はらぺこヴァンパイア   作:棗の

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はじめてのともだち-4月10日8時23分

予報通りの雨。春らしい激しい雨だった。

 

学校の裏で(あずさ)は車を降りた。まだ通学中の人はほとんどいない。

住宅街のど真ん中だから、まったく目につかないわけにはいかないけれど、目立ちたくなかった。

梓は大きな黒い傘をさして、両手に冬用のシックな手袋をしていた。母の私物で、昨日の夜貸してくれたもの。

 

 

太陽が隠れているおかげか、日光への恐怖はだいぶ和らいでいた。

梓は傘の下から、そっと周りを見た。

 

高校は、住宅街の中に狭く作られた平地をぐるりと囲む石塀と緑色の金属ネットの中に、運動場と体育館と校舎がある作りだ。

校舎は白塗りのコンクリートの四階建て。

ネットの内側の外周には目隠しと防風を兼ねて木が等間隔に植えられている。

 

最寄り駅は、地下鉄ブルーライン新羽駅(にっぱえき)東横線大倉山駅(とうよこせんおおくらやまえき)

周囲を団地や住宅地に囲まれており、向かいには公立小学校がある。

 

 

学校の裏手からゆっくりと周りをまわって、正門まで辿り着く。

正門横の『神奈川県立(かながわけんりつ)新横浜高等学校(しんよこはまこうとうがっこう)』の文字を見て、僅かに笑みを浮かべる。

 

昨日から高校生。

やっぱり夢じゃない。

ヴァンパイアでも、なれた。

 

「がんばろ……!」

 

降り注ぐ刃のような雨の中、ゆっくり歩き昇降口へ。

屋根のある場所で、ようやく傘を閉じて一息ついた。

 

「怖かった……」

 

やっぱり雨は苦手だ。音も嫌だし、においも嫌。

人間だった頃より嫌いになってる。

一年前の、逃げていた時を思い出すからすごく嫌。

服が汚れるし、手や足も汚れる。

 

何枚も服を駄目にしたし、そのたびに服を買ったり……盗んだりしないといけなかった。

 

 

傘の水滴を浴びないように気を付けて、靴入れの横の傘立てに傘を置いた。

そっと手袋を外してリュックに入れ、昨日調べておいた近くのお手洗いにかけこんだ。

 

 

水飛沫で火傷していないか、制服を汚していないかを確かめる時間。

 

個室に入って、スマホのインカメで顔をチェック。

不安そうな赤目のヴァンパイアが映る。どこも焼けてない。大丈夫。両手もチェック。白いまま。大丈夫。

洗面台の大きな鏡で制服をチェック。血は出てない。大丈夫。どこも汚れてない。

一応メイクも確認した。落ちてない。ほっぺたの淡いピンクのカラーリップはそのまま。

ちょっとだけ目元を柔らかく見せるようにひいたアイラインもそのまま。

髪は……うねうねしてるけどこれはしょうがない。最低限ヘンには見えないし大丈夫。

 

「よし。がんばろ」

 

昨日よりも校舎の中はどんより暗くて、朝なのに電気が点いていた。

でもそれが梓には心地よくて、小学校の林間学校でキャンプファイヤーに顔を近づけた時の怖さ程度しかなかった。

 

9時からホームルームだから、まだあんまり人が来てないはず。

荷物を置いて、日光が当たらない場所を探しに行こう。

 

 

そう思って教室のドアを開けると、窓際に立って外を見ていた女子生徒が振り返る。

 

ふわふわした髪の少女・星野由佳(ほしのゆか)だった。

 

「あっ! おはよう三浦(みうら)さん! 早いね」

 

まるで待っていたように由佳は笑って言う。

 

今日の由佳は昨日となんだか印象が違っていた。

髪がアイロンで巻かれていて、毛先がふわふわしている。

目元のアイメイクもぱっちりした目を強調する感じになって、昨日よりもっと可愛い。

オレンジのチークをほっぺたに塗っていて、ちょっと疲れてそうって感じがない。

 

「あ……う、うん。お、おはよう。星野さんも。雨なのに早いね」

 

早速一つ、梓の予想が外れた。

誰もいないと思ったのに。焦りが梓の背中をちりちりと焼きはじめる。

 

「雨だと昇降口のところ、混んじゃうからさ。早めに来といたほうが楽じゃない?」

 

