じゃ、ないよね」

 

この部屋も、明かりを消しているときが多い。

今だってそう。ヴァンパイアの不思議な力で勝手にぼんやり光って見えるから、明かりをつけなくてもノートを書いたり本を読んだりできる。

夜になって外に出たら、ちょっと楽しい気分になる。

ママが心配するから夜に外には出ないけど。

 

「……ヴァンパイアはやっぱり夜の方がいいのかな」

 

逃げていた時もずっとそう。

お昼はずっと気分が沈んでいたけど、夜はちょっとだけ気持ちがよかった。

 

夜の中でも、月が出ている日はもっと気分が良かった。

いつも被ってたフードを外して、月を見てるとなんだか落ち着いた。

晴れの日の満月を見てたら、なんだかすごく楽しくなって、鼻歌を歌ってることもあった。

 

「狼男じゃないんだからさ」

 

月を見て落ち着くって、どうしてだろう?

ヴァンパイアと何か関係があるのかな。

 

梓はペンを持って、ノートに三日月の形を描いてみた。

一筆書きで書いてみると、ちょっと気持ちが良かった。

 

新しく買ってもらったシャープペンも、月の飾りがついた濃い青色のおしゃれなやつ。

どうしてかわからないけど、月の飾りを見たら欲しくなっちゃった。

月のモチーフは元々好きだった気はするけど……これもヴァンパイアだからなのかな?

 

考えれば考えるほどよくわからなくて、自分ってなんだろうという気持ちになってくる。

 

私は三浦梓で、気持ちは人間のはずなのに、怖くないはずのものが怖いし、怖いはずのものが怖くない。

 

 

ママがいない時、お肉の仕込みをしておこうと思って、包丁を使ったことがある。

昔は包丁を握る時、ちょっと緊張していた気がするけど、今は何とも思わない。

自分の方に刃を向けてみたけどなんとも感じなかった。

 

万が一切れても痛くないし、すぐ治るからなのかな?

警察の人に見つかりそうになって、トゲトゲのある高い柵を乗り越えた時も全然怖くなかった。服が破れたからもう二度とやらないけど。

 

高い所も怖くないし、ディズニーシーのあのアトラクションとかも今は乗ったら全然怖くないのかも。

 

 

それと、あんまり人には言えないけど……他の人の傷とか、血が出てるところとかも、見ても怖くなくなった気がする。

たまにCMとかで流れるそういう映像を見たときに。

 

 

むしろ、()()()()()()()()()()()()

 

 

「……ほんとに怪物だよ」

 

そう思ったけれど、誰も見てないし、こっそり口を開けて牙を指先で撫でた。

こうすると、最後に食べたときの感覚がちょっと残ってる気がして、なんだか気持ちいい感じがする。

 

最後に誰かを噛んだのは、三週間ぐらい前。

けれども思い出せる。噛んだ瞬間の感覚。

 

もう二度としないから。絶対に誰も殺さないし傷つけないから。

だから、ちょっとだけ思い出に浸らせてほしい。

 

「えへへ……」

 

ヒトの柔肌をこの牙が貫く瞬間が、まるでケーキの上の苺を取って食べる瞬間みたいに感じる。

 

 

ママもパパもいない一人の時間だけできる、ちょっとした自分へのご褒美。

 

梓は何度か牙の先を撫でたあと、『気をつけないといけないもの』の欄に『牙をさわったりみせちゃダメ』と追記した。

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