はらぺこヴァンパイア 作:棗の
本エピソードは時系列としては序章の第一話・第二話の直後となります。
初日を終えて-4月9日13時11分
「ただいま!」
焦っていて、思わず言葉に力が入っていた。
ドアを壊さないようにゆっくり引くと、そこから洩れ出る白くおそろしい光が小さくなって、やがて消える。
まるでホラー映画で、迫る化け物からドアを閉めて逃げた時みたいな感覚。
体に巻きついていた恐怖がすうっと消えた。
もう手も震えていないし、燃やされそうな怖さもない。
「やっと終わった……」
新品のリュックを玄関前の廊下に置いて、靴を履いたまま座り込んだ。
疲れないはずなのに、疲れた気分。
周りが月明かりのようにぼんやり光って見える、優しい闇の中。
私のお家の中に帰って来れた。
入学式のあとに地下鉄で帰ったけど、地下鉄から家まではまたおそろしい太陽が待っていた。
なんとか走って、マンションのエントランスで休憩して、エレベーターでお家まで帰ってきた。
ふうっと息をついて立ち上がって、靴を脱ぎ、リュックを自分の部屋に持って行って端っこに置く。
蓋を開けて中から筆記用具とお弁当を取り出そうとして、くすりと笑った。
「意外と覚えてるものなんだ」
一年間も空白があったのに。
人間だった頃に毎日通っていたから。
あれだけ色んなことがあったのに、私の――人間の
全然違うのに、学校だって思えた。
入学式の日を乗り切れた。
私ひとりでできた。
「……ひとりじゃないか」
まず助けてもらったし、入学式の移動中も、教室こっちだよって教えてくれた。怖くて学校の構造を覚えるどころじゃなかったから、すごく助かった。
帰る時にみんなに囲まれても、助けてくれた。
嬉しい。
どうして助けてくれたんだろう? やっぱりママの知り合いとかなのかな?
もしかして私が人間だった頃にいた部活の後輩とか? 学校違うし、そんなわけないか。
もう一度顔を思い出してみるけれど、やっぱり知らない人。
ママの知り合いはいてもおかしくないから、あとで聞いてみようかな。
梓は首筋のリボンを外して、ブレザーのボタンを外した。
わずかながらでも太陽から守ってくれた鎧の一枚を、皺にならないよう整えて部屋の壁にハンガーで引っ掛ける。
ブレザーの胸ポケットに付いたリボンが揺れた。入学式の日にだけ制服につく、かわいい飾り。
少し迷って、そのままにした。
深紅色の制服のリボンも結んで、ブレザーの上から掛けた。
膝下丈までのスカートも脱いで、畳んで部屋の衣装ケースの上へ。
シャツのボタンをはずして、畳んで洗濯物の籠に入れた。
「はぁ……終わったぁー」
下着姿で、ぺたんと自室の床に座った。
気持ちと一緒に言葉を吐き出す。
優しい闇に包まれた部屋で、ふと横を見ると、鏡に自分の顔が映っていた。
赤い目に白い肌の自分。焼けたりしてない。
「焼けてない……よね?」
梓は立ち上がって、両手両足を鏡の前で確認してみた。
真っ白な人形みたいな肌には、傷一つない。
スカートを広げて内側を見たけど、特に黒い汚れもついてない。
洗濯物の中のシャツを見たけど、真っ白なまま。
アンチライトが効いているし、太陽の光で燃えたりはしない。
雨の降ってない快晴だから傷がないのは当たり前。
けれども、焼けて黒焦げになってないか、どうしても気になっちゃう。
毎日逃げていた時みたいに、制服をもう汚したくない。
梓は洗面台に立ってアルコールティッシュで手を拭いた。
部屋の服入れからスウェットを取り出して着て、スマホをリュックから取り出す。
LINEを開いて、『ママ』のトークルームを開いた。
『入学式が終わったよ 家に帰り着きました』
仕事中だから、既読は付かない。
続けてリュックから、入学式の時にもらった書類一式の入ったファイルを出した。
先頭には"
自分の手元に、確かにそれはあった。
夢じゃない。
ほんとになれた。
もう一度、高校生になれた!
「今日から高校生……!」
梓は役目を終えた入学式のしおりを取り出して、机の上に置いた。
白い紙が机の上でキラキラ輝いているように見えて、梓はにっこり笑った。
「……夢みたい」
星野由佳は駅のホームでつぶやいた。
手元には自分のスマホがある。
ショッピングモールで遠くから撮った、赤い目に白い肌の少女の写真。
盗撮の写真。
手元のスマホを見て微笑を浮かべている。こちらに目線はない。
奇跡だと思った。
神さまがくれたチャンスだと思った。
「三浦、梓、さん……」
あの日見た時から心の中にずっといた、すごく綺麗な女の子。
何度も写真を見て、毎日あのショッピングモールに行ったけど、一度も会えなかった。
その子が、同じクラスの子で、しかも入学式に親が来てない同士だった。
こんなことありえる?
偶然なんてありえない。
運命なんだ。
神さまが生まれて初めて奇跡をくれたんだ。
「三浦梓さん……三浦さん……梓ちゃん……梓」
今日初めて聞いた名前なのに、その名前は心の中にすっと滑り込んだ。
ずっとずっとわたしの心が待っていたみたいに。
「あずさ……明日から、一緒のクラス」
わたしの二つ後ろ、男を間に挟んでるけど、いる。
明かりの消えたスマホに、ぼさぼさ髪で血色の悪い女の顔が映った。
あの綺麗な梓とは全然違う、ダサくてきたない女の顔。
いけない。こんなのじゃだめ。
由佳は