水滴一つついてない鞄を机に置いた梓の前の席に、由佳は座った。

そこは由佳の席じゃない。男の子の席だったはず。

 

由佳はじいっと梓の顔を、手を、体を見つめた。

まるで水槽の中の綺麗な魚をのぞき込むみたいな目で。

 

「……あの。どうしたの?」

 

「あっ。ごめん。じろじろ見ちゃった。あのね、昨日言ってたことなんだけど……。

三浦さんが昨日、体調悪かったのって、もしかして太陽の光とか?」

 

梓の手が止まる。赤い目でゆっくり由佳の顔を見る。

悪意は感じない。責めているつもりもない。

ただちょっと、申し訳なさそうにしている気がした。

 

 

まさか、ばれた?

 

 

「……どうしてそう思ったの?」

 

梓はつとめて平静な声で聴いた。由佳は特に隠す様子もなく答えた。

 

「調べたの。アルビノの人って、太陽の光が苦手な人が多いって。ごめんなさい。知らなかったから、入学式の前に連れまわしちゃった」

 

そう言ってぺこりと頭を下げる由佳。

 

ばれたわけじゃなかった。よかった。

 

梓の警戒が少しほぐれて、リュックを持つ手がまた動く。リュックを横倒しにして、席に座って、「大丈夫だよ」と言った。

 

「アルビノって珍しいから、普通分からないし。ありがとう。星野さんに案内してもらえたから、私も寂しくなかったよ」

 

由佳は「ほんと!?」と大げさに喜んで、一瞬梓の手を掴もうとして——ぱっと手を引いて、喜びをぎゅっと体の中に押しとどめた。

 

「よかったー! わたし、なんか距離近いねって言われること多くて。余計なお世話だったらどうしようって思ってたから。

こっちこそありがとう三浦さん。同じクラスでほんとによかったよー」

 

人懐っこく笑う由佳。

梓もつられてちょっと笑って、やっぱり良い人だと思った。

 

間違いなく会ったことがない人だけど、初対面でこんな怪しい人にも親切にしてくれてる。

ちょっと距離が近い気はするけど、避けられたり怖がられたりするよりずっといい。

 

 

由佳は目を泳がせて、自分と梓以外誰もいない教室を見渡して、口を開いた。

 

「あ、あのね……迷惑じゃなければ、なんだけど。三浦さんが困ったことあったら、わたしが何とかできるかもしれないから。声かけてよ。ね。わたしの方が前の席にいるし!」

 

二個しか席順違わないんだけど、と思ったけれど、その親切心は素直に嬉しかった。

 

牙が見えないように気を付けながら、笑顔を意識して言う。

 

「じゃあお願いするね。星野さん。ありがとう」

 

由佳は丸っこい目をさらに丸くして、「う、う、うん! ありがと! こっちこそ!」と言って目を逸らした。

 

「ね、ねえ。とりあえずインスタ交換しない? LINEでもいいけど!」

 

一瞬何を言われたのかわからなかったけれど、全然大したことでもなかった。

一年以上そんなこと言われていなくて体がうまく反応できていなかった。

 

梓はスマホを出して、LINEのQRコードを映した。

由佳も慌ててスマホを出して、あたふたしながらQRコードをスキャンした。

由佳のスマホは緑のカバーつきで、後ろに梓の知らないカワイイキャラクターのシールがたくさん貼っていた。

 

星野由佳のLINEアイコンは白いうさぎのキャラクターだった。

そのアイコンと同じキャラクターが『よろしくね』と言っているスタンプが飛んできた。

 

梓はつたない手つきで、持っていた柴犬のスタンプで『よろしくお願いします』と返した。家族を除くと一年ぶりのLINE。

 

なんだか普通の高校生できてる気がして、梓は笑っていた。

お昼の世界に踏み込む練習をして本当に良かったと思えた。

 

由佳は梓の何倍も嬉しそうに、スマホを見て笑っていた。

スマホの上の文字を何度もなぞっていた。

 

「えへへ……ありがと。わたしが初めてかな? LINE交換」

 

「え? うん。そうだと思うけど。私の知り合いたぶんいないし」

 

そもそも年齢を詐称している身なので、いるはずがない。

前の学校でもLINE交換してたのは同じグループの子と、クラスのまとめ役の子と振られた彼氏ぐらいだった。

表向きスマホ禁止の学校だったし、確かこの学校も禁止のはずだった。

消音モードになっているのを確認して、スマホをスカートのポケットにしまった。

 

 

そこで教室の扉が開いて、女子生徒が入ってきた。

まだ名前が分からない人。

 

ミディアムセミロングの髪をミルクティー色に染めたストレートヘアの少女。ヘアオイルを塗った艶のある髪が、歩くたびに上品に揺れている。

顔は15歳にしては大人っぽく、梓ほどではないが周りの女子より大人びて見えた。

制服の深紅色のリボンを緩く結んで、第一ボタンを開けたラフな着こなし。

学校指定の肩掛け鞄に海外っぽいピンバッチをいくつか付けていた。

 

その人は片手でデコったスマホをいじっていた。

由佳が慌ててスマホをしまって「おはよ!」と声をかける。

 

「おはよ。はじめまして」

 

笑顔でその女子生徒は挨拶を返してくれた。梓も「おはよう」と言った。

そのまま女子生徒は、梓たちの方まで近寄ってきた。

 

「えっと、星野さんと、三浦さん……だっけ。昨日、早紀(さき)から聞いたの。すっごいキレイな子いるって」

 

早速梓の知らない人にまで名前が知られている。

あの後何があったのか考えないことにした。

 

目の前の女子生徒は、いわゆるギャルっぽい人で、相変わらず生前の梓からすれば事務的な会話以外まずしないような人だった。

校則違反のはずの髪染めを初日からしてるけど、こそこそしている様子もない。

その人が今、わざわざ自分の目の前に来ている。

 

きれいな人。

アイメイクが梓の好みな感じで、綺麗に染まった髪もさらさらしている。

カラーした髪をすごくちゃんとケアしてる人だ。

上品な感じだけど、ラフな着こなしとラフな口調がギャップを出していて、なんだかすごい人だってことはわかる。

インスタグラマーとかかも。

 

「あ、ありがとう、ございます。三浦梓です。よ、よろしくお願いします」

 

梓はまるで初めて学校に通ったみたいな、ぎこちない仕草で言う。

女子生徒は梓の横の席に座って、梓の顔をまじまじと見つめる。

 

「すご……目が赤いってすごい珍しいよね。アルビノ? だっけ」

 

言った覚えのない人にまで話が伝わっている。たった一日なのに。

 

「う、うん。じゃない、はい。そうなんです。生まれつきこうで」

 

「タメでいいよ。肌も? めっちゃ白いよね」

 

「そうです……えっと、そう、だよ。太陽の光をあんまり浴びちゃいけなくて」

 

「そしたら今日雨だし、ちょうどよかったね。あたしも焼くの好きじゃなくてさ。髪ぱさぱさになるのとどっちがマシって話だけど」

 

あはは、と軽く笑う女子生徒に、梓も合わせて笑ってみた。牙が見えないように。

 

なんだか映画でも見ている気分だった。

前の学校で文化部寄りのグループにいたので、こういう明るめの子は新鮮だった。

 

まさか声をかけられるとは思わなくて、梓のゆっくり馴染むプランが早くも崩れていく。

せめて自己紹介の後まで待ってほしかった。

 

「あ、ごめん。名前言ってなかった。あたしは笹川千夏(ささかわちなつ)。三浦さんの隣の早紀とは中学一緒だったんよ。

早紀がなんかすっごい美人いるってはしゃいでたから見てみたくてさ」

 

「う、うん。よろしくね。笹川さん」

 

梓の困った顔を察したように、「あれ? もしかしてあの子、名前言ってない?」と笹川は言った。

 

「三浦さんの隣に座ってた子、八坂(やさか)早紀っていうの。気を悪くしたらごめんね。あの子は思ったこと言っちゃうから、失礼があったらほんとごめん」

 

梓は首を振って、「大丈夫」と言った。

背も高くて全体的にまとまっていて、この子のほうが自分なんかよりずっと可愛いと思った。インスタライブとかで配信とかしてそう。

 

「でしょ? 三浦さんすっごい可愛いもん」

 

由佳がどこか誇らしげに言うと、「だよね」と笹川千夏は笑った。

 

なんだかすごく新鮮な感覚。二人の方が絶対可愛いのに。

笹川さんは大人っぽいから可愛いって言うのも失礼かもだけど。

 

 

「おはよー」「おはよーっす」「おはようございますー」

 

開けっ放しの教室の扉から何人か入ってきて、徐々に教室が喧騒に包まれていく。

同じ中学出身者同士でまだ固まっている中で、梓の周りだけ何人か集まり始めていた。

 

続々と登校してくるクラスメイトの中には、梓の左隣の席の子もいた。

柔らかい髪をアイロンで盛った子。さっき笹川の話に出ていた、入学式で帰ろうとする梓に話しかけた子だ。

 

「三浦さんおはよぉ。ちーちゃんもおはよぉ」

 

八坂が軽く手を振って言う。

昨日より窓の外の日光は穏やかで、横に立つ八坂の顔をじっくり見ることができた。

 

笹川と同じ、明るめの雰囲気の子。淡い黒の髪をパーマやカールで盛ってる。

後ろで髪を緩くヘアゴムで縛っていて、リボンがついていない着崩した制服が、だらしなく見えない不思議な着こなし。

ピアス穴が両耳に二つずつ開いているが、ピアスは付けていない。

年齢よりちょっと幼く見える。ちょっと間延びした口調に合った、柔らかい垂れ目の顔立ち。

 

ダンス部とか入ってそうだと思った。

笹川さんがきれい系なら、八坂さんと星野さんはカワイイ系って感じの人。

 

そんな人たちが、どうしてか私の席の周りに集まってる。

 

 

「おはよう。ええっと、八坂さん、だよね」

 

「そうだよぉ。私の席に勝手に座ってるちーちゃんと同じ中学出身」

 

別に気分を害した様子もなく、八坂が言った。

 

「ごめんて。あんたのお気に入りの三浦さんを見たかっただけ」

 

ひらひらと手を振って笹川が席を退いた。

代わって八坂が席に着いて、じいっと梓を見つめる。

 

「……やっぱすごいねぇ。めっちゃ目赤いじゃん。透き通ってるみたい。あるびの?の人って目が透明なんだっけ」

 

「そ、そうだね。えっと、色素があんまりないから、中の血管が透けて透明に見えるんだよ」

 

梓も聞きかじりの知識で応戦する。

実際は全くの嘘だ。梓の血は黒くドロドロした汚い色。

なんで目だけ人間の血の色なんだろう、と恨んだことだって何度もある。

 

八坂はあまり興味なさそうに返事しつつも、梓の目をじいっと見ている。

梓も目を逸らすのがなんだか悪い気がして、見つめあってしまう。

 

 

吸い込まれそうなほどに赤い瞳に、八坂自身の顔が映りこむ。

八坂の目の中に、赤い目のヴァンパイアが映りこむ。

 

 

「もしかして八坂さんと三浦さんって実は知り合いだったりする?」

 

由佳がちょっとからかうように言葉を挟んだことで、ぱっと空気がほどけた。

「違うよぉ」と八坂が笑って返す。

 

「私もあるびの?の人って初めて見たからさぁ。インスタでたまに見かけるんだけど会うのは初めて。ちーちゃんに聞いたら教えてくれたの。ごめんねぇ三浦さん」

 

梓はあいまいに笑って、鞄を開けて準備をするふりをする。

人間だったら背中が汗でぐっしょりしているところだった。太陽が出ていないのにちりちりと焼かれているような感触。

 

悪意はないことはわかるし、珍しいこともわかる。

だけれどもうちょっとペースを考えてほしかった。

せめて自己紹介の時まではじっとさせてほしい。

赤い目と白い肌ってそんなに珍しいのかな。毎日見ているから分からなくなってきた。

 

由佳に『助けて』のメッセージを込めて視線を向ける。

由佳は小さく頷いた。

 

「わたしのことも構ってよ。わたしの名前、憶えてくれてるよね?」

 

「え? ああもちろん。えっと……長野さん?」

 

「星野だよ! 星野由佳! 八坂早紀さん!」

 

由佳が怒ったふりをすると「あーそうだった。ごめんごめん」と悪びれずに八坂が言う。

梓への視線が外れた。

 

ひとまず落ち着こうと席を立とうとして、気付く。

 

 

そうだ。逃げたり出来ないんだ。学校だから。

()()()()()()()。ずっと注目されちゃう。

 

 

長い間闇の中に縛られすぎて、ようやく掴んだ昼の世界の輝きが毎日続くと思っていた。

 

普通の人間でもそんなことはあり得ないって、人間だった頃から知っていたはずなのに。




【あとがき】
作者です。ここまで読んでいただきありがとうございます。
八坂早紀は、序章の第二話が初登場となります。良かったら読み返してみてください。
